プロローグ
相変わらずネット事情は悪いんですが(これの投稿も一度ミスりました)仕事がちょっと一段落つきました。
とはいえ、新しい小説のネタもないし、いちから小説書く暇もあまりなさそうです。
で、先程、昔書いた小説を見つけ出しました。結構気合入れて書いた奴です。
読み直したら顔から火が出そうなので、これを手直しというかリメイクしながら投稿します。
ここから本題です。
ジャンルはどれがいいのかよく分からないんでとりあえずその他にしときます。
探偵は出てくるけど推理物ではありません。
心霊は出てくるけどホラーではありません。
学園は出てくるけど学園物ではありません。
文学なんて大したものではありません。
恋愛要素も、あるのはあるけど主題ではないし。
だから、「よく分からないもの」なんて読みたくない人はご注意ください。
それだけです。では。
奇妙な光景だ。
真夜中、月明かりだけがかろうじて小さな窓から部屋の中を照らしている。
そこは老朽化したマンションの一室だった。玄関を少し進むと右側にはキッチンが、そしてその向かいには風呂とトイレがあり、そこを更に進むと狭いリビングがある、ただそれだけの単純な構造の、そして端的に言えば狭苦しい一室だ。フローリング張りの床は何年、いや下手をしたら何十年も張り替えられていないらしく、無数の傷が月明かりに浮かんでしまっている。
その床を土足で踏みしめながら、部屋をゆっくりと歩き回る人影がある。
人影は遠目から見ただけならば壮年の男性のものに見えただろう。その身長は女性にしては高すぎるし、シルエットからしてその人物は厚手のコートのようなものを着ているように見える。
そんな人影が真夜中、靴を履いたままでマンションの一室を歩いていれば、ベテランの刑事が捜査をしている姿を連想させる。
しかし、よく観察すればそれが間違いであることが分かる。月明かりに照らされた人影は女性のものだ。長い黒髪を腰まで伸ばした長身の女性が、不釣合いなコートに身を包んでいる。
顔は整っている。整いすぎている。美しい、というよりも整いすぎているために、彫刻がそのまま動き出したような不気味ささえ感じさせる。
彼女は無表情に、リビングの四隅を巡るように歩き回っていたが、諦めたように足を止めると僅かに口を歪めて頬に苦笑を浮かべる。
無表情を崩すと、とたんに作り物めいた不気味さが女性から消える。いや、少女と表現した方が正確だ。苦笑を浮かべたその顔にはまだ幼さが残っている。
だが、その幼さは、少女が再び無表情に戻ると途端に胡散する。再び彫刻に戻る。
「駄目だな、これは」
特に感情をこめているようには聞こえない、硬質な声でそう言うと少女はコートのポケットに手を突っ込む。
そしてポケットから紙くずのようなものを取り出して、無造作に床に撒く。
「残りは三つか。さて」
少女は肩をすくめて、
「諦めるのは性に合わないが、これ以上は止めておいた方がいいか。勇気と無謀は違う」
少女らしくない口調でそう呟くと、彼女はそのまま玄関に向かい、ドアのノブを握る。そうして最後に部屋を振り返る。
「……紛い物か本物か、男なのか女なのか、それとも『どれでもないもの』なのか、それくらいは判別したかったのだが」
少女の顔には、まさしくベテランの刑事のような渋い無念さが浮かび上がっている。
「そうでないと私の来た意味がないというのに……まあ、噂とこの状況を分析するに、『本物』の『女』だとは思うが……難しいな」
首を傾げて、その言葉を最後に、少女は部屋を出て行く。
少女が消えて部屋は無人になる。
無音。月明かりが差し込むだけの無人の部屋。
静寂が続く。
当然のことだ、少女がいなくなれば無人になるのだから、音を出すものはない。
だというのに、少女が去ってから一呼吸置いて、その静寂が乱れる。
ペットボトルで水を注ぐような、こぽこぽという水と空気の混じる音が、かすかに、部屋の空気を揺らす。
無人の部屋に、床の傷から染み出るようにして影が現れる。粘度の高い液体のように動く影は、やがて一つの形をとる。こぽこぽと音をたてながら、影は人間ほどもある大きさの犬の形とっていく。
「……何だ、ありゃあ」
そして、声。ごく普通の男の声が発せられる。
その声の発信源は犬の形をした影だ。まるで、犬が喋っているかのようだ。
その影の存在が不可解だというのに、犬の形をした影は不思議がりながらしばらく少女のさったドアの方を伺っているようだ。
そして、不意に何かに怯えたようにぶるりと体を震わせる。
「まずいまずい、お姫様がご機嫌斜めだ」
声を発して、現れた時と同じように影は床に染み入るようにして消える。
再び無人となった部屋。
つかの間の静寂の後、かすかに、どこからか今度は女の声らしきものが部屋に響き始める。
「……ら……らら……」
か細い、フルートのような声。
歌だろうか。
歌を口ずさんでいるようにもとれるし、か細い声で同じ
「ら……ら……らら」
歌うような、呟くような声は部屋を振るわせ続ける。