はじめての会話
放課後のチャイムが鳴り、
教室のざわめきがゆっくりと薄れていく。
まほは帰り支度をしながら、
ちらりと蒼井のほうを見た。
(……今日こそ、少しだけでも話したい)
昨日も、今日も、
勇気を出そうとして空振りした。
でも、
それでも諦めたくなかった。
心々がまほの肩を軽く叩く。
「まほちゃん、帰る? 一緒に行こっか?」
「えっ……あ、うん……」
沙耶が優しく微笑む。
「先に昇降口で待ってるね」
玲も静かに頷く。
「ゆっくりでいい」
三人は先に教室を出ていった。
まほは深呼吸をひとつ。
(……行かなきゃ)
蒼井は、
教科書をカバンにしまいながら
ふと横目でまほを見た。
(……また、話しかけてくれないのかな)
昨日も、今日も、
まほが近づいてきた気配はあった。
でも、
いつもタイミングがずれてしまう。
(……俺から行けばいいのに)
分かっているのに、
足が動かない。
そんな自分に、
少しだけ苛立ちを覚えていた。
まほは、
勇気を振り絞って蒼井の席へ歩き出した。
(……今度こそ)
心臓がどきどきする。
足が少し震える。
蒼井は、
まほが近づいてくるのに気づいた。
(……また、来てくれた)
胸が少しだけ高鳴る。
まほが口を開く。
「……あ、あの……」
蒼井も同時に口を開いた。
「……あのさ」
二人は同時に言葉を止めた。
「「……あっ」」
目が合う。
ほんの一瞬。
でも、確かに合った。
まほは慌てて視線をそらす。
「ご、ごめんなさい……!」
蒼井は首を振った。
「いや……その……」
言葉が喉でつかえる。
でも、逃げたくなかった。
「……さっき、ペン……大丈夫だったか?」
まほは驚いて顔を上げた。
「えっ……あ、はい……!
あの……ありがとう、ございました……!」
蒼井は少しだけ目を丸くした。
(……ちゃんと届いた)
「……別に。困ってるの見えたから」
まほは胸が温かくなる。
(……優しい)
でも、
その優しさをどう受け取ればいいのか分からなくて、
言葉がうまく出てこない。
「えっと……あの……」
蒼井も同じだった。
(……何話せばいいんだ)
沈黙が落ちる。
でも、嫌な沈黙ではなかった。
むしろ、
“話したいのに話せない”
そんなもどかしさが、
二人の距離をほんの少しだけ近づけていた。
まほが勇気を出して言った。
「……あの、また……明日も……」
蒼井は息をのむ。
(……“また”って)
「……うん。明日も……」
言葉が続かない。
でも、それで十分だった。
二人は、
初めて“自然に”笑った。
ほんの少しだけ。
でも確かに。
教室の外から、
心々の声が聞こえた。
「まほちゃーん! まだー?」
まほは慌てて返事をする。
「い、今行くー!」
蒼井は小さく笑った。
「……じゃあ、また」
「……はい!」
まほは胸を押さえながら、
急いで教室を出ていった。
蒼井は、
その背中を静かに見送った。
(……また、明日)
その言葉が、
胸の奥で静かに響いていた。




