小さな変化
校内案内が終わり、教室に戻ると、
どこかゆるんだ空気が広がっていた。
「つかれた〜〜!」
心々が机に突っ伏し、
沙耶が苦笑しながら背中を軽く叩く。
「心々、元気すぎ」
玲も静かに頷く。
「でも、楽しかった」
まほは三人のやり取りを見て、
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……わたし、ちゃんと友達できたんだ)
その実感が、少しだけ勇気をくれた。
席に戻ろうとしたとき、
教室の後ろのほうで誰かの声がした。
「……陽向、これ落としたって」
まほは一瞬だけ振り返る。
(……陽向?)
誰のことか分からない。
声の主も、呼ばれた子も見えなかった。
ただ、
“名前が呼ばれた”
それだけの出来事。
まほはすぐに意識を戻した。
(……気にするほどのことじゃないよね)
本当に、それだけだった。
まほが席に座ると、
蒼井が少し遅れて戻ってきた。
まほは、
ほんの少しだけ勇気を出して横目で見る。
(……話しかけられたらいいのに)
蒼井もまた、
まほのほうをちらりと見た。
(……さっき、危なかったし……声かけたほうがいいのか)
でも、
二人の視線はまた少しだけずれて交わらない。
心々がまほの肩をつつく。
「まほちゃん、今日さ〜、
蒼井くんとちょっと距離近かったよね?」
「えっ……そ、そんな……!」
沙耶が微笑む。
「でも、自然に見えたよ」
玲も静かに言う。
「違和感なかった」
まほは耳まで赤くなる。
(……そんなこと、ないのに)
でも、
胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。
一方で蒼井は、
心々たちの会話を聞いているようで聞いていなかった。
ただ、
まほの笑い声が聞こえるたびに、
胸の奥が少しだけ落ち着く。
(……楽しそうだな)
その感情が、
自分でもよく分からないまま
静かに積み重なっていく。
まほは、
蒼井の横顔をもう一度だけ見た。
(……話したい)
蒼井もまた、
まほのほうを見ようとして――
やっぱり視線をそらした。
(……難しい)
すれ違いはまだ続く。
でも、
その距離は確実に、
ほんの少しだけ近づいていた。




