46.手紙
リーナ・カーターは、予想通り毎日食堂でリュシアの隣に座った。
中隊が違うから任務の話はできない。代わりに、リーナはそれ以外の全てを話した。小隊長が厳しいこと。同室の先輩が朝が弱いこと。食堂の芋の煮方が訓練校と違うこと。南方の鳥の名前を覚えたいこと。
「少尉、あの赤い鳥、見ました? 尾が長いやつ」
「見ていません。索敵中は魔力反応しか見ないので」
「もったいない……」
リーナは本気で残念そうだった。
リュシアは少し考えた。
「リード伍長は、虫の出方で兆候がわかる斥候もいると言っていました。鳥も何かの目印になるんですか」
「えっ、いや、そういうんじゃなくて……ただ綺麗なんです」
「綺麗」
「はい。赤くて、尾が長くて、南方っぽくて」
リュシアは頷いた。
「わかりました。次の巡回で探してみます」
「見つけたら教えてくださいね」
リーナが笑った。リュシアはその笑顔を見て、また少しだけ不思議な気持ちになった。自分が何か言うたびに、この子は笑う。怒ったり呆れたりしない。
官舎に戻ると、エリカが机に向かって手紙を書いていた。
「手紙ですか」
「うん。実家から」
エリカは封筒を見せなかった。リュシアも聞かなかった。ただ、エリカの表情がいつもと少し違うことには気づいた。集中しているのとは違う。考え込んでいる顔だった。
リーナが部屋に来たのは、その後だった。
「エリカ先輩、お忙しいですか」
「大丈夫。入りなさい」
エリカは手紙を裏返しに伏せて、リーナを迎えた。リーナは床に座った。いつもの定位置だ。
「今日、小隊長の指導で中型の対処を教わりました。少尉に聞きたいことがあって」
「はい」
「少尉って、ほとんど外さないって聞きました。どうやって当ててるんですか」
「外さないのではなく、当たる時に撃っています」
「……それは、同じことでは」
「違います。当てにいくのではなく、当たる場所に撃つんです」
リーナの目が少し泳いだ。リュシアは構わず続けた。
「まず距離を見てください。五百以上離れていれば、焦る必要はありません。魔獣の移動速度は種類によりますが、五百を詰めるのに最速の直進型でも十秒以上かかる。その間に地形を見て、自分の射線と退路を確認します」
リーナがまたメモを取り始めた。今度は追いついている。
「でも、急に曲がったら」
「曲がります。だから二つ目の条件が必要です。地形です。魔獣は走りやすい所を選びます。段差、ぬかるみ、岩場、藪。嫌う場所と好きな場所がある」
「それで進路が絞れる」
「はい。三つ目は型です。突進型は直線に寄る。回り込み型は遮蔽物を使う。跳躍型は段差を使う。全部を覚える必要はありません。大抵は型に寄ります」
リーナは顔を上げた。
「じゃあ、置く場所は」
「地形で通り道が細くなる所。岩の切れ目、斜面の出口、藪の縁。そこに置きます」
「置く……」
「魔法は発動に一拍かかります。その一拍の間に相手が進む距離を見積もります。だから、先に置く」
リーナは口を開けたまま固まっていた。少し遅れて言葉が出る。
「それ、外したらどうするんですか」
「外しそうなら外さないやり方に変えます」
リュシアは淡々と言った。
「相手の動きが見えないと思ったら、一発目は止めるために撃ちます。進路を変えさせるか、速度を落とす。二発目で核です。核の位置が見えない時は、二発目を撃ちません。見えるまで待ちます」
「待てるんですか」
「待てない状況なら、最初から撃ちません。撃っていい条件が揃っていないからです」
リーナは小さく息を吸って、呟くように言った。
「……かっこいい」
「事実です」
エリカが、堪えきれないように口元を押さえた。笑っているのか呆れているのか、リュシアには分からなかった。
リーナが帰った後、エリカが手紙を取り出した。
「ねえ、リュシア」
「はい」
「あんた、軍を辞めた後のこと、考えたことある?」
リュシアは少し間を置いた。
「ありません」
「だと思った」
エリカは手紙を見た。便箋が二枚。実家からの手紙にしては短い。
「私は考えてる。最初から、そのために来たようなところもある」
「……」
「うちはお金がないからね。普通にしてたら、たいした持参金も持てない。だから、自分に値打ちをつけるしかない」
リュシアは黙って聞いていた。
「軍歴があれば、少なくともただの貧乏男爵令嬢よりは条件が良くなる。前線にいた女を嫌がる家もあるけど、逆に、それがいいって家も確実にある」
エリカの声は淡々としていた。計算の話をしている時の声だ。
「箔をつけるために、ここに来たの。ーー打算的でしょ?」
「打算と合理の境界が、私にはわかりません」
エリカが驚いた顔をした。
「合理?」
「はい。仕事をしながら将来のためにもなるのは合理的です」
エリカは小さく笑って、少しだけ息を抜いた。
「縁談が一つ来てるの。実家経由で。——まだ返事はしてない」
「いい人ですか」
「条件は悪くない。だいぶ年上だけど。領地経営は安定してる。——ただ、会ってみないとわからないことはたくさんあるから」
「そうですね」
「次の休暇で会いに行く。——まあ、どうなるかわからないけど」
エリカは手紙を封筒に戻して、引き出しにしまった。
「あんたも、いつか考えなきゃいけなくなるよ。いつまでも前線にはいられないんだから」
「……はい」
リュシアは頷いた。だが、自分が前線を離れる日のことは、想像できなかった。今ここでやる仕事があって、次の巡回があって、その次も任務がある。その先にあるのも任務の延長で、軍人としての仕事しか見えない。
机の上の手紙を見た。さっきまでただの紙だったものが、少し違って見えた。




