はじめまして
教室に入った瞬間、まほは胸の奥がきゅっと縮んだ。
知らない顔が並び、ざわめきが空気を満たしている。
自分の席を探すだけなのに、足が少し重い。
黒板の前に貼られた座席表を見つめ、指で自分の名前を追う。
――「希望守まほ(きもりまほ)」。
その席の右隣には、まだ見覚えのない名前が書かれていた。
(……隣、誰なんだろう)
不安を胸に席へ向かうと、すでに誰かが座っていた。
窓の外をぼんやり眺めている横顔。
その顔を見た瞬間、まほは小さく息をのむ。
――さっき廊下ですれ違った、あの人だ。
まほが席に着くと、少年がこちらに気づいて振り向く。
「あ……さっきの」
その一言だけで、まほの心臓が跳ねた。
「え、えっと……その……すみません……」
何を謝っているのか自分でも分からない。
ただ、胸がざわついて言葉がうまく出てこない。
少年は少しだけ困ったように笑った。
「いや……こっちこそ。隣だったんだな」
まほは慌ててうなずく。
「よ、よろしくお願いします……」
「……ああ。よろしく」
二人の間に、静かな空気が流れる。
話したいのに話せない。
目を合わせたいのに合わせられない。
ほんの少しの距離なのに、
心だけが遠回りしているようだった。
まほは気づかない。
少年が視線をそらしたあと、
そっとまほの横顔を見ていたことに。
少年も気づかない。
まほが机の下でそっと手を握りしめていたことに。
“はじめまして”の挨拶は、
またひとつ、小さなすれちがいを生んでいた。




