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第二話

「薔薇の棘同盟?」


 思わず鸚鵡返ししてしまった言葉に、マリアンナは聞き覚えが無かった。


「知らないのも無理はないわ。選ばれし紳士・淑女のみが知り、入ることができる同盟だもの」


 クリスは無邪気に笑いながら傘をクルクルと回しながら、マリアンナの周りをゆっくりと歩く。

 不思議な事に雨に濡れた芝生の上を歩いているというのに、クリスは水音ひとつ立てず、白の長いドレスの裾に泥一つ跳ねていない。


「選ばれし淑女…ですが、生憎、私がそんな存在でないことはご存じでしょう?」


 思わぬ申し出にその真意を測りかねるマリアンヌ。その同盟とやらが何かは知らないが、とにかくこの公爵令嬢と関わると面倒そうだということは、はっきりしていたのでやんわりと断りをの言葉を告げる。

 だが、クリスはそれにきっぱりと首を横に振った。


「いいえ。寧ろ、そうであるからこそ、貴方は許されたの。貴方のような方だからにこそ入る意味があるのよ」

「?」


 意味が分からなくてマリアンナは眉を顰める。


「詳しくはまた改めてお話しさせていただくとして、とりあえず、同盟を端的に表すとしたら…そうね。恋に関わる全ての存在を幸せにするための同盟…といった所かしら?それは恋する二人だけではなく、その家族・友人…そして、貴方のような恋敵。そう!恋に関わる全ての存在が幸せになる事、それこそがこの同盟の存在意義!!」


 『コ・イ・ガ・タ・キ』

 その音が耳から入ってきて、頭で正しい意味で理解するのにマリアンナは少し時間がかかった。その間にクリスは話を更に進めてしまう。


「これで貴方を会にお誘いした理由をご理解いただけたかしら?先日、貴方を襲った不幸。婚約者から突然、婚約を破棄され、美しい平民の女に彼を奪われた貴方。だけど、人生悲観するばかりではいけないわ。貴方のような境遇の女性はたくさんいるわ。皆、同盟に入って救済され幸せを手に入れた。貴方にだって幸せになれるチャンスがあるのよ?」


 思い出すのも嫌な事を突きつけられて、マリアンヌは自分が不機嫌になるのを感じた。

 クリスのいう所の不幸がマリアンナを襲った後、誰も彼も腫れ物に触るかのように彼女を気遣い、その現実を遠ざけようと躍起になった。

 確かに婚約を破棄されたことは体面が悪く恥ずべきことだと思う。それをネタに噂されるのも不愉快だ。だが、婚約がなくなったこと自体はマリアンナには大したことではなかったというのに。

 そうして、寧ろ気遣われる度に決してそうではないのに、自分が可哀想だと決めつけられ、違うと訴えてもそれすら嘘にされる。最後にはそれが嫌で嫌でたまらなくなって、マリアンナは誰にも会いたくないと部屋に引き籠ったのだ。

 だけど、こうして何でもないように悪びれずに言葉にされても煩わしさを感じている自身を知り、マリアンナは思い知る。

 結局のところ今の彼女は誰に何を言われようが、どういう態度を取られようが煩わしく、不快に感じてしまうのだろう。

 客観的に見れば、何と面倒な女だろうとマリアンナは思う。そんな自分の傍を離れられない侍女に申し訳ない気持ちになった。

 だが、今は侍女に謝るより先にすべきことがある。


「私は自分を不幸だなんて思っておりませんわ。恋敵なんて滅相もない。私など、あの方たちにとっては敵にもなれない、端役に過ぎません。そして、私にとってもそれは同じなのです。そんな方に婚約を破棄されたところで、痛くも痒くもありませんわ」


 ただ、噂をされるのは煩わしい限りですと付け足して、マリアンナは言外にこれ以上、この話題に触れるなとクリスに伝えたつもりだ。

 救済?何?その上から目線?同じような境遇の女性はたくさんいる?だったら、誰も彼もどうして私の噂ばかりするの?マリアンヌの心中には不平と不満が溢れた。

 そうして、マリアンナが自分の思考に没頭していたためだろう、彼女はクリスが自分のすぐ傍に近寄ってきている事に気が付かなかった。気が付いた時には、彼女の瞳に自分の顔が映っているのがはっきり分かるほどに近かった。

 痩せこけて、生気のない、醜い女がそこにいて、マリアンナはそれを見たくなくて咄嗟に身を引いた。だが、クリスはそれを追いかけて傘の中を覗き込んでくる。

 マリアンナは迫ってくる美貌の近さにどぎまぎし、薫ってくる薔薇の匂いが強くなったような気がして眩暈を感じた。そうして、美貌の公爵令嬢はにっこりと笑って言うのだ。


「お可哀そうな。マリアンナ様」


 一番言われたくない言葉に大きく息を飲むマリアンナ。


「でも、大丈夫。貴方のような境遇の方々の心が闇に飲まれないように、恋を助けるだけでなく、それによって傷ついた人も救済するのも同盟の一側面。大丈夫、貴方のお心は必ず私が救って差し上げますわ―――マリアンナ様?」


 クリスの言葉は最後までマリアンナの耳には届いていなかった。

 大きく吸った息が混乱する思考のためか吐けなくなった彼女は、突然の呼吸困難に喘ぎ始めていたのだ。息苦しさに傘を落とし、仰いだ空の暗さと、降り注ぐ雨の冷たさに眩暈がして、グラリと態勢を崩す。


「マリーお嬢様!!」


 それまでほとんど存在を消していた侍女が鋭く声をを上げながら叫ぶ。

 その声を聞いたのを最後にマリアンナの意識は暗転する。ただ、彼女は消えゆく意識の中で一つだけ疑問に思った。

 意識を失い倒れ行く体は、結果として地面に打ち付けられる運命にあるはずなのだ。待ち受ける衝撃に意識を失いかけつつも、彼女は何となくそれに構えている自分を知っていた。

 だけど、彼女が完全に意識を失うまで衝撃が襲ってくることはなく、それどころか、不思議と温かくて力強い何かが彼女を支えすらする感覚を覚えたのだ。何となく安心した。

 それは疲れ切った自分の願望なのかもしれないが、それならそれでその願望に身を任せてしまえとばかりに、自分を包む心地よさにマリアンナは身を沈めたのであった。

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