【エッセイ短編】電車の座席に土足のまま上がった子供に対して『ほら!おじさん(他人)に怒られるから辞めなさい!!』という叱り方の件について
少し前に聞いたことがありました。電車の座席に靴のまま乗った子供に母親が
「ほら!靴のまま乗らないの!おじさん(他人)に怒られるよ!」
と言って聞かせた母親がいたとか。
私はこれを聞いた時は20代で、
(何を他人を使って自分は悪くないように言って子供をコントロールしようとしてるんだ。ダメものはダメなんだと言えば良い。ずるい母親だな)
と思ってました。
私が小さい子供に説明をするのなら
「ここには人が座るから、汚れている靴で登ってはいけない。電車は皆んなが乗るものだ。汚れた靴で椅子に登って、次に座った人の服が汚れてしまう。だから皆んなマナーと言って他の人への優しさを込めて登らないんだ」
とでも言う。しかしこれもきっと他の人からすると何か腹が立つ説明に聞こえるかも知れない。しかし、私はあくまで"人に怒られるから"と言う、子供がどんな捉え方をするか分からない説明はしたくないのでそれを省いた説明です。
と言うか、そこまで気が回れば電車に乗る前にまず予習をするものだ。
しかし、世のお母さんは大変で、理由なんて説明するのも億劫でしょう。しかも、"結局母親と言うものは自分を許してくれる"と思っている子供が大半ではないでしょうか?
"電車に乗っている"と言う事は認識できても、"公共の乗り物"だとかそう言った難しい事は考えてないでしょう。
すると、説明も億劫、自分の言う事は聞かない、しかもテンションが上がってる子供に言い聞かせるには
"絶対的に許容する人間以外が怒る事だ"と言う事を理解させるではなく"覚えさせる"為に
『ほら!おじさんに怒られるよ!』と言うのではないのだろか。
だからこそ、成長してこの電車以外の事でもあるのだろうが
【やっちゃいけないけどなんでやっちゃいけないのか理由は分からない】がたくさん生まれているのだろう。
私だってきっとそうだ。
今ではなんでか?と疑問が浮べば一度自分で考えるし、分からなければネットで調べる。
でも、《やっちゃいけない》だけ刷り込まれてる事でいざ説明できない事は気にしてないだけで沢山あるだろう。
その電車のお母さんも、面倒だっただけかも知れないし、"やっちゃいけない事"という刷り込みでだけで子供には説明はできなったかも知れない。
ただ、"してはいけない事"を"しないに越した事はない"のは事実。
そもそもなぜ今回これを書くに至ったかと申しますと、私は他でも少し書いてますが親の介護をしてます。そして加えて一旦ではありますが祖母も療養でうちにおります。
少し起きてくるのが遅かった私が朝食を食べ始めた時に母が言ったのです。
「ばあちゃん!今は布団畳まないで!朱がご飯食べてるから!怒られるよ!!」
ここでカチンときたのです。
そもそも年寄りに直接怒りはしない。まずは説明をする。でも、正直もう年も年だから理解が出来なくても仕方ないと思う。
もしかしたら祖母からすれば
『お前が起きるのが遅いからだろう!!』かもしれない。
「朱に怒られるよ!」
だなんて《怒られる、怒る=敵意を持つ》と考えている私の中での偏見故に、祖母に嫌われるとこの先が面倒なのでそれを避けたい。つまり、私からするとこの言い方は本当に腹が立つ。そもそも仕方ないなぁくらいで済ませてやろうと思ってたのに逆に母が私を煽ったのだ。
そう、電車の場合も周囲の人は似たような感覚を持つだろう。
《ふざけるな、人を悪者にして!!》
どうせ2度と会いもしないだろうし、無関係な奴がどう言う価値観になったってどうでも良いはずなのですが、でも正直ムカつくんですよ。
母親は絶対的に子供の味方だと大体の子供が自覚している。だから、言うことを聞かない。それが他人のよく知らない、しかも強面のおじさんが怒ったら怖くて聞くだろう。
だから、まず第一の目的として、座席を汚さないように出来れば良い。とレベルを下げてるパターンですよね。
ウチでの出来事を良い方に言うのであれば、母は私がご飯を食べてるから祖母に布団を畳ませるのを辞めさせたかったわけです。多分。ですが本来なら
「朱がご飯食べてるから待って」
で良いのです。しかし、祖母も祖母で捻くれ者な訳で娘の言うこと聞かないんです。テコでも。
なので、母からしたら更に強力な言葉を放ったのです。それが
「朱に怒られるよ」
なんです。
でも、それを聞いた私が、どんなに私に配慮した結果であっても、ムカつくことに変わりはないんです。
配慮の方向が違うんですよね。




