16.属性テスト
教場の前に、四枚の板が並んでいた。火・雷・風・土――属性判定用の盤だ。
壁際の記録係が紙を構え、教官が低い声で言う。
「申告は参考だ。全員、四属性全部やる。得意は伸ばす。苦手は事故らない程度に止め方だけ叩き込む。――次、前へ」
訓練生が順に盤へ手を置き、薄く魔力を流す。盤が色や振動で応え、記録係が淡々と書き足していく。
反応が弱くて肩を落とす者もいれば、強く出て周囲がざわつく者もいる。ざわつきはすぐ、教官の一瞥で潰れた。
「騒ぐな。点数は才能じゃなく扱い方に直結するだけだ」
リュシアの番が来た。
盤の前で止まり、短く頭を下げる。
「フォルティス、リュシア・フォルティス。実施します」
「火からだ。最小で流せ。盛るなよ」
「はい」
火の盤に触れる。――反応は出た。だが、盤の光は素直ではない。必要量が多い、とでも言うように重い。
次、風。盤は揺れるが、輪郭が散る。
土は、さらに淡い。出ないわけではない。ただ、盤が渋い顔をしている。
最後に雷。
指が盤に触れた瞬間、反応がはっきり立った。教場の空気が一段だけ締まる。光は強いのに暴れず、線が真っ直ぐだ。
「……止めろ」
教官の声は低いままだった。記録係が一拍遅れて筆を走らせる。
「フォルティス、火A、風C、土D、雷――S。……確認、同値」
小さな吐息がどこかで漏れた。
だがリュシアは顔色を変えず、一歩下がる。
「以上です」
教官は盤を見たまま言う。
「雷だけ育てる。だが――苦手属性の止め方も捨てるな。前線は、得意だけで終わらない」
「はい」
短い返事。
その背中を見送ってから、教官が列の方へ声を投げた。
「いいか。今ので分かっただろ。四属性は誰でも一応触れる。だが戦力になるかは別だ。――次、進め」
ざわつきが戻りそうになり、またすぐ消える。
教場の空気は、もう魔法の時間の匂いがしていた。
昼の食堂は、音で満ちていた。金属の食器が触れ合う音、椅子を引く音、笑い声。訓練場ほど張り詰めてはいないが、油断できるほど柔らかくもない。
リュシアは盆を持ち、配膳台の前で一度だけ立ち止まった。列の流れと、空いている席の配置を頭の中で並べ替える。
列の端で、イザベラが男子訓練生に何かを尋ねた。
声は小さい。けれど、周囲の耳が勝手にそちらへ向く。
「……ねえ、その結び方だと、ほどけやすいわ。手を貸してもいい?」
男子訓練生が、目に見えて固まった。
次の瞬間、耳まで赤くなる。
「い、いえっ、だ、大丈夫です……!」
「そう? でも、転ぶのはあなたよ。……はい、こう」
イザベラは一歩だけ近づき、指先で結び目を整えた。
やりすぎない。触れる時間が短い。上品なまま、実用だけ残す。
「……すみません」
「どういたしまして」
男子訓練生は、頷くだけで精一杯みたいだった。
周囲がくすっと笑う。からかう笑いではない。温度のある笑いだ。
その直後。
「すみません」
別の声が重なった。
同じ単語でも、空気の圧が変わる。
男子訓練生が振り向いた。
そこにいたのはリュシアだった。
表情はいつも通りで、声も丁寧で、ただ用件だけがある。
「その革帯、規格外です。留め具が一段ずれています。直した方がいいです」
男子訓練生の顔色が、すっと青くなった。
「は、はい……っ!」
返事が跳ねる。
さっきまでの赤みが引き、姿勢だけが妙に良くなる。
イザベラが小さく瞬きをした。
それから、ほんの少し笑う。誰かを笑ったのではなく、状況の面白さに近い。
「フォルティス候補生って、優しいのに怖いのね」
リュシアは首を傾げた。
「事実を言いました」
「ええ、そう。……それが怖いのよ」
イザベルは、結び目を整えた指先を軽く払ってから、リュシアへ視線を向けた。
「フォルティスさん。今の指摘が間違いだったわけじゃないの。正しいわ」
リュシアは頷いた。終わったと思っている顔だった。
「でも、こういう場所では受け取られ方が先に走るのよ。私たちみたいな立場の人間が、平民や下級貴族の子たちの場に混ざるなら、余計な緊張を増やさないのが礼儀」
リュシアは首を傾げた。
「そんな決まりはありません」
イザベルのまぶたが一度だけ閉じる。深呼吸の代わりみたいな間だった。
「建前よ。分かるでしょう」
「分かりません。規則なら、掲示されているはずです」
セラが横から、吹き出しそうになって口元を押さえた。
「フォルティス、そこは掲示されないやつだよ。空気のルール」
リュシアは淡々と返す。
「空気は規則ではありません」
「そう。だから建前なの」
イザベルは言い直した。怒ってはいないが、刺す場所が正確だった。
「誰も公式には言わない。でも皆がそう動く。あなたが損をしないために、こちらも合わせるの。できなくて嫌われたり怖がられたりして困るのはあなた」
リュシアは、青くなった男子訓練生を一度だけ見た。
「……損得の話なら理解できます」
「最初からそう言って」
セラが小さく笑って、話を軽くする。
「入口だけ変えよ。内容は百点だったんだから。最初の一言を柔らかくすれば、怖がられないで済む」
リュシアは短く息を吸った。
「入口を変える。了解しました」




