58.リンクの先
任務の日が重なるにつれ、リンク越しの符号に体が慣れてきた。
区画番号、距離、数。最初は頭で変換していたものが、今は耳から入った瞬間に体が動く。指示を聞いて、方角を定めて、撃つ。その手順に迷いが減った。
指示を出す声にも慣れた。
壁上に立つたびに聞こえるのは、ほとんど同じ声だった。短く、的確で、余分がない。符号の読み方に癖がある。距離を言うときに一拍置く。数を言い切る前に、次の指示の頭が重なる。全体を一手先まで見ている人間の話し方だ。
リュシアはその声を信頼し始めていた。
その日の壁上は、霧がまだ浅かった。
視界は利く。利くが、遠くは白く溶ける。魔力の揺れは読めても、輪郭までは追えない。リュシアは胸壁の上から北を探った。百五十メートル先、小型三。さらに奥に、重い反応が一つ。中型だと判断できる太さだった。
報告しようと口を開くより先に、リンクが鳴る。
「中央第三区画、東百二十メートル。小型四。先に東を落とせ」
リュシアは一瞬だけ黙った。北の中型の方が重い。東は小型四。数も多くはない。
だが、迷っている時間はない。
「東百二十、了解です」
雷を走らせる。先頭の一体を落とし、残りへ火を散らした。壁際を這う影が崩れ、東の前線兵が槍で仕留める。そこで初めて、リュシアは東端の胸壁が一部削れているのに気づいた。前夜の接触痕だろう。補修は済んでいるが、足場は狭い。あそこに小型がまとまって取りつけば、処理役が前へ出るしかない。
遅れて北から声が上がる。
「北、来るぞ」
リュシアが振り向くころには、隣の持ち場で土壁がせり上がっていた。ベンではない。隣班の土使いだ。中型の頭が持ち上がり、その横腹へ別の雷撃が刺さる。鈍い音を立てて巨体が落ちた。
リンクが続く。
「第三区画、東処理確認。北は西寄り班が処理済み。そのまま正面警戒」
リュシアは返答しながら、わずかに眉を寄せた。
「了解です」
自分にも北は見えていた。だがリンクは、北を捨てたのではなかった。東端の脆い場所を先に塞ぎ、その間に西寄り班へ北の中型を回していた。自分が北へ撃っていれば、東は壁際に取りつかれていたかもしれない。
戦闘が切れたあと、エドガーが隣で短く言った。
「今の、引っかかったか」
「はい。北の方が重く見えました」
「だろうな。でも重いものから落としゃいいってもんでもない」
リュシアは東端を見た。削れた胸壁、狭い足場、処理を終えて呼吸を整えている前線兵。見えていなかったわけではない。見えていても、優先順位に組めていなかった。
「リンク先は、こちらの視認以外も見ているのですね」
「そりゃそうだ。でなきゃ壁上は回らん」
エドガーはそれだけ言って前を向いた。
リュシアも再び霧を見た。
指示は正しかった。だからこそ、なぜ正しかったのかを知りたくなった。
壁上から降りた後、リュシアはハワードのところに行った。
「班長。一つ、要望があります」
ハワードは装備を外しながら振り返った。
「言ってみろ」
「オペ室の判断構造について、直接確認したいことがあります。可能であれば、オペ室を訪問する許可をいただきたい」
ハワードの手が一瞬止まった。それからまた動き出す。
「具体的には」
「前線からの索敵データがオペ室でどう統合されているか。指示の優先順位がどう決まっているか。自分の入力がどこに入って、どう使われているか。それが分かれば、報告の精度を上げられます」
ハワードはリュシアを見た。要望の内容自体は合理的だと分かっている顔だった。
「……理屈は分かる。中隊長に上げる。ただ、多分無理だ」
「はい」
「伝えるだけ伝える。期待するな」
「ありがとうございます」
リュシアは引き下がった。多分無理だろうとは思っていた。前線の魔法騎士がオペ室に直接出向くのは、運用として想定されていないだろう。
だが、伝えなければ始まらない。必要なことを必要な相手に伝える。それだけだ。
官舎に戻り、日記帳を開いた。
『オペ室の判断構造について訪問の要望を班長に提出』
ペンを置いて、少し考える。
こちらの入力に不足があるなら、あちらから下りてくるはずだ。
だが、こちらから上げられる精度にも限界がある。どこまでなら意味があるのか、分かれば無駄は減る。
北方は南方とは違う。
戦い方も導線の通し方も。
分からないままに通そうとするのは難しい。だがどう通せばいいのか、考えることは嫌ではなかった。




