届かない...
放課後が近づく頃、
教室の空気は少しずつざわつき始めていた。
まほはノートを閉じながら、
ちらりと蒼井のほうを見た。
(……今日こそ、少しだけでも話したい)
胸の奥がそわそわする。
手のひらがじんわり汗ばむ。
心々がまほの顔を覗き込む。
「まほちゃん、どうしたの〜? なんかそわそわしてる」
「えっ……な、なんでも……」
沙耶が優しく微笑む。
「無理に言わなくていいけど、
まほちゃん、今日はちょっと頑張ってる感じする」
玲も静かに頷く。
「うん。表情が違う」
まほは耳まで赤くなる。
(……そんなに分かりやすいのかな)
でも、
三人の言葉が背中を押してくれた。
チャイムが鳴り、
担任が軽く連絡事項を伝えると、
教室は一気に放課後の空気に変わった。
まほは深呼吸をひとつ。
(……行こう)
ゆっくりと立ち上がり、
蒼井の席へ向かって歩き出した。
心臓がどきどきする。
足が少し震える。
(……大丈夫。少し話すだけ)
蒼井は、
まほが近づいてくるのに気づいた。
(……話しかけてくれるのか)
胸が少しだけ高鳴る。
手が止まる。
まほが口を開こうとした、その瞬間――
「蒼井ー! ちょっと来てくれ!」
別の男子が蒼井を呼んだ。
蒼井は一瞬だけ迷った。
ほんの一瞬。
でも、呼ばれた方向へ向かってしまう。
まほは立ち止まった。
(……また、タイミング逃しちゃった)
胸の奥がきゅっと痛くなる。
蒼井は、
呼ばれた男子の話を聞きながらも、
まほのほうを気にしていた。
(……ごめん)
言葉にはできない。
でも、胸の奥がざわつく。
(なんで……話しかけてくれないんだ)
自分が避けているように見えるのだろうか。
そんなつもりはないのに。
(……俺、どうすればいいんだ)
不器用な心が、
自分でも分からない方向へ揺れていく。
まほは席に戻り、
心々たちのところへ歩いていった。
心々がすぐに気づく。
「まほちゃん、どうしたの? 声かけなかったの?」
「……うん。タイミング、なくて……」
沙耶が優しく言う。
「焦らなくていいよ。
まほちゃんのペースで大丈夫」
玲も静かに続ける。
「無理すると、逆にすれ違う」
まほは小さく頷いた。
(……そうだよね)
でも、
胸の奥の痛みは消えなかった。
帰り支度をしながら、
まほは窓の外を見つめた。
(……話したかったな)
ほんの少しの勇気が、
また空振りに終わってしまった。
でも、
その横顔を蒼井は見ていた。
(……話したいのに)
言葉が出ない。
距離が縮まらない。
だけど――
胸の奥に芽生えた感情だけは、
確かに少しずつ大きくなっていた。




