37.同期
中隊の合同演習があった。
月に一度、第二大隊の全中隊が集まり、連携の確認を行う。普段は中隊ごとに動いているから、他の中隊の人間とはすれ違う程度だ。演習の日だけ、食堂が混み合い、普段と違う顔が並ぶ。
演習後、リュシアが食堂に向かう途中だった。角を曲がったところで、声が聞こえた。
「七中隊の第三ってさ、あのお嬢様基準で動くだろ。付き合わされる現場が気の毒だよな」
「上が守ってくれてんだろ。危ない所は行かせないで、目立つところだけ撃たせてもらう。そりゃ戦果は出る」
「コネがあるといいよな。俺も守って欲しいわ」
笑い声が混じった。
聞こえていないふりをして通り過ぎることもできた。だが、体が動かなかった。
第三が付き合わされている、という言い方だけが耳に残った。
「——おい」
別の声が割って入った。低くて太い声だった。
「今の、本人に聞こえてるぞ。言うなら本人の前で言え。言えないなら黙れ」
角の向こうが静まった。
リュシアが角を曲がると、他の中隊の魔法騎士が数名、壁に背をつけて立っていた。気まずそうに目を逸らす。
その前に、ライオット・グランフォード少尉が腕を組んでいた。訓練生時代の同期の魔法騎士だ。
魔法騎士たちは何も言わずに散った。足音が遠ざかる。
残ったのは、ライオットとリュシアだけだった。
「聞いたか」
「聞きました」
ライオットは一瞬だけ口を閉じた。怒りが残っている顔だった。
「……すまん、気にすんなよ」
「あなたが謝ることではありません」
食堂は混んでいた。二人は端の席を見つけて座った。
ライオットは飯を取ってきて、勢いよく食べ始めた。リュシアは水を飲んでいた。
「さっきの奴らは現場を見てない。第三がどう動いてるかも見ないで、噂と願望で適当なこと言ってやがる」
「はい」
「……ただ、正直に言うと、気持ちは分からなくもない」
リュシアはライオットを見た。
ライオットは匙を止めずに続ける。
「俺んちはきつい。伯爵家の看板は残ってても、税が落ちてる。どんどん貧しくなってきてる。だから俺はここで戦果を取る。家を押し戻す手札がそれしかない」
「……」
「そういう気持ちで来てるやつは前線にも多い。帰る場所があるかないかで、頭の中の優先順位が変わる。お前は家に帰れば安全なんだろうって、そう思うやつもいる」
リュシアは否定しなかった。
「はい。その通りです」
ライオットの眉が少し動いた。
「お前は、フォルティスの名前と公爵家の安全を捨てて、なんでここにいる」
リュシアはしばらく黙った。
この問いに答えたことがなかった。聞かれたこともなかった。
「……私の姉は二人います。長姉は侯爵家に嫁ぎました。次姉ももう時期伯爵家に嫁ぐ予定です。二人ともフォルティス家の娘として、然るべき役目を果たしています」
「政略か」
「はい。でも、気楽な役目とは思いません」
ライオットが少し目を見開いた。
「嫁ぎ先の家を支えるのは、私には到底できない仕事です。姉たちにとっても決して楽ではない。姉たちは姉たちの戦場で戦っています」
「……」
「私は婚約を解消されました。でも、フォルティスの人間であることは変わらない。フォルティスは代々、この国の盾であることを誇りとしてきた家です。姉たちは姉たちの形でそれを果たしている。私は、自分にできる形で果たしているだけです」
「家にいれば少なくとも安全ではある」
「はい。だから同じだとは言いません。あなたの焦りを分かったとは言えない。私には選択肢が多い。それは事実です」
「……」
「でも、選べる立場だからこそ、選んだことから逃げない。それがフォルティスの矜持です」
リュシアの声は平坦だった。感情を込めているつもりはなかった。ただ、事実を述べた。
ライオットは黙って聞いていた。飯の手が止まっていた。
「……すまなかった」
「何がですか」
「家で気楽にしてろって思ってたこと。軽かった」
リュシアは首を振った。
「謝らないでください。あなたの気持ちは、私にはわかりません。税が落ちる怖さも、家が痩せる焦りも。私は知識としては知っていますが、わかっているとは言えない」
「……」
「お互い様です」
ライオットはしばらくリュシアの顔を見ていた。それから、小さく笑った。
「お前、前より話すようになったな」
「そうですか」
「前は、こういうこと言わなかっただろ。黙って聞いて、はい、で終わり」
「……わからないことは聞くようにしています。聞かれたことには答えるようにしています」
「誰かにそう言われたのか」
「色々な人に」
ライオットは匙を取り直して、残りの飯を掻き込んだ。
「また次の演習で。お前のこと、お嬢様の趣味だとは思ってない。それだけは伝えとく」
「ありがとうございます」
「あと、さっきのやつらには俺から言っとく。少尉に直接言えない分際で陰口叩くなって」
「そこまでしなくても——」
「する。同じ中隊で陰口は士気に関わる。じゃあな」
ライオットは立ち上がって、自分の小隊の方に戻っていった。
官舎に戻り、リュシアは寝台に横になった。天井を見た。
フォルティスだから、ここにいる。それは最初から変わっていない。ただ、それを言葉にしたのは初めてだった。
言われるまで、自分がなぜここにいるのか、説明する必要があると思っていなかった。自分には当たり前すぎた。
でも、当たり前は人によって違う。ライオットの当たり前と、自分の当たり前は違う。
それを知ったことは、良かったと思う。




