謎の暗殺者
黒い影の足元にあふれる血の泉。
その源泉は考えるまでもない、ムドとその父親だ。
『領域』スキルで確認した生命反応はコイツに間違いない、コイツがムド達を殺したんだ。
そいつは机の引き出しをあさって何かを探しているようだった。
もしかしたら俺が見つけた裏帳簿を探しているのかもしれない。
だが俺達の気配に気付いたらしいそいつは、頭を上げて俺達を確認する事もせず突然飛び退って両手に短剣を構える。
うーん、そんなに強くないのか? 気配を察知することはできるみたいだが探し物に夢中になっていたみたいだし、とはいえ油断は禁物か。
「目撃者……」
それは子供の、少年の声だった。
「……殺す!」
そう言うなり飛び掛ってくる少年。
『下がってろ!!』
通信機で後ろにいるアルマにアトリエの中まで下がるように指示を出す。
正直驚いた、ソレほどまでに少年の動きは早かったのだ。
明らかに子供の速さではない。
とはいえソレは人間のレベルならだ、アルテア様やバギャンといった人間やめた人やそもそも人間でない連中の規格外の身体能力とは比ぶるべくもない。
少年が両手の短剣を突くタイミングにあわせてショートソードではじき、シールドで叩き落す。
「なっ!」
よほど自分の技量に自信があったのか、いともあっさり武器を奪われた少年は驚愕の声を上げる。
しかい驚いたのはほんのわずかな間、すぐさま後ろに引こうと動きだす。
だが遅い、身体能力は明らかにこちらの方が上だ、俺は少年が動くよりも早くその腹にシールドを叩き込む。
もんどりを打って地面に叩きつけられる少年。
俺は『測定』スキルで少年のステータスを確認する。
名前:レット
Lv25
クラス:アサシン
種族:ハーフエルフ
スキル
・性別変更
アーツ
・中級隠密行動:消費魔力4
・中級瞬間身体強化:消費魔力10
・中級登攀:消費魔力5
・空気撃ち:消費魔力7
能力値
生命力:80/150
魔力:36/50
筋力:3
体力:4
知性:2
敏捷:6
運 :2
コイツ、レットと言うのか。
それにしてもアサシンとはな、もしかして闇ギルドから来た刺客か?
だがなんで殺す? ろくでもない奴等でもお得意様だろうに。
などと考えていると少年、いやレットが立ち上がる。
レットは腰を落として左の拳を構え反対の手が後ろに下がる。
だがその動作とは裏腹に下がった右手に魔力が篭る。
俺はレットの手に篭った魔力の高まりが止まった瞬間に体を半身ずらす。
その瞬間レットの右手から不可視の衝撃が放たれる。
だが衝撃は体をそらしていた俺の横をすり抜ける。
「避けた!?」
驚くレット。無理もない、絶対の自信を持って放った攻撃が避けられたのだから当然だろう。
おそらく今の攻撃が『空気撃ち』というアーツなのだろう。
アーツと言うのは魔法使いにおけるスペルだ。
「おとなしく降伏して全てを話せば命は助けてやる」
念のため降伏勧告をするが、まず受け入れないだろうなぁ。
「こ、断る!!」
予想通りか、では力づくで捕獲するとしよう。
「捕まえろブロックアーム!!」
ブロックアームにレットの捕獲を命じる。
レットはふらつく体を必死に動かしてブロックアームを回避するがさっきのシールドバッシュでわき腹の骨でもやったのか動きが悪い。
生かして捕獲するために風魔法で吹き飛ばすとするか。
ちょうどこちらに向かって走ってくるので迎撃といこう、そう思った瞬間だった。
突然レットが俺の目の前に現れた。瞬間移動などではない、単純な高速移動だ。
あわててシールドを突き出すもレットはソレを飛び越え、なんと天井を蹴り俺の後ろに降り立つ。
「何ぃ!?」
不味い、完全に後ろを取られた。
「もらっ……」
後ろに振り向くが間に合わない、さっきの空気撃ちが来る。
「ストームウォール!!」
「がっ!!」
はじかれるレット。
「大丈夫ですか!?」
嵐の壁を張って俺を守ってくれたのはアルマだった。
「助かった」
俺の無事を確認してから即座に魔法を解除するアルマ。
正直子の攻撃を食らって死ぬことはなかっただろう、だからといってわざわざ当たる気もない。
姿勢を崩した後に毒でも使われたらしゃれにならんし、アルマの援護は正直ありがたかった。
「っと、レットは……逃げたか」
弾き飛ばされたはずのレットはどこにもいなかった、恐らく弾かれた勢いそのままに転がって廊下に逃げ出したのだろう。
通路の向こうからガラスの割れる音がした。
『領域』スキルを使って生命反応を調べると既に屋敷を出た後だ、どうやら部屋の窓から逃げたらしい。
しかし怪我をしていたのに、いったいどうやったらあんな動きを……あ!『中級瞬間身体強化』のアーツか。
なるほど、アレで瞬間的にブーストをかけたのか、便利だな。
とはいえあれはあれで負担が大きそうだな。
さて、逃げられる前に捕獲するか、飛行系スキルで追えばすぐ追いつくだろう。
だが再び驚く事が起こった。
「反応が消えた?」
『領域』スキルで追っていたレットの反応が消えたのだ。
まさか仲間に隠密系スキル持ちが? アーツで中級隠密行動を持っていたようだがそれでもスキルの索敵から逃げられるとは思えない。
迂闊、仲間がいるのは当然か。
「仕方ない、アトリエの水晶にされた人達を助けてから帰るか」
「大丈夫ですか?」
「逃げられちまったからなぁ、とはいえこの国から出れば問題ないだろう、わざわざよその国まで口封じには来ないさ」
「そう……ですね」
俺の言葉にほっとするアルマ。
だが相手は闇の世界の組織、そのまさかをしてこないとも限らない。
うん、これからは索敵系の能力に特化した護衛ゴーレムを周囲に配置することにしよう。
ムド達が殺されてしまった以上こいつらの悪事を糾弾することはできなくなってしまった。
もしかしたらソレも織込み済みなのだろうか?
誰かの陰謀なのか? それとも偶然が積み重なっただけなのか?
俺はレットがあさっていた引き出しに裏帳簿の一つを入れておく、これでムド達の死を調べる役人達が見つけてくれるだろう。
握りつぶされる可能性もあるので全部は入れない。残りの裏帳簿は誘拐された貴族の娘の親に娘経由で渡してもらおう。
「さー帰るか」
こうして残った奴隷達も解放した俺達はムド達の館を後にしたのだった。




