さりげないフォロー
「じゃあ、前からプリント回すぞー。後ろにどんどん回してな」
担任の声が響き、教室がざわつき始めた。
まほの机にも、前の席からプリントが一枚滑ってくる。
緊張していたせいか、受け取ろうとした指先が少し震えた。
紙の端が指からすべり、
プリントが机の角からふわりと浮く。
「あっ……!」
落ちる――その瞬間。
ぱしっ。
横から伸びた手が、紙の端を正確につまんで止めた。
迷いのない動きだった。
蒼井だった。
まほが驚いて顔を上げると、
蒼井はプリントを軽く持ち直し、
まほの机の上にそっと戻した。
「……危ない」
短い言葉。
でも、その声は静かで落ち着いていた。
まほは慌てて頭を下げる。
「す、すみません……!」
蒼井は少しだけ目を丸くした。
「……別に。落ちたら拾うだけだし」
それだけ言って、また前を向く。
ほんの一瞬の出来事。
でも、まほの胸はどきどきしていた。
(……すごい。反射的に手が出たんだ)
謝る必要なんてないのに、
謝ってしまった自分が少し恥ずかしい。
蒼井はちらりとまほを見たが、
何も言わずに視線をそらした。
また、すれちがってしまった気がした。
「まほちゃーん! 今の見たよ〜!」
心々がすぐに机に身を乗り出してくる。
「蒼井くん、めっちゃ優しかったじゃん〜!」
「えっ……そ、そんな……」
沙耶が微笑む。
「自然に手が出るって、いい子だよね」
玲も頷く。
「うん。まほちゃん、ちゃんとお礼言えてた」
まほは耳まで赤くなる。
「ち、違うの……全然……」
心々はにやにやしながらまほの肩をつつく。
「まほちゃん、隣が蒼井くんでよかったね〜」
「そ、そんなこと……!」
まほは慌てて否定するけれど、
胸の奥がほんの少し温かくなる。
そのとき、教室の後ろのほうから明るい笑い声が響いた。
陽キャのグループが楽しそうに話している。
中心にいる子は、クラスの空気を明るくするような存在感だった。
蒼井はそちらを一瞬だけ見たが、
すぐに視線をそらした。
(……ああいう賑やかなの、苦手なのかな)
まほはふとそんなことを思う。
蒼井は明るい輪の中に入るタイプではない。
でも、だからこそ――
さっきのさりげない優しさが胸に残っていた。
「はい、じゃあ次は校内案内するぞー。
班ごとにまとまって動けよー」
担任の声が響き、教室がまたざわつき始める。
心々がまほの手を取る。
「まほちゃん、一緒に行こ!」
「う、うん……!」
沙耶と玲も自然に合流し、
四人の小さなグループができあがる。
蒼井は席を立ちかけて、
まほたちのグループをちらりと見た。
ほんの一瞬だけ迷ったように見えた。
でも、声をかけることはなく、
静かに一人で立ち上がる。
(……また、すれちがっちゃった)
まほは胸の奥が少しだけ痛くなる。
さりげなく助けてくれたのに、
距離はまだ縮まらない。
でも、この小さな出来事が
後の大きな変化につながることを、
まほはまだ知らなかった。




