闇を抜けて(4)
ライルは基本的に「いい人」です。
結局、助けを求める人を放ってはおけない性格ですね。
ある意味で、キャシーとライルの、その心が物語の救いの一つです。
『目を覚まして』と誰かに言われた気がして俺は目を開けた。
「この匂いは?」
何かが焼け焦げる匂いと、風に乗って漂ってくるこの匂いは……『血』か?
俺はつけてあった火を消すと、森を駆ける。
確か……この近くにも小さな村があったはずだ。以前なら泊まるのに野宿は必要なかった。だが、殺人や強盗が多い地域ではよそ者を村へ泊めることを極端に嫌うこともある。特にこの地域は顕著だった。
「まさか……」
木々の間から、火の手が上がっているのが見える。ここからだと歩いて二十分程か。
村の襲撃。
戦争後のこの大陸ではさほど珍しくはなかった。国が滅び、行くあてをなくした者たちが集まって生きるために襲う。統一国家がまだ盤石ではない今なら、という考えがあるのかもしれない。事実、ここ半年はようやく統一国家の軍隊が各地域に駐留し始め、いくつかの大きな盗賊団が壊滅した。俺も小さな組織の討伐にギルドからの応援で参加したこともあった。
(すぐには、改善しないか)
どんなに強硬な政策をとっても、起きるときにはおきてしまう。戦争前だって強盗や虐殺事件が無かったわけじゃない。だが、あの戦争で人を殺すということに慣れてしまった者もいるだろう。その中には俺も含まれている。
「……今の俺には、関係のないことだ」
襲われている村に今行けば、もしかすれば誰かを助けられるかもしれない。しかし、だから何だっていうんだ? 俺が行ったところで大して状況が変わるわけじゃない。誰も、誰一人として助けることだって出来ないかもしれないのに!
「そうだ。俺が関わる事では――」
自分に言い聞かせるように、まるで言い訳のように繰り返す言葉。それをするたびに俺の心は暗く塞がっていくというのに。だが。
『あなたは、本当にそう思って?』
心の中で懐かしい声が響く。それは暗闇に満ちた俺の心に、小さな光を灯す。
「くっ……あんなことは二度とごめんだ。俺でなくても誰かがそう感じるのは……」
すぅ、と俺は大きく息を吸い込んだ。
人を助けられるだけの力があるのなら、迷うことなく使うべきだ。自分には少なくともそれだけの力がある。それなら――。やることは一つ。
闇夜に沈んでいる森の中を俺は駆ける。火の手がコンパス代わりになって場所を特定しやすい。奴らはきまって月が出ない新月の夜に襲うことが多い。しかし今夜はまだ三日月。僅かでも月の光があればこちらも有利になる。
しばらくすると、急に血なまぐさい匂いが強くなってくる。村は近い。だが、まだ村まで距離があったはず。なのにこの強烈な匂いと狂気にも似た殺気。血に飢えた盗賊……いや、それよりもたちの悪い簒奪者たちだ。彼らは奪うだけじゃない。人を、子供を問わず殺し、女を犯す。そして最後には全員殺すか村ごと焼き払う。
「だいぶ火の手が回っているのか……これでは……」
また俺は後悔することになるのか? いや、まだ望みはあるかもしれない。
「!? 気配、か」
森を抜け、少し開けた場所に出る。先にはもう使われていないらしい小屋が佇んでいた。その近くで小さな物音が聞こえる。俺はそっと地面に伏せ、音を聞き分ける。
「一つ、二つ……いや、三つか……」
俺は近づいてくる足音を感じながら、小屋の横にある木の陰に身をひそめた。
さぁ、急展開です。
ここから作者が妙に頑張る戦闘描写が入ります。次回も読んでいただければ幸いです。
次回から「ゆれる炎」をお送りいたします。