表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/53

38.距離感

 索敵主務に就いてから、リュシアは巡回のたびに前線兵の動きを観察するようになった。

 以前は魔獣しか見ていなかった。哨戒線の外に意識を向け、反応を追い、群れがいれば叩く。それが自分の仕事だと思っていた。今は違う。魔力読みを展開しながらも、視線は哨戒線の内側に向くことが増えた。

 前線兵が何をしているのか。どう動いているのか。


 巡回中、盾兵の動きを見ていて気づいたことがあった。

 盾兵は魔法騎士の前に立つ。魔獣が突進してきた時に盾で受け止め、魔法騎士が術を打つ間を作る。それは知っていた。だが、盾兵が立つ位置は毎回同じではなかった。地形によって変わる。足場が悪ければ半歩下がる。視界が開けていれば前に出る。魔法騎士の射線を遮らないように、だが魔獣の突進は確実に受けられる位置に。

 それを、考えながらやっている。


「いつも思うんですが、立ち位置をどうやって決めているんですか」


 巡回の休憩中、盾兵のハミルトン軍曹に聞いた。三十代前半の、がっしりした男だった。


「経験です。地形見て、少尉の位置見て、獣が来そうな方角見て。全部同時にはできないんで、一番まずいのから潰します」


「一番まずいのは何ですか」


「少尉の射線を塞ぐことですね。俺が邪魔になったら術が打てない。打てなきゃ獣が来る。来たら俺が死ぬ」


 冗談めかして言った。リュシアは笑わずに真っ直ぐにハミルトンを見据える。


「あなたが斜線を作ってくれるから私は撃てます。助かります」


 ハミルトンが一拍止まった。返しづらそうに鼻を鳴らす。


「……まあ。仕事なんで」


 隣で水筒の蓋を締める音がした。ラウルは何も言わないまま、視線だけを外した。







 前線兵への質問は日常になった。

 哨戒線の補修をしている兵に、杭の打ち方を聞いた。地面の硬さで打ち込む角度が変わること、雨季の前は深く打つことを教わった。

 伝令を担当する兵に、拠点間の連絡の仕組みを聞いた。伝令が走る経路は三本あり、魔獣の出現状況で使い分けていることを知った。

 炊事を担当する兵に、食事の量がどう決まっているか聞いた。前線の消耗が激しい時期は肉の配分を増やし、後方は減らすという判断を炊事班長がしていると知った。

 どれも、リュシアが見えていなかったものだった。自分の索敵の外側で、軍という生き物を動かしている仕組みだった。


 問題が起きたのは、ひと月ほど経った頃だった。





 ヒューゴ・ベインズ軍曹。第七中隊の前線兵で、哨戒線の定期補修の当番に入っている。南側の補修区画は第三小隊の巡回経路と重なるため、顔を合わせる機会があった。

 リュシアが最初に話しかけたのは、補修作業の見学中だった。杭の間隔をどう決めているのか。質問は純粋に仕事のことだった。ベインズは手を止めずに答えた。

 翌日、リュシアはその情報を元に索敵の定点位置を調整し、結果を一言だけ伝えた。


「ベインズ軍曹に教えていただいた劣化速度を考慮して、南側の定点を五十ずらしました。ありがとうございました」


 ベインズは俯いて「いえ」と言った。リュシアは気にしなかった。


 数日後、補修の優先順位について再び聞きに行った。ベインズはまた丁寧に教えてくれた。リュシアはまたお礼を言いに行った。

 さらに数日後、地形と補修頻度の関係を聞いた。三度目だった。ベインズは説明を細かくした。具体例が増えた。リュシアは教え方がうまい人だと思った。

 四度目に聞きに行った時、ベインズの方から昼食に誘ってきた。


「少尉、あの、補修の優先順位のところ」


「はい」


「紙にすると分かりやすいんで。食堂で、図、書いてもいいですか。今度。……いや、今度っていうか、空いてる時で」


「ありがとうございます。ですが昼は索敵の記録整理があるので」


「……了解です。急にすみません」


「構いません。仕事のことで聞きたいことがあればまた伺います」


 リュシアにとっては、ただそれだけのやり取りだった。


 五度目はなかった。

 リュシアが補修区画に向かおうとした時、ラウルが声をかけた。


「少尉。補修のことなら、マーカスに聞け。あいつも補修スケジュールは把握している」


「マーカス伍長に、ですか。ベインズ軍曹の方が詳しいと思いますが」


「マーカスに聞け」


 ラウルの声はいつもと変わらず、ただ繰り返した。リュシアは頷いた。


「わかりました」


 それ以降、リュシアがベインズに話しかけることはなくなった。マーカスも補修のことは十分知っていたし、ベインズでなければならない理由はなかった。

 



 その日の夜、寝台に横になって、天井を見つめる。ラウルがなぜベインズではなくマーカスに聞けと言ったのか、リュシアにはわからなかった。わからないことがあっても、ラウルがそう言うならそうする。それは学んだ。

 自分に見えないものがある。目の前で起きていることが見えないことがある。王宮にいる時からずっと。それを変えることはできない。ただ、見えている人が近くにいることは、ありがたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ