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異世界人、風邪を引く

ついに! 左利きだったから異世界に連れて行かれた5巻が発売しました!

完全書き下ろしなので、ぜひぜひお手に取ってみてください!!

そして出来ればレジにも持っていってくださると作者は喜びます!

「げーほげほげほっ!」


「ごほっごほっ!」


 ミラフト島は戦場になっていた。


「ミヤ、子供を優先だ。大人は素体の抵抗力が高いから普通に風邪薬を飲ませて水分を取らせてベッドに寝かせとけ。あと各種データの蓄積も忘れないように」


「承知いたしましたご主人様」


『クラフタ様クラヤの町の診察終わりました、体調を崩した人達は全員アレイの町の住民と同じ症状でした。現在はクアドリカ先生と共にお薬を処方し、ゴーレムさん達に町の運営権を全て移譲してあります』


 と、そこにクラヤの町で診察を行っているアルマから連絡が入った。


『ご苦労様。全員の症状が安定したらそこは師匠に任せてアルマはアクアモルトの町に戻ってくれ。医者は全員出張ってるから、町のほうが手薄になってる』


『分かりました。クラフタ様もお気をつけて』


 アルマからの連絡が切れ、俺の意識に町の雑踏の音が戻ってくる。


「さて、こっちの治療もさくさく終わらせないとな」


 ◆


 時は2日前、ミラフト島に移住した異世界人達が一斉に体調を崩した。

 よもや未知の伝染病かと慌てた俺達は、防疫魔法具服を着てフル装備でミラフト島に向かうと、町はさしずめゴーストタウンといった有様になっていた。


 そして近くで寝込んでいた住民達を診察した結果、彼等の病状は【風邪の初期症状】と判明した。

 風邪と侮る無かれ、中世では風邪は非常に危険な病気だったのだ。

 現代でも無理をすれば肺炎となり、最悪の場合はそのまま死んでしまう事もあった。

 現に俺の妹は幼い頃、肺炎で入院し、集中治療室に入れられたくらいだ。

 

 俺達は急いで患者の治療を始めた。

 港町であるミラフタの町をクアドリカ師匠とアルマに任せ、新たに開拓した平原の町アレイは俺とミヤが担当した。

 アクアモルトの町には外から医学の勉強にやって来た医者達もいたが、この町の秘密がばれる危険があったので連れてきていない。

 その代わりにエウラチカの高性能ゴーレム達をサポートにつけて、住民の着替えや食事などを担当させた。

 幸い、島からの連絡が早かったので、症状も初期症状で抑えられたのは大きい。


 ◆


『いやー、しかしこれは凄いパンデミックだったね。感染規模に対して症状が比較的浅かったのは奇跡だよ』


 通信機越しにクアドリカ師匠が朗らかに笑う。


『それで、原因は何だと思いますか? 症状は風邪ですが、これだけの人間が一斉にかかるのは明らかに異常です。異世界人の医者ですら自分が風邪と信じれなくてこちらに連絡してきたくらいですから』


 そうなのだ、異世界人達にも医者はいる。

 電脳世界の住人である彼等だが、仮想世界の再現性は非常に高かったらしく、風邪といった病気も再現されていた。

 にもかかわらず、医者がパニックに陥るほどの大流行、ここが彼等にとって異世界に等しい現実世界であった事も混乱に拍車をかけたのだろう。


『予想は出来ているよ。だが私としては生徒の意見を聞いてみたいな』


 クアドリカ師匠がテスト前の教師みたいな声音で聞いてくる。

 多分向こうの町では笑顔で俺の成長はどんなものかとワクワクしているんだろうな。

 間違えたら間違いなく地獄の特訓コースと言う名の試作魔法薬と魔法具の実験台にされる。

 ミスは許されない!


『おそらくですが、環境の変化による過労が原因かと』


『その根拠は?』


『え、ええと、まず彼等異世界人はこの世界で生身を得て間もありません。始めは新しい肉体に慣れる為に無我夢中だったのと、生身で感じる世界への興奮から疲れを認識できていなかったのでしょう』


『他には?』


 うぐぐ、まだテストは続くのかよ。


『後は……アクアモルトの町にいる時は俺の監視下であるのと同時に保護下だったので、何かあったら俺に頼れば良いという気持ちと、すでにインフラが完成していた町が彼等に安心感を与えていました。ですがこの島に移住した事で、彼等は俺の手を離れて自分達だけの責任で行動しないといけない義務が生まれました。町の運営や食糧の確保といった生身での労働と新しい環境での生活で心理的負担が増え、最初の一人が発症。病気をした経験の無い素体は温室の花の様に瞬く間に感染を続け病気も感染を繰り返す事で進化し、遂には島全体に風邪が蔓延したのだと思います』


 人からうつされた風邪は症状が重くなるって言うもんな。


『……』


 何故無言!? どっか間違えたか!?


『まぁ正解としておこう。少々臆測が多いが、そこは血液検査を行った事と防疫服で診察に望んだ事で合格ラインとしておこう』


 つまりどちらかが足りなかったら不合格だったわけだ。あっぶねー!


『ともあれ、やはり素体のままで外に出すのは考え物だね。何か対策を考えないと』


 対策か、日本なら予防接種という手段があるのだがこの世界ではどうだろう? そもそも注射という概念を聞いた事が無いのだが。


『師匠、この世界では予防接種って概念は無いんですか?』


『予防接種かい? 勿論あるよ』


 おお、あるのか。


『患者から摂取した病原菌に万能薬をたらして無力化する直前まで弱体化させるんだ。で、その弱った病原菌を薬に混ぜて再び体内に取り込む事で予防させるという手法があったよ』


『あった、ですか?』


『ああ、現代では古代魔法文明が崩壊した影響で医療技術は大幅に後退した。その為予防接種の技術そのものが失われてしまったんだよ』

 

 なんと言う事だろうか。せっかくの技術も文明の衰退と共に失われてしまったらしい。


『何しろ、薬を作ったり研究したりする施設が壊滅状態だからねぇ、知識だけ残っていても設備がなければ薬は作れない。次第にそうした知識は失われ、貧弱な設備でだけ製造できる薬の知識だけがのこっていったんだ』


 ふむ、となると予防接種をする為の研究機関も作らないといけないのか。

 でもなー、元の病原菌の持ち主が他の感染症に罹っていないかの調査もしないといけないし、それらの技術を現代の技術力で確立して説明できるようにしないと、金目当てで上辺だけ真似たトンでも予防接種が生まれかねない。

 そういうのにかぎって薄利多売であっという間に広がるから危険性を説明しても止める奴がいなくならないんだよなぁ。


 うーむ、何か良い方法は無いものか。


『まずは今の自分達で出来る事からしていくべきだろうね。高度な技術は基本が出来る様になってからするべきだ』


 むぅ、師匠には焦りを見透かされていたみたいだ。

 確かに、今の世界の技術力で安易に予防接種を広めるのは止めておいた方が良さそうだ。


『わかりました師匠』


 それよりも医師達の基本的な知識と技術力を上げていこう。

 そして、予防接種に関する知識や情報は俺のだけの秘術として、情報を拡散せず、必要だと思った時だけ使う事にしよう。技術の拡散を止めたからと言って、俺が使ってはいけない理由はないからな。


 さーて、今回の件で異世界人達もリアルの病気の怖さが分かった事だろう。

 指導者達には休息の大切さを皆に伝えさせ、医者達も落ち着いて行動する様に指導しないとな。

 というか、今回の件、別に直接出向く必要なかったよな。

 通信機で連絡を取り、まずは風邪の治療をして様子見をすればよかったのだから。

 まぁやってしまったものは仕方が無いか。

 師匠が及第点といったのも、ここら辺の甘さが原因なのかもな。


「ご主人様、患者達への投薬が終わりました。あとはゴーレムに任せておけば皆さん翌日には全快するでしょう」


 戻ってきたミヤが患者達の症状を報告してくる。


「ああ、お疲れ」


「今晩はこの町に逗留されるのですか?」


「まぁそうなるな」


 風邪と思って油断するわけには行かない。

 もしかしたらこの町の誰かが肺炎になる可能性もあるからな。それに異世界特有の病気に発症しないとも限らない。


「承知いたしました。ではゴーレムに命じて宿泊施設を用意させます」


「ああ、頼む」


 ふむ、泊まるなら防疫服ももう脱いでしまうかな。

 患者達も只の風邪だったみたいだし。


 ◆


 翌日、ミヤを伴った俺は、再び患者達の診察へとやって来た。

 だが……


「げーほげほげほっ!」


「ごほっごほっ!」


 患者達は昨日と同じく咳していて、症状が改善した様子は見られなかった。


「どういう事だ?」


 これが、これから数日間にわたって俺達を恐怖させる事件の幕開けだった。

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