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第一章 猫になったお嬢様、お嬢様になった瓢一郎 5


   5


「皆さんも知っているように、きのう、花鳥院さんが何者かに襲われましたが、さいわいにして一命を取り留めました。現在、花鳥院家関連の病院に入院していますが、まだ面会謝絶なのでお見舞いはしないようにしてねっ」

 朝のホームルームで葉桜は笑顔を崩さずにいった。教室がざわつく。

「本当か、先生? 新聞にはなにも載ってなかったし、ニュースでも放送しない。どうなってんだ?」

 鬼塚が不審な顔で聞いた。

「だいじょうぶですって。だって花鳥院さんは、あの花鳥院家の跡取り娘なのよ。それが撃たれたなんてことになったら世界中大騒ぎになるでしょう? だから、マスコミに圧力を掛けたらしいの」

 葉桜はのんびりした口調でとんでもないことを平然という。

「だから、心配しなくてもだいじょう~ぶ。きっと一週間くらいで戻ってくるわ」

 嘘だ。

 陽子はうさんくさいものを感じてしょうがない。なにせ現場にいた数少ない目撃者なのだから。

 あのときはパニックになってろくに見ないうちに連れ去られたけれど、姫華の胸は真っ赤に染まっていた。生きているなら、心臓を撃たれたわけじゃないんだろうけど、少なくとも肺は撃たれていると思う。そんなに簡単に完治するとは思えない。

 なにかとてつもなく恐ろしい陰謀が進行しているような気がした。そして陽子がもっとも気にしていることはとうぜんべつにあった。

「せ、先生。柳くんが来ていませんけど、なにかあったんじゃ……」

 恐る恐る聞いた。

 瓢一郎はあの犯人を追いかけたあと、戻ってこない。ケータイも繋がらない。心配しない方がどうかしている。

「瓢一郎くんは家出しました」

 葉桜はじつにあっけらかんとした口調でいった。

「書き置きが置いてあったそうです。しばらく修行の旅に出るって」

 またしても教室は激しくざわめいた。

「修行?」

「武者修行だそうです」

「あ、ありえねえ」

 そのひと言にさらに疑問の声が複数の生徒から発せられた。当然だろう。瓢一郎はどんないじめも平然と受け流していたが、けっして暴力をふるうことはなかった。武道や格闘技をやっているとは思えないのも無理はない。

 だが陽子は知っていた。瓢一郎は間違いなくなにか格闘技をやっている。陽子はそういうことは詳しくないが、あれが素人の動きじゃないことくらいはなんとなくわかった。

「いじめがいやで逃げ出したのよ」

 誰かが小声でつぶやいた。

 違う。そんなんじゃない。だって、本当は強いのに。

 そして、あの伊集院さんを倒したほどの男を追いかけていって行方不明になった。

 なにかあったに決まってる。

 そのことはきのう、聞き込みに来た刑事にもいってある。どれくらい警察が真剣に探しているかは知らないが、少なくとも捜索はしているはず。

 ただそのことは警察以外には、親友の水村礼子にしかいっていなかった。なにか瓢一郎の秘密を公言するようで、いってはいけないような気がしたのだ。

 あの場で瓢一郎の姿を見たのは自分ひとり。一緒にいた生徒会書記の人は、たぶん瓢一郎のことなんて知らない。それどころかきっと顔もろくに見ていない。

「だいじょうぶよぉ、きっと瓢一郎くん、ひょこりもどってくるわ。だから心配しないで」

 葉桜がそういうのも、その事実を知らないからだろう。ホームルームは終わり、葉桜は教室を出て行った。

「ねえ、陽子。ところで……」

 隣の席から、礼子が声を掛けてきた。

「犯人の顔見たの?」

 礼子は眼鏡越しに、心配そうに見つめた。礼子はハーフではないはずなのだが、白人の血を継いでいるのかなぜか神秘的な青い瞳をしている。本人はそのことをけっこう気にしているらしい。

「ううん。ほら、覆面してたから」

「それでも見たことある顔なら雰囲気でわかるとか」

「ぜんぜんわかんないよ。たぶん知らない人だと思う」

「そうなんだ。でもそれって不幸中のさいわいよ。だって顔を知られたとなったら、その犯人、陽子を襲うかもしれないものね」

 ぞくっとした。あの犯人と目があったときのことを思い出したからだ。

 あいつはまるで機械のように感情のない瞳で陽子を見た。なにかロボットかサイボーグのような感じだ。人間らしい心なんてないのかもしれない。あんな男になんか狙われたくない。

 ああ、会いたいよ、瓢一郎くん。

 今心の底からそう思った。あのとき、目の前で伊集院がやられて、絶望的な気持ちになったとき、突然現れた瓢一郎。それを見たとき、安心するとともに心が躍った。

 あたしの危機を感じて、助けに来てくれたんだと。

 べつになんの根拠もなかったのに。

 だけどあのとき、漠然とそうかもと思っていた感情……つまり、瓢一郎が好き、ということを陽子は確信した。

 きっと今だって、瓢一郎が側にいれば、あんなサイボーグのような犯人なんか怖くないに決まってる。

 探そう。あたしが、瓢一郎くんを。

 天啓のようにその考えが頭の中にひらめいた。

「ねえ、礼子。あたし瓢一郎くんを探してみようと思う」

 それをそのまま礼子に話した。

「ば、馬鹿。なにいってんのよ。ひょっとしたら、瓢一郎くんの失踪は、その犯人が関係してるのかもしれないのよ。危険すぎるわ」

 礼子の反応は、ある意味当然だった。瓢一郎を探すことは、犯人探しをすることに直結するかもしれない。危険きわまりない行為だ。

「それだけじゃないわ。最近この辺を荒らし回ってる泥棒がいるのよ」

 それは新聞で読んだ。怪盗「ねこ」とか名乗る泥棒が夜な夜な周辺を徘徊しているという話だ。神出鬼没でぜったい不可能な状況からでもねらった者を盗み出すプロで、警察は振りまわされっぱなし。それが窃盗団なのか、個人なのかすらまだわかってない。

 しかも噂によると盗むものが変わっていて、宇宙人を呼び出す石に宇宙語を刻まれた金属版、あるいは宇宙人のミイラなど、真偽の怪しいというか、はっきりとうさんくさいものばかりらしい。このあたりにはそういうものの収集家とか、研究している企業とかが集中しているそうだ。

「そっちの犯人が関係してるとは思えないけど、陽子がこの辺を調べ回ったら、そっちの方も警戒して陽子にちょっかいを出してくるかもしれないわよ」

 それはないんじゃないかな。といおうとしたが、礼子は強く迫る。

「ねえ、約束してよ。そんな馬鹿なことはしないって」

「……うん、わかったよ。ちょっといってみただけ」

 そう口にはしたが、心の中では違った。

 でもやる。絶対にあたしが瓢一郎くんを見つけ出す。

 なんのコネもノウハウもないけど、警察にはできないことで、あたしだけにしかできないことだって、きっとあるはず。

 なにしろ自分は目撃者にして、この学校の事情をよく知っているんだし。

 陽子は自分を励ますようにいい聞かせた。さらに考える。

 なにか見落としはないだろうか?

 きのうのできごとを頭に浮かべる。なにか手がかりを思い出すかもしれないと思ったからだ。

 漠然と違和感を覚える。

 なんだろう? なにかを忘れている気がする。重大ななにかを。

 きっとなにかを見たんだ。いったいなに?

 出かかっていて出ない。そんなもどかしさを感じる。

 もう少しで思い出せそうなとき、一時間目の授業の教師が入ってきた。

 陽子の思考はそこでとぎれた。


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