古代遺跡突入!!
「怪盗? 知ってるわよ。帝都に一杯居るもの」
魔法の屋敷の食堂で少女達と朝食をとっていた俺は昨夜見たものについて話していた。
「知っているのかエメラルダ、っていうのか沢山居るのか?」
「ええ、帝都には怪人、魔人、超人色々居るわ」
なんだろう、帝都のイメージがファンタジーからスチームパンクになってきた。
「まぁ只の成りきりなんだけどね」
何でも無い事の様に食事を続けるエメラルダ。
「成りきりってどう言う事だ?」
俺が質問するとエメラルダは紅茶を一口飲んでから語り始めた。
「今帝都では沢山の本が溢れているの、それは誰も見たことのない刺激的な物語。冒険活劇だったり身の毛もよだつ怪談だったり、ハチミツのような恋愛譚だったり。誰が書いたかも分からない物語に人々は熱中しているわ」
誰が書いたかも分からない?
「じゃあどうやってその本は流通しているんだ?」
普通に考えて、本の形になっている以上その本を手にするためには何らかの手段で流通に乗せなければいけない。そして偽名が使えないこの世界では己を偽る手段が限られてくる。
ウチの護衛のように名前の一部を略してあだ名で呼ぶ事は出来ても公的書類は実名で書かなければならない。というかソレし書かけないようになっている。この世界がファンタジーだと思い出す瞬間だ。
なら本を売る時に自分の名前を売買契約書に書くのではないだろうか?
だがエメラルダの答えはかなりアナログなモノだった。
「写本よ」
「写本?」
「ええ、誰かが書いたオリジナルを手に入れた人間が写本として世に流通させたの」
なるほど、赤の他人が写本を作って流通させれば作者の正体は分からないって訳か。
「だから正体の分からない作者は『作家』とだけ呼ばれるの。まぁ読む人間にとっては誰が作者でも構わないわけだしね。面白ければ」
でも、とエメラルダは続ける。
「その後が問題だったの。あまりにも刺激的な娯楽は人々をのめり込ませすぎた。いつからか本の登場人物を真似た人間達が騒ぎを起こし出したの。そしてそんな人達を『主役症候群』と呼ぶようになったわ」
なんか身につまされる話だな。
「其処から変な噂が立つ様になったわ。オリジナルの本を手に入れた者は本の登場人物に成れるって。他にも登場人物の持つ不思議な力を手に入れる事が出来ると」
うーん都市伝説だねぇ。
「かなり荒唐無稽だがなんか根拠でもあるのか?」
「一応ね、登場人物に成りきっているのがスキル持ちだって言うのが根拠らしいわ」
ほう、そういえばあの怪盗も何かのスキルを持っていたな。
「只のスキルならそんな噂も立たなかったのだけれど、それが登場人物の能力とぴったり嵌るスキルだったのよ」
なるほど、それでそんな噂が立ったと。
「そんな街じゃお姫様が誘拐された事なんてあっという間に他のニュースにかき消されそうだな」
「確実にかき消されるわ。今思うと敵対派閥の策略なんじゃないかって気になってきたわ。」
まぁそれは考えすぎだろうが。
っつーかだ。その作者って日本人なんじゃないか? 怪盗とか探偵で超人怪人って辺りが大正浪漫的なノリを感じる。そういえば物語といえば。
「シュヴェルツェ、お前が会った作家だがそいつはどんなやつだったんだ?」
同じ作家つながりでなんとなく気になって聞いてみる。
するとシュヴェルツェは何故か俺から目を逸らす。
「おーい。どうなんだ? 男なのか? 女なのか? 容姿は? 年齢は?」
俺が畳み掛けるとシュヴェルツェはティーカップを手に持ちならが答える。
「ふふ、王子様は意地悪ね。よろしくて? 私はあの方とお会いしてその物語に感激しましたの。物語の奥深さに惚れ込みただただ没頭していましたのよ!!」
つまり覚えていないと?
「ほほほほほほほ!! 長き時を生きる私達には人の容姿など些細な問題ですわ!!」
うん、完全に忘れてるな。って言うかそもそも元獣であるダークフェニックスに俺達の顔を見分ける事が出来ているのかも怪しい。異種族コミュニケーションとはかくも難しいものか。
「それで今日はどうするんですか? クーちゃん?」
話が終わるまで待っていたアルマが今日の予定を聞いてくる。
「帝国に行くのよね!!」
エメラルダが待ちくたびれたように言う。だが違う。
「いや、まだここでする事が有るから皆は待機だ。アリスとミヤの指導を受けるように」
ここで『えー』とか言われるかと思ったが意外にもそうはならなかった。
てっきり退屈をもてあましてワガママを言う貴族娘が一人くらい出るかと思ったのだが。
そう思って少女を見ると皆一様に頬を染めている。何ぞこれ?
「指導と言う事は今日一日ミヤお姉様とご一緒に居られるという事なのですね?」
ローザがキラキラとした視線で俺を見てくる。
「あ、ああ、まぁそう言うことだ」
「「「「「キャー!!」」」」」
何故か黄色い悲鳴が上がる。 どういう事だ?
「ご主人様」
俺の横で給仕をしていたミヤが声を上げる。
「ん? なんだ?」
ホント何事なんだろうなコレ?
「はい、こちらに呼ばれてからご主人様の置かれている状況は存じております」
うん、ミヤとアリスを呼んだ時に俺がおかれた面倒な状況については説明しておいたのだ。
「ですのでご主人様の許可さえ頂ければ、彼女達がご主人様に迷惑をお掛けしなくなる様に教育をしたいのですがいかがでしょうか?」
いかがでしょうかってもう作業に入っているよねコレ?
「ソレをするとどうなる訳?」
ミヤは表情を変えずに言う。
「ご主人様と結婚したいなどと言う身の程知らずな事を言わなくなります」
その身の程知らずの中に帝国の姫も居るのかなあぁ? 怖くて聞けない。
「暴力無しならいいよ」
「承知いたしました! 全力で取り組ませて頂きます!!」
ガッツポーズを取るミヤ。どうやら打算に塗れた彼女達の俺への馴れ馴れしい態度が気に入らなかったと見える。
どうなるのかは分からんが打算で嫁に成ろうっていうのはやっぱり遠慮願いたいね。
ミヤに任せておけば良いようにしてくれるだろう。
「古代より受け継がれてきた調教術の成果お見せいたします!!」
まて、それは何か不味い気がする。
「それでは食事が済み次第訓練を開始します!! 十分後全員作業着を着て食堂に集まる事!!」
「「「「「ハイッ!!」」」」」
すでに一寸した軍隊状態だ。……まぁなる様になるだろ。
俺は俺で自分のやるべき事をしよう。
◆
そしてやって来たのはシュヴェルツェの住んでいた洞窟の出口。
帰りに転移マーカーを置いてきた場所である。
「今更ウチに何の用ですの?」
「もしかして帰りに素通りしてきた通路の事ですか?」
一緒に連れてきたシュヴェルツェとアルマが俺に問いかけてくる。
アルマが正解です。
「ああ、あの通路が気になってな。それとシュヴェルツェの母親にご挨拶をと思ってな」
仮にも元獣の娘を連れまわしたのだ、挨拶くらいはしておくべきだろう。
そう思っていたのだが。
「残念ですけどお母様は留守ですわ」
との事だ。
「分かるのか?」
「匂いがしませんの。ここ数日留守にしているみたいですわね。近くにはいませんわ」
ほっとした様子で答えるシュヴェルツェ。むしろ俺は不安に感じる。気の所為だと良いのだが。
「それじゃあ探索を始めようか」
そう言って懐中電灯ならぬ懐中魔灯とペンを取り出す。
「こっちは二人の分」
そう言って二人にも渡す。
「なんですのコレは?」
不思議そうに懐中魔灯を回しながら眺めるシュヴェルツェ。
「コレは明かりを灯す魔法具です。ココを押すと光るんですよ」
アルマが操作すると懐中魔灯が光を灯す。それに興奮したシュヴェルツェも同じ様に懐中魔灯を操作し
光を灯す。
「それでそれでコレはなんですの?」
俺が渡したペンを手にしながらアルマに質問する。
「コレは……なんでしょうか? 普通のペンに見えますが?」
「コレは発光ペンだよ。光コケを溶かした塗料で暗い場所で光るんだ」
そう言って俺は通路の壁に落書きをする。
すると壁に書かれた落書きが光りだす。
「「光りました!!」」
二人が子供のようにはしゃぐって言うか実際子供か。
「光りますよシュヴェルツェさん!」
「ええ、光ってますわ!!」
何かツボにはまったらしく二人は壁に落書きを始める。
「まぁこんな感じで壁に目印をつける事で通った場所や帰り道が分かるようにするんだ」
「なるほど! よく分かりましたわ!!」
「んじゃ行きますか」
俺達はライトで照らしながら通路を進んでいった。
◆
早速T字の分かれ道に突き当たる。
「こちらは私の部屋に繋がる道ですわね」
勝手知ったる自分の家、シュヴェルツェは自分の部屋のある方向を指差す。
「じゃあこっちだな」
シュヴェルツェの部屋とは逆の方向に進んでいく。すると突き当たりにたどり着く。
「行き止まりですか?」
「いや、石扉だな」
目の前に聳え立つのは壁ではなく、大理石のような石で出来た扉だった。
扉の表面には彫刻が彫られている。沢山の小さな花が彫られた彫刻だ。
「けど取り外されているな」
扉の彫刻はその一部がポッカリと空いていた。誰かに削り取られたのかな?
「ココには何があったか分かるか?」
我が家として使っていたシュヴェルツェなら知っているかと思ったが生憎と首を横に振られた。
「覚えていませんわ、と言うか模様なんて気にも留めていませんでしたわ」
あーそっかー。
となると金目のモノは当の昔に盗掘済みって訳か?
シュヴェルツェの知り合いはここに何かを探しに来たそうだが、それがまだ残ってる可能性も低いかな。
とはいえ、この遺跡を調べるのは当初の予定にもあった事だし、何も無ければそれはそれで良しか。
「それじゃ行きますか」
扉を開くと、意外にもかなり軽くて驚いた。
ドアの開閉もスムーズだしこの遺跡はあまり劣化していない様だ。
「分厚いなこの扉」
「そうなんですか?」
アルマとシュヴェルツェが開いた扉を横からのぞく。
「私には区別が付きませんわね」
人間の建築物に疎いシュヴェルツェが分からないのも無理はないか。
だがこの扉は明らかに分厚い。普通扉の厚みといったら三Cm位の物だろう。
だがこの扉の厚みは二十Cmはある。
「何でこんなに分厚いんでしょうか?」
扉が分厚い理由。まず考えられるのが金庫だ。無理やり中身を取り出そうとするものから守る為の防御。
次が生命の保護。シェルターとかだな、コレも外部からの危険から身を守る為のものといえる。
あと考えられるのが中から外に出さない為のものか。
ウイルスなどのバイオハザードを引き起こすものとか危険な生物や道具などだ。
どちらにしろ意味も無く分厚い扉なんて物はないだろう。
少し危険を感じたので、クリエイトゴーレムでゴーレムを作って先行させる事にした。
六フィート棒の代わりである。とはいえ、シュヴェルツェの知り合いであるあの方とやらが一人で探索できた事を考えると罠はない可能性も高いのだが。まぁ念の為だ。備え有れば憂い無し。
「よしゆっくり進め」
ゴーレムに指示を出して俺達は遺跡を進む。
◆
「何も有りませんね」
「ないなぁ」
扉を潜ってから早三時間。宝どころか魔物の一匹すら居なかった。
所々の部屋で『探索』スキルを使って見たが既に荒らし尽くされていたのかめぼしい物は何も出なかった。
せいぜいが食器や他愛も無い当時の本。それも時間が経過して劣化していた。
とはいえ何らかの研究所だったのは確かなようで、色々な実験機材が置いてあった。
その機材から分かった事、それはココが魔法プログラムを研究していた場所だという事だ。
既に壊れているが小さな物にプログラムを刻む為の機械なども置いてある。
こうした機材は今も稼働中の浮島であるエウラチカで見たことがある。
ただしエウラチカの物よりも大型の物や小型の物が有る。
此方はエウラチカと違ってプログラムを専門的に行なっていたと見える。
そしてこの建物の特徴として、窓が無いと言うことが挙げられる。
それはつまり外部とは隔離したい場所だという事だ。
さらに奥に進むと遺跡の管制室と思しき部屋を見つけたが、魔法具的なものはほとんど取り外されていた。
当事は師匠達の国リスタニアと隣国カルバニアが戦争中だった訳だし、この施設の人間も敵国に技術が流出する事を恐れて持ち帰ったのかも知れない。それとも後の時代の人間が技術を再現するために持ち帰ったのだろうか。
壊れて放置されていた機械に刻まれた魔法プログラムを見ると通信装置と思しきプログラムが書かれていた。其処から鑑みるに貴重な装置や重要な情報が記録された物は持ち帰り、普通に流通していた部品はそのまま捨てていったのだろう。だがコル師匠とは違うプログラム体系なので資料としてちょうど良い。
俺は宝物庫の中に壊れたプログラム基盤のカケラを放り込む。
この部屋にはコレくらいしか収穫がなさそうだ。
◆
この後、隅々まで遺跡を探したがやはりめぼしい物は見つからなかった。
そして再び花の彫刻が刻まれたドアの前まで戻ってきたのだった。
「無駄足だったみたいだな」
「あの方が言っていた調べたい物とは一体なんだったのかしら?」
遺跡の探索を終えたシュヴェルツェが不思議そうに漏らす。
恐らくその人物が残っていた資料を全て持ち出したのだろう。
「結局この遺跡で見つかった一番めぼしい物は、この扉だけなのかもしれないな」
皮肉交じりに笑う。
妙に分厚いこの扉は中で行なわれる魔法プログラム実験が失敗した時にその災害を外に出さないようにするためのモノだったのかもしれない。
この花の模様はそんな気の滅入る事態を考慮して作られた事に対する気休めだったのだろうか?
……そういえばこの扉の模様一部が外されているがもしかして簡単に外れたりするのだろうか?
そう思って彫刻に触れてみると、不思議な感触に気付く。
「どうしたんですか?」
俺が何かに気付いた事を察したアルマが問いかけてくる。
「コレ、動くぞ」
「え?」
そう、この彫刻は動く。引っ張っても外せないが、横には動く。俺は彫刻の欠けた部分の横にある花の模様をスライドさせて見る。すると彫刻はズズッと動いた。
「まさかこれは」
そのまま他の模様も動かす。やはり動く、間違いないコイツは
「コレはパズルだ」
コイツはいわゆる九ピースパズルなどの様なスライドさせる事で決まった絵になるパズルだ。
「一体何故こんな所にパズルが?」
アルマもシュヴェルツェも不思議そうな顔で考え込む。
俺も理由は分からないが、少なくとも何の意味も無くこんな所にパズルを仕込んだりはしないだろう。
模様をずらして行くと、彫刻同士がぴったりくっ付く時があるのに気付く。
なるほど、この花の彫刻には規則性が有るのか。
「この花はここでは無いですか?」
アルマがピースの一つを指差す。
「はい、この彫刻の模様ですが……」
そう言って発光ペンでパズルの模様を個別にしたものを壁に書き始める。
「コレをココに、それでコレをここに、でコレをココにずらしたら……」
アルマの完成予想図を見た俺はようやくパズルの作者の意図を理解する。
「でかしたアルマ!!」
「えへへ」
答えの絵が分かればこちらの物だ。
多少時間は掛かったがついにパズルが完成した。
其処には小さな花が輪を描いていた。
いわゆるリースというヤツだ。
「出来た!!」
「やりましたね!!」
「ああ!」
そして……
「……」
「……」
「……何も起きませんわね」
シュヴェルツェの言うとおり何も起きなかった。
あれぇ?
「もしかして間違っていたのでしょうか?」
そんなはずは、パズルのピースはしっかりはまっているし。これ以外の形があるとも思えない。
「もしかして裏側にもパズルが有るのではないかしら?」
シュヴェルツェが良い事を言った。なるほど、それは盲点だ。
早速扉を開いて裏側にもパズルがないか確かめようとした。
が、俺達はそれ所ではない事態に遭遇する事になった。
「なんだこりゃ?」
目の前の光景は先ほどまでの朽ちた遺跡ではなかった。
そこにあった光に包まれた全く別の建物の中だったのだ。




