龍の試練
「龍の巣に連れて行ってほしいの」
龍の巣、その言葉から国民的冒険アニメ映画を思い出すが違うんだろうな。
けっしてツイッテーで瞬間最大コメ数が跳ね上がるような物でも無いのだろう。
まぁ言葉通りのドラゴンが沢山いる場所と言ったところか。
「その通りよ。ヴィクツ帝国の不可侵領域、ドラゴンの聖地、始祖たる存在
ドラゴンカイザー様が治める龍の住む谷、それが龍の巣」
ほほう、ドラゴンカイザーとな。龍王とか竜神とか言われるような特別なドラゴンって事か。
「ええ、ドラゴンカイザー様はヴィクツ帝国興国の祖、ダイアモン=カタ=ヴィクツに加護を与え皇帝の名を名乗ることを許した帝国の祖父、国祖と呼ばれる存在よ。
御本人曰く、数億年を生きている神話の証人だそうよ」
億単位とはすごいな。それだけ生きていれば色々な知識を持っているだろうから、ぜひともご教授願いたいな。
「あまり無礼な事は考えないほうがいいわよ、ドラゴンは人間とは違うんだから」
うーん、自分の中のドラゴンってランドドラゴンとかストームドラゴンが基準だからな、すごいデカくて強いトカゲってイメージなんだよな。
「そういうのは下級のドラゴンね。本物のドラゴンは高度な知性を持ち、多種族の言語を解する知的生命体よ。 格上の貴族を相手にするくらいの気持ちでないと命が危ないと知りなさい」
へぇ、ランクが変わるとそこまで変わるのか。
一度お目にかかりたいもんだな。
「会えるわよ、龍の巣に行けば」
だから連れて行って頂戴、と軽い感じで頼んでくるエメラルダ。
「そもそも、なんでそんな所に行く必要があるんだ? まずは帝国に帰る必要があるんじゃないのか?」
俺の指摘を受け、エメラルダは苦虫をかみつぶしたような表情になる。
ここからが本題の様だ。
「そうね、そこから話さないといけないわね」
そういってエメラルダは俺の横、アルマの反対側に座り俺の体にもたれかかって胸を腕に押し付けてくる。
大変豊満であります。
するとアルマも対抗するように胸を押し付けてくる、天国。
「ほら、やっぱり胸の事ばかり」
むぅ。
「龍の巣に行きたい理由、それは王の証を立てる事よ」
王の証か、言葉の通りなら王位継承の為の儀式と言った所か。
「ちょっと違うわ、正確には……ドラゴンカイザー様の権威を以て強硬的に王位を手に入れる儀式よ」
ん? どういう意味だ? 強硬的に王位を手に入れる?
国を作る事に協力したドラゴンの王様がそんな事を許すのか?
「基本的にドラゴン達は帝国の政治には関わらないわ。けれど帝国の繁栄を望んでいるのも事実なの。
だから、時の王が国を滅ぼしかねない愚行を行ったり、王に成るべきでは無い者が不正を働いて王位に就くのを防ぐための緊急措置としてドラゴンカイザー様は竜の試練を作り上げたの」
なるほど、世の中無能や害悪にしかならん連中ほど権力を求める傾向にあるからな。
しかも連中、他人を陥れる知恵だけは人並み以上に回る。地球でもそういう奴らは山ほどいたからなぁ。ウチの上司とか上司とか上司とか。
「私は自分の事を次期皇帝と言ったわよね。それは間違いのない事実なの。だって私が皇帝に成る事を決めたのは現皇帝のお爺様なのだから」
おおっと、まさかの後ろ盾だよ。自称ではなく本物の皇帝が後ろ盾とあらば、その自信も頷けるというモノ。真偽の確かめようがないから証拠云々は置いておくとしよう。
「話が早くて助かるわ。もっとも次期皇帝の話は私とお爺様二人だけの秘密なんだけどね」
「それがなんで奴隷にされたんだよ」
あ、すごい厭そうな顔。
「私が皇帝になったら困る連中の差し金……だと思うわ」
「でも秘密だったのでしょう? なぜあなたをピンポイントで狙う事が出来たのですか?」
アルマの疑問ももっともだ。皇帝になる事が確約されているのが分かっていたのなら、襲われても仕方ない。だが秘密にしていたのなら何故襲われたのか?
そりゃライバルは他にもいるのだから襲われない理由にはならないが、それにしたって王位継承権を持った皇女が行方不明になったら大騒ぎだろう。
エメラルダは大きなため息とともにその答えを明かした。
「私しかふさわしい者がいなかったからよ」
「いなかった?」
いなかったとはどういう意味だろうか? 第5皇女と言う事は他にも兄弟がいるはずだし、皇帝が祖父なら叔父や叔母がいるはず、当然その人物達も王位継承権を持っているはずだ。
「言葉通りの意味よ。私以外に皇帝にふさわしい能力を持った者がいなかったの」
何それ、人材不足にも程があるだろ。
あまりの荒唐無稽ぶりに俺が混乱していると、以外にもアルマが答えを示してくれた。
「帝国の汚点と言われたロゾの伝染病事件ですね」
何それ?
エメラルダがこれまたすっごい厭そうな顔で頷く。
「かつて帝国に存在したロゾの町と言うに端を発した伝染病事件よ、始めは大したことのない流行病と思われていたんだけど、その実、感染したら非常に高い確率で死亡する悪魔の病だったの」
ああ、この世界じゃ魔法でけがを治すことはできても病気は治らんからなぁ。
「病気の脅威に気付いた頃には病は周辺の町にまで広がっていて、発症者の居る町や村を焼き払ってようやく病の流行は収束したの。最終的に帝国の人口の10分の1が失われたと聞いているわ……」
エメラルダの言葉が硬い。そのまなざしは、実際にはもっと多くの人が死んでいたと言外に語っている。
「ふさわしい者がいないってのはもしかして……」
エメラルダが頷く。
「そうよ、めぼしい実力者は皆病で亡くなったわ……もっとも、今となっては本当に流行病だったのかすら疑わしいのだけれど」
流行病に見せかけて暗殺、確かに有りそうな話ではある。
そんで残った中で一番マシだったのがこのエメラルダと言うわけか。
「それで、君を奴隷にした奴の目星は付いているのかい?」
『心見』のスキルを持つエメラルダなら自分を落としいれようとする者を見極める事ぐらい容易だろう。
「それが分からないのよ」
ありゃ?
「私のスキルは確かに相手の心を読む事が出来るわ、でも時間制限があるし、一度に一人しか読むことが出来ない。更に言うと、めぼしい王位継承者は私に対して害意を持っていなかったわ。
正しくは、皆が皆お互いに害意を持っていたけれど、ボンクラ揃いで失敗した時の事を恐れて誰も動かなかったし、特別私だけを憎んでいた相手は居なかったわ。私を狙うくらいなら普通に王位継承権第一位から狙っていたでしょうしね」
確かにエメラルダをピンポイントで陥れる理由が無いよな。
「更に更に言うと、他の継承者達は全員、自分が皇帝になると信じて疑っていなかったわ。私が言うのもなんだけどスゴイ自信よね」
はー、そりゃ確かにすごいわ。良くもまぁそれだけ自分に自信を持てるもんだ。
「君を捕らえた犯人も分からないのか?」
「あの時は後ろから襲われたから分からないの。夜、執務を終えて侍女達と帝城の私の部屋に戻る最中だったわ。廊下を歩いていたら後ろから強い衝撃を受けて意識を失い、気がついたら見知らぬ牢屋にいたわ、しかも訳ありの奴隷の証である呪印を体に刻まれて奴隷商人に逆らう事も出来なかった。
ホントあの時は舌を噛んで死にたくなったわ、不幸にも呪印の強制力で自殺は許されなかったけれど。
幸い、スキルを持っている事を気付かれなかったから奴隷商人の心をスキルで読んだのだけれど、私を売った連中の事は全身黒尽くめで正体が分からなかったわ」
となるとエメラルダのスキルの事は黒幕も知らなかったと見える。
だが普通スキルを持っているか調べないのだろうか? それともそういう相手を選んだのか、もしくはそこまで手が回らなかったのか?
「本当に貴方には感謝しているわ。一度呪印を刻まれたら皇位の継承なんて絶望的だったから」
「ん? そうなん?」
俺の疑問に対しエメラルダは服の上着を脱いで肌を見せる、なぜかブラをしていないのは喜ぶ所だろうか?
「考えても見て、次の皇帝になる者の体に奴隷の証が刻まれているなんて国民に知られたら、どう思われると思う?」
ああ、なるほど。奴隷の証を刻まれた皇帝なんて外聞が悪いにも程があるよな。
力も歴史もある帝国の皇帝ともなればなおさらだ。
たとえ皆がバレないように隠したとしても、耳ざとい連中は聞きつけるだろう。
獅子身中の虫と言う言葉もある。
「まさか呪印を消す事ができる術者に出会えるなんて思わなかった。
感謝の印にこうして抱きしめても良い位に」
膝立ちに立ったエメラルダが俺を抱きしめると、当然その豊満な胸が俺の顔面に密着する。
こんなお礼なら大歓迎です。
「貴方が望むのならもっと素敵なお礼をしてあげるわ」
マジっすか!?
反対側からきぬ擦れの音がする、たぶんアルマが対抗意識を燃やして服を脱いだ音だろう。
「改めて貴方にお願いするわ。私を龍の巣に連れて行って、そして試練に協力して私を皇帝にして頂戴」
エメラルダが俺の耳元で囁く。
「報酬は私の、ヴィクツ皇帝の伴侶の座よ」
「あ、そういうのはいらないです」
「え?」




