△1st.SHAINING
創に、光があった。
光はあまねく照らしてその場が如何なる場かを識った。
そして知識は厳格に分けられ、今ある世界の礎となった。
そして神は、この世に王国を築き上げた。
幾千幾億の奇跡を積み重ね、なゆたらのいのちの光を燃やし……
行き着く果ては、なゆたらの果ての小さき少女。
世界は歴史に支えられ、王国は人の環を導き出し本当の奇跡へと至った。
これは、奇跡の残した物語。
奇跡を忘れず、歌い継いだ少女の物語。
◇
私はベッドからずり落ちた。
「あいたっ」
私を見下ろす大きな胸……いや、その上にある優しい顔がため息をついた。
「はにゃあ……もう、初日から遅刻する気ですか兎鞠ちゃん?」
「ふえ?」
目覚まし時計を見上げると、とっくにアラームは鳴り終えていた。
「わわわ、急がないと遅刻するぅ!!」
あわてて起きあがり私はパジャマを脱ぐ。
「焦らないで下さい、お着替えとお食事の支度はもうできてますからね~?」
「ありがとうななみん!!」
この女の人はななみんこと義両奈々美さん。
「兎鞠ちゃんはだんだん最近、奈々美ちゃんに似てきた気がします」
ななみんとそっくりな見た目と声でソファーにくつろぐ、見た目クールな印象のこの人はかなめんこと義両要女さん。
双子揃ってリブ生地のセーターにジーパンと気軽な格好をしているけど、二人とも立派なうちのメイドさん。
──というか普段私服の方針にしたのは私である。──
「似てるって?」
「のんびりしてるところと、胸ですね。
成長期侮りがたし……」
かなめんも人のこと言えないんじゃないかな……クールなようでいて自由な子、それがかなめんだ。
自分のものを確認しながら思うが、うちの序列は私≦かなめん<ななみんだと思う。
ななみんがオーバーヒートしちゃうから具体的な数値にしないけど。
「多分まだかなめんにも届いてないけど……いずれは届くかなぁ」
「は、はにゃっ!?そんな憧れの眼差しで見られる程のものじゃないですよお」
ううむ、しかしななみんは歳上なのに一挙一動がいちいち可愛い。
私の夢からしても、見習うところは多いんだよね。
するとかなめんはクールなポーズをとって私を指差した。
「可愛い可愛い私の奈々美ちゃんの高みを目指すのは素晴らしいですがしかし、会得しなくてはならない厄介なものがあります」
ちなみにこの姉妹、どちらもドのつく素直なシスコンである。
「はにゃ?」
「厄介なもの?」
かなめんはくいくいと指でななみんを呼び寄せる。
ななみんは呼ばれるままにトテトテと歩いていくが……途中何もないのに躓いて転んだ。
「はにゃうっ!?」
そりゃあもう見事だった、お尻を突きだして頭を抱えるなんともな様。
かなめんはドヤといった様子で言う。
「天然ボケです」
「な……成る程」
こりゃ確かに厄介だ、どれだけ頑張っても天然ものには及ばないのだから。
「はにゃあぁぁ……なんなんですかぁ~!!」
ななみんの悲鳴がうちにこだました。
さて、そうこう話してるうちに着替え終わった。
ななみんの作った美味しいフレンチトーストを咥えて、準備完了した私は鞄を担いで姉妹に振り返った。
「それじゃあ、行ってきますっ♪」
「「いってらっしゃいませ、兎鞠ちゃん」」
二人に見送られながら、私は玄関を出て坂の上の大きな学校にむけて走り出した。
聖ヴァレンティヌス女学院……私、西原兎鞠はその中等部に今日から通うことになる。
その学園で私は、親友との再会を約束していた。
Ermittler der Magie [Könign Tomari.N.N.]
2013:04:10
桜の花びらが舞う校舎の前で、私は人を捜していた。
四年前に別れた私の親友も今日から此処に通うのだ。
私が東京に出発したあの日の約束、覚えてると良いな……
「うーん……何処だろう、いさなーん」
声に出して親友を呼んでみる。
すると、すぐ先の校門前で赤煉瓦の校舎を見上げる白い髪の少女がピクリと肩を揺らした。
「……とまりん?」
「……え?」
振り返った白い髪の少女は、聞き慣れた小悪魔のような可愛い声で私を呼んだ。
そして、宝玉のような真っ赤な丸い瞳で私をみた。
私の記憶とは髪の色も違う、瞳の色も違う……でも、確かに彼女の顔立ちは……私の親友のそのものだった。
「い……いさなn」
「とまりーん!!♪」
言い終わるより先に、白い髪の少女は駆け出して助走をつけて私のおなかに頭から抱きついてきた。
「……こふっ」
てううかタックルだった。
背中から地面に激突し、激痛に悶えてるところで前から白い髪の少女がひたすら頬擦りしてくる痛い痛い。
「とまりんっ、とまりんとまりんっ♪ひさしぶりだよ~ぃ♪」
「お、ご、まっていさなん……いさなんだよね?背中痛い重い何も見えないあがが……」
もがいているのに気付いたのか、いさなんらしき少女はハッと我に帰り起き上がるついでに私の肩を持ち上げて立たせてみせた。
意外に力あるなぁ……
「ご、ごめんねぃ?久しぶりの再会で舞い上がっちゃってぃ」
タハハと笑うこの少女は、やっぱりいさなんなんだろう。
山本勇魚……昔は茶髪に青い目だったんだけど……
私が4東京に引っ越してからはずっと電話かメールでの付き合いだった。
「ん、大丈夫。ひさしぶりだね、いさなん♪」
「……んっ、追い付いたよとまりん」
でも、彼女の変わらない笑顔を見て少し安心した。
歌とダンスという共通の趣味を持つ私といさなんには、夢がある。
それが、歌って踊れるアイドルになること。
私は両親の都合で東京に引っ越しちゃったけど、いさなんは田舎でそのままソロのチャイドルとして活動を開始したと聞いていた。
確かにあの頃から髪と目の色は今のと同じだったけど、キャラ付けの類いだとずっと思ってたのに……
「Kuziraの髪と眼って、あれ染めてたりしてたんじゃなかったの!?」
教室でも幸運なことにいさなんの前の席に座ることになった私は、休み時間のうちに話を聞いて驚いた。
Kuziraとは、田舎でチャイドルをやっていた頃のいさなんの芸名。
最近のゆるきゃらブームでローカルアイドルが押されてるからって、頑張ってるんだろうなぁと思っていたら。
──ちなみに昔よくクジラが見えていた海に面した街だからってKuzira、しかも水族館のマスコットキャラとしてクジラの着ぐるみをよく着ていたあたりかなり影響があったんだろう──
「えへへ、ちょっとやんごとなき事情がありましてぇ……これ地毛なんだよね」
私が東京に引っ越したしばらく後、まだチャイドルを始める前のいさなんが何者かに誘拐されるという事件があったそうだ。
奇妙なことに、誘拐犯からの要求や何かは一切なく……すぐにいさなんは解放されて戻ってきた。
しかし本人も意識しないところで、大きなストレスがかかっていたようで……彼女の髪の毛は瞬く間に真っ白に変色し、肌も白く、瞳も赤くなってしまった。
まだ病名もわからない、何かされた影響なんじゃないかって大人にも言われたけど……いさなんはあっけらかんとして、これは売りになるとkuziraとして活動していたらしい。
「そんなことがあったなんて……」
「ごめんね……?心配させたくなかったんだよ」
両手を合わせて、申し訳なさそうに私を見上げるいさなん。
私は四年越しに知ってしまった親友の一大事にワナワナと腕を震わせて思わず叫んでしまっていた。
「そりゃあ、心配するよもう!!」
びくっと身を縮こませるいさなんの頭を、私は優しくなでた。
「……ん」
「もう、次にいさなんに何かあった時は…すぐ言ってよ?
絶対助けに行くんだからね?」
「……! んん…ぇっと……えへへ」
私の言葉を聞いたいさなんは、少し困ったような顔をするとはにかんだような笑みを浮かべた。
「あぁ、その顔はまだ何か隠してるでしょう?吐けこらー!」
「うにゃぁ!そ、そんなことないよぃ?にゃはは!」
そうやってじゃれあっているうちに、チャイムが鳴った。
「……あ、そういえば、とまりんはネットアイドルやってるんだっけ?」
明らかに話題を反らしよった。
それも私が東京に引っ越してからの話を。
「うん、そうだよ?」
「ネットアイドルってその、そんなに有名にはなれないんじゃないかなって……」
ああ、いさなんは一昔前のネットに写真をアップするだけの
場合によっては修正し放題であまりいいイメージのない旧世代のネットアイドルのほうをイメージしているようだ。
「だーかーらー、それは電話で何度も言ってるじゃないかぁ」
「ふぇ、何が?」
「アドナイ=メレクだよ、はやりの多目的VRSNS」
私が聞くと、いさなんはやっぱり首をかしげていた。
やっぱりか田舎者め……まぁあの村は電気屋さんもかなり遠いし知らなくても仕方ないかな?
「ちょっと帰り一緒に行こう、電気屋さん」
今日は始業式の後とくに予定もないし、最近収入もあったしね♪
『アドナイメレク、第16島解禁!!』
『第1島時代から大評判の完全分子再現技術によるリアルな環境再現によって、水の都市ヴェネチアをラプラスナイズ!!』
『ただ今新規会員登録者の方には、レトロな見た目で沢山の曲を楽しめる魔術式ウォークマンをプレゼント!!』
『さぁ君も一緒に、新時代の未開拓地……電子の大海原へ漕ぎ出そう!!』
アドナイ=メレク、最新型の第六世代コンピュータが実現した完全分子再現された仮想世界を使う多目的VRSNS。
つまり、ネットにもう一つの世界を作り出していろんな目的のために場所を提供する最新のネットサービス。
今や誰にも数えきれなくなったネットの膨大な情報は大海として表現され、そこに浮かぶ島々には電子街が広がり世界中の古今東西様々な企業やNPO、宗教団体、音楽家、芸術家……己の表現しうるものを持つあらゆる存在が軒並みを連ねている。
「ようするに……凄いネトゲってこと?」
いさなんが言った身もふたもない表現に、ガクッと脱力した。
確かにダンジョンや森に出てくるモンスターをそれで倒す公式アトラクションも無数にある。
魔法っぽいシステムもないわけじゃないし、でも……
「MMOじゃないんですSNSなんです!!」
「そうなんだぁ?」
目を点にして首を傾げてる、あぁこの子わかってないな。
「取りあえず私が専用機器買ってあげるから!!」
「ええっ、良いの!?
そこらへん並んでるVR機器っていうの、どれも高そうだよ!?」
ふふんと私は笑みを浮かべた、いさなんの事だからよく分かんないで自分で安いの買っちゃうことは目に見えてたんだ。
だから私は、いさなんと再会できると聞いた日からバイトしてお金貯めてきたんだよね。
「とまりん……」
じーんと涙をためてるいさなんに、私は手をさしのべた。
「いさなんと私はいつも一緒、でしょ?」
「太陽と月で、『シャイニング』……だもんねぃ♪」
いさなんも微笑んで、その手をとった。
◆
私は鼻歌を歌いながら、買ってもらったダイブ機器『アミュレット』の入った袋を手に寮の部屋の鍵を開けた。
『ぶいあーる』と『らぷらす茄子』とか、よくわかんない世界だけど……とまりんの勧めてくれた物だもの。
始めてみて損はないし、きっと良いものなんだろう。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、なんでも試してみるのはいいことなのだ!
って意気込んでみるけど……これ、どうやるんだろうな?
とにかくパソコンに繋いで被ってあとはキーワードを言えば使えるんだっけ?
「っとと、その前に……」
とまりんに何度も言われた事を思い出す。
『いい、絶対に座ったままで起動しちゃダメだよ!
ベッドに寝っ転がるとか、安定した状態じゃないと危ないからね!?』
と、鬼気迫る様子だった。
なので恐る恐るベッドに寝っ転がってから、起動パスを思い出す。
「えっと……潜行開始?」
ピピッ と、機械が反応したかと思った──その瞬間だった。
『ふわっ!?』
床が抜けたかのような一瞬の浮遊感とともに私の意識は別のところに飛ばされた。
びっくりして声が出た、なのに音がない。
まるで自分の口がなくなってしまったかのような無音の中、私は否応なくいつのまにか自分が眠ってしまったのだということを自覚した。
こんな光景、夢の中でなきゃあり得ない。
なるほど、こりゃあ先に寝転がっておかないと危ないなぁ。
『わ、わぁお……これが、あどない?』
無音の違和感を感じながらも意識だけで喋り、辺りを見回していると──
『ようこそ仮想空間へ……此処はアドナイではありません、ここは貴女の装着したアミュレットの中に構築されたエントランスホールです』
女性のような男性のような、わからないけど機械らしさを感じさせないような声が聞こえる。
『アミュレットから読み取った貴女の生体、アストラルデータを仮想ブランク体に反映し
本来の肉体と同一のアバターを完全分子再現します。』
あちこちから0と1の帯が飛んできて私の白い体に巻きついていく、それがぬいぐるみを編むように絡まっていき私の体は見慣れた自分のものになっていた。
髪は相変わらず白かったけど……
『デブランク処理完了。アクセス準備が完了しました、これよりフレンド登録ユーザー西原兎鞠様の指定した第17島『ニューロイヤル港』に転送を開始いたします』
再び無重力を感じると、急に視界が明けて……
気がつくと私は煉瓦の街並みにたたずんでいた。
「わぁ……!!」
そこは、青い海に覆われ、あちこちに風車とそれで廻る黒い蝋筒があちこちに生えた街だった。
海は青く、街は明るい……なのに紺色に近い黒に染まっている空は常に星が瞬いている。
まさに月のない満天の星空……それと等しい数の人々が賑わい活気に満ちたもう一つの世界……これこそが、とまりんの言っていたアドナイ=メレクなのだ。
「……あ、そうだ。とまりんどこにいるのか探さないと……」
誰かに道を尋ねようにも、煉瓦の街にはいろんな国の人々が行きかっていて、誰に話しかけたらいいかわからない……そう思っていたら、みんな日本語で会話しているのが聞き取れた。
アドナイには凄い処理速度の翻訳プログラムが使われているらしい、だからかりに外国人が居たとしても総ての言葉が日本語に聞こえるんだそうだ……
「おい聞いたか?ほりっくおぶとまりんで何か無料イベントやるらしいって」
「マジ?ちょっと行ってみるか……」
「とまりん………?」
道行く人々のそんな会話を聞いて、私は彼らの後をついて行った。
『ほりっくおぶとまりん』……確かにその建物の看板にはそう書いてあった。
建物の特徴といい、人々が集まっていることといい、間違いなくとまりんはここにいると確信できた。
しかし、私がそれよりも先に視線を向けたのは、その看板の下にかけた垂れ幕だった。
『SHINING とまりん&いさなん再会記念ライブ会場』
シャイニング、それは私ととまりんが二人で作ったユニットの名前……
とまりんが、なんで私にアドナイをあんなに勧めてきたのか……それが今になってようやく分かった。
「これは……」
「いさなん!」
ぼーっとそれを見上げていると、後ろから肩に手をかけて呼ばれた。
「とまりん!」
振り返ると、ステージ衣装に身を包んだとまりんがいた。
「どうかな?再会が分かった時から決めてたサプライズプレゼント……」
「また会ったら、一緒に歌おうねって約束……?」
呆然としてる私に、笑顔だったとまりんは次第に不安そうな顔になっていく。
いきなりで迷惑だったかと思っているのだろうか、とんでもない!!
私は自分でもわかるくらいにプルプルと喜びをため込んで行って……爆発するようにとまりんに抱き着いた。
「ふわっ!いさなん!?」
「最高だよぉ!! やろう、一緒に歌おう!!」
自分でも目がキラキラに輝いてるのがわかる。
それを青い瞳に映しながら、とまりんもまた笑顔になって頷いた。
そして私の手を引いて駆け出した。
「こっちだよ、いさなん!!」
「うん!!」
能天気な私は、忘れていたのだ。
私が未だとまりんに何を隠しているのかを、それが……今はただ我慢できてるだけだということを……
……そうして、楽屋裏へと走って行った私たちを見送った女の子が一人、顎に手を当てて呟いた。
「シャイニング……ほりとまは一人って聞いてたけど、これは思ったより倍の収穫になりそうかな?」
◇
まるで時計のついたシリンダー型蓄音機のような、ライブ専用の自動魔術の蓄魔機が、開始時間ちょうどに回転を始めた。
針が蝋筒につくと、音楽が鳴り始めるだけでなく光がスポットライトとなって私たちの居場所を照らし、舞台の幕が上がっていく……
そんな中で私は白いドレスを、いさなんは黒いドレスを纏って互いに繋いだ手を離しマイクを手に取った。
観客たちから歓声と拍手が上がる……ずっとまっていた。
この為に……ほりっくおぶとまりんとして歌い続けてきた!!
「あぁ……夜明けが来る」◇
「そして、夕暮れが来る」◆
「「君は、また明日と言った―――♪」」◇◆
軽快な音楽が始まり、私たちは湧き上がる歓声と一体感を感じていきながら……ずっと前から決めて、ずっと練習してきたいた振付を、惜しみなく披露した。
「夜のとばりに舟こぎ」◆
「虹の橋を渡って」◇
「「私は君を捜してる―――♪」」◇◆
二人でくるくると回りながら、目を合わせずに歌う……
やがていさなんが切なげな声で、次のフレーズに入る……
「悲しいよ、会いたぁいよ……ホントは、離れたくないよ」◆
そしてやっと二人向き合い、手を伸ばす。
「だから、いつも私達は……東の楽園から」◇
「西の理想郷へ」◆
「「朝と夜を繰り返しさがし―――廻る―――♪」」◇◆
合わさった手を天高く掲げてサビが始まる、ライトがプログラムに合わせて私たちとともに踊り始めた。
「届いて!!」◇
「届いて!!」◆
「「世界がつながるまで♪」」◇◆
「朝と夜がいつか、消えたとしても―――止まれない♪」◆
「届いて!!」◇
「届いて!!」◆
「「世界がつながるまで♪」」◇◆
「私はこの惑星を……」◇
「私は空を……」◆
「「照らすから、重なって!!シャイニ―――ング♪♪」」◇◆
……ここで、歌詞は終わり。
あとはフェードアウトしていって……終わるはずのところを、いさなんはスッとステージの前に歩み始めた。
「……?」◇
そしていさなんは観客たちに背を向けて私を向くと、赤い宝石のような瞳を細めて微笑んだ。
その顔は、ほんのりと赤く染まっている。
「届いて!!届いて!!世界がつながるまで♪」◆
「……!!」◇
フェードアウトで静かになった音楽を利用して、いさなんは再びサビを歌い始めた。
「届かない程に放れても―――私は飛ぶ♪」◆
なぜ、そう考える前に私は頭の中で思考キーボードを立ち上げると、そのまま思考操作で即興のフレーズを書き上げてフェードアウトを中止。
アドリブの振付で私はいさなんに手を伸ばした。
「届いて!!届いて!!私も詩を伸ばすから」◇
いさなんも手を伸ばし、繋ぐ。
「私たちは、二つで一つ♪」◇
「「届くから、見つけてよ!!シャイニ―――ング♪」」◇◆
「……っ、はぁ♪」◆
歌いきると、いさなんは満足したように玉の汗を飛ばして息を吸い込んだ。
「「「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
演目にないサプライズともいえる即興の振付に、観客の皆は興奮して立ち上がって拍手喝さいを送る。
その中にはさっき外にいた女の子もいた。
「みんなありがとぉ~ぃ♪」
「また私たちがここまで気持ちよく歌えたのは、皆のおかげだよー!!」
私と、息を切らしたいさなんは、満面の笑みを観客席に向けて精一杯のお辞儀とお礼の言葉を送った。
◆
「ねぇ、いさなん?」
「なーに、とまりん?」
ライブを終えて興奮冷めやらぬお客さんが帰っていくのを見送った私たちは、とまりんの薦めでハウス裏の大きな河に面したベランダに寄りかかっていた。
すぐそこの海へと繋がる河に空の星々が反射していて、とてもこの世界が仮想のものとは思えなかった。
よし、と意を決したように私に振り向いたとまりんは強い口調で私に言った。
「シャイニング、続けようよ!!」
「……!!」
とまりんの言葉に、私の『心臓』が跳ね上がった。
先の興奮とは違う、あまりにも違う、体温を奪うような心臓の高鳴り。
急に青ざめた私を見て慌てたとまりんは、私の表情を覗きこんでいる。
「えっ……どうしたの?」
言わなきゃ、言わなきゃいけなかった。
誤魔化し通すなんて無理だ、だって……今はこんなにも……
「とまりん……私ね」
ドクン、ドクン、うるさい……こんな時くらい黙っていて欲しい私の心臓。
私は手を伸ばして、とまりんの胸を押した。
「病気なんだ」
「……え?」
とまりんの声が、嫌になるくらい小さく聞こえた。
ジクジクとした罪悪感と衝動が、私の胸に突き刺さり、捏ね回してくる。
「すぐ死んじゃうって病気でも……無茶をしちゃいけないって病気でもないんだけどね」
苦笑いでもしなきゃやっていられなかった、でもとまりんは焦るように叫んだ。
「……な、じゃあ!!なんも問題ないじゃない!!一体、何の病気なの?」
「ごめん、言えなかったのはそれなんだ……たぶん、それを言ったらとまりんは私を突き放すから……一緒には居られないから」
とまりんは、指が白くなるくらい拳を握ると……震える声で私に言う。
「ふざけないでよ……!」
「本当なんだよ……」
「そんなことないよ!!」
「あ る ん だ よ !!」
私の叫びが、夜になった町に響いた。
いつの間にか息を切らせて、涙を流していた。
「……乾くんだよ、歌ってる間も……今このときだって、ずっとずっと……乾いてしょうがないんだよ」
涙を流しながら、一歩一歩……足がとまりんに歩み寄っていく。
甘く見ていたのはとまりんじゃない、私だ。
仮想の世界なら、この症状は起こらないんじゃないかと安心してたのに……
欲しい、欲しい……だから突き放さなきゃ……そう思うのに、私の手はとまりんの身体を抱き締めていた。
「いさな……ん?」
「とまりんは、こんなのでもまだ私が『月』だと思ってくれるの……?」
戸惑う声すらいとおしい、もう……駄目だな。
おいしそうな首筋に、私の口が近づいていって……
そして、急に地面が揺れて私たちはともにベランダに倒れこんだ。
「わ、わわわっ!?」
「ふぇ!?ちょわあ!!」
揺れはだんだん大きくなって、川のほうを見るとあたりを揺らしながら川の水がどんどんせりあがっていくのが見えた。
いや、水じゃない……水の中からせりあがってくるのは、綺麗に磨き上げられたかのような木造の……川の幅ぎりぎりといった大きさの巨大な海賊船だった。
「はーっはっは!!湿っぽいな若人よ!!」
先まで河のなかに潜行していた筈の船の手すりに足をかけて高笑いするのは、金色のメッシュのかかった燃えるような赤い髪をポニーテールに縛って黒い眼帯を付けた『如何にも』な海賊ファッションの女の子だった。
「姉さん空気読んで、そして行儀悪い」
「ふぎゃっ!?」
しかしその女の子は、後ろに控えた青いメッシュの同じ髪をした、眼帯のない女の子にハリセンで後頭部を強打された
「な、な、何!?あのでっかい船!!」
「あ、あれはねいさなん──アドナイの海を守ってる群体型セキュリティAI……アドナイの守護神『アールシェピース一家』だよ」
「そうとも!!私は海賊アールシェピース一家の当主、サニー=アールシェピースであーる!!」
「同じく航海士、レイニー=アールシェピース…お見知りおきを、お嬢様方」
呆然とする私たち二人を甲板から見下ろしながら、二人の海賊は私たちに名乗りを上げた。
次回予告
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「とまりん……私、化け物になっちゃったよ」
仕組まれた奇跡は、必然として敵を伴う。




