「お前を愛することはない」って、なんで冷徹辺境伯ルートやねん! ~冒険者になりたかったのに、極寒領地で防寒改革していたら極度の冷え性旦那様から溺愛されています~
「お前を愛することはない。これはただの政略結婚だ」
その瞬間、私は心の中で盛大にツッコミを入れた。
(なんでやねんッ!!)
いや、分かるのだ。そう、私は「転生者」。
この台詞は前世で幾度となく見た、異世界恋愛における開幕テンプレの最高峰。
「冷徹な公爵様」「無表情な辺境伯」「愛を知らない侯爵」といった男たちが初夜に放つ、親の顔より見たであろう「愛さない宣言」である!
しかし、なぜそれを私が食らっているのか。前世の私は恋愛ものも多少は嗜んだが、根っこはガチガチの王道冒険ライトノベル派だった。剣と魔法、古代遺跡の探索、そして魔王討伐! 異世界転生に気づいた時も、私は目を輝かせて意気込んでいたのだ。
「よし、いずれ冒険者ギルドで魔力測定の水晶玉に手をかざし、魔力が規格外すぎてバリンッと割ってしまうアレをやっちゃうぞ!」
それなのに、今の私は純白のウェディングドレスに身を包み、極寒の辺境にある古城の広間で、冷徹辺境伯様から愛さない宣言を受けている。初期装備が短剣ではなくドレス! 初クエストがスライム討伐ではなく政略結婚! どう考えてもジャンル違いである。
「聞いているのか、メルヴィナ」
氷のように冷たい声が広間に響き渡る。
目の前に立つのは、アルベリク・フォン・フリームファクシ様。泣く子も黙る『冷徹辺境伯』であり、北の魔境を守る若き領主だ。雪のように白い肌に銀に近い淡い金髪、氷のように冷たいのに美しすぎる青い瞳。異世界恋愛の冷徹旦那様として百点満点である。
だからこそ言いたい。なんでやねん、と。辺境伯というなら「飯を食え! 剣を持て! 魔物を狩るぞォ!」みたいな豪快な熱血筋肉ゴリラでもいいではないか! よりにもよって無口、氷属性、愛さない宣言装備済みと、なぜ乙女ゲームはこれがテンプレなのか。
「はい、もちろんでございます、アルベリク様! 私を愛さない件、謹んで承知いたしました!」
私が食い気味に即答すると、アルベリク様はわずかに眉をひそめた。
「……ずいぶんと物分かりがいいな。不満はないのか」
「滅相もございません!」
「ふむ。だが、その目は明らかに不満そうだな。何か望みがあるのだろう。金か? 宝石か? それとも権力か?」
テンプレ通りの値踏みをしてくる彼に、私は真顔で要求を突きつけた。
「いいえ、欲しいものは薪です! あと最高級の羊毛毛布と、魔力ストーブの購入予算! それと夕食には熱々のシチュー、できれば私が実家から持参したこの『ジンジャ根』マシマシでお願いします!」
広間が完全に静まり返った。
ちなみに『ジンジャ根』とは、前世の知識を持つ私が実家時代、寒さ対策のために山を這いずり回って執念で発見した「生姜の完全代替植物」である!
神官も使用人も、謎の木の根っこを手に持ち熱弁する私を見て、「愛されないショックで花嫁の頭がショートした」という憐れみの目を向けてくる。だが違う、私は極めて正気だ。今この場で最も深刻な問題は夫婦仲ではなく、窓の隙間から入り込む猛吹雪の冷気と、石造りの床から這い上がる底冷えなのである。さっきから足先の感覚がログアウトしかかっている!
「寒いです、死にます! まずは、隙間風を塞いでください! 旦那様より低体温症の方がよっぽど怖いです!!」
私が切実な思いを叫ぶと、アルベリク様は絶句した。
冷徹辺境伯の「愛さない」に「暖房を」で返すヒロインなど歴代初だろうが、こっちも命がけだ! 私は持参していた大きな包みから、実家で開発した初期装備――もこもこの『綿入れ半纏』を取り出し、ドレスの上からガバッと羽織った。さらに分厚いマフラー、毛糸の手袋、厚手の靴下をフル装備し、完全なる雪だるまフォルムへと変貌を遂げる!
「……メルヴィナ、その格好でいいのか」
「はい! 寒さ耐性がカンストしました!」
私が堂々と胸を張ると、彼はもはや何も言わなかった。本当は冒険者ギルドで買える革の胸当てが欲しかったが、マイナス十度の古城ではこの半纏こそが私の聖剣である!
その夜、客室の前まで案内されたアルベリク様は、本日二度目のテンプレを放った。
「寝室は別だ。お前に触れるつもりはない」
普通のヒロインなら涙ぐむところだが、私は再び(なんでやねん!)と内心で吠えた。ギルドの安宿の硬いベッドで目覚めるイベントを期待していたのに、なぜ冷徹旦那との寝室問題を処理しているのか。
「承知いたしました! ところで、この客室は北向きですね。暖炉は一基ありますが、この隙間風では火を消した途端にただの冷蔵庫です! 人間の睡眠には不向きですので、暖炉が二基ある旦那様のお部屋で寝ます!」
「なぜそうなる。俺と同じ部屋で寝る意味が分かっているのか」
「暖かいという意味ですよね!? 違うなら諦めますが!」
アルベリク様は頭痛を堪えるように眉間を押さえた。その皺、私の行動のせいではなく、また、冷徹さの演出でもなく、ただの寒さと疲労でしょう?寒さで唇が真っ青だもの。
結局、私の部屋に追加の毛布と火鉢が運び込まれることで妥協した。私は使用人頭のグリゼルダを捕まえ、「火鉢と暖炉を使うなら必ず換気と煙突の詰まり確認を! 一酸化炭素中毒という見えない毒の空気で死にますからね!」と念押しし、彼女を青ざめさせた。ぬくぬく生活は安全管理から。異世界でも命を守る基本は同じ!
翌朝から、私の辺境伯家・防寒改革(初クエスト)が怒涛の勢いで幕を開けた。
「石壁からの冷気を遮断するために、使っていないタペストリーや絨毯を壁に打ち付けて! 暖炉の奥には鉄板を置いて熱を部屋に反射させます! 広い部屋は使わず、作業は一部屋に集約して人間の熱気(自家発電)を利用するのよ!」
予算を渋るグリゼルダに対し、私は「冬の間に風邪や凍傷で倒れる使用人の治療費と労働力低下を考えれば、暖房への投資は圧倒的に安上がりです!」と理詰めで捲し立てた。異世界に来てまで費用対効果を熱弁するなんて、なんでやねん!
そしてその日の夕食。私は厨房に頼み込み、執念の代替植物『ジンジャ根』をたっぷり効かせた熱々シチューを作らせていた。さらに料理が途中で冷めないよう、神官と職人さんに特急で作ってもらった「保温加護蓋付き配膳容器」でアルベリク様の元へ運ばせる。
極寒の食堂で、湯気を立てる熱々のシチューを見たアルベリク様は少し驚いた顔をした後、無言で一気にそれを平らげた。
翌日、執務室。
「……防寒改革とやら、好きにしろ。必要な費用は出す」
アルベリク様はそう許可を出しつつ、視線を逸らしてポツリと呟いた。
「昨日のシチューは、悪くなかった」
低い声。無表情。けれど、耳が少し赤い。
冷徹辺境伯様、ジンジャ根シチュー一杯で好感度上がってます!? 攻略対象としてチョロすぎませんか!? いやいや、私は冒険者志望だ。旦那様攻略ルートに入る気など断じてない!
その後も私は屋敷中を駆け回り、徹底的な防寒対策を施した。三日もすると、使用人たちは「壁に絨毯を掛けただけで、部屋が全然違います!」「暖炉の熱が背中まで届きます!」「指先の感覚があります!」と私を神の使いか何かのように崇め始めた。神ではない、ただの断熱と反射熱だ! でも、使用人たちの笑顔という報酬は、最高に気持ちのいい達成感だった。
屋敷が暖かくなるにつれ、アルベリク様が食堂に顔を出す回数が増え、私が考案したもこもこ膝掛けを愛用し始めた。ある日の午後、執務室を覗くと、冷徹辺境伯様が膝掛けにくるまってホットミルクを両手で包み込み、ポワポワと幸せそうな顔をしているのを目撃してしまった!
「今、何を見た」
「何も! 辺境伯様が毛布にくるまってミルクを大事そうに飲む姿など記憶から消します!」
「……消さなくていい。寒いのは、事実だ」
低く冷たい声だが、私は確信した。この人、冷酷無慈悲なんじゃなくて、ただの『極度の冷え性』なだけだ。 寒さで表情筋が死に、冷気で喉が痛いから無口なだけである。 どこが冷徹やねん!
私は彼に、故郷の秘伝魔道具『もふもふカバー付き湯たんぽ』を献上した。
「火傷防止にカバーは必須です!」
厳かに差し出すと、それを受け取って抱いた瞬間、彼の表情筋がみるみる溶け、見えないお花畑が広がった。
「……あたたかい。素晴らしい。なぜ今まで誰も作らなかった」
「本当にそれです! 魔法文明、もっと生活の知恵を頑張れって話ですよ!」
ジンジャ根入りホットミルクを飲み干した彼は、深く息を吐いた。
「メルヴィナ、お前は魔法使いか」
「冒険者になり損ねた防寒係です!」
つい本音をこぼすと、彼は私の「冒険者ルートへの未練」を静かに聞き入れてくれた。
「なら、この領地をお前の冒険の場にすればいい。北の森の遺跡も案内しよう……今は寒いから駄目だが」
意外なほど真面目で不器用な優しさに、私は言葉に詰まった。正論すぎてぐうの音も出ない!
数日後、猛吹雪のなか北の村で急病人が出たとの報せが入った。
アルベリク様はもこもこマフラーに手袋、腰に湯たんぽという完全防寒装備で出陣しようとした。
「私も現場の防寒指導に参ります!」
「俺のそばを離れるな。寒くなったらすぐ言え。手が冷えたら俺に言え」
こっ、この展開は……。過保護のフルコースを展開する旦那様に、使用人たちがニヤニヤしている。やめて、その見守る空気! まだルートには落ちてないから!
村に着くと、私は「濡れた服は即着替え!」「窓の隙間にボロ布を詰めて!」「ジンジャ根スープ配ります!」と村人たちに矢継ぎ早に指示を出した。村を立て直していくこの感覚は、前世で憧れた冒険譚のクエストそのものだった。
「……メルヴィナ、お前は生き生きしているな」
私の様子を見ていたアルベリク様が静かに笑う。
「剣を振るうだけが冒険ではない。この領地で冬と戦うのも、十分に冒険だ」
「今のはかなり格好よかったです!」
私が素直に褒めると、彼は寒さ以外の理由で耳を真っ赤にした。そして恥ずかしそうにはにかむ。えっ、かわいい。なに?この旦那様、ずるい!
さらに数日後、王都から遠縁の令嬢・フロレンティア様が薄着のドレス姿で現れた。
「辺境伯夫人ともあろう方が、そのような防寒着姿で?」
王道テンプレの中盤イベント、社交界マウントのライバル出現である。 なんでやねん、私は森でライバル冒険者とバチバチに魔法を撃ち合いたかったのに、ジャンルが違います!しかし、王都の令嬢はわずか十五分で辺境の寒さに敗北。紫の唇で震える彼女に、私はにっこり笑って毛布と湯たんぽと熱々ジンジャ根ワインを物理攻撃のごとく叩き込んだ!
「悔しいけれど温かいですわ……」
湯たんぽの温もりにあっさり陥落するフロレンティア様。そこへ現れたアルベリク様が、低い声で言い放った。
「俺の妻を笑う者は、この領地の冬を知らぬ者だ。メルヴィナはこの屋敷を温め、村を救った。それに……その格好は、温かそうで、そして、最高に愛らしい」
食堂の空気が完全にフリーズした。
「半纏を着たお前は……、本当に美しい」
盛大に赤面して言い張る旦那様に、私は何も言えなくなった。
その夜、執務室へお茶を届けに行くと、私はそのまま彼に捕まり、もこもこの半纏ごと後ろからすっぽりと抱きしめられた。
「旦那様、私は妻であって暖房器具ではありません! 湯たんぽを抱いてください!」
「お前がいい。妻だから離したくない。……許せ。愛さない宣言は撤回する。俺はお前を愛している」
心臓がぴょこっと跳ねた。冷たかったはずの声が、ひどく甘く優しい。冒険ラノベ派として魔王を倒したかったはずなのに、冷徹旦那様が私の手を包み込み、「寒くないか。お前は俺が温める。好きだ。」と真顔で囁いてくるのだ。異世界恋愛テンプレ、強すぎる!くやしい!
「……告白は素敵ですが、暑いです! 過剰保温です!」
ムードをぶち壊す私のツッコミに、彼はまるで春の日差しのように声を上げて笑った。その破壊力たるや、王都の令嬢たちが溺愛を夢見る理由が分かってしまうほどだった。
その後、領地の防寒改革はさらに進み、私はついに究極のぬくぬく結界『こたつ』を開発した。恐る恐る足を入れたアルベリク様は、そのまま沈黙し、二度と出られなくなった。そしてこの笑顔である。冷徹辺境伯様、完全敗北である!!
社交界では「氷の辺境伯の心を花嫁の愛が溶かした」と噂されているが、半分違う。溶かしたのは愛と、薪と毛布と湯たんぽとジンジャ根シチューと反射板と適切な換気だ!
今日も私は半纏を着てこたつに潜り、隣には私を当然のように抱き寄せる過剰保温気味の旦那様がいる。
「メルヴィナ、俺はお前を愛している」
「はいはい、私もですよ! ……って、これ以上は暑いですってば!!」
冒険者ギルドで水晶玉を割る夢は遠のいたが、極寒の領地で旦那様とぬくぬく過ごすこの冷徹辺境伯ルートも、まあ悪くない。
なんでやねん、と思いながらも、私はこたつの中で幸せに丸まっているのだった。
めでたし、めでたし!
(おしまい)
お読みいただき、ありがとうございました。
面白かった、ぬくぬくした、旦那様チョロいと思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。




