34.報告
索敵記録は十日分になっていた。
朝と夕方、哨戒線の近くで魔力読みを展開する。外側の反応を拾い、紙に書き留める。位置、数、種別、移動方向。雑務の合間にやる作業は、日を追うごとに精度が上がっていった。
傾向は明確だった。
南南西からの個体が最も多い。時間帯は夕方に偏る。中型は単独で現れることが多く、小型は群れで動く。三日おきに個体数が増える周期がある。
五日分をラウルに渡した後も、リュシアは記録を続けた。ラウルからは何も言われなかった。続けろ、と言われたから続けた。
十一日目の朝、ラウルが来た。
「少尉。ベネット中尉が呼んでる」
アデルの前に立つのは、処分の日以来だった。
アデルは机に向かっていた。リュシアの索敵記録が机の上に広げてある。五日分と、その後にラウルが追加で届けたらしい五日分。計十日分。
「座れ」
リュシアは椅子に座った。アデルが座れと言ったのは初めてだった。
「これを見た。お前が自分でつけた記録だな」
「はい」
「誰かに言われたのか」
「いいえ。自分で始めました」
アデルは紙の一枚を手に取った。
「南南西からの集中。夕方の活性化。三日周期の増加。——斥候の報告と照合した。重なる部分がある。だが、お前の記録の方が距離が遠い。斥候が入れない範囲のデータだ」
「斥候にも自分で話を聞きに行ったとヴァイス曹長から聞いた。斥候の探知範囲と、お前の魔力読みの補完関係を、お前自身が確認した上でデータを取っている。——それを踏まえて使えば、巡回経路の見直しと、工兵の補修優先区画の判断に使える。マーカスにも確認した。斥候の側から見ても、遠距離の情報は欲しいと言っている」
リュシアは黙って聞いていた。
「少尉。一つ聞く」
「はい」
「なぜこれを始めた」
リュシアは少し考えた。正確に言葉を選ぶ必要があった。
「……索敵の情報を、戦闘以外に使えないかと考えました。ですが、自分だけでは何が必要な情報かわからなかったので、まずマーカスに話を聞きました。斥候の探知範囲は三百から四百で、それより先の情報が不足していると聞いて、そこを自分の魔力読みで補えると思いました」
アデルは紙を机に戻した。
「お前が自分で考えたのか」
「はい。ですが、報告の判断はヴァイス曹長にお任せしました」
「それは聞いた」
アデルはしばらくリュシアを見ていた。何かを測っている目だった。処分の日と同じ目だが、温度が違った。
「フォルティス少尉。お前の前線任務停止は、明日で解除する」
リュシアの背筋が伸びた。
「ただし、条件がある」
「はい」
「お前の復帰後の任務は、掃討ではない。索敵と情報収集を主務とする。巡回に同行し、定点での索敵記録を継続しろ。報告はヴァイス曹長を通して俺に上げろ。——戦闘は俺かロウソンの指示があった場合のみ。自分の判断で交戦するな」
「……了解です」
「お前は十日間で、自分にしかできない仕事を見つけた。——だが、それはまだ証明されていない。証明するのはこれからだ。データが使えるかどうかは、現場で出してみなければわからない」
アデルは立ち上がった。
「明日の巡回から復帰しろ。ヴァイス曹長と一般兵二名の編成だ。お前の仕事は索敵。戦闘じゃない。わかったな」
「はい」
「いい返事だ。——下がれ」
リュシアは立ち上がり、敬礼した。
部屋を出ようとした時、背中にアデルの声が届いた。
「少尉」
「はい」
「雑務は真面目にやっていたそうだな。ヴァイス曹長が言っていた」
それだけだった。褒めているのかどうかもわからない短い言葉だった。だが、リュシアの足が少しだけ軽くなった。
官舎に戻ると、エリカがいた。
「顔色がちょっとましになってる。何かあった?」
「……明日から、前線に復帰します」
「お。よかったじゃん」
エリカは淡泊だった。大げさに喜ばない。それがありがたかった。
「何の任務?」
「索敵と情報収集です。戦闘は指示があった場合のみ」
「ふうん」
エリカは少し考える顔をした。
「それ、たぶん——あなたに合ってると思う」
「……そうでしょうか」
「うん。あなたが一番活きる方法を、ベネット中尉が考えてくれてるんだよ。——よかったね」
リュシアは頷いた。
明日から、また外に出る。だが、前とは違う。自分の仕事が何かを知っている。自分の判断で動くのではなく、自分にしかできない情報を上げて、上が判断する。その流れの中に、自分を置く。
手のひらを見た。疼きは、まだある。だが、今はそれでいい。




