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28.初陣

 眠れないまま迎えた朝は、拍子抜けするほど普通だった。

 点呼、朝食、装備の最終確認。周囲の兵たちはいつもと変わらない顔で動いている。リュシアだけが、胸の奥に硬いものを抱えていた。


 編成はリュシア、ラウル、前線兵五名。そこにアデルが加わる。八名。小型魔獣二体の掃討としては十分すぎる人数だった。

 集合地点で、アデルがリュシアを見た。


「寝てないな」


「……問題ありません」


「聞いてない。寝てないだろ」


「はい」


 アデルはそれ以上何も言わなかった。ラウルも何も言わない。前線兵五人は、リュシアの方をちらりと見て、すぐに目を逸らした。


「出るぞ」


 アデルの一言で、全員が動き出した。




 目的地は南西の哨戒線付近。拠点から徒歩で一時間半ほどの距離だった。

 道中、アデルが先頭を歩き、ラウルが最後尾。リュシアは中央に配置された。守られている、という自覚はあった。初陣の指揮官を中央に置くのは合理的な判断だ。理屈ではわかる。わかっていても、気が急く。


 現場に近づいたところで、アデルが足を止めた。


「フォルティス少尉。ここからはお前の魔力読みで索敵する。報告しろ」


「了解です」


 リュシアは目を閉じた。

 魔力を薄く、広く展開する。自分の周囲から波紋のように広がっていく感覚。訓練では何百回とやった。だが、今は訓練ではない。拾うべきものは的ではなく、生きた魔獣だ。


 ——反応が、ある。


 南西、距離およそ六百メートル。二つ。目撃報告と一致する。小型種特有の、鋭く不安定な魔力の揺らぎ。片方は動いている。もう片方は静止している。休んでいるか、待ち伏せているか。

 核の反応も読める。小型種の核は小さいが、魔力の密度が本体とは明らかに違う。


 さらに意識を伸ばした。六百の先、もう少し——。


 八百の地点に、もう一つ。


 リュシアは目を開けた。


「南西六百に二体。一体は移動中、一体は静止。——それと、南西八百にもう一体。計三体です」


 アデルの目が動いた。


「三体。報告は二体だったが」


「八百の個体は魔力が弱いです。小型種の中でも幼体か衰弱個体の可能性があります。断定はできません」


 アデルは短く黙った。斥候の落ち度ではない。目で見える範囲を、きちんと見て報告した。ただ、目には限界がある。

 リュシアの報告だけが判断材料だった。裏取りの手段はない。それを承知の上で、アデルは頷いた。


「方角と距離の確度は」


「方角は確実です。距離は、五十程度の誤差を見てください」


「移動中の個体の進行方向は」


「北北東。こちらに向かってはいません。ゆっくりした移動です」


「いい。まず手前の二体を片づける。フォルティス少尉、お前も入れ」


 リュシアの指先が僅かに強張った。


「索敵は」


「維持しろ。索敵しながら戦え。できるか」


「——できます」


「配置は俺が右、お前が左。ヴァイス曹長が退路を塞ぐ。他の二人は後方で待機。対象の動きが変わったら即座に報告しろ。いいな」


「了解です」


 そこでアデルが付け加えた。


「核の処理もお前がやれ。小型種だ、教本通りにやればいい」


「了解です」




 接敵は、静かに始まった。

 アデルが右から回り込み、リュシアが左に展開する。索敵を維持したまま、右手を構えた。意識を二つに割る。片方で魔力読みを続け、片方で目の前の状況を見る。訓練ではやったことがある。だが、相手が本物の魔獣では初めてだった。


 茂みが揺れた。一体目が飛び出す。体長は腰ほど。牙を剥き、低い唸り声を上げる。

 アデルが右から圧をかけ、一体目をリュシアの方へ追い込んだ。——わざとだ。リュシアに獲らせるために動いている。


 リュシアは右手を上げた。

 魔力を編む。雷。リュシアが最も得意とする属性だ。掌の中で魔力が圧縮され、空気が僅かに焦げる匂いがした。

 魔獣が跳ぶ。その軌道は、魔力読みで——見える。跳躍の直前、魔力が脚部に集中する一瞬がある。訓練の的にはなかった情報だ。生きた魔獣だからこそ読める。

 跳躍の頂点、最も動きが止まる瞬間に合わせた。

 雷が走った。短く、鋭く、真っ直ぐに。魔獣の胴体を貫いて、地面に叩き落とす。


 動きが止まった。だが、まだ終わりではない。

 核が残っている。小型種の核は腹側。教本通りだ。リュシアは倒れた魔獣に向けて、もう一発。今度は核を狙って、短い雷を撃ち込んだ。核が砕け、本体が内側から崩れていく。何も残らなかった。


 ——八百の個体、変化なし。


 索敵は途切れていなかった。魔法を撃ち、核を処理しながら、魔力読みを維持していた。


 二体目はアデルが仕留めた。静止していた個体が逃げに転じた瞬間、アデルの手から火が走った。短い炎が魔獣の退路を塞ぎ、怯んだところへ二射目。核を直接焼き潰す。本体が崩壊し、何も残らなかった。無駄のない二手だった。


「二体、掃討完了。三体目に移動する」




 八百の地点に向かう。リュシアの索敵が先導する形になった。距離が縮まるにつれて、反応がはっきりしてくる。弱い。明らかに弱い。通常の小型種の半分以下の魔力だった。核の反応も小さい。


「五十先、右手の茂みの中です」


 アデルが目配せした。お前がやれ、という意味だった。

 リュシアが茂みに踏み込む。中にいたのは小型の魔獣だった。

 リュシアは小さな雷で動きを止め、続けて核を撃ち抜いた。本体が崩れた。


「掃討完了。三体」




 帰路、アデルはしばらく黙って歩いていた。

 拠点が見えてきた頃、アデルが口を開いた。


「報告は二体だった。斥候の目視では二体しか確認できなかった。お前の魔力読みで三体目を拾えた」


「はい」


「あの個体を見落としていたら、別の部隊が不意に遭遇していた可能性がある。小型種でも、不意打ちなら怪我人が出る」


 リュシアは黙って聞いていた。


「距離、方角、個体の状態、移動方向。全部正確だった。誤差も自分で申告した。戦闘中も索敵を維持できていた」


 アデルは一拍置いた。


「雷の精度も悪くない。核の処理も問題なかった。——使える」


 使える。

 その二文字が、リュシアの胸に落ちた。重く、確かに。


「ただし」


 アデルの声が少し硬くなった。


「今日はうまくいった。相手が小型種で、数が少なくて、不測の事態がなかったからだ。これが中型の群れだったら同じようにできたか?」


「……わかりません」


「正直でいい。わからないなら、わかるようになるまで積み重ねろ。今日は第一歩だ。それ以上でも以下でもない」


 リュシアは「はい」と答えた。


 拠点に戻り、装備を解いていると、ラウルが横を通りがかった。足を止めも、目を合わせもしなかった。ただ、通り過ぎざまに一言だけ。


「いい索敵だった」


 それだけ言って、ラウルは自分の持ち場に戻っていった。

 リュシアは手を止めて、自分の掌を見た。昨夜、眠れないまま開いて閉じた手だ。同じ手で、今日初めて役に立った。

 なのに、掌にはまだ余力が残っている。雷を数発、索敵、核処理。消耗は軽い。小型種三体。理屈だけなら一人でも終わる。

 ——こんなものじゃない。

 自分の魔力量と制御力なら、もっとできる。もっと広い範囲を索敵しながら、もっと強い相手と戦える。それがわかっているのに、今日見せられたのはほんの一端だけだった。

 焦るなと言われた。積み重ねろと言われた。正しい。正しいことはわかっている。

 わかっていても、この手が持て余している。

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