アシュラ・モーニング・プレイス
さて困った。
何が困ったって?
ソレは簡単、奴隷の身分から解放した貴族のお嬢様達が帰ろうとしないのだ。
没落しているわけでもなく、帰る家があるというにも関わらず何故か彼女達は故郷の場所を教えてくれない。
これでは返す事が出来ないじゃないか。
「そろそろお家が何処に在るか教えてくれないかなぁ……」
◆
一夜明けて俺達は馬車の中の拡張空間の中にいた。
流石に奴隷として牢屋に入れられていた彼女達を外に放置するわけには行かない。
だが宿を取ろうにも今は水晶祭の真っ最中、救い出した34人の女の子達を泊める事の出来る宿を確保することも出来ない。
そういう訳で自然と馬車の中の拡張空間を使うことになったのだ。
幸い、人を招くことを考えてちょっとした豪邸並みの空間を確保してあるし、VIP用に貴賓室も用意してある。
アルマ達からは物理的に浮いている領主の館よりも快適と言われたほどだ。
あっちはちゃんと転移装置でダミーハウスから出入りできるし飛翔機で降りるこ事もできるのになー。
それにあの館にはスーパーな秘密機能が搭載されていて、いざと言う時はスゴイんだぞ。
もちろん領主の館だけじゃない、俺が開発した人口湖や街そのものだって……
「クーちゃん、ご飯の用意が出来ました」
「お!? おお……分かった」
うっかり関係ない方向にシフトしていた思考をアルマが引き戻してくれた。
「34人……俺達を合わせて36人分の食事の用意は大変だっただろう」
「皆さんが手伝ってくださったのでそれほどでも無かったですよ」
「そうか、そりゃ良かった」
どうやら彼女たちの中には料理が得意な子達も居たようだ。
流石にアルマ一人に家事をやらせる訳にはいかんしな。
ちなみに俺も手伝おうとしたら、夫は台所に入ってはいけませんと言われて追い出された。
これでは成人を迎えてからアルマのエプロンを楽しめないではないか。
何か良い案を考えておかねば。
「あ、そういえば牢屋に閉じ込めた襲撃者の飯も用意せんとな」
「大丈夫ですよ、そちらはゴーレムさん達に運んでもらいましたから」
「そっか、気が利くな」
良い子のアルマの頭を撫でてやると猫っぽい声を上げてゴロゴロする。
脳波に反応して動くネコミミを作ろう。
俺は固く心に誓った。
◆
食堂に到着すると既に全員が集まっていた、どうやら俺達が最後のようだ。
俺が食堂に現れると場の空気が固くなる。
そこに見える感情はさまざまだ。
奴隷から解放されたことから来る感謝。
ソレを行なえる技術の持ち主である事への驚愕
そしてこの魔法具屋敷の所有者としての詮索
だがそれらを差し置いて尚強い感情を全員から感じる。
よく分からないのだが、何故か全員が熱っぽい目で俺を見るのだ。
多少の差こそあれど、全員が俺の姿を視線で追う、蕩けた笑顔と共に。
うーん、一体何なんだ?
そしてその熱と反比例してアルマの周囲が冷えているような気がする。
いや気のせいじゃない、アルマの周りで氷の魔力が渦巻いている。
なんか知らんがこれはヤバイ、とにかく場の空気を暖めなければ。
「あー、君達、昨夜は良く眠れたかな? 色々大変だっただろうから何か困った事があったら直ぐに言ってくれ」
瞬間、部屋の気温が上がった。
「そんな、私達を助けてくださっただけでなく、そのような優しい言葉まで」
「でもその優しさが素敵です」
「王子様……」
なんか知らんが好意的な感情を感じるのでどうやら間違ってはいなか……
「……」
寒っむ!! 左隣が超寒っむ!!
「あらー、何故か心地よい空気ですわ」
右隣の席に座っていたペンギ……ダークフェニックスのシュヴェルツェはアルマの放つ冷気が心地よいらしい、なんとうらやましい。
左隣のアルマからは冷気、周囲からは熱っぽい視線、何だこの変な気温分布図は。
「クーちゃん、まずはお食事にしましょう」
「ああ、そうだな」
こうして俺の人生でもっともスリリングな朝食が始まった。
朝食が始まるとその光景はさまざまだ。
貴族の娘達は静かに、美しいマナーで食事を取り、平民の娘達はワイワイと料理に舌鼓を打ちながら食事を取る。
貴族と平民が一緒に食事を取るなんてこの世界では早々無い光景だろう。
お茶が無くなりかけたのでゴーレムに命じて持ってこさせようとしたら助け出した少女の一人がお茶を持ってくる。
「どうぞご主人様」
白髪の狐耳、スタイルは大きすぎず過ぎず小さ過ぎずのバランス型だ。
たしかこの娘の名前はルシアだっけか。
白弧族と言う獣人種で神の啓示を受けやすいスキルを持つ者が多く、種族的に神官を生業にしているそうだ。
とある田舎の村で巫女をしていたそうだが、戦争で村を敵国の軍に襲われ奴隷にされてしまったらしい。彼女は自分と同じ白弧族を救い出すのが目的なんだとか。
「ありがとうルシア」
「っ! そ、そんな、従者として当然の事です」
むぅ、もう奴隷の身分からは解放したんだがな。
「もう君は奴隷じゃない。俺にこびへつらう必要なんてないよ」
今の彼女達は奴隷からの解放の対価として、俺の店で働く従業員になってもらう事にしたのだ。
だがそれはあくまで正当な契約の関係、理不尽な関係を気付く気はない。
この世界としてはお人よしが過ぎるんだろうが、俺の心はあくまで日本人だ。
思考の全てを異世界ナイズする必要もないだろう。
「ご主人様は私のご主人さまです。 白弧族は大きな恩を受けた際人生の全てを懸けてその恩をお返すする掟があるのです。奴隷の身分よりお救いしてくださったご主人様は、私の全てを捧げるのにふさわしいお方。いずれ村の白孤族を救い出した暁には、救われた全ての白弧族がご主人様に忠誠を誓うでしょう」
何気に重い。
だがソレを聞いた他の獣人種の女の子達も次々に立ち上がり俺の元に押し寄せてくる。
「主様! 我が人熊族も恩義には倍の恩で返せという掟がございます! 故に我も主様に生涯お使えする所存です!!」
「だんな様! わたくし共風燐族は強き者に忠誠を誓う武の部族、ぜひともわたくしをだんな様の槍としてお使いください!!」
「ご主人様!」「だんな様!」「お館様!」「あるじ様!」
収集が付かなくなってきたな。
って言うかこの世界の獣人はヘビーな掟多すぎだろ、もっと気楽に生きろよ。
「皆さん落ち着いてください!!」
その瞬間、全ての音が消えた。
突如発生した清らかな音によって、全ての雑多な音が己を恥じ姿を隠した。
そう思えるほどにその声は美しかった。
「皆様のお気持ちは理解できますが、そこにクー様の気持ちは考慮されていますか?」
圧倒的な、だがソレでいて優しい声音に誰もが落ち着きを取り戻す。
暴走していた少女達の感情を只の一声で落ち着かせた少女。
メルクリウス=シー
その姿を言葉に表すのなら
『聖女』
只この一言だけだった。
チリッ
ん?
チリチリ
なんだこの感覚、肌がチリつくというか、なんかどこかで感じた事のある感覚だ。
「クー様」
メルクリウスは立ち上がり俺の目を真正面から見る。
透明な南の海を思わせる青い瞳は俺の心の奥を見通しているようだ。
この感じは、オーナと話をしていた時に似ている。
「あ、ああ。何?」
「お食事が終わりましたら私共の今後についてお話したくございます」
「ああ、俺も後でその話をしようと思っていた所だ」
「左様でしたか、これは失礼致しました」
「いや、かまわない。皆不安だったからこそ我を忘れしまったんだろう?」
俺もまた立ち上がって少女達に頭を下げる。
「もっと速くに話をするべきだった。すまない」
「そんな、私達はそんなつもりじゃ」
「そうです、あるじ様を困らせるつもりなど欠片も持ち合わせておりません」
俺の謝罪を受けて少女達がかしこまり謝意を告げてくる。
コレで彼女達も暴走も少しは抑えられるだろう。
忠誠によって俺とのつながりを求めたのも自分達がこれからどうなるのか不安だからだろう。
図らずもメルクリウスによってその懸念が払拭されたといえるのかも知れない。
考えすぎかもしれないが。
「では皆さん、お食事を再開いたしましょう」
「はーい」
メルクリウスの号令に従い全員が食事を再開する。
意外に委員長キャラなのかもしれない。
「クー様、パンのおかわりは如何ですか?」
立ったついでとメルクリウスが聞いてくる。
「んじゃ、貰おうかな」
「かしこまりました」
そう言って少し厚めに切った食パンを手渡してくるメルクリウス。
何人かの少女達がソレをうらやましそうに見ている。
別の何人かは次は自分の番だという顔をして見つめている。
そしてパンを受け取ったその瞬間。
『バチィィィ!!』
「痛ってぇぇぇぇ!!!」
突然手に痛みが走る。
だがその痛みは傷を追う痛みではなく。
「大丈夫ですかクー様!?」
『バチィ!!」
「痛てっ!!」
メルクリウスの触れた場所が、まるで静電気が発生した時の様に、俺の手に痛みを生んだ。




