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第八話

「マリアンナ嬢を館から帰したのは何故だ?」

「だって、彼女、帰りたそうだったもの」


 クリスの鋭い眼光に怯むこともなく、あっけらかんとプリメーラは言った。それに対してクリスは声こそ荒らげる事はなかったが、その表情は明らかな怒気を含んでいた。


「帰りたそう?だが、フェスタの話では彼女は帰りたいとは一言も言わなかった。それに私は貴方にマリアンナ嬢を屋敷に留めておくようお願いしたはずだ」

「そうね、確かにマリーは帰りたいとは言わなかった。だけど、彼女は帰りたかったはずよ。体調が回復した以上、自室に籠りがちだった令嬢が他人の屋敷に理由もなく留まりたいなんて思うはずがないわ」


 プリメーラの言葉はマリアンナの心情を正確に捕えていた。また、理論的でもあった。しかし、クリスはそれにも否と首を振る。


「だが、それにしてもお願いした以上、せめて私が戻るまで―――」

「会ってどうするの?」


 言い募るクリスの言葉を遮ってプリメーラは問う。クリスはそれには口を閉ざした。


「報告によれば、貴方はマリアンナに同盟の事を概要とはいえ話をしたようね」


 プリメーラが纏う空気が変わった。

 目の力が増し、微笑みを浮かべていた口元には嘲りが見えた。子供から大人へ、天真爛漫な令嬢から絶対的な盟主へと、姿形は変わらずとも彼女の変化は明らかだった。フェスタはその変わりように、無意識に唾を飲み込んでいた。


「別に絶対隠さなくてはいけないという決まりはないけど、例え遂行・救済対象であっても同盟の事は極力対象者には気づかれないようにするのが基本なはずよ。それをどうして貴方はいきなりマリーに自分の正体を話したの?」

「……」


 クリスはプリメーラから視線は逸らさなかったが、口は開かないままだった。


「黙秘するわけ……ふーん、まあ、いいわ。遂行にしろ救済にしろ、基本的には担当者にそのやり方は一任しているもの。話をするもしないも貴方の自由よ。ただ、それによって同盟に損害を与えるようなことがあった時は責任を取ってもらうけど」

「そんなヘマはしない」

「そう願っているわ。まあ、心配はしていないわ。貴方の力量は遂行での働きで十分理解しているし、それに何よりマリーの救済は貴方が救済者になれるかどうかの試験でもあるのだから、ちょっとのミスもするはずがないわね」

「当然だ」


 そんな会話を聞きながら、フェスタはそうだったと思い出す。

 フェスタは救済者としての任にしか就いたことがないが、対するクリスはこれまでずっと遂行者だった。だが、彼女はここ最近、急に救済者に変わりたいとプリメーラに申し出ていたという。

 同盟内では達成感もあってか遂行者の方が人気があるし、フェスタもなれるものなら遂行者の方がいいと思っているのに、変わり者というか勿体無いというか。

 それでも役割分担についてはプリメーラにしか任命権がないので、その采配には誰も文句は言わない。それにずっとどちらかの任に就いている人もいれば、コロコロと任が変わる人もいるのだ。

 そして、今回、プリメーラに申し出ていたのが功を奏したのか、クリスは救済者になれることになったのだ。

 しかし、それには条件が付いた。

 一つはフェスタというパートナーを持つこと。(遂行者も救済者も、数が必要なときは連携を取ることも少なくないが、基本は単独行動でパートナーは持たない)

 一つはプリメーラが示した救済対象を無事に救済すること。(その対象がマリアンナという訳である)

 パートナーになったとはいえ、どうにも秘密主義で、話を聞かないクリスに手を焼くばかりで一杯一杯のフェスタはその事実すらも忘れかけていた。


(まったく、救済者としては半人前のくせに、どうして私やプリメーラ様にこんな偉そうな口がきけるのかしら?)


 その理由が彼女が貴族であるからという一言に尽きるような気もしなくはないが、ともかくフェスタはこの後しっかり彼女をパートナー以前に、同盟の一員として教育しなおさなければと思った。自分はともかく、盟主であるプリメーラにまでこれでは先が思いやられる。

 もっとも、プリメーラの方は気にも留めていないようだが。


「ただね、マリーの救済は私が考えていたより難しいかもしれないわ」


 ポツリと不意に漏らされたプリメーラの言葉に、落ち着きを見せ始めていたクリスが再び眉を吊り上げた。


「どういう意味だ?」

「会ってみて初めて気が付いた。マリーからは【アレ】の気配がしたの」


 その指し示す意味を知るフェスタは目を見張った。


「それは間違いなのですか、プリメーラ様?」


 フェスタもマリアンナと直接対したが、元気はないが、特段可笑しい様子はなかった。また、彼女に付けている監視からも、そういった報告は上がっていない。


「ええ、弱い気配だったから、まだマリー自身も気が付いていないのかもしれない。でも、このまま放っておいたら確実にマリーは【アレ】に蝕まれてしまう」

「そんな……」


 フェスタは絶句した。

 【アレ】とプリメーラが指すものを、フェスタは名前だけは知っていても実物にはお目にかかったことがないのだ。彼女に実力がないために、それらが近くにいる対象を救済させてもらえないし、正直言ってフェスタ自身も関わりたくないと思っている。

 なのに、いきなりそれに出くわすなんて…クリスが持つ悪運にフェスタは愕然とする。


「だから、これはそれを知らずに貴方にマリーの救済の任を与えた私の責任。貴方が望むなら、この任は他の救済者に回しましょう」


 プリメーラもフェスタと同じような考えらしく、配慮のある常識的な提案を提示する。フェスタは内心胸を撫で下ろした。


「いや、問題ない」


 しかし、クリスがそれをあっさりと断る。フェスタは驚きながら彼女を見上げる。そこには静かだが、断固たる意志を秘めた強い表情を浮かべたクリスがいた。


「【アレ】が関われば、救済の成功率が下がるだけじゃない。【女王の犬】も嗅ぎつけてくるだろうし、貴方の身も危険に晒す事になるわ。それでもいいの?」

「ああ。マリアンナ嬢は私が救う」

「……そう。分かりました」


 フェスタだけは無言でブンブンと首を横に振ったが、クリスもプリメーラもそれを無視しした。クリスどころか、パートナーを無視するなと諭したプリメーラにまで無視されてフェスタは二の句も告げなくなる。

 そして、クリスはそれ以上は話すことも無くなったのか、挨拶もなくプリメーラに背を向けて部屋を出ていこうとした。その背中にプリメーラが声をかける。


「ああ、一つだけ。マリーは近く彼女に貸したドレスを返しに館に来るわ。話をしたければ、そこで話をしたらどうかしら?」

「ああ、分かった」


 背を向けたまま返事をして部屋を出ていくクリスに、はっとしたようにフェスタが我に返り、プリメーラに一礼してその後を追った。

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