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曲者退治

「キャアッ!!」


突然道を歩いていた女性に水が掛けられる、一体何事かと周りの人々が辺りを見回すと水路の方から笑い声が聞こえる。

皆が笑い声のする方向を向くと水路の中に数名の男達がいた。


「コラー! また貴様等か!!」


悲鳴を聞いてやって来た自警団の一人が水路の中の男達を怒鳴りつける。

だが男達はニヤニヤと笑って自警団員の言葉を聞き流している。


「あー? 聞こえねぇなぁ、もっと近くで喋ってくれよ」


「こっちまで来れたらなぁ」


それどころか自警団員を挑発する始末だ。


「きっさまらー!! ここをマエスタ侯爵の治めるアクアモルトの街と知っての狼藉か!!」


「知らねーよ、誰だソイツ?」


「ちょっと影薄いんじゃないの侯爵様ー?」


「こ、この無礼者がー!!」


「「「はははははははっ」」」


自警団員と男達が口論とも言えない口論をしていると水路の向こうからボートが近づいてくる、更に方向からはゴーレムが水を掻き分けやってくる。

どちらも男達を捕まえにきたのだ。


「そこの男達! 大人しくお縄に付けい!」


ボートの上の自警団員が定型文で男達に降伏勧告を告げる、しかし男達はどこ吹く風だ。


「そんなに捕まえたけりゃ力ずくで捕まえな!」


言うが早いか男達は身を翻して泳ぎだす。

だがその泳ぎ方はクロールなどといった人間の泳ぎ方ではなかった。

彼らは自らの体をくねらせ魚のように泳ぎだす、いや、実際彼等の下半身は魚だった。

彼らは人魚だったのだ。


彼等こそ近頃このアクアモルトの街を騒がす水棲種の暴走集団、暴泳族だった。



「やっとるなー」


俺はそんな彼等のやり取りを遠間から眺めていた。


連中、最初の内は水路から水をかけたりといったしょぼいイタズラがメインだったが水路を使って逃げれば自警団に捕まらないと分った途端内容が悪質になった、屋台の売り物にイチャモンをつけて代金を払わなかったり気に入らない相手を水路に引きずりこんだりとやりたい放題だ。

今も逃げながら陸に向かって物を投げたりと逃走中なのに余裕を見せながら迷惑行為を行っている、完全に舐められてるな。


正直領主が出る様な案件じゃないんだが部下も水中の人魚を捕まえたなんて面白い経験のある者はいないので後手に回っている感じだ。

一度漁師の案で網を投げて捕獲しようと言う作戦が上がり数名を捕らえたのだが近づいて確保される前に仲間の人魚がナイフで網を切り裂いて逃げられてしまった。

幾ら普通の投げ網とはいえ網を投げた捕獲隊が捕まえに来る前に網を切り裂くと言うのは随分と切れ味が良いナイフだ。

恐らく切れ味を向上させる効果を持った魔法のナイフなのだろう。

しかし、大したモノじゃ無さそうとはいえ魔法具、チンピラが持てるようなモンじゃないよなぁ。


しかも連中夜はモネ湖に逃げ込み隠れている、あの湖はかなり広いのでたった数人を探すのは相当な骨な作業だ。

既に犯人が現れたら水路の出入り口は封鎖するように指示を出してあるのだがそれでも犯人は捕まらない、おそらく誰か協力者がいるのだろう。

とはいえこれ以上連中を調子に乗らせるわけには行かない。

なにしろ観光客からのイメージという物がある、こういった街にマイナスイメージ

を与える不埒者どもは早々にお帰り願わねばならない。



「マエスタ侯爵、捕獲部隊準備完了しました」


「ああ、始めてくれ」


報告に来た若い男の手には水かきが生えている、彼は水陸両用の水棲種サイ種の冒険者グンだ。

これまでモネ湖など水場に関わる依頼を引き受けてくれていた水棲種の冒険者の一人で今回彼を初めとした何名かの水棲種が暴泳族捕獲作戦への強力を申し出てくれた。

彼らは同じ水棲種として暴泳族に強い怒りを感じているようだ、なにしろ彼等の行いは同じ水棲種の自分達に謂れの無い悪評となって降りかかるのだから。


「マエスタ侯爵の造られたこの街の建築思想は我々水棲種と地上の民の新たな関係を築く可能性を秘めている、その恩恵を最も深く受けることの出来る彼等が率先してその関係にヒビを入れることを見過ごす事は出来ません!!」


水棲種である彼等は水路を活用したこの街に対し俺が考えた以上の可能性を感じてくれていた。

だからこその協力だろう、同胞の不始末は同胞の手によって拭われなければならない、そうしなければこの街の住人は水棲種に対して不信を抱き続ける事になってしまうからだ。

だから俺は諸手を上げて彼等の強力を歓迎した、そうすることで水棲種との間にわだかまりは無いとアピールするためだ。


「そっちに逃げたぞー!」


「追い込めー!」


遠くから自警団と協力者達の声が聞こえる。

今回の捕り物では彼等水棲種の協力者と連携して追い込み漁の要領で暴泳族を追い込んで行く。


街の各所に配置されたサイ種の協力者達が暴泳族が逃げた先の水路に飛び込んで彼等を追い詰める。


「そこまでだレムの!!」


「なっ! 手前ぇサイの! こんな所で何のつもりだ!!」


「ソレはこちらのセリフだ!!貴様等こそこんな所で人様に迷惑を掛けてなんのつもりだ!!」


言葉の応酬をしながら暴泳族とグンはお互いの体をぶつけ合う、そしてその度に激しく体が吹き飛んでは再びぶつかり合う。


「レムの恥さらしめ!! 大人しく縛に付け!!」


「はっ! テメェこそ何陸人に尾びれ振ってやがんだよ! これだから半陸野郎は信用できねぇんだよ!!」


「部族は関係ない! 貴様達は自分の行ないが陸と海の間に不和を招くと何故分からん! 水棲種の未来を考えるならば彼等とは手を取り合うことだろう!!」


グンと暴泳族は追いつ追われつのデッドヒートを繰り広げながら口論を繰り広げている、もしかして知り合いだったりするのかな。


「知ったことかよ!! 俺達は自由に生きるだけだ!!」


「っ! このチンピラ共が!!」


だが暴泳族達は利く耳を持たずグンの言葉を振り切って逃走を続ける。

だが彼らは気付いていない、家臣達の妨害やグン達協力者からの投降の呼びかけに気を取られて自分達が少しずつ誘導されていると言う事に気づくものはいなかった。

暴泳族達はいつものように逃げているつもりだったがここ数日で彼等の逃走パターンは確認済みだ。

何よりこの街は俺が作った街、文字通り俺の思い通りになる街だ、物理的な意味で。


「あれ? なんかおかしくね?」


「おい、どうなってんだ? 道がいつもと違うぞ!?」


「わっかんねぇよ!!」


「落ち着け! あの建物があるって事は次の水路で右だ」


「わかった!!」


リーダーが仲間を叱咤し統制を保つがソレもわずかな間だけだった。

水路を曲がった先には記憶にある光景は無く全く見知らぬ光景だった。


「え?」


「ちょ、ちょっと待てよ、この道は協会のある通りだろ? 何で領主の館が見えるんだよ!領主の館は街の真ん中だろ! 俺達街の外に向かってたはずじゃないのかよ!?」


「一体どうなってんだ!?」


この街は俺の仕込みで自由に動かせる、水路のルートを変更するくらい朝飯前だ。

何しろこの街の地盤には足が生えている、比喩ではなく本物の足が生えているのだ。

今も街の区画や水路はシャッフルされている最中だ、そしてご近所の皆さんには昨日の夜のうちにお詫びの挨拶周りを済ませてある。

市民と観光客には別働隊が説明中だ、とりあえずクレームには宿代のサービスなどで対応の予定だ。

壁ゴーレムが彼等が向かう道を封鎖して行き先を誘導する、本来は水害対策用に造った水路の水量調整の為のゴーレムだったんだが始めての運用がこんな仕事になるとはオレも予想していなかった。

ここまでくれば後は獲物が自分から網に入るのを待つだけだ。


「うわぁぁぁ!!」


「な! 何だコリャ!!」


「お、いい感じにハマったな」


悲鳴の上がった先、そこには水路の中で変なポーズをして固まった、人魚の男達がいた。

そう、暴泳族だ。

暴泳族は水の中でもがいているが全く体を動かすことが出来ないでいる、その理由は彼等の周りの水だ。

だがソレは実は水ではなく俺が昨日の内に水路に仕掛けておいた捕獲罠だ、水の様に見えるが実際は限りなく透明度の高いトリ餅見たいな物だ。

何もしなければ只のゲル状の物質だが特定の素材と混ぜ合わせる事で硬化する性質を持っている。

つまりAと言うゲルとBと言うゲルを少し離して隣り合わせて配置しておく、そして逃走中の暴泳族達が勢いよくAのゲルに突っ込みそのままBのゲルに突入する。

結果水中を泳ぐ動きが素材同士を撹拌させる行為となり彼等は硬化したゲルに自分達を閉じ込めてしまった訳だ。

ただ硬化するだけだと息が出来なくなってしまうので短時間で柔らかくなる性質を与えてある、ゲルが硬い内に捕獲用のゴーレムが彼等を確保してゆく。


ちなみにこのゲルは俺のオリジナルではなく、浮島の研究資料にあった物を再現したのだがこれを作った人間は一体何の為にこれを作ったんだろう? 浮島の研究資料の中にはそういった使途不明の研究が溢れておりこのゲルも本来の使用方法なのか疑わしかったりする。


それはともかく捕まえた暴泳族から何でこんなバカな事をしでかしたのか聞きだしましょうか。


「お前達、大人しく喋った方が身のためだぞ」


「へっ!テメェみたいなガキに脅されたって怖かねぇぜ!!」


「ガキはママのオッパイでもしゃぶってな!」


「ははははははっ!!」


「貴様等領主様に向かってなんて口の利き方だ!!」


グンが彼等の言葉に激昂するが連中は全く応えた様子も無い。

凄いな、絵に描いたようなチンピラのセリフだ、しかし捕まっていると言うのにこの自信は何なんだろうな?

もしかしてこいつらの裏にいる黒幕が助けてくれるとか?

でも俺仮にも侯爵だし権力で何とかしようとしたらそれこそ陛下あたりの命令でないと軽犯罪のチンピラを釈放とか聞く理由も無いしなぁ、それにそんなことしたらソイツは自分が裏で糸を引いている事がバレちゃうわけだし。

あとは力ずくで救出? いやいや、たかがチンピラごときに対して危険を冒してまで救助部隊を派遣とかありえんわ。

間違いなく使い捨てだろうな、いざとなったら助けるとか適当な事言って大目の前金を渡して信用させたって所か。


「じゃあどうなっても構わんのだな」


「拷問でもするんですかー?」


「拷問器具で怪我しないように気をつけろよー」


素晴らしい、この空気の読めなさ、一切の遠慮とか気遣いとか忘れさせてくれる。

よーし、思いっきりやっちゃうぞー。


「拷問なんてしない、呪いを掛けるだけだ」


「はっ、やっぱ良い子ちゃんのお坊ちゃんじゃ・・・・・・は?」


「お前達には魔法の実験台になって貰う。喜べ、世界でも稀な呪いに最初に犯された栄誉が与えられるぞ」


「はぁ! 呪いってマジか!?」


「オイオイ何言っちゃってんのこのガキ?」


暴泳族は半信半疑だ、呪いと言われてもピンと来ないのだろう。

だがわがマエスタ領の領民は違った。


「おい、また領主様が変なことを始めたぞ」


またとは失礼な、たまにしかやっとらんぞ。


「呪いって悪霊が取り付いたりするアレ?」


「アレだろ」


「え? オレの出番?」


「いやいや」


通りすがりのスケルトンとゴーストが呼んだ?って感じでこっちを見ているが呼んでないから、この街の住人の半分はアンデッドだから呪いって言っても迫力がでないなぁ。

それにしてもギャラリーが増えてきたな、まぁ捕まえたその場で会話を始めたから丸聞こえなのは仕方が無いがなんだか住民達から変な期待をされている。


「んー、じゃ始めるとしますか」


俺は暴泳族のリーダーに新しく創った嫌がらせ魔法をかける。


「ルックアットラブ!!」


リーダーにピンク色のモヤがかかって消える、うん無事発動したな。


「な、何にも起こらないぜ? 失敗したのかよオイ?」


ちょっと声が上ずってますよ。


「いや、魔法はちゃんとかかった、条件が整ったら呪いは発動する」


「そりゃ怖いなぁ、いったいどんな呪いを掛けたんだよ?教えてくれませんかねぇ」


ふふ、いいだろう、呪いの正体を知って恐れ慄くが良い。


「好きな異性を見たら目がハートになる呪いだ」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


周囲が無音になる。


「「「はっ?」」」


ギャラリーも含めてその場にいた全員が間の抜けた声を上げる、うん、いい反応だ。


「あ、あの領主さま、今のは一体どういう意味なんですか?」


グンがよく分らなかったとさらなる説明をオレに求めてくる、いや言ったまんまなんだけどね。


「聞いたとおりだ、好きな女の子を前にしたら目がハートになる」


「・・・・・・いったいなんの意味があるんですか?」


「さぁな、創った奴に聞いてくれ」


ホントは俺が創った魔法なのだがこの時代魔法を創りだす技術は失われているので内緒だ。


「まぁ考えてみたまえ諸君、彼はこれから女の子を好きになるたびに目がハートになるんだよ、そんな彼の人生はどうなると思う?」


「・・・・・・公開処刑?」


「・・・羞恥プレイ?」


「生き恥?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


領民達の容赦ない追い込みでリーダーが発狂したかの如く叫びだす。


「じゃ次行くぞー」


「「「イヤだぁぁぁぁぁ!!!」」」


俺は仲間の暴泳族達にも容赦なく呪いを掛けていく。


「お前は甘い物が激辛になる呪い」


「ギャァァァ! オレ甘党なのにぃぃぃぃ!」


「お前は語尾にでちゅって言いながら可愛いポーズを取る呪い」


「いっそ殺せぇぇぇぇぇ!!でちゅ」


「お前は自作ポエムを街頭で朗読する呪い」


「許してぇぇぇぇぇぇ!!!」


「お前は・・・」


「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」


雲ひとつ無い青空にチンピラ共の叫び声が響き渡った。



「「「「何でも白状いたしますのでどうか許してください(でちゅ)」」」」


そして目の前には暴泳族の若者達がキレイに整列して土下座していた。

人魚って土下座できるんだな。


「すげぇ、さすがは領主様だ」


「ああ、体を痛めつける事無く心を粉々に打ち砕きやがった」


「あんな残酷な仕打ち普通の人間にはできねぇよ」


「やっぱりあの人悪魔なんじゃねぇの?」


お前等後で覚えておけよ? ちゃっかり部下まで会話に加わっていたので後で力尽きるまで腕立て伏せをやらせてやる。


「じゃ、喋ってくれるよね」


「「「「なんなりとっ!!」」」」


そこからはもう簡単だった、呪いを解除して欲しいが為に彼らはぺらぺらと目的を喋りだした。

曰く自分達はある貴族から仕事を依頼されてこの町に来たらしい。

依頼内容はこのアクアモルトの街に騒動を起こし俺の名声を落とす事だそうだ。

そういえば最近不審者や騒動を起こす奴が増えているとの報告があったような。

まぁ大抵は大きな騒ぎになる前に巡回ゴーレムが犯人を確保してしまうので大した噂にもならなかったりするのだが。

そんでゴーレムの活躍を見た客が街の安全性を実感して口コミで客が増えるのである。

はっきり言って逆効果だな、見事に依頼主の目的とは真逆の結果になっている。

とはいえ暴泳族の行動はこちらにも予想外だった、まさか犯人の特定が明らかにやりやすそうな水棲種の、よりにもよって人魚タイプのレム種にまで依頼を頼んだのだから。

まぁ、だからこそ犯人の逃走経路に関しては陸上か船の上のみと思っていたこちらの防犯思想の盲点を突かれた形になったわけだ。

まさか内陸の街に人魚が現れて騒動を起こすなんて誰も考えていなかった、領地の警備をしている自警団や警備隊も想定していなかったくらいだ。



で、肝心の貴族の正体、それはこのアクアモルトの街の利権に食い込もうとして失敗した隣のナンゾ領の領主デナン=ナンゾ男爵だった。

え? だれそれって? うん俺も知らん、後で聞いたことだがこのナンゾ男爵はマエスタ領がそこそこ開発されてきた時に俺を失脚させて利権を奪おうとしていた集団の一人だったらしい、つまりかつての血統派の派閥だったわけだ。

だが陛下を始めとする、既に利権が確立していた別の派閥に蹴落とされて利権争いに加わることすら出来なかった三流領主が本当のところだ。

陛下曰く機を見ることの出来ないボンクラだそうだ、実際マエスタ領の開発利権はかなり早い段階で締め切られていたらしい、それこそ俺とアルマの婚約が発表される前にだ。

で、俺はそんな事知らずにせっせと領地の開発にいそしんでいたわけだ。

そう考えると他人の掌で踊らされてたようにも感じるが裏で利権争いが絡んでなかったら今頃俺は足を引っ張られた末に利益が出るまで頑張って開発した領地を奪われていたのかもしれない、そう考えると決して談合と言うのも悪いことばかりでもないのかもしれない。

食料の移入はまだまだ必要だし優秀な人材の斡旋もして貰えるのならお願いしたいところだ、でもついでに側室を進めるのは止めて欲しいところだ。


で、今回ナンゾ男爵はオレの評判を落とし、やはり子供に領主の仕事は無理だと喧伝して俺をマエスタ領の開発計画の責任者から引き摺り下ろし傀儡に落とし隣の領地の領主である自分が指導役になることを目論んでいたいらしい。

そして暴泳族達にはナンゾ男爵が治めることになるアクアモルトの街の市民権を与えるという契約だったらしい。

水棲種でる暴泳族にとって近くに湖と川があり、さらにそれが水路で街と繋がっているこのアクアモルトの街は高級住宅街の様に魅力的らしい。

たしかに今は住民がいっぱいだが、少し待てば遠からず街の拡大計画が次回の議題として提出されただろうに、タイミングの悪いことだ。

彼等に魔法のナイフを与え逃走の手伝いをしたのもナンゾ男爵の部下だろう。


ミヤに命じて彼等が白状した協力者が本物かどうか調べさせる。

出入り口を封鎖された際に水棲種を逃がすための船があるはずなのでその船の所有者と街で使用するための登録をした日付を調べればある程度予測は付くだろう。


それにしてもある意味今回の事件は壮大な嫌がらせとしては大成功といえるな、本人は本気で俺を追い落としてウチの利権に食い込もうとしてたみたいだが既に通信機で情報を共有した陛下達が情報の裏付とナンゾ男爵を処罰する為の裏工作を開始しているとの事だ。

模倣犯が出ないようにかなり厳しめに罰するらしいので正直どうなることやら。

運がよければナンゾ男爵は強制引退、後継者に領主の座を継承、最悪の場合は領地の没収、貴族の地位すら失うかも。

折角なので悪いことを考えたら大声で喋ってしまう呪いでも掛けさせて貰おうか、あとで陛下に許可を貰えるか聞いてみよう。


それにコレだけの事をしでかした彼だが単独犯とも思えない、なんとなくだが彼を唆した人間がいるのではないだろうか?

なんというか伝え聞くナンゾ男爵の人物像を聞いていると無能だがこんな大それた事を実行できる行動力と発想があるのか疑問だ、なによりオレが領主になってから一年以上、それも経営が軌道に乗ってからと言うのが解せない。

考えて答えが出るわけではないが警戒はしておいたほうが良いだろう。



こうして無事暴泳族は捕まえられた。

しっかし、とうとう来るべき時がきたな、っていうか正直いままで目立ちすぎた。

こうなると今後もやっかみや裏工作での追い落としがありそうで面倒だな、予想では敵対するよりも利益を考えて表立った行動を取らず新興のウチに足りてないモノを交渉材料にして取引を持ちかけてくるものと思っていたんだが。

実際そう言う連中は結構いた、大抵はミヤが理詰めで追い払っていたが今回のように本物の馬鹿が出てくると話は変わってくる。

なにしろ馬鹿に計算は通用しない、連中は目の前しか見えないからだ。

そんな連中を相手にしたらどんな迷惑をこうむるともしれない。

考えるだけで気が重くなる。

やっぱりあの計画の進行を早めるか、俺はミヤに命じて浮島の施設で作らせていた物の量産を急がせた。



大捕物から1週間後の早朝、日が昇り始めた時間に俺とミヤは人気の無い平原に居た。

足元には大量のトリの模型が置いてある。

コイツは小型の飛翔機でありゴーレムだ、小さいのでたいした距離は飛べないが魔力充電が可能で魔力が少なくなると魔力濃度の高い場所に行って自分で充電するようにプログラムしてある。

こいつ等の役目は種蒔きだ、もちろんそのままの意味ではない。

こいつ等のまく種は転移装置のマーカーだ、マーカーの発信する波長が届くギリギリよりやや内側の範囲で間隔を保ってマーカーを射出する。

俺の作った転移装置は移動距離に限界がある、そこで等間隔で転移マーカーを配置する事で、近くのマーカーから順番に転移していく事で普通に徒歩や馬で移動するよりも遥かに短時間で遠くに移動できる。

将来的には一気に遠くまで転移したいもんだ。

これが成功すれば領主としてこの土地に封じられる事無く自由に行動することが出来る。

あとは冒険者である事を証明するステータスカードを偽造すれば完璧な一般人に偽装できる訳だ。


「ご主人様は領主を辞めたいのですか?」


俺のやっている事からこれからの事を察したのだろう、ミヤが俺に真意を求めてくる。

こういう所人間らしくなったよな、昔はもっと自分の存在理由に基づいて俺の役に立つ事を第一に考えていたのに、まぁ所長の仕事も優先させられたけどさ。

しかしソレは悪いことじゃない、作り物が本物になろうとしているのだから。

俺はミヤの成長を見守るとしよう、さし当たってはミヤの疑問に答えてやろう。


「辞めたいというか貴族や領主の役目に振り回されるのは好ましくないかなって思ってさ」


今のままだと貴族のしがらみに縛られ自由な行動が大きく制限される、たとえば毎日の領主としての役目だ。

最近ではこういった些細ではあるが離れる事の出来ない理由が多くなって来ている、ソレは良くない。

だからまずはその一環として転移装置による行動範囲の拡大から始める。

その旨をミヤに伝えるとミヤもまた頷いて俺に同意してくれた。


「ご安心下さいご主人様、ご主人様の負担をわずかでも減らせる様、家臣の皆さんは私が徹底的に教育を施しました。今ではご主人様抜きで領地の運営が可能にまでに成長しております」


ミヤがエッヘンと胸を揺らしながら満足げにご報告してくれる。

本来ミヤの言っている内容は領地持ちの貴族の家臣なら当たり前に出来ることだ。

むしろ俺の様に領主がワンマンで方向性を決める事のほうが珍しい、大抵は家臣団が時間を掛けて打ち合わせをおこなう。

なにしろ大半の大貴族と言うものは自分が働く事無く家臣に全部やらせるのだから、当主の仕事なんてハンコを押すくらいだ。

それと言うのも我がマエスタ家は俺が初代の歴史が全く無い一族なのが原因だ。

つまり貴族としての積み重ねが無い所為で家臣にも領地運営のノウハウが無い。

だから引退した経験者の老人を高待遇で雇って若い家臣に教育を行なって貰っている、すぐには無理でもいずれは優秀な家臣としてオレをサポートしてくれると信じているからだ。


そんな俺の長期的スパンで考えられた計画をミヤは持ち前の管理能力で超絶短縮してくれたらしい。

数千年の所長代行作業で鍛えられた彼女のデスクワーク能力は既に超一線級で共に働く部下に的確な指示を飛ばしていた。

その甲斐あってとうとう俺がいなくても完全にこのマエスタ領の運営可能なまでに成長したみたいだ、すげぇな。


一週間もすれば鳥型飛翔機は隣国にまでマーカーを配置できるだろうしこれからは気楽に領地を留守にできるようになるな。


「領主として領地の開発は十分なレベルまでやったし観光事業で資金的な問題もクリアした、もうこの土地に俺は必要ない。これからは必要以上に目立つことをせずにひっそり生きていく」


それだけの稼ぎはすでに蓄えた。

領主としてのクラフタ=クレイ=マエスタは表舞台からフェードアウトして、これからは冒険者として外の世界で生きていこう。


「外に出て新しい自分として生きる、俺が必要な時だけ呼ぶように」


「畏まりましたご主人様」


「勿論私も一緒に行ってもよろしいのですよね? クラフタ様」


「うぉぉ!?」


後ろから聞こえた声に心臓が飛び跳ねる、後ろを振向いて確認するまでも無い、声の主は一人。


「早いなアルマ」


「旦那様がベッドを開ければ目も覚めます」


「そ、そうか」


「そうです」


これも愛かな。


「外は危ないぞ?」


「貴方がいます」


「いつでも傍に居て守ってやれるわけじゃないぞ」


「その為の力は得ましたし、なにより」


言葉が一端途切れる。


「明日からの此処には貴方が居ない、そんな場所はどれほど心地よくても私にとっては荒野と同じです」


かつてアルマはずっと傍に居てくれると言ってくれた。

だからこれからも一緒に居る、そう言うことなんだな。


「分った、いっしょだ」


「はい!!」


やっぱ嫁には勝てんわ。

苦笑する俺をミヤが笑って見ていた、恥ずかしいシーンを見られたなぁ。


まぁいいや、これからは久々のしがらみの無い世界を堪能するとしよう。

ちょっと遅い新婚旅行だ。

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