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49.長雨期

第二十六話 長雨期



 朝のブリーフィングで、アデルが経路図を広げた。


「今日の巡回は南西の補修護衛だ。工兵班が同行する。経路上、ここ」


 指が地図の一点を叩いた。


「超小型の群れが報告されている。斥候の目視で二十以上。湧きが近い」


 リュシアは索敵範囲と経路の位置関係を頭の中で重ねた。群れの報告地点は、工兵班の補修作業現場から三百ほどしか離れていない。


「補修中に流れ込まれると面倒だ。往路で片づける。リード、風向きは」


「南南西です。午後から東寄りに変わる見込みです」


「往路で終わらせる。午後まで持ち越さない」


 リュシアは手を挙げた。


「高密度なら、火でまとめて処理した方が撃ち漏らしが少ない可能性があります。問題ありませんか」


 アデルが一瞬だけリュシアを見た。


「長雨期だ。問題ない。ただし前線兵の位置を見てからやれ。工兵の障害は燃やすな」


「了解です」


「ギャレット。作業現場の安全確保はお前の班に任せる。群れの処理はこっちでやるが、流れてきた場合の備えはしておけ」


「了解」


「出るぞ」







 経路に入って一時間ほどで、リュシアは群れの反応を拾い始めた。


「前方七百、超小型の反応。多数。散っています」


 ラウルが足を止めた。


「数は」


「三十以上。まだ増えるかもしれません。範囲が広い」


 ラウルは短く息を吐いた。


「想定より多いな。クレイ少尉」


 ロウソンが前に出た。


「はい」


「処理を任せる。フォルティスとギャレットを使え。前線兵はこっちで下げる」


「了解」


 ロウソンがリュシアとギャレットを呼んだ。三人が経路脇で地形を確認する。リュシアは索敵を続けながら、群れの広がりを報告した。


「南西から南にかけて散っています。一番遠いので六百。一番近いので三百五十。動きは遅い。こちらにはまだ気づいていません」


 ロウソンが指先を上げ、風向きを確かめた。


「散ったまま焼くと何発要る」


「四発か五発です。雨の中では火の消費量が読みにくいので、分けて撃ちたくありません」


 雨足が強くなってきている。火魔法を使うのも無理ではないが、消費は大きくなりそうだ。


「だろうな。ギャレット、囲い込めるか。南と西を塞いで、北東を開ける」


 ギャレットが地面を見た。


「湿ってるから土は動かしやすい。うちの方で壁を組ませる。高さは腰までが限界だが、超小型には足りる」


「十分だ。南と西を壁で切る。俺が北東から風で追う。フォルティスは集まったところへ火を入れろ。前線兵が取りこぼしを処理。これで行く」


 リュシアは頷いた。ギャレットも短く頷いた。


「位置につけ」






 土魔法の使える工兵が二人、地面に手を当てた。土が低くうねり、南側に壁が立ち上がる。湿った土は扱いやすいのだろう、動きに迷いがなかった。西側にも同じ高さの壁が伸びる。超小型には十分な高さだった。


 リュシアは索敵で群れの動きを追い続けた。壁ができたことで、南と西に散っていた個体が動き始める。まだ混乱しているだけで、逃げる方向は定まっていない。


 ロウソンが風を送った。


 北東から、低く、広く。草を伏せる程度の風だったが、超小型には十分だった。群れが壁へ押し込まれ始める。散っていた反応が、一箇所へ寄っていった。


「フォルティス。もういい」


 リュシアは前線兵の位置を確認した。全員、射線の外にいる。ラウルがすでに下げていた。


 息を整えて、火を放つ。


 長雨期の火は広がらないから、延焼の危険はない。だが、雨足の強弱で維持に要る魔力がぶれる。だから散らばった群れに何度も火を入れるより、詰めて一度に焼く方が読みやすい。


 壁に囲まれた一角が、一瞬で炎に包まれた。


 超小型の反応が、索敵の中から一気に消えていく。三十を超えていた反応が、数秒で十を切り、五を切り。


「取りこぼし、北に三」


 前線兵が動いた。壁を越えて逃げた数体を、手際よく処理していく。


「南に一、まだ動いています」


 ロウソンが風で押さえ、前線兵が仕留めた。


 反応がゼロになる。


「処理完了です」


 ロウソンが周囲を見回してから、短く言った。


「終わりだ」







 工兵がが土壁を崩して地面に戻していた。リュシアはその横で索敵を続ける。残存反応はない。


「全部消えました」


「そうか」


 ギャレットは工兵たちと土を均しながら、独り言のように言った。


「前より話が早いな」


「そうですか」


 それだけだった。ギャレットはそれ以上何も言わず、リュシアも聞かなかった。







 補修作業は予定通り進んだ。群れの処理が往路で終わっていたから、工兵班は安全に作業できた。帰路も問題なし。長雨期の巡回としては、出来すぎなくらい順調だった。


 ただ、リュシアの消耗はいつもより重かった。火に注いだ魔力量が大きい。索敵は続けられたが、魔力を大量に使った後の怠さがあるのが自分でも分かった。


 帰投後、アデルの執務室へ報告に行った。


 扉を叩いて入ると、アデルは書類から顔を上げた。リュシアを一瞥して、開口一番に言った。


「怪我はないな」


 リュシアは一瞬、意味がわからなかった。


「ありません。怪我は」


「そうか」


 アデルはそれ以上何も言わず、視線を書類に戻した。


「報告しろ」


「はい。補修護衛任務、完了しました。超小型の群れを往路で処理。数は三十四体。クレイ少尉の判断でギャレット伍長と連携し、火力で一括処理しました。補修作業は予定通り完了。帰路の異常はありません」


「火を使ったか」


「はい。一発です」


「消耗は」


「問題ありません。明日には戻ります」


 アデルはペンを置かなかった。一瞬顔をあげてリュシアを一瞥してから短く言った。


「了解した。以上だ」






 宿舎に戻って、ノートを開いた。


 任務内容を書いた。超小型三十四体。火力一括処理。クレイ少尉の判断で追い込み、ギャレット伍長の土壁で囲い込み、自分が火で焼いた。取りこぼしは前線兵が処理。被害なし。


 火の判断は正しかった。事前に確認していたから、現場で迷わなかった。ロウソンの風とギャレットの土壁がなければ、四発は必要だった。一発で済んだのは連携のおかげだ。


 反省点は火に注ぐ量が大すぎた。結果として問題はなかったが、帰路の最中に戦闘になる可能性もあった。撃ち漏らすよりはと考えたが、雨の中の適切な火の出力に関しては考える余地がある。

 ペンを止めて、少し考えた。


 帰投後、隊長は報告より先に怪我の有無を聞いた。普段は聞かない。いつもは報告しろが先だった。今日は違った。


 消耗が顔に出ていたのかもしれない。

 それだけのことだと思った。


 補修スケジュールとの照合結果を書き足して、ノートを閉じた。

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