二話:言霊が効かない少女
始業式の翌日、朝五時。
僕は目を覚ました。体はまだ村にいた頃の時間で動いている。
村では日没とともに眠り、日の出の頃に起きていた。そして畑の世話をしながら一日を過ごしていた。
すっかり目が覚めてしまったので、家の外に出てランニングをし、この街の地理を把握しようと思う。
この街の名前は天織市という。大きく分けて旧市街と新市街の二つの地区に分かれており、朝倉家は旧市街にある。学院は旧市街と新市街のちょうど中間あたりに位置している。
旧市街の中心部には白鳴神社という神社があり、この街の観光名所にもなっているらしい。今日はそこまで走ってみるつもりだ。
◇
二学期最初の朝は、夏の名残をまだ残していた。
湿った空気が肌にまとわりつき、けれど日が昇りきる前の風はわずかに涼しい。
旧市街は静まり返っている。
木造の家々の軒先には風鈴が揺れ、かすかな音を立てていた。石畳の道を走る自分の足音だけがやけに大きく響く。
やがて視界が開け、石の鳥居が現れた。
その奥へ続く参道はまっすぐで、両脇には大きな木々が並んでいる。
朝日が葉の隙間から差し込み、石畳にまだらな光を落としていた。
空気がひときわ澄んでいる。
……ここが、白鳴神社。
参道の先には、濃い緑色の屋根を持つ立派な建物。屋根の端が反り上がり、どこか異国の建築みたいにも見える。左右には石の獣の像が鎮座していた。
誰もいない。
観光名所と聞いていたが、朝五時では当然か。
そう思った、そのとき。
しゃ、しゃっ。
規則正しい音が、静寂を裂いた。
本殿へ続く石段の手前。
白と赤の、不思議な服を着た少女が立っていた。
白い長袖の上衣に、深い赤の長いスカートのようなもの。腰には大きな赤い結び目。足元は草履のような履物。
長い淡い色の髪が、朝日に透けている。
彼女は長い箒を手に、落ち葉を静かに集めていた。
動きは無駄がなく、まるでこの場所に溶け込んでいるみたいだ。
……なんだ、あの服。
見たことの無い服だが、この静かな空間に妙に似合っている。
少女はまだこちらに気づいていない。
邪魔をするつもりはない。
ただの早朝ランニング中の学生だ。観光客でもない。
そっと踵を返す。
その瞬間。
「……そこで、何をしているんですか?」
声が、背中に落ちた。
びくり、と肩が跳ねる。
振り向くと、少女がこちらを見ていた。
箒を持ったまま、まっすぐに。
近くで見ると、思っていたより幼い顔立ちだった。
けれど、その瞳は妙に落ち着いている。
「い、いや……走ってただけで」
自分でも情けないくらい、声がぎこちない。
少女は石畳を数歩、こちらへ歩いてくる。
赤い裾が、朝の光を受けて揺れた。
「……あなたは?もしかして昨日の転校生の?」
彼女が僕のことを知っているなら、同じ学院の生徒なのだろうか。
「あ、うん。もしかしてSL女学院の生徒?」
僕が通うことになった学院の名前は、私立セレスティア・ルミナリエ統合女子高等学院で、長いのでみんなからはSL女学院と呼ばれている。(昨日陽菜から聞いた)
「うん。そう。あと、あなたと同じ2年A組だよ。」
昨日は、始業式だけだったので、まだ同じクラスの人の顔は完全には覚えきれていない。
「ああ、そんなんだ。ごめんね。まだ、転校したばっかりで、クラスの子の名前とか覚えきれてなくて…僕の名前は、朝倉 透。一年の朝倉 陽菜って子知ってる?僕はその子の兄なんだ。これからよろしくね!」
「私の名前は、白鳴 雪那で、一応この神社の巫女をやってる。あと、陽菜ちゃんは知ってる。へぇ〜あの子にお兄さんがいたんだ。でもなんでこの時期に転校してきたの?」
(巫女?ちょっとよく分からないなぁ〜帰ったら辞書で調べとこ。あの変な服も巫女というものに関係するものなのかな?)
「これまでずっと入院していて、小学校や中学校には通えなかったんだ。勉強は病院で続けていたけど、高校からいきなり一人で通うのはやっぱり不安で……だから、陽菜と同じ学院に通うことになったんだ。」
(これまで村にいた事を病院にいたってことにしたら大丈夫だよね。村では軽くだけど勉強していたからね。)
「ああ、だから男子なのに女子校に通うことになったんだ。昨日、不思議に思ってたんだよね。いきなり男子が転校してきて、周りはもっと騒ぐかなと思ってたけど、意外と静かだったし。あと、学院側もよく許可したね。事情はわかるけど、男子が女子校に通うといろいろと問題がありそうだけど…」
(ん?)
「″僕が女子校に通うことは何の問題もないよ″」
「でも、男子だから女子校に通うといろいろ問題あるんじゃないの?トイレや更衣室は、女子用しかないし。」
(ん????)
「″座れ″」
「……いきなりどうしたの?なんで座らないといけないの?」
(もしかして…)
「″喋るな″」
「…ごめん。何か気に障るようなこと言った?確かに初対面で馴れ馴れしかったよね。男の人とはあんまり喋らないから、ちょっと慣れてなくて、テンション上がって喋りすぎちゃったよ…ごめんね。ああ、せっかく友達になれそうだったのに…私のバカ…ああ、また私はボッチだァ〜せっかく私に遠慮せずに喋ってくれる人だったのに…ブツブツ……」
白鳴さんが何かを言っていたが、僕は混乱して頭に入ってこなかった。頭が真っ白になってしまった僕は、考えていたことを思わず口に出していた。
「……言霊が効かない?」
「えっ?言霊って何?」
(終わった…どう切り抜ける?今のやり取りを踏まえて、この少女には言霊が効かないことがわかった。言霊があれば村の外でもやって行けると思っていたから、想定外だ。村の外には彼女のように言霊が効かない存在がたくさんいるのか?それとも彼女が特別なのか…彼女は巫女とやらをやっていると言っていたから、彼女だけが特別な存在だと信じたい。だから彼女さえ味方にすれば、何とかなるだろう。でもどうする?彼女は比較的好意的に話してくれていた。だから言霊のことを正直に話せば、味方になってくれると信じたい。無理だとすれば、逃げれば良いだろう。村では畑仕事をしていたから体力には自信がある。ああ、村に引きこもっている連中の気持ちがようやくわかった。村の外には言霊が効かない存在がいると知っていれば、村の外には出なかったのに…)
「ごめん。正直に話すよ…言霊っていうのはね…」
それで僕はこれまでの経緯を正直に話した。言霊のこと。何故か白鳴さんには言霊が効かなかったこと。朝倉家と擬似家族になったこと。そして、華蓮を守ることができず、知恵をつけたいと思い、この街にやってきたこと。
「ああ、だからみんなは男子が転校してきたのに騒がなかったのね…」
「うん。そうなんだ。それで僕はもう二度と大切な人を失いたくないんだ。それで、知識をつけるために学校にどうしても行きたい。都合のいいことを言ってるかも知れないけど、どうか、この言霊のことはみんなに黙っててくれないかな?」
(説得が無理なら、村まで逃げよう。村までの道のりは複雑だから追いつけないはず。)
僕が逃げる準備をしていると、白鳴さんが返事をする。
「いいよ。」
「え?」
「だから、言霊のことはみんなに黙っててあげる。」
「え?そんなあっさり?」
「うん。だって、あなたは別に悪いことをしようとしている訳では無いでしょ?男子が女子校に通うのは悪いことかどうか分からないけど、まぁ、下心は無さそうだし。」
「下心?」
「うん。あと、私に遠慮なく喋ってくれて嬉しかったし…」
「え?それだけ?」
「私にとっては大事な事だよ?私はこの神社の巫女をやっていてね…ちょっと街の人からは神聖視されていて、私に遠慮なく喋ってくれる存在は、今のところ東雲姉妹だけで、でも東雲姉妹は立場とかあるから私と気軽に話すことができなくてね。だから、私に遠慮なく喋ってくれて、嬉しかったよ。」
「ああ、そうなんだ。あの〜話に出てた東雲姉妹って誰のこと?」
「ああ、あなたと同じクラスの東雲 麗華と東雲 美月のことよ。あの子達は今の天織市の市長さんの双子の娘で、私はこの神社の神主の娘だから立場上色々あって気軽に話すことができないのよね〜。大人の事情って奴よ。本当に面倒だわ〜。まぁ、貴方はこの街に来たばっかりだから、知らないと思うけど、この街には伝統あるこの街の文化を守ろう派と、再開発して、この街にもっと若者に来てもらおう派がいて、いろいろ大変なのよね〜。それで、神主と市長って、それぞれの派閥の筆頭みたいな者だから、その派閥の筆頭同士の娘たちはどうしても気軽に話せないのよね〜。」
「いろいろ大変なんだね。」
「まぁ、そうねぇ〜。一概にどっちが悪かは言えないから面倒よね〜。ごめんねいきなりこんな重い話になっちゃって…あと、私以外に言霊が効かない人物はいないと思うから大丈夫だよ。」
「え?白鳴さんの親とかは?」
「呼び方は雪那で大丈夫だよ。それで、親だけど、特別な血統なのは母で、今神主をやっている父は、婿入りしてきた元は一般人だから、多分言霊は効くと思うよ。」
「ああ、そうなんだ。それでお母さんは?」
「お母さんは、私が幼い頃に亡くなっているから…」
「ああ、ごめん。嫌なことを聞いちゃって…」
「大丈夫だよ。私も幼い頃の話だし、もう母のことはあんまり覚えてないしね…」
「…それで話が逸れちゃったけど、言霊のことは黙ってくれるんだよね?」
「うん!あ、そうだひとつ言霊のことを黙っている代わりにお願いをひとつ効いてくれる?」
「うん。良いよ。」
「即答!?」
「だって、言霊使えば、大抵の願いは叶えられるからね…」
「確かに…」
「それで願いって?」
「うん。私と、と、友達になってくれない?」
「え?それだけ?もう、友達になってたつもりだけど…違った?」
「え?あ、ち、違わないよ。これからよろしくね!朝倉くん。」
「うん。よろしく雪那。それで僕も名前で呼ぶんだし、朝倉じゃなくて、透って呼んでよ。」
「うん。よろしく!透……くん。ごめん。呼び捨てはまだ慣れなくて、くん付けで良い?」
「うん。これからよろしくね!」
こうして何とか言霊が効かない少女、白鳴 雪那を味方につけることができたのだった。
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次話の投稿はだいぶ先になりますので楽しみにお待ち頂けたら幸いです。




