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6.窓口

 応接間に通された男は、扉の内側で一拍だけ足を止めた。

 部屋の広さ、席の位置、同席者――視線が静かに巡って、それで終わる。長居する気配がない。

 軍服ではないが、胸元には軍の徽章が一つ。

 顔立ちは整っている、より先に背筋と肩の角度が目に入る。見本のように正しい姿勢。背は高すぎず、肩の力は抜けているのに、視線だけがやけに鋭い。

 背は高すぎない。けれど、立っているだけで場が締まるタイプの“手慣れ”があった。


「王太子府付、ヴァレリオ・カラディンです。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」


 丁寧だが、過剰に低くはならない。声は通るのに、押しつけがましさがない。


 アルバートが軽く会釈を返す。


「フォルティス公爵家嫡男、アルバート・フォルティスです」


 リュシアも、兄の隣で礼をする。


「リュシア・フォルティスです。……今日は、確認の場だと聞いています」


「はい。確認と、形式の完了です」


 ヴァレリオは書類を机上に置き、封を切る。紙が擦れる音だけがやけに鮮明に響いた。


「第二王子殿下との婚約解消について、王家側の手続きはすでに整理されています。フォルティス家からの返納も受領済みです」


 返納という語に、リュシアは視線を上げる。アルバートが、目だけで「済んでいる」と示した。


 ヴァレリオは淡々と続ける。


「本日は、フォルティス嬢本人の同意署名を受け取りに参りました。これで、王太子府側の動きを一本にできます」


「一本、とは」


「今後、王家・王太子府・宮中から、君に直接の確認や連絡が飛ばない形にします。必要な連絡はフォルティス家宛てに。軍務上の調整は――俺が受けます」


 “俺が受けます”と、言い切れるだけの温度があった。


 アルバートが、わずかに眉を動かす。


「訓練開始後も、ですか」


「はい。訓練に入ったあと、余計な火種で時間を削らせない。王太子府としては、その方が合理的です」


 合理的、という語が、少しだけ場を冷やす。けれど、冷えるのは悪いことではなかった。これは慰めではなく、処理だ。


 ヴァレリオは署名欄を示し、ペンを添えた。


「念のため。強制ではありません。君の意思で署名する、という確認です」


 リュシアは一拍置き、頷く。


「私の意思です」


 ペンを取り、署名する。文字は乱れない。


 ヴァレリオが受け取り、目を落として確認する。書類を封筒に戻しかけてから、次の紙を一枚だけ引いた。


「もう一点。軍の手続きです。これは“記録”として必要なので、端的に聞きます」


 リュシアの目が、わずかに上がる。


「訓練終了後の進路。士官学校ではなく、直接採用のまま軍に入る。相違ありませんね」


「はい」


「理由は」


 アルバートが口を挟まないのが、逆に圧だった。ここは本人が言え、という形。


 リュシアは迷わず答えた。


「私は魔法騎士として前線に出るのが最も適しています。能力がある以上当然だと思います」


 紙の端が、微かに鳴った。ヴァレリオが書類を揃え直しただけなのに、その音がやけに大きい。


 アルバートの視線が、リュシアに落ちる。叱る視線ではない。止める視線だ。


 

 一拍。

 ヴァレリオは表情を崩さず、紙面に視線を落としたまま、ペン先の位置を整えた。


「承知しました」


 それ以上は何も言わず、書類を閉じた。


「本日は以上です。以後、訓練の邪魔はしません。連絡はフォルティス家宛てに一本化します」


 最後に、形式通りの一礼。


「訓練のご武運を。フォルティス嬢」


 リュシアは会釈を返した。


「……ありがとうございます。カラディン卿」


 ヴァレリオは扉の前で一度だけ振り返りそうになって、やめた。

 言葉は足さず、そのまま去る。


 扉が閉じる。残った空気だけが、少し遅れて動いた。


 アルバートが、ようやく息を吐く。


「今のは、悪くない。……ただ、“当然”は外で言うな」


 リュシアは頷く。


「はい。覚えました」


 終わった。封がされた。次は訓練だ。


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