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夏休みの駄菓子屋

作者: 音根ch


2011年8月3日水曜日





僕は今、うだるような暑さの中で、エアコンもつけずにパソコンに向かっている。住んでいる土地が関東ではないので、節電する必要もない。が、僕はどうしてもエアコンから出てくる冷気に慣れることができないのだ。その代わりに、扇風機をつけている。気休め程度の涼しさしか提供してくれないが、ないよりも幾らかましだろう。


特にこれといって調べたいものや見たいものなどの目的があってパソコンと向かい合っている訳ではない。ただの時間潰しだ。動画サイトをまわるでもなし、誰かのブログを見るでもなし。Googleの一番最初の検索画面のまま更新ボタンを押して、出てくるGoogleの変化を楽しむ。それだけを飽きもせず繰り返す。いや、どちらかというと、どうにか飽きまいと、自分に無理やり暗示をかけているという感じだろう。なぜなら、これが僕にとって最後の暇潰しの方法だったから。


高校一年生の夏。

高校に入ってから初めての夏休みだ。進学校で普通科の高校に通っているので、宿題やゼミなどたくさんある。けど、僕自体は特別あまり頭が良い訳ではない。運良く入れた、そんな感じ。だから、それほど勉学に勤しむつもりは毛頭なかった。落第しなければいい、それくらいの意思。夏休みの宿題なんて、手につくはずがなかった。


ついに、この更新にも飽きる。心に飛来してくるものは、虚無感と孤独感。


携帯電話に目をやる。

もちろん、都合良く誰からかお誘いのメールや電話が来るはずもない。それどころか、ここ最近メールのやりとりを誰かとしてもいない。


携帯の電話帳を開く。色々な人の名前が羅列しているが、顔も思い出せない人の名前もある。僕に、知り合いはいても友達はいないのだ。学校で、『おはよう』や『次の授業ってなんだっけ』と、軽いトークが出来る人ならたくさんいる。でも、今日のような夏休みのど真ん中に、一緒に遊びに行くような人は皆無なのだ。だからこうして、今日という日が終わるのを待つ。


中学の頃は、友達がたくさんいた。夏休みになれば、海だ山だデパートだと、至る所に遊びに行った。高校に同じくして入った友達もいる。しかし、運が悪いことにクラスが別だった。さらに、そのほとんどが部活に入ったのだ。僕はというと、三年間も一生懸命努力したくなる部活に出会えなかった。高飛車かもしれない。でも、放課後の疲れた体に鞭を打ってまでやりたい部活がなかったのだ。



何処かに出掛けるにも、パジャマの状態から着替えることが面倒だった。それに、お金もほとんど持ち合わせていない。今月のおこずかいは未だもらっていないだから。だから、今日はこの蒸し暑い部屋の中で一日を過ごそうと決めていた。





何をしようか。

とりあえず、思い付いた単語でも検索しようかな。


そう思い付き、辺りを見回す。ここは、僕の部屋。思春期の男子がいかにも持っていそうな本もゲームも一切持ち合わせていない。興味がない訳ではないが、買う度胸がないのだ。


検索するワードを探す。かれこれ長く向かっていない勉強机、同じく開けていないクローゼット、スカスカの本棚、名前も思い出せないサッカー選手のポスター、散らかっているベッド、白とも灰色とも言えない色の壁。そして、木造の床。特にこれといって気になるものは一切ない。引き出しの中も見てこようかと思ったが、立つことが面倒だったので却下。


次に、頭の中で何かを思い浮かべることにした。それに関連するワードでも検索しようと思って。


今、頭に浮かぶもの。

おこずかい、勉強くらいだ。あと、強いて言うのであれば、すでに昼頃なので小腹が空いていることだった。

おこずかいも勉強もこれといって拡がるものがなかったので、小腹が空いていることについて、考えることにした。


朝食を食べたのが、朝の10時くらい。なので、さしてお腹は空いていない。まさに、小腹が空いている状態だ。そう、少しのもので満たされるくらい。お菓子、とかどうだろうか。最近、間食は全く入れていない。たまには、お菓子を食べるのもいいんじゃないだろうか。でも、あまりパーティー用のものは嫌だ。例えばポテトチップスみたいなの。小さいお菓子がいい。駄菓子屋に売っていそうなのが。


『お菓子 駄菓子屋』


そう書き込んで検索する。そして、一番上に出て来たページを見てみようと思った。


『駄菓子屋でよく買っていたお菓子を挙げるスレ』

というページが一番上に出て来た。2ch関連だろうか?アルファルファモザイクと書いてあるところを見ると何かのブログなのだろうか?よく分からなかったが、とりあえず目を一通り通すことにした。


内容としては、このお菓子覚えてる?とかこのお菓子おいしいよねなど、スレタイ通りの展開だった。しかし、僕はある一つの書き込みに目を奪われた。


『予算100円。

まずは新幹線ゲームをしたな。

勝ったらビッグカツかカークゼリーの30円ものに交換。

うまい棒メンタイ味は定番。開ける時は軽く縦に握りそのまま太腿にたたき付ける。

それが粋だった。

稀に失敗して中身が出ず砕けるがそれも小さなギャンブル。

喉も渇いてくるので50円のパレードを飲む。

70円のコーヒーパレードも強烈に惹かれるが20円の差はでかい。

王冠の裏にはコルクのクジがあり冷蔵庫にぶら下がったピンで剥がす。

お!10円が当たった!

今日はツキ過ぎだ。

残りは何を買おうか。

清々しい気分でパレードをゴクリとやってるといつもの仲間達がサイクリング車に乗って向かって来るのが見えた。


綿菓子のような入道雲

セミの声

きったないランニングシャツ


俺の夏休みはこんなだった。』


何故だろうか、この書き込みに僕は、泣きそうになった。

胸の奥が熱くなって、涙が目に溜まって、小刻みに震えて。


この書き込みは何十年も前の話しだろう。今の僕とは何の関連性もない。ましてや、きっとこれは小学生の頃だと思う。高校生の僕には全く関係がない。でも、それでも、今の自分と比較してしまうのだろうか。羨ましくてたまらなかった。僕の夏休みは、こんなにも堕落して独りぼっちだというのに、この画面の向こうの人の夏休みは、輝いていて。


僕は、何をしているのだろうか。


この、あと何度あるか分からない夏休みに何をしているのだろうか。


することもなく、ただ起きて、ただご飯食べて、ただぼーっとして、ただ寝て。それの、繰り返し。


このままで、僕はいいのだろうか。


いい、はずがない。


勉強もせず部活もせずバイトもせず。これでいいはずがないじゃないか!


行こう。

今から駄菓子屋に行こう。そしたら、何かを見つけられる気がする。何か大切なことを。





10分としないうちに支度を終え、家から出る。自分の自転車に跨り、駄菓子屋に向かう。何処にあるかは正直曖昧で分からない。でも、僕は行く。


外は家の中よりも一段と暑く、蒸す。地熱が僕の水分をやたら蒸発させ、喉に訴えさせる。家を出て5分もしない内に、服は汗でビショビショな状態。持って来たサイフの中には500円と入っていない。しかし、流石にいまのコンディションではどこにあるかも分からない駄菓子屋に向けて漕ぎ出すことは厳しい。途中の自販機で飲み物を買うことは必然だった。






微かに夕陽が見え隠れするような頃、僕はやっと駄菓子屋を見つけることができた。しかし、中から人の気配があまりせず、とても閑静な様子だった。入ることを躊躇してしまうものの、ここで勇み足をしてしまうのは絶対にいけない。そう思い立って、中に足を進める。


中には、お菓子がたくさん置いてあり、10円20円といった値札が下げてあった。まさに、駄菓子屋のそれである。


「いらっしゃい。」


恐る恐る前進していた僕はビクッとしてしまった。周りに視線を向けていたので、前方から声をかけられたので驚いたのだ。そもそも、堂々もしていればいいのだが、高校生という立場もあり、気恥ずかしさが先立ってしまう。


声のした方を向いて見ると、齢70くらいだろうか、それくらいのお婆さんがいた。顔には幾重にも皺が寄っており、座布団の上に鎮座している。やっぱりお店の人だろうか。


「あの、お邪魔しますね。」


「はいはい、どうぞ見て行ってください。」


とても、優しい声だ。何もかもを優しく包んでくれるような包容力を含んだ声に、僕は一瞬惚けてしまう。


ここに来たからにはお菓子を買わなくてはないない。本来の目的としては、何を見つけるためだったのだが、とりあえずは保留だ。


財布の中身を確認すると、中には120円しか入っていなかった。途中で飲んだ飲み物代で相当使ってしまったみたいだな。でも、今この場所でならこの120円も貴重な存在と化する。なんていったって、駄菓子屋なんだから。


中を色々と物色していると、興味深いものを見つけた。『きな粉餅』というものだ。長い円柱型で、餅にきな粉が塗してある。それが爪楊枝に刺してあるのだ。爪楊枝の先に赤い印がつけてあるものがあり、それが当たりらしい。それを引くと、もう一本くれるという子供にとっては両手をあげて喜ぶような細工がしてあるという。値段は20円とお手頃価格。童心に帰ったつもりで、一本ワクワクしてながら選ぶことにした。


「あの、これ一本貰ってもいいですか?」


「はいはい、どうぞ。」


十数本とあるこのきな粉餅の中から一本選ぶというのは、簡単でありながらも考えさせてくれる。大人気ないと分かりながらも、どうしてか当たりを引きたくなる。当たったら嬉しい、当たらなくても別にいい。ではなくて、当てたいどうしても当てたい。当たらなければ、もう一本買おうじゃないか。そんな、意気込みで真剣に選ぶ。


どうやって選ぼうか。


胡瓜のような形、直線。大きい、小さい。粉のついている量。配置。色。


様々な理由をつけて、一本中から選び出す。当たりはランダムなのだから、選ぼうとすること自体不毛なのだけど、どうしても当てたいと思うと選んでしまう。


「それじゃあ、一本貰いますね。」


「はいはい、お金はそこに置いておいていいからね。」


チャリンと、近くにある台の上に20円を置く。


自分が厳選して選んだきな粉餅を手に取る。


どうか、当たっていますように。


この高揚感は、いつ以来だろうか。中間考査、入学式、受験。どれも違う。この気持ちは、遠い昔の、もうすでに埋れてしまった記憶。思いだそうとするだけで暖かくなるような感覚。まだ、母さんが生きていた時だろうか。そうだな、それなら小学生の低学年の頃かな。


懐かしい、な。


「おやおや、どうしたんだい?きな粉餅を手に持ったまま止まっちゃって。」


どのくらいの間、回想していたのだろうか。おばあちゃんが心配して声をかけてくれた。


うん、感傷に浸っていても仕方がない。今はこのきな粉餅を十二分

楽しもうじゃないか。


「すいません。それじゃあ、いただきます。」


カプッと、本来小さい子が数回に渡って食べるであろうきな粉餅を一口に仕舞い込む。


…おいしい。


口の中に広がる甘さは、俺が求めていたそれだろう。少しパサパサしているので、口の中の水分がほとんどとんでしまったけど。


………あ、はずれてる。



残念に思う反面、僕の心の中には今まで感じたことのない感情が飛来して来る。そして、おもわず顔をにやけてしまった。


たった20円で味わうことが出来る、そんな感情。でも、なんだか悪い気はしない。僕の心が安っぽいわけじゃない。(と、信じたい)それでも、この金額でそれ以上の対価を受け取ることが出来た。










「おばあちゃん、今日はお邪魔しました。」


「はいはい、また来なね。」


あの後、また一時膠着した僕におばあちゃんは声をかけてくれた。

疲れてるんじゃないかい?上がって、休んでいくと良いよ、と。


僕の祖父母は物心つく前に亡くなっている。そして、お母さんも。だから、お父さんの男手一つで育てられた。父子家庭だ。今の今まで、それをずっと恨んでいた。特に何に対してというわけではない。ただただ、この世の有象無象が恨めしかった。どうして、あの子には両親祖父母もちゃんといるのに、僕にはお父さんしかいないの?どうして?お母さんに会いたい。どうしていないの?なんて。

無い物ねだりを、高校生になっても続けていたんだ。しかも、唯一の肉親のお父さんにすら、反抗期の状態。理由なんて、幼児のそれ。ただ、僕のために一生懸命夜中まで働いているお父さんがいなくて、寂しかったから。帰って来るのは1時過ぎ。出勤するのは、9時過ぎ。下手をすると、一日会えないこともある。そんな、毎日が寂しくて、構って欲しくて、反抗したのだと、今なら分かる。


結局、僕はここに来て直接なにかを聞いたわけでも教わったわけでもない。でも、色々と考えることが出来た。


これは、大きな財産ではないだろうか。


これは、おばあちゃんに一つ借りが出来ちゃったかな。それも、かなり独りよがりなやつ。


だから、僕はこう返す。


「ありがとうおばあちゃん!また、いつか必ず来るね!」


大仰に手を振って。

大きな声も出して。


「本当にありがとう!」





駄菓子屋について書きたかった。

それだけです。

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