01.七つの王の月。あるいはそれはいつもの夢のはずだった
そこは現代の日本とは全く違っていた。大理石で組まれた建物がどこまでも広がっている。天まで届きそうな高層の建物も林立している。だがどのタワーも半壊していて、そこが戦場であることを物語っていた。
その世界は戦禍の真っただ中だった。魚の骨だけでできたような奇怪な生き物に騎乗した兵士が空を飛び、手にした槍から炎と雷を降らせる。爆撃の煙が空を覆い、鉄と木材でできた戦車が人々の家をなぎ倒す。人々は麻布を編んだような服を着ていて、炎が逃げ惑う彼らを一人残らず焼き尽くしていった。
この世界を治める王と見られる人間が、ピラミッドの天頂近いテラスから眼下に広がる惨劇を見下ろしていた。
「サピルス……」
彼は空に浮かぶ巨大な城塞を見つめ、もの悲し気につぶやく。街を破壊し尽くさんとする兵士や戦車はその城塞から吐き出されていた。
「イクナートス王!」
名を呼ばれ、王は後ろを振り返った。
甲冑を着込んだ女将軍がカチャカチャと金属の武具を鳴らしながら、慌ただしく入ってくる。
彼女は息を荒げながら、イクナートス王を見上げる。彼女の身長は180センチメートルと大柄だったが、イクナートス王はそれよりも高く二2ートルを超える長身であった。さらには麻でできた、長い筒のような帽子で頭をおおっていたため余計に長身に見える。おまけに身の丈ほどもある、巨大な杖を携えている。杖には月や星を模した様々な飾りや宝石がぶら下がっていて、王の持つ知恵と魔力と権力そのものを表しているようだった。
「エンリク」
「イクナートス王。七つの月の最後の月が落ちます」
「わかっている」
イクナートス王は空を見上げた。隣に女将軍エンリクが立つ。彼らが見上げる空は、かつての空ではない。青くどこまでも広がり、太陽の恵みの受ける平和な天上は、とうに失われていた。
「お前もこちらに来なさい」
不意に、王は後ろを振り仰いだ。エンリクは怪訝な顔で室内を見渡す。すると、壁面にかかった大きなカーテンの裏から侍女のナイーヴァがおずおずと顔を出した。
その様相にエンリクが短くため息をつく。
「ナイーヴァ、この局面において誰もお前を責めはしないよ」
ナイーヴァは顔を赤らめて、遠慮がちにイクナートス王の隣に立った。イクナートスは彼女の細い肩に左腕を回して、ナイーヴァを勇気づけるようにしっかりと抱き寄せた。
「これが三千年続いたアトランティスの終焉だ」
「やはり人間には不可能だったのです。王よ。この星はもう終わりです」
エンリクが苦渋に満ちた表情で言う。
彼らの頭上の青白い月は見る間に傾いていく。空の端にあるべきはずの月は、最早パースの狂った子供の描く絵画のように、空のほとんどを覆いつつあった。遠くからゴオオオ……と水の迫る音が近づいてくる。アトランティスの海辺では、もう潮は満ち引きしていない。
「いいや。星の寿命はついえない。まだこの惑星は産まれたばかりだ。おれたちが彼らを導けなかったことに責はある」
ナイーヴァは、うぅ、と泣きながら手に顔をうずめた。
「イクナートス王…申し訳ありません…私どものような…私どものような人間が…」
王は優しく彼女の髪を撫でた。
「人間はおろかな生き物だ。それでも私は、ヒトを信じたかった。そして後悔もしていないよ」
迫りくる月を眺めながらイクナートス王は微笑を浮かべていた。
そして、杖を掲げた。杖の先に光が収束していく――。
その星はどうなったのだろう――と思ったとき。八津宮ルルははっと目を覚ました。
「――夢?」
異世界をのぞき見したような夢は終わっていた。
布団の上に起き上がる。神社に併設されているにこの住宅に洋間はなく、和室しかないのだ。
「もっかい寝れば……」
もぞもぞと布団に戻ろうとしたとき、ガンガンガン!!とけたたましく鍋で壁をたたく音がした。
「学校に遅れるぞ!馬鹿孫が!!」
耳をふさいでも無駄だった。
続いて祖父・治五郎の怒鳴り声が響く。
「ジジィ……」
うんざりしていれば、ざーっと襖があいて白い和服に袴の治五郎が顔を出した。
小柄な老人でルルよりも背丈が低いというのに、声にもオーラにもまだまだ迫力がある。
「何しとんだこのダボハゼが!!」
「……」
ひとくさりルルを怒鳴り散らすと治五郎は居間に戻って行った。
「あーっもうっ!」
拳を布団に叩きつける。壁にかかったスカートとブレザーの制服が揺れる。
もう夢の続きは見れそうになかった。




