潜入活動
お陰様で富士見書房様から出版させて頂いている「左利きだったから異世界に連れて行かれた」の重版が決定いたしました。
これもひとえにみなさまの応援のおかげでございます。
凶気の宴は終わった。
あの後、トラウマ級の光景を目撃してヤケになった客達がそのままのテンションで後夜祭に参加し、空が暗くなる頃には、町は一面サバ……宴会場と化していた。
酒を飲み、歌い、踊り、暗がりにシケ込む男女と男男と女女。子供は寝る時間である。
連日冒険と戦闘と店の準備に明け暮れた俺達も早々に宿へと戻って眠らせてもらった。
もらう予定だった。
このまま帰って泥のように寝たい所だったが、まだ一つだけ遣り残した事があった俺は、アルマとシュヴェルツェを先に帰し、貴族街に向かった。
◆
偵察用の猫っぽい動物型ゴーレム案内されてやって来たのは、とある貴族屋敷だった。
勿論ただの屋敷では無い。ここには水晶祭で展示された水晶細工の全てが収納されているだ。
水晶祭で出展された水晶細工は祭の最終日の夜、貴族と一部の大商人達にオークションという手段で買い取られる。この屋敷はそれまでの間、商品を置いておく為の倉庫として利用されているわけだ。
勿論只置かれている訳ではない。大切な商品を預かるという事は、それだけ自分が信頼と実力を兼ね備えた存在だとアピールする為である。
もちろんそこには税金対策のために、ボランティアなどで金を撒き散らす金持ちの打算もある。
ココに来た理由は勿論泥棒……ではない。
ムドによって水晶祭の出展物とする為に水晶の彫像にされた最後の一人を助ける為である。
彼女を救出しない事には歯に物が挟まったかのような、何ともいえない後味の悪さを残す事請け合いである。
と言う訳でレッツ潜入である。
まずは情報収集だ。
『領域』のスキルと魔法使い系クラスが持つ(と思う)魔力感知を使用して罠や見張りを探っていく。
まず、建物の外、入り口である門とその少し後ろ、おそらく玄関にそれぞれ三人、そして建物の周囲をゆっくりと回る反応が八体、二人一組で建物を中心に四分割するような配置だ。
建物の左側に二十体の反応、こちらは動かない為、番犬なのではないかと思う。
そして建物の内部をツーマンセルで巡回する反応が六、動かない反応が二十五、こちらはバラバラに点在しているので見張りだろう。
そして屋敷の内部の要所要所に魔力が感じられる。恐らく魔法のトラップだろう。
ムドの屋敷に入った時の様に、睡眠薬をばら撒くのもアリだが、アレは後で大事になる危険があるので最後の手段にとっておく。
念の為、正体がばれないように変装をしておこう。
諸国漫遊を始める前に、こんな事もあろうかとネタで作った潜入用装備一式を着込んだ俺は、意気揚々と潜入を開始した。
巡回する見張りとはち合わないようにしながら、屋敷を覆う塀を飛び越える。それなりに高い塀ではあるが潜入用装備に搭載された機能の前には意味の無い障害だ。
右腕を塀の上に向けるとアンカーロープが射出され、塀に引っ掛かる。
二,三回引っ張って外れない事を確認したらロープを伝って軽々と敷地内に入る。
ちなみにスキルで空を飛ばず、わざわざロープを使ったのは完全に趣味だ。
怪盗はロープで入るのが通なのだ。
◆
そうして敷地内に入った俺は、屋敷の中に入る為の入り口を探す。
さすがに玄関から入るのはあまりにもアレなので窓から入らせてもらうことにした。
大変趣があってよろしい。
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だが窓は閉まっていた。
「何て事だ!」
なんて戸締りがしっかりした家なんだ! イキナリ潜入工作は暗礁に乗り上げた。
だから魔法具で開けたよ。
弱体化の魔法薬を壁に塗って、柔らかくなった壁を剣で切り裂いて潜入口を確保!
そして中に入ってから切った壁を戻して隙間をゲル状接着剤で埋める。このままだと補修後が見つかって、潜入がバレてしまう危険あったため、速乾性の塗料で壁一面を周囲の壁と同じ塗料で上塗りしなおす。 これで潜入痕の隠蔽完了である。
さぁ、お目当ての彫像の所に行こう。
◆
建物の中は、外以上に見張りが多い。特に巡回が多いのがうんざりだ。
俺は潜入用装備の吸盤機能を使って、天井を這う様に進んでいく。
見張りが上を向いたら驚きの光景に出くわすだろう。
とはいえ長い廊下などではいくら天井に張り付いていても見つかってしまう。
俺は装備に仕込まれた保護色機能を作動させた。この機能は周囲の色や模様を映し出す保護色の魔法プログラムである。
これなら動かない限りは誰が見ても天井にしか見えない。
見張りをやり過ごしてから再び天井を進む。
建物の中に入ってからは屋内偵察用の蛇型ゴーレムの案内で進んでいく。
闇ギルドやムドの悪事を調査させた時に、ゴーレム達が町の隅々まで調査を終えている。
おかげで初めての不法侵入でも迷う事無く進む事が出来た。
各所に仕掛けられた魔法トラップも、天井を進む俺には反応しなかった事も順調に進んだ要因といえよう。
◆
そうしてやって来た部屋の前、この部屋の中に最後の一人である少女の彫像がある筈だ。
念の為、ドアにトラップなどの魔力を感じないか確認する、だが何も感じないのでそっとドアを開ける。
どうやら鍵は掛かっていなかったらしく、ドアはすんなりと開いた。
◆
そこには先客がいた。
その姿は、黒いスーツに白いシャツ、首元には蝶ネクタイ、頭にはシルクハットにモノクル、止めに赤いマントとステッキである。
それはまさしく一昔前の怪盗であった。
「ほう、もう見つかったか。なかなか優秀な者もいるではないかっ……ておわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺に気付いた怪盗がこちらを振り向きながら放った台詞が、何故か驚きに変わる。
「何を驚いてる?」
「ななななななんだ! そのふざけた格好は!?」
各種多機能な装備を搭載し、相手の油断を誘うファンシーなデザインでありながら、相手への威嚇を忘れない無表情かつコミカライズされた野球のマスコット的な動物の頭部と全身を覆う緑のスーツ。 潜入用隠密作業装備「ケロッグくん」を着込んだ俺に対し怪盗は叫んだ。
「へ、変質者か貴様!!」
失敬な。




