57.任務初日
翌朝、壁上の集合場所に向かうと、既に人が揃っていた。
ハワードが顎でリュシアを前に出した。
「昨日言った通りだ。フォルティス少尉。今日から班に入る」
六人が並んでいる。リュシアを含めて七人。
リュシアは一人ずつ見た。
ハワードの隣に立つ男。背が高く、動きに無駄がない。目がリュシアを値踏みしているが、敵意ではない。査定の目。エドガー・ミルズ中尉。次席だと事前資料にあった。
「ミルズ中尉です。よろしく」
声は平坦だ。歓迎も拒絶もない。使えるかどうかだけを見ている。
「よろしくお願いします」
その横、腕を組んで壁に背を預けている男。体格は中程度だが、立ち方に余裕がある。口元が少し緩んでいる。
「イアン・メルロー准尉。炎だ。——公爵令嬢ってのは本当か」
「本当です」
「へえ」
それだけだった。面白そうに笑って、視線を外す。
イアンの隣、一歩だけ距離を取って立っている男。イアンより背が低いが肩幅がある。目が合うと、わずかに視線を外した。
「ダリル・ケイン曹長。雷です」
声が硬い。緊張ではなく、距離を取っている硬さだ。リュシアは頷いた。
「よろしくお願いします」
ダリルは短く頷き返しただけだった。
その奥、装備の点検をしながら顔だけ上げた男。手が止まらない。作業の延長で挨拶をしている。
「ベン・ハドソン曹長。土の補強やってます。よろしく」
「よろしくお願いします」
ベンの手はもう装備に戻っている。関心がないのではなく、必要なことが済んだから次に移っただけだ。リュシアにとっては一番分かりやすい反応だった。
最後の一人。列の端で、体を軽く揺すっている。落ち着きがないのではなく、体を温めているのだろう。朝の壁上は冷える。
「グレン・フォスター軍曹です。機動火力です。よろしくお願いします」
声が明るい。新任の騎士についてどうこうという空気はなく、単純に新しい人間が来た、という反応。
「よろしくお願いします」
六人分の名前と階級と特徴を、リュシアは頭の中に並べた。顔は明日にはぼやける。だから声と体格と癖で固定する。イアンの余裕、ダリルの距離、ベンの手、グレンの揺れ。
ハワードが全員を見回した。
「以上だ。フォルティス少尉は当面、俺の横につく。勝手に動くな」
「はい」
リンクが繋がったのは、壁上の配置についてからだった。
耳元に小さな魔具を嵌める。南方でも使っていたが、ここでは常時接続だと聞いている。リュシアが知っているリンクは、必要なときに繋いで切るものだった。ここでは壁上にいる間、ずっと繋がっている。
最初に聞こえたのは、短い符号の読み上げだった。方角と距離を圧縮した形式で、南方では聞いたことがない。
「東四、一二〇、三」
ハワードの横で聞いていると、班員たちが反応する。東四は壁上の区画番号、一二〇は壁からの距離、三は数。それだけで火力の配分が決まり、指定された班員が撃つ。
リンクの向こうから声が聞こえる。報告や確認の声が混ざる中で、前線に指示を出しているのは一人だった。乾いていて、短い。的確だ。余分な情報がない。
「中央二、八〇、一。フォルティス」
自分の名前が呼ばれた。ハワードが目だけでリュシアを見る。行けという意味だ。
中央二区画。壁から八十メートル。一体。
リュシアは霧の中に意識を向けた。指示された方角に、確かに反応がある。自分の索敵でも捕捉できる距離だ。
撃った。雷撃が霧の中に消え、着弾音が返ってくる。反応が途絶えた。
次の指示が来る。
「中央二、一五〇、二。イアン、フォルティス」
イアンの炎とリュシアの雷が同時に霧の中へ落ちた。
指示、撃つ、確認、次。その繰り返しだった。正確で、速い。無駄がない。
無駄がないからこそ、リュシアは考えていた。
今の一体は、自分の索敵でも位置を取れていた。八十メートル。方角も合っている。指示を待たず撃てば、三秒は早かった。
だが、ここではその三秒を使わない。オペ室が全体を見て、優先順位をつけ、火力を配分している。自分の判断で撃てば、その配分を崩す。理屈は分かる。
分かるが、自分の目が利く距離で、自分の判断が正しいと分かっている状態で、指示を待つ。その数秒が、純粋に無駄に感じた。
壁上の配置が解かれたとき、イアンが横に来た。
「初日にしちゃ落ち着いてるな」
「南方でも撃っていましたので」
「そりゃそうか」
イアンは壁の縁に肘をついて、霧の外を見た。
「まあ、慣れだよ。ここじゃ自分の目より、あっちの目の方が広い。最初は気持ち悪いけどな」
リュシアは何も返さなかった。気持ち悪い、とは少し違う。自分の方が正確に見えている場面で、それでも指示を待つことの意味を、まだ測りかねている。
官舎に戻り、日記帳を開いた。
『任務初日。リンク常時接続下での壁上迎撃に参加。指示系統はオペ室に一元化されており、前線は火力の実行を担当する。指示の質は高い。だが、自分の索敵で捕捉できている目標に対して指示を待つ時間がある。全体最適の観点では合理的だが、個別の判断速度では損失が生じている。この構造の意図と限界について、もう少し情報が必要。』
ペンを置いた。窓の外の霧は、昨日と同じ濃さだった。




