探偵少女と幽霊マンション(2)
目を覚まして、俺は自分が夢を見ていたことを理解する。
見慣れた天井を眺めながらしばらくベッドの中でじっとする。
動かずに現状を確認する。
俺は夢を見ていた。あれがあったのは二年以上前のこと。今、俺はベッドに仰向けで寝転がっている。俺の部屋の中にあるベッドだ。部屋の電灯とテレビは昨夜、寝る前からつけっぱなしだ。俺の名前は多々良真一。高校二年生。
これで合っているはずだ。
あの日の夢を見た。
まただ。あの事件から2年以上経つが、未だに二週間に一回はあの夢を見てしまう。
目覚まし時計が鳴り出す。
目が覚めているのに鳴っている目覚まし時計のアラームは不快以外の何物でもない。
ベッドから抜け出し、勉強机の上に置かれている目覚まし時計を黙らせる。
目覚まし時計の横にある手鏡を取り上げる。
手鏡は重宝している。自分の姿だけをチェックして、他のものを映さないようにできるからだ。
姿見はずっと使っていない。自分以外も映すスペースがあるからだ。恐ろしいことだ。
髪型を確認する。特に寝癖はついていない。
これなら大丈夫だろう。
そして、夢のことを思い出して、そのまま手鏡に映る自分の顔を見たまま一時停止する。
あの事故で俺は二日間意識が戻らなかったらしい。
意識を取り戻した時には俺の全身は包帯でぐるぐるに巻かれていた。陳腐な比喩だがミイラ男のようだとしか言いようのない状態だった。顎は砕け、顔にいくつもの裂傷を負っていた。
その傷は2年経った今もはっきりと残っている。大きな縫い傷がでたらめな路線図のように顔をはしっている。ミイラ男がフランケンシュタインの怪物に変わっただけのことだ。
傷に加えて、あの事件以降まともに食べられず寝られないため、不健康な痩せ方をしている。
頬はこけ、目の下にはもはや消えない隈が染み付いているし、白目も赤く充血している。あの事故の前は平凡な顔立ちだったのが、この世の不吉さを全て背負ったような顔つきになってしまった。
ああ、それに見た目だけでなく性格も変わった。
人を避け、誰とも話さないまま一日が終わることに平穏を感じるようになった。
もともといた友達は離れていって、新しく近づいてくる奴なんてほとんどいない。
そういうわけで俺はもはや平凡な学生じゃあない。
見た目、性格ともにまるで亡者だ。
両親はそんな俺に必要以上に気を使っている。あの事件のショックが大きすぎたのだろう、幼馴染が目の前で死んだのがショックだったのだろう、と。
そう、リルカは死んだ。
あの事故で、俺は助かってリルカは死んだ。
俺が病院から外出許可をもらう頃には、リルカの葬儀は終了していた。
まあ、それはラッキーだったと今では思う。葬儀に出席することになっていたら、どういう顔をして出席すればいいのか分からない。
やめよう。
余計なことを考えすぎだ。
俺は頭を振って、手鏡を戻す。
部屋を出てリビングに向かうと、もう既に俺の分の朝食が用意されている。
薄いトースト一枚とコーヒー。
少ないように見えるが、これくらいしか胃が受け付けない。後はサプリメントで補給するようにしている。
母親はトーストを齧りながらテレビのワイドショーを鑑賞している。
ローカルタレントが画面の中で河童の被り物をして朝市の紹介をしている。
「あら、もう起きたの」
「ん」
片手を挙げて朝の挨拶に代える。
「あたし、もう会社行くから。鍵をお願い。今日、お父さんが昼頃にいったん家に戻るらしいから鍵はポストに放り込んどいて」
「了解」
トーストを齧りコーヒーで流し込む。
それだけでも、口に鉄の味が拡がり吐き気を覚える。あの日から続く、血の呪縛だ。
吐き気ごと、もう一度コーヒーを飲み込む。
部屋に戻り着替え終わった頃には、母親はもう家にいなかい。
家には俺一人。
「……いや、一人じゃあないか」
呟く。
俺以外の人間がいなくなったことで、家の中には僅かずつだが粘着質な気配が漂い始めている。
俺にまとわりつく気配。
気配はどんどんと濃くなっていく。時間がない。
「ふう」
ため息。
さっさと学校に行こう。一人で家にいて、いいことなんて一つもない。