020 マンデラエフェクト
「ほほう、黒崎はんもそうなんか」
脂ぎった眼鏡をずり上げながらチャーシューがこたえた。
予想外の言葉に、美玲ちゃんが不思議そうな表情で振り向いた。
「えっ、てことは……ほかにもそう思ってる人がいるの?」
「黒崎はん、マンデラエフェクトって聞いたことあるやろ?」
「ん……あぁはい。あのエフェクトね……」
出た、美玲ちゃんの知ったかぶり。
さすがにチャーシューもお見通しなのか、説明をはじめた。
「現実世界とは異なる記憶を、不特定多数の人が共有している現象のことや。一九九〇年代、実際にネルソン・マンデラ氏が南アフリカの大統領を務めていたにもかかわらず、その十年前の一九八〇年代には死んでいたという記憶を持つ人が多数報告された事からそう呼ばれとる。ほかにも世界地図の位置や、映画のエンディング、有名キャラクターの尻尾の色の記憶違いなどなど……」
夜景に目を移しながらチャーシューが続ける。
「この世界なんてあやふやなもんや。明日の朝、目を覚ましたら、東京オリンピックがあった世界に移動してるかも知れん。そしたらこの景色も公園も、もうわいらの記憶の中だけ。……夢見たいなもんや」
美玲ちゃんも、珍しくチャーシューの話に同調した。
「なんかわかる気がするな……。わたし幼いころから何度も同じ夢を見ていて、その夢ではもう二人の子供を育てているんだけど、その時だけの夢の設定じゃないの。ちゃんと夢のなかでも子供時代があって、人を好きになって、結婚して……って記憶があるのよ」
「夢の中では、やっと夢から覚めて、ようやく元の世界に戻れたってあの感覚やろ?」
「そう! でも目が覚めると、ほとんど全部忘れちゃうのよね!」
オカルトマニアのチャーシューと、オカルト嫌いな美玲ちゃんが、同じ話題で盛り上がっている。
信じられないような光景に驚愕しながらも、ぼくはいてもたってもいられず、美玲ちゃんの頭に飛び乗って耳打ちした。
「お話が盛り上がってるとこ悪いけど、美玲ちゃんはおしゃべりする為にここへ来たの?」
「そうだ、じゅーおく! 十億円の金塊、忘れるところだった!」
とたんに美玲ちゃんの目が『¥』マークに変わる。
ぼくとしては気が向かない姑息なやり方だったけど、優先すべきは美玲ちゃんをなるべく早く家に帰すこと。
その為には十億円の金塊だって利用するんだもんね。




