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第二章 瓢一郎の姫華、殺し屋と戦う 2


   2


「皆さん、おひさしぶりですわ」

 姫華がそういって、教室に入ってくるとクラスメイトたちは口々に叫ぶ。

「全快おめでとうございます」

「大変でしたね。お見舞いに行けなくてごめんなさい」

「姫華さんがいなくてずいぶん寂しかったわ」

 もちろん口から出任せに決まっている。ほんとうはいなくてせいせいしたというのが、大部分の生徒の偽らざる心境だろう。

 もちろん陽子とて、本音を口にするつもりはなかった。だがあまりにも白々しく、ご機嫌取りに向かう生徒たちがいることにちょっといらつく。

 ちなみに陽子の本音は、「死ねばよかったのに」だ。

 姫華は相変わらず高貴かつ豪華なオーラを全身から放っている。つい一週間ほど前に死にかけたことなどなんのその。髪はつやつやでさらさら。動きは優雅かつ大げさで、むしろ入院前よりさらに芝居がかっているようにすら見える。ひょっとしてあのとき脚に擦り傷でも負ったのか、白いストッキングを履いていたが、それも妙に似合っていた。だが彼女のすぐ後をシャム猫が付いてきたのには目を疑った。

「この子はわたくしのペットのフィオリーナですわ」

 いけしゃあしゃあとそんなことをいう。しかしこの学校にペットを持ち込むという暴挙に誰ひとり難色を示す者もいない。

「きゃああ、可愛い」とかいってはしゃぎ出す始末。

 事件の心当たりを聞きたかったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 あとでこっそり聞こう。

 そう思っているとホームルームの時間になり、葉桜が教室に入ってきた。皆自分の席に着く。

「まあ、姫華さん、きょうから復帰ね。あまり無理をしないでね」

 葉桜はわざとらしいほどの笑顔を浮かべていう。

「あら、ありがとうございます、先生」

 姫華は高慢な顔で礼をいった。

 葉桜は姫華の足下に猫がいることに気づいているはずなのになにもいわない。あの事件の前、堂々と学園の陰の支配者と渡り合ったのが嘘のようだ。ひょっとしたら、なんらかの圧力があったのかもしれない。

「じつは今朝警察からある事件の犯人の似顔絵を配布されました。もし知っている人がいたなら名乗り出てくださいねぇ」

 そういって、手に持った紙を広げる。さほど大きくはないのでよくは見えないが、女の顔の似顔絵が描かれてあった。

 きっとこの人、瓢一郎君の誘拐に関係あるんだ。

 陽子は直感的にそう思った。きっと誰かが瓢一郎を連れ去った現場を目撃したのにちがいない。

 似顔絵の女はかなりの美人だった。長い髪、整った鼻筋、きりりと閉まった口元、そして美しいが鋭い目つき。

 なんとなくどこかで見たことがあるような気がしないでもない。しかしどうしても思い出せない。

 それにしてもやっぱり警察はちがうな、と思う。

 じつは陽子も瓢一郎の写真を手に、近所の人たちに誘拐を目撃していないか聞いて回ったのだが、まったく成果なしだった。だけど警察はちゃんと目撃者を見つけて、似顔絵まで作ってしまう。

「後ろの掲示板に貼っておくから、あとでじっくり見ておいてね」

「誰だよ、そいつ? 姫華さんを襲ったやつと関係あるのか?」

 鬼塚が聞いた。

「いえ、直接は関係ないそうですよ。姫華さんを襲った犯人は誰も顔を見てませんから」

「じゃあ、怪盗『ねこ』とかいうこの辺を荒らし回っている泥棒か?」

「さあ? あるいはそうかもしれないわねぇ。ちなみにその人、真っ赤なBMに乗ってたそうよ」

 鬼塚は興味をなくしたようだ。他にとくに反応した者もいない。

 陽子は車にはほとんど興味はなかったが、その車が高級車であることは知っていた。生徒にそんな高級外車に乗っている者がいるとは思えないし、学校に止めてある教師たちの車は、よくわからないけど、すくなくとも真っ赤な車はなかった。

「姫華さん、もう具合はいいんでしょう? 刑事さんたち、放課後また来て少し質問をしたいそうです。協力してあげてね」

「かまいませんわ」

 それを聞いて、なんとかその場に潜り込めないかと思ったが、いい方法を考えつかない。

「じゃあ、誰かこれを張っておいてくれる?」

 葉桜と目が合った。彼女は「じゃあ、陽子さんお願いね」と渡すと教室を出て行った。

 陽子は渡された似顔絵をもう一度しげしげと見つめた。

 間近から各パーツを凝視すればするほど、見覚えがあるように思えてくる。

「ねえ、礼子、あんたこの顔知ってる?」

 隣の席にいる礼子の顔に似顔絵を突きつける。礼子は眼鏡の奥から青い目で凝視する。

「どう?」

 熱い期待を持って聞いたが、礼子の顔はいつもの冷静沈着な表情のままだった。案の定、礼子はいう。

「知らない」

「冷たいいい方。そんなにあたしを事件に関わらせたくないの? ああ~あ、けっきょくあたしの記憶だけが頼りね」

「なにか思い出したの?」

「なんか重要なものを見ている気がしてしょうがないのよ。たとえば犯人の顔の特徴とか。でもどうしても思い出せないんだよね。あとちょっとで思い出せそうな気がするのに」

 そういっていると、本当に思い出せそうな気がしてきて、腕を組み、目をつぶった。

「ちょっと。そんなこと大声でいってどうすんのよ? もしこのクラスに犯人がいたらどうする気なの?」

 礼子が耳元でささやく。

 このクラスの中に犯人?

 そんなこと考えたこともなかった。陽子ははげしく動揺した。


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