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59.定例会

 定例会の通知が来たのは、要望を出してから十日後だった。


 月に一度、中央区画の各部署から代表者が集まり、前月の戦況と翌月の見通しを共有する場。前線側からは中隊長か副官が出るのが通例で、魔法騎士班から出ることは普段はない。


 だが、ハワードが言った。


「お前の要望は通らなかった。だが、定例会への出席は許可が出た。出席の、許可だ」


「はい」


「問題は起こすなよ」


「問題とは具体的に?」 


 ハワードは眉間を揉んでから目を逸らした。


「……いや、いい」


 いいと言われたのでリュシアは気にしなかった。


 定例会の場は、壁の内側にある作戦棟の大部屋だった。長机が並び、各部署の代表が席についている。前線側の中隊長クラス、工兵、補給、医務、そしてオペ室。顔ぶれの中に、階級章から少佐と大尉が多いのが見える。リュシアは末席に座った。


 オペ室側の席に、見覚えのない顔が並んでいた。もっとも、それはリュシアの常だが、名札と配置図を照合すれば分かる。中央に座る恰幅の良い男がクレメンス少佐。室長。その隣がオスカー・リンド大尉。次席。


 その後ろに、一人、姿勢のいい男が座っていた。軍人にしては線が細い。顔色が悪い。目が鋭いというより険しい。名札はこの角度からは見えない。資料に目を落としている横顔を、リュシアは特徴として記録した。


 会議が始まった。前月の戦況報告、損耗の数字、補給の状況、壁の修繕計画。淡々と進む。リュシアは聞きながら、オペ室側の報告を待っていた。


 オスカーが立った。前月の索敵データの統合結果、フォグの推移、反応パターンの変化。報告は簡潔で、必要な数字だけが並ぶ。リュシアが知りたかった「前線の入力がどう処理されているか」の断片が、ようやく見えた。


 質疑に入った。


 中隊長の一人が補給について聞き、工兵が壁の東端の劣化について報告する。やりとりは手短で、決まったことだけが確認されていく。


 リュシアは手を挙げた。


 発言を許されるまで一拍かかった。


「フォルティス少尉。第三中隊、魔法騎士班」


 名乗ったとき、複数の視線がリュシアに集まった。


「先ほどの索敵データの統合について質問があります。その補正は、フォグの濃さが一定を超えた時に入りますか。それとも、報告者ごとの癖も見ていますか」


 静かだった。


 何人かの視線が止まった。紙をめくる音が途切れた。質問の内容が場にそぐわなかったのだろうか、とリュシアは思った。


 オスカーが一瞬だけ目を細めた。答えるべきか、流すべきかを測っている。


 後ろの男が口を開いた。


「両方です」


 短い。声に聞き覚えがあった。リンクの向こうから指示を出していた声だ。


「フォグの濃度は定量的に測定していますが、閾値を超えた場合の補正幅はオペレーターの経験則に依存します。標準化は進めていますが、現時点では属人的です」


 リュシアは頷いた。


「ありがとうございます。では、前線側は距離の正確さより、方向と危険度の優先順位を先に揃えた方が有効ですか」


 斜め前の席で誰かが咳払いしかけて、やめた。

 オスカーが口を挟んだ。


「フォルティス少尉。質問は一点に絞ってください。詳細な議論は定例会の場ではなく、別途対応します」


「了解しました。失礼しました」


 オスカーが次の議題へ進めた。紙の音がまた動き出した。


 回答した男が立ち上がった時に名札を確認する。エリアス・ハーウッド中尉。


 定例会が終わった後、リュシアが廊下に出ると、後ろから声がかかった。


「フォルティス少尉」


 振り返ると、男が立っていた。


「ノア・エヴァレットです。オスカー・リンド大尉の副官をしています」


 言葉は丁寧だが、用件は事務的だった。


「定例会での質問についてですが、今後、オペ室への質問がある場合は必ず書面でお願いします。記録係のミラ・コルベール軍曹のところに持ってきていただければ、オペ室で確認して回答します」


「分かりました」


「一回につき一問でお願いします。回答に時間がかかる場合があります」


「了解です」


「ハーウッド中尉が直接確認するかは分かりませんが、少なくともオペ室の公式見解としてお返しします」


 リュシアは頷いた。


 紙で、一回に一つ。


 訪問は通らなかった。定例会での直接質問も止められた。だが、書面での導線が開いた。制約はある。だが、ないよりはいい。


 官舎に戻り、日記帳を開いた。


 『定例会に出席。オペ室の索敵データ統合について質問。補正は定量的基準と属人的判断の併用。標準化は途上。今後の質問は書面で、ミラ・コルベールを通じて提出。一回一問』


 ペンを止めた。


 ハーウッド中尉の回答は、短かったが正確だった。聞いたことにだけ答え、余計なものを足さない。リンク越しの指示と同じ質の声だった。


 リュシアはその一文を日記に足そうとして、やめた。評価は事実ではない。事実だけを書く。

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