主を釣れ!
再度申し訳ありません、本業が忙しくて帝国編の執筆が遅れている為、特典用に書き溜めておいた短編を投稿させて頂きます。
それは王都に居た頃の話。
それはアルマと一緒にデートと言う名の散歩をしていた時の事だった。
「フラテス河に主が出たぞー!!」
郊外からやって来たと思しき若者が叫ぶと、町の空気がガラリと変わった。
「主だって?」
「主が出たか!!」
「今年こそは!!」
次々と商店街の店が閉まっていき、釣竿を持った男達が駆け出していく。
後に残ったのは閑散とした街並だけだった。
「主って何だ?」
「さぁ……?」
俺とアルマは二人して顔を見合わせるのだった。
◆
「遅いわよ二人共!!」
城に帰って来た俺達を待ち構えていたのは釣道具一式を用意したフィリッカだった。
ああ、もう面倒だからコイツに説明して貰おう。
「フラテス河の主が現れたのよ!!」
「それはもう聞いた。っつーか主って何なんだよ」
「呆れた、そんな事も知らないのね。フラテス河には河を統べる主が居るのよ。そして主を釣ればその年は豊漁を約束されると言われているわ。けどここ数十年、主を釣った者は居ないから皆我こそはと息巻いているのよ!」
お前もな。
「と言う訳で主釣りに行くわよ!!」
◆
「凄い、人で一杯です」
アルマの言うとおりだった。
フィリッカに引き摺られれる様にフラテス河に造られたマンテッカ橋にやって来た俺達は、その光景に圧倒されていた。マンテッカ橋には既にやって来た釣り人達でごった返していて警備員が道を確保しなければ通行人が歩けないほどだった。
「おやおや、今頃おいでですがフィリッカ様」
「その声はバクスター!!」
フィリッカの声に立ち上がったのは完全釣り装備をしたバクスターさんだった。
「釣りはポイントを抑えるのが最も重要。それを怠るとはなっておりませんな」
「くっ!」
なにやら二人が釣り漫画のような掛け合いをしているとアルマが俺の袖を引っ張る。
「クラフタ様……」
アルマが指を指したのはバクスターさんの隣、そしてそれをみた俺は絶句した。
「……」
そこに居たのはルジオス王国国王バラムス=メンテ=ルジオス陛下のお姿だった。
「……!?」
俺達の視線に気が付いた陛下は人差し指を口に当ててシーッと黙っていてくれとジェスチャーを送って来る。何やってんの。
俺達は無言で頷き、バクスターさんと舌戦を繰り広げるフィリッカを置いて静かに釣りの出来そうなポイントを探すのだった。
◆
「この辺で良いか」
適当に座れそうなスペースを見つけた俺は其処にシートを敷いてアルマと座る。
「私、釣りって初めてです」
そういえば俺も久しぶりだな。子供の頃以来か。
「じゃあ餌の付け方から始めて見ようか」
「はい!」
そうしてまったりと釣りを始める事しばし。
「……クラフタ様」
アルマが小さな声で俺を呼ぶ。
「ん? どうした?」
「……重いです」
見るとアルマが汗をかいて辛そうにしている。
むぅ、病気が治ったばかりのアルマはまだ子供以下の体力だし、長時間竿を構えるのはキツイか。
……そうだ!
「ちょっと貸してみ」
俺は宝物庫から素材をいくつか出すとアルマの竿に取り付けていく。
竿と糸に剛性を上げるの魔法薬を塗り、小さい風の属性石を各所につけて軽量化を図る。
さらに袋型のマジックボックスを持ち手近くに取り付けそこに糸を収納する。
仕上げは……
「クリエイトゴーレム!」
魔法が発動したそこには、4足の足を持った釣竿の勇姿があった。
ゴーレム竿の完成である。
「ほら、これを使ってご覧」
「クラフタ様、これって?」
アルマがきょとんとした顔で俺に質問して来る。
「ああ、リールだよ」
「リール?」
釣りについて知らないアルマが知らないのも無理は無い。と言うよりもこの世界にはまだリールの概念が無いようだ。それというのも周囲の釣竿をみれば一目瞭然である。
俺はアルマにリールの使い方を教え再び釣りを再開する。
「クラフタ様に作って頂いた竿はとっても軽いです!」
アルマが大はしゃぎで竿を構える、属性石で軽量化した竿は先ほどまでの半分の重さになっているし、
竿から生えたゴーレムの足が竿置き台の代わりとなって下から竿を支えているのも大きい。
◆
そうして釣りを再開していると周囲から悲鳴が上がる。
「クソ! 竿を折られた!!」
「横に置いておいた餌箱を持ってかれた!」
「畜生長靴だ!」
随分とアグレッシブな主である。最後のはなんか違うが。
そうこうしているうちにドンドン釣り人の数が減っていき残っているのはほんの数人になっていた。
「ああ!私の竿が!」
「ぬぉぉ!」
フィリッカとバクスターさんの竿も主に破壊されてしまった様だ。
残るは俺とアルマの竿だけだ。ちなみに陛下の竿は早々に破壊されていた。
「く! 余の竿の何が駄目だったのだ!!」
政務をサボったからじゃないですかねー。
そうこうしている内に俺の竿にも引きが来る。
しばらく戦いを続けていたがやがて終わりが訪れた。
「あ、折れた」
最後の最後、あまりに強い引きにとうとう俺の竿も折られてしまった。しまったな、自分の竿も強化しておくんだった。
最後に残ったアルマの竿だけがフラテス河を彩る。
「だが今のは随分と長い引きであったな」
「恐らく主も疲れているのでしょう、次こそがチャンスです」
そう言ってアルマを見る陛下とバクスターさん。
「……無理だな」
「……無理ですな」
まぁ無理も無い。運動とは無縁のアルマが幾多の釣り人が敗れ去った主に勝てるとは思えないのも当然である。
アルマだけを見ればの話だが。
「きゃっ!」
とうとうアルマの竿に反応が訪れる。
今までに無い強い引きだ、疲弊した主は長期戦になる事を避け一気に勝負を決めるつもりなのだろう。 「ど、どうしましょうクラフタ様っ」
自分の番が来て慌てるアルマ。
「大丈夫だ、俺の作った竿を信じろ」
それは俺が作った魔法の竿。そんじょそこらの竿とは訳が違う。
俺の言葉にアルマは落ち着きを取り戻し竿を握る手に力が入る。
「分かりました! 竿さん、よろしくお願いします」
アルマの声に応えるようにゴーレム竿は足を踏ん張らせる。
それとは真逆にリールがすごい勢いで回り糸が伸び続け、主の魚影がどんどん遠くに離れて行く。
やがて猛烈な勢いで引っ張られていた糸の動きが緩やかになってきた。
どんな生き物でも全力で動き続けることなど出来ない。始めから飛ばし過ぎた主が息切れを起こしたのだ。
「よし今だ!」
「は、はい!」
俺の声に反応して竿ゴーレムがリールを巻き始める。
異変に気付いた主も再び抵抗を始めるが、体力の回復していない主にはもはや勝ち目は無かった。
糸を切ろうにも魔法薬で剛性のあがった糸はそんじょそこらの糸とは訳が違う。ハサミでだって切れやしない程だ。
引きと引きの勝負、主は必死で遠くに逃げ出そうとするが、再び息が切れた瞬間に竿ゴーレムがリールを巻いて距離を縮める。
ついにアルマと主の距離は10mを切った。
「いいぞアルマ! その調子だ!!」
「もう少しですぞアルマ様!!」
いつの間にか周囲の釣り人達がギャラリーとなってアルマを応援している。
その声援に応えるようにアルマも竿を引っ張る。
素人のアルマをサポートする様に竿ゴーレムが力の強弱を調整する。
そして遂に戦いの終わりが訪れた。
「「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」
ギャラリーの歓声と共に主が宙に舞い、フラテス橋にその身を乗り上げた。
そしてその姿を見た俺達は驚愕に目を見開いたのだった。
「こ、これが主!」
「え? でもこれって?」
主の姿を見た俺とフィリッカが困惑する。
「はっはっはっ、相も変わらぬ立派な姿よ」
「正しく主の姿ですな」
そんな俺達とは対照的に陛下達大人は主の姿をみて朗らかに笑っている。
「いや、主ってこれ……」
「は、半魚人じゃないのーーーーーーーー!!」
そう、フィリッカが叫んだ通り、主の姿は半魚人そのものだった。
それも体が人間で頭が魚の半魚人だ。
まさか河の主が半魚人だったとは……いや、理にはかなっているのか?
そういやここ数十年は釣られていなかったんだっけ。だったらフィリッカ達若い人間が知らないのも無理は無い。主を見た時の陛下達との温度差はそういう事か。
ちなみにこの世界においては人魚の同族である。鮭と鯖くらいの差らしい。
「……びっくり……ですね……」
主を釣るのに体力を使い切ってしまったらしいアルマが荒い息で応える。
「大丈夫か?」
「はい……少し休めば……」
アルマを移動用ゴーレムに座らせて休ませると、口に釣り針を指した主がやってくる。
「いやーお見事、久しぶりに釣られちゃいましたよ」
流暢に言葉を喋る頭だけが魚の半魚人。割とキモイ。
手や足に水掻きが生えているがどう見ても魚の被り物をしている人間だ。キモイ。
「じゃあ約束どおり今年一年の豊漁を約束しますね。あ、これ記念の鱗。じゃっ」
そういって主はアルマに自分の鱗を手渡し、水泳選手のような飛び込みポーズで河に戻って行った。
うん、まぁ主が魚とは誰も言ってなかったもんな。
その後一年間、釣り人達は主から一人一匹ずつ魚が貰えるようになったのだった。
豊漁ってそういう事かよ。




