布教 1
ラモール王国南部はサウス帝国と国境を接しており、ガーナ要塞を拠点として防衛している。帝国の侵攻を幾度も受けていたが、一度も破られたことがない難攻不落の要塞である。そのため、帝国は監視に見つからない程度の、少人数による後方の村などに対する攻撃などで、要塞に対して負担を強いる作戦をとっていた。要塞はその程度では揺るぎもしないが、村々は大きな被害を受けており、そのため王国はこの攻撃に対して監視人数を増やし、村々を巡回する頻度を多くするなどの対策を執っていたが、どうしても後手に回ってしまい、村々は田畑を荒らされ殺されたり、重傷者が出るなどの被害を受けていた。勿論、国からの支援があるが、それにも限度というものがある。支援は、被害を受けている村々全てにされているために、限られた物資しか提供されないのだ。そのため、幾度も繰り返される襲撃に村々の生活は困窮していた。
このベア村もそのような被害を受けた村であり、幸い死者は出なかったが重傷者は多く、田畑も荒らされ、これからの生活をどうしたら良いのかを考えていた。
「作物は全滅だ、今後生活するのに何をしたらよいのか・・・。」
収穫が出来ないということは、食糧が手に入らず、売る物もなくなってしまったということだ。備蓄はあるが、それもすぐに無くなるだろうし、他の村も似たような状態であるだろう。町も、他の村の人間が食料を買いに行っているため、まだ残っているかもわからない。国からの支援だけでは生活できないため、村人達は本当に困っていた。それに、問題はそれだけではない。
「負傷者の容体は?」
「酷い状態だ。もって数日だろう・・・。」
「やはり治療は・・・」
「ああ、無理だ。あの状態の傷を治せるとしたら、よほど高位の司祭様ぐらいだろう。」
この様な状態なため、村は暗い雰囲気に包まれていた。負傷者たちはそれぞれの家で寝かされており、その負傷者の一人であるエルの家には、恋人であるノインが意識のないエルにつきっきりで看病していた。
「エル・・・。」
ノインは女神ウルスラにエルや村の皆が助かるように祈っていた。だが、女神は何も応えずに、ただ時が過ぎていった。
「なぜ、女神様は答えて下さらないの?慈悲の女神ではなかったのですか?」
ノインは悲しみの涙を流し、悲嘆にくれるしかなかった。他の家でも似たような感じであり、家族、友人、恋人など、皆が女神に対して祈ったが、応えがなく女神に対しての失望や怒りも抱いていった。そのような状態である村に、一人の旅人が訪れた。
「初めまして。」
その旅人は見たこともない服装をしており、村人達は警戒しながら向かえるのだった。
「あんた旅人かい?見たことない格好しているけど、どこから来たんだい?」
「私は王国北部のフキノ村出身で、ソラと言います。今、各地を旅してまわってるんです。しばらく滞在してもよろしいですか?」
同じ国出身ということ、その青年の穏やかな物腰などに村人達は警戒を緩めた。すでに破壊した村に、また帝国軍が来る可能性は低いという判断もあったが。
「滞在させてあげたいが、村は帝国軍に襲われてね、他にも問題を抱えていて、とても旅人を滞在させれる状態じゃないんじゃよ。」
「村が荒らされていることはわかりますが・・もしかして怪我人でも?」
ソラの質問に村人を代表して村長が言いづらそうにしながら答えた。
「あぁ、大きな怪我をした奴が複数いてな。畑も荒らされて、これからの生活をどうすればいいのかわからないんじゃ。女神様はわし等の祈りに全く応えてくれんし。」
そこまで言って村長は慌てたように弁解した。
「いや、女神様にケチを付けているわけではないんじゃ。ただ、純粋な疑問を言っているだけで。」
そんな村長にソラは、穏やかに微笑みながら落ち着かせた。
「大丈夫ですよ。その気持ちは私にもわかります。私の村もモンスターに襲われ続けていた時に、女神に対して失望や怒りを持ちましたから。」
ソラの言葉に、村長や村人達はホッとした様子を見せると、同じ女神に怒りを持つ者同士ということで、女神に対しての不満を話し始めた。
「だいたい、女神様が今まで何かしてくれたことなど一度もないじゃろ?とても慈悲の女神とは思えん。」
「まったくだ。」
その後も女神ウルスラの不満を話し続けていたが、ソラは切りのいいところで話しかけた。
「ところで、怪我人はひどい状態なのですか?」
その言葉に村長は言葉を詰まらせたが、同国人、話を聞いてもらったこと、そして、女神に不満を持つ者同士ということで親近感を持ったのだろう、怪我人について話し始めた。
「あぁ。酷い状態でな、もって数日の命だろうとのことじゃ。」
村人達は皆、悲痛な顔をして黙り込んだ。
「もしかしたら皆さんを助けることができるかもしれません。」
「!ど、どういうことじゃ!」
「助けれるというのか!」
ソラの言葉に皆、驚愕の声を上げた。
「ええ。私は旅をしていると言いましたが、ただの旅ではなく女神ウルスラではない、真の創造神である大いなる神・天之竜河大神の存在を広めており、神教の神官を勤めています。」
「真の、創造神?」
「天之竜河大神・・・。」
「そのような神がいるなど、聞いたことがないけど・・・。」
「そんな存在がいるのか?」
村人達は、今まで聞いたことがない創造神の存在に、懐疑の表情を浮かべた。
「信じられないのも無理がありません。私も最初信じられませんでした。ですが、村を襲っていたモンスターに村人全員が殺されそうになった時に、大いなる神・天之竜河大神が降臨され私達を助けて下さったのです。」
「そのようなことが・・・。」
「実際に助けてくれたのか・・。」
天之竜河大神が実際に存在するのかは、まだ判断できない。だが、もし存在するのなら、何もしてくれない女神ウルスラよりも、実際に助けてくれる天之竜河大神の方が素晴らしい神なのではないか、そう村人達は考えていた。
「その神様が実在するとして、なぜ今まで知られていなかったんじゃ?」
「大いなる神は、世界を創造されたあとに眠りにつかれたからです。そして、目覚められたのは、ある理由があるのです。」
「なるほど・・・。しかし、理由とは?」
「神が世界を創造されたときに、ある邪悪な存在も同時に生まれたのです。それが魔を司る神、魔神レグリオス。」
「魔神・・・。」
魔神という不穏な言葉に、村人達は不安げな表情を浮かべた。
「はい。ですが詳しい話はまたあとでしましょう。今は村の状態を改善するのが先です。」
「そうじゃな。それで、お前さんなら何とかできるのか?」
「はい。大いなる神に仕える者として、必ず。」
その毅然としたソラの態度と、このまま何もしなくても事態は悪化するだけなのだから、神官というこの旅人に任せてみるのも一つの手段、そう考えた村人達は、ソラに任せることにした。
「ソラ殿、あなたが仕える神が実際に存在するのなら、どうかこの村を救ってください。」
村長をはじめとする村人達は、一斉に頭を下げた。
「お任せ下さい。必ず救ってみます。大いなる神は女神ウルスラとは違い、慈悲深き神ですから。」
そう言い、ソラは必ず救ってみせると誓うのだった。
「では、負傷者の所に連れて行って下さい。神聖魔法をかけますので。」
「神聖魔法?」
「ええ。大いなる神の力を借りて使用する魔法のことです。」
「なるほど、ウルスラ教の司祭様のような感じか。」
村人達は納得すると、まずは負傷者の一人であるエルの家に向かった。
エルの家に着くとソラは早速状態を確認する。そんなソラに、ノインは悲痛な顔をしながらお願いした。
「ソラさん、しつこいと思うかもしれませんが、どうか、どうか村をエルを救ってください!」
ノインの願いは村人全員の願いでもある。すでに何度もお願いして、救うと誓ってもらってもやはり不安なのだろう、言わずにはいられない、そんな感じであった。
「大丈夫ですよ。必ず救ってみせますので。」
ソラは微笑みながら言うと、真剣な顔をしてベットに横になるエルに向き直ると、手をかざし神聖魔法をかけ始めた。
「<創造神たる大いなる神よ 今まさに 命の炎が消えゆかんとする人の子の上に 全能にして慈悲深き癒しの御手をかざし 死の闇を払いたまえ ヒーリングオール>」
ソラが呪文を唱えると、エルを暖かな光が包み込んだ。光が治まると青白く、血の気がなかったエルの顔に赤みが戻っていた。
「「「「おお!!」」」」
「これでこの方は大丈夫です。」
「ほ、本当に?」
「ええ。確かめて見て下さい。」
ノインはすぐさまエルに駆け寄ると、傷を確認した。腹を切られた傷が綺麗に消えていた。
「傷が消えてる!ありがとう、ありがとう!」
ノインは、エルを抱きしめ涙を流しながら、何度も礼を言った。この奇跡に村人達も歓喜の声を上げた。
「やった!治った!」
「奇跡だ!あれほどの傷が一瞬で治るなんて!」
「天之竜河大神は実在するのね!」
互いの肩を叩きあったり、抱き合ったりして喜びを表した。
「では皆さん。他の負傷者の方の治療も始めましょう!」
ソラの言葉に、村人達は頷いた。その顔には、直前まであった不安や悲痛、そして絶望の表情は消え、希望に輝いていた。この人なら村を救ってくれる、そんな希望を抱いたのだ。




