渡り鳥
高校へと続く坂道に大きな二つの影が小さな影を挟んで伸びている。
腕っぷしが強く、子供のころよくいじめっ子から僕を守ってくれた、伊藤修。
太陽のように僕の心を明るく照らしてくれる優しい女子、小谷琴乃。
勉強だけが取り柄の僕こと若松誠。
小学校の頃からずっと一緒だった。変わらない日々。
琴乃を真ん中に置き、時折、修が言う冗談に笑い合うようないつもと変わらない登校風景。
「大変そうだね。僕が代わりに鞄持とうか」
琴乃が何度も肩掛けのスクール鞄の位置を調整している姿に見かねて僕は声をかけた。
「ありがとう。でも大丈夫。それにしても何気に教科書って重いよね」
優しく微笑む琴乃の姿についドキッとする。
「なんだよ、そんなことなら早く言えよ。ほら俺がもってやる」
すると、修が強引に琴乃のリュックを奪って自分の肩に担いでしまった。
「わー、力持ちだ」
そう言って拍手をしながら上目遣いで修を見る琴乃。
「あ?お前がひ弱なだけだろ」
修は呆れたような顔で琴乃を見下ろす。
「うー、ひどいよ」
唇を尖らせる琴乃とそれを見て修が笑い合う姿に胸がチクリと痛んだ。
鈍感な修だが、行動力は人一倍ある。僕もああやって相手に選択肢を委ねるのではなく、ささっと持ってあげていたらあの笑顔は僕に降り注いでいたのだろうか。
1ー3と書かれた教室に三人一緒に入る。
僕は窓際の後ろの席で二人は黒板前の最前列で隣同士。
自分の席に座ると隣のおかっぱ女子、原田勝子が話しかけてきた。
「おはよ。あんたよくあの二人と一緒にいられるよね」
気だるげな声で机に突っ伏す原田の視線の先では、修が琴乃のリュックを勝手に開こうとして琴乃に怒られている。
そんないつもの光景を横目に僕は返事をした。
「修は昔から不器用だからね。でも、根はいいやつだよ」
修は体が大きく顔つきも怖いため不良だと勘違いされがちだが、僕は彼がとても優しい人だと知っている。ちょっとした優越感に笑みを浮かべていると、原田がため息をつく。
「若松さ、よく天然って言われない?」
「え?急になんだよ。僕がアホだって言いたいの?」
「じゃあ、質問だけど。あの二人の関係あんたはどう見えるの?」
どう見えるも何も僕ら三人は幼馴染だ。
それは一学期を経て二学期に突入した段階でクラス中が知っている。ということは、原田が言いたいのはそういうことではないのだろう。
「う~ん。犬猿の仲……とか?」
琴乃と修はよく喧嘩をするが、仲が悪いわけではない。だけど、僕らと関係が浅い人からすればそう見えてもおかしくない。
「可哀そうというかなんて言うか。……まぁ、いいわ。私が口出すことじゃないから」
「何が言いたいんだよ」
憐れむような視線を受けてムッとして言い返すも、首を振られるだけだった。
一限目が終わった後、修が慌てた様子で僕の席までやってきた。
「誠!宿題を写させてくれ!頼む!」
突然、頭を下げる修に僕はため息をついた。
「また?確か先週もだったよね?」
「俺は勉強嫌いなんだよ。知ってるだろ?」
いくら幼馴染の頼みとはいえ、宿題を写させる行為は褒められたものではない。
それに僕の評価も落ちかねない。
やはり友達として時には厳しくするのも必要だろう。
「いや、いくら修の頼みでも……」
と、僕が言いかけたところで琴乃が口を挟んできた。
「私からもお願い!修は昨日夜遅かったから宿題をする時間がなかったの」
そう言って琴乃も頭を下げる。
僕は大きくため息をつき、腕を上げた。
「もー、分かったよ。まるで僕が悪役みたいじゃないか。ほら、好きにしなよ」
机からプリントを取り出して、修に渡すと、サンキューと満面の笑みで自分の席へと戻っていった。
こうも無邪気な笑顔を見せられては怒るに怒れない。
琴乃も胸をなでおろしている様子だ。
二人が去った後、隣から気だるい声が聞こえてきた。
「ほんとお人よしね。私だったらきっぱり断るわ」
「僕も琴乃と修の頼みじゃなかったら写させたりしないよ。小さいときには修によく助けてもらったし、おあいこだよ」
そこで僕は唐突に疑問に思った。
なぜ琴乃は修が昨日の夜何をしていたのか知っていたんだろう。
それに、夜遅かったって宿題よりも優先すべき用事でもあったのか?
登校中にそんな話は出ていなかった。
「考えすぎだよね……」
小さくそう呟く僕を見て隣で原田は気だるげに欠伸をした。
放課後、修と琴乃が僕の席までやってくる
「おい、誠帰ろうぜ」
「僕、奈々子先生に呼ばれてるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「あの温厚な奈々ちゃんに呼び出されるとか何したんだよ、しゃあないから俺らだけで帰るか」
「もう、そんなこと言わずに待ってようよ。別に急いでるわけじゃないでしょ?」
琴乃は不満そうに修を見上げる。
性格の違う僕と修が幼馴染として仲良くしてられるのも琴乃のおかげだな。と改めて思った。
まぁ僕としては、修が帰りたいなら別にいいんだけどね。
「別に修が帰りたいならいいよ。琴乃が待っててくれるみたいだし」
「は?それじゃ意味ないだろ」
ちょっとした冗談だったのだが、急に修が野太い声を出す。
「それってどういう……」
「は、はい!待つって決めたんだから誠も早く行ったほうがいいんじゃない?呼び出されてるんでしょ?」
喧嘩の仲裁に入るように琴乃が僕と修の間に両手を広げて入ってきた。
「え?う、うん。じゃあ行ってくる」
二人の様子が気になりつつも、奈々子先生を待たせるのも悪いので急いで職員室へと向かった。
「失礼します」
職員室のドアを開け、担任の奈々子先生のデスクへと向かうとクラスメイトの原田もそこにいた。
気だるげな視線が僕を貫く。
奈々子先生は柔らかい笑みで僕を迎えてくれた。
「待ってたわ若松君」
「遅れてすいません」
「いいわ。それじゃ、本題に入るわね。二人の成績は学年でトップだったの。それで、うちは毎年各学年で優秀な生徒をアメリカの高校に留学させているの。もし二人がよければだけどどうかな?留学に興味ない?」
そういえば、入学当初言われていたっけ。
成績優秀者は希望すれば海外へと留学できると。
留学となると琴乃や修とは離れ離れになってしまうな。漠然とそんなことを考えたら胸が締め付けられるように苦しくなった。
そうか。やっぱ僕はあの二人のことが好きなんだ。
「私は行きます」
隣の原田から芯の通った声に僕は驚いて思わず顔を上げた。いつも気だるげで、休み時間は本を読むか自習をしているかのインドア派の彼女からこんな力強い言葉を聞いたことがなかったからだ。
「原田さんはそう言うと思っていたわ。若松君はどうする?もちろん今すぐ決める必要はないけどね」
留学は魅力的だ。
だけど、どうしても幼馴染の二人のことが胸にひっかかって即答できない。
「迷ってます」
だから素直にそう返事をした。
僕と原田は一緒に職員室を出た。
「なにを迷っているの?留学費用も学校が負担してくれるのに」
二人で廊下を歩いている最中、気だるげに原田が口を開く。
「いや、僕も興味はあるんだよ。でも、留学したら琴乃や修と離れ離れになるし……」
「馬鹿じゃないの?」
「原田には分からないよ。僕らは小学校から一緒だったんだから。親友、いや、家族みたいなものなんだ」
「あのね、それは友達じゃなくて依存っていうのよ」
なんでそんなことを原田に言われないといけないのか。
成績で学年一位の僕を抜けないからって嫉妬しているに違いない。
あまり人を悪く思うのはいけないことだけど、琴乃や修との関係に口を出されるのに我慢ならなかった。
「うるさい。僕らの関係に口を出さないでくれ」
「……ごめん」
「あっ、いや。別に責めるつもりじゃないんだ」
予想外にしおらしい態度に慌てて弁明をした。
いつものように気だるげに言い返してくると思っていただけに、これじゃ僕がいじめているみたいじゃないか。これじゃ独裁だ。家父長制だ。自己嫌悪だ。
気まずい中、無言で歩いていると教室が近づいてきた。
隣の原田はうつむきながら歩いている。
なんなんだよもう。調子が狂うな。さっさと琴乃達と帰ろう。
そう思って教室のドアを開けようと手をかけたところで話声が聞こえてきた。
「ちょっと、修。ここじゃだめ」
「いいだろ、ちょっとぐらい」
「誠が帰ってくるかも」
「いいよ別に。どうせなら見せつけてやろうぜ」
不穏な会話に恐る恐る窓から中を覗き見ると琴乃と修が口づけをしていた。
「どうしたの、あっ……」
僕の後ろから原田も教室の中を覗き込んだ。
すると、原田は僕の手を取り強引に隣の空き教室へと入ると、近くの椅子に座らせられた。
「ほら、分かったでしょ?あの二人できてるのよ。ずっと隣であんたが小谷のこと目で追ってたの知ってるんだから。無意識に二人の関係から目を背けていたの痛々しかったわ」
知っていたさ。
最近、二人の距離が近いこととか。
僕の知らない情報を共有していたりとか。
でもしょうがないじゃないか。
成績を維持するために勉強漬けの日々でそこまで頭が回らなかったんだ。
「原田には関係ないだろ」
吐き捨てるように言った。
傷つけるように言った。
突き放すように言った。
なのに、それなのに。
「ほっとけないじゃない。そんなに涙をぽろぽろ流されてたら」
優しく両手で抱きしめられた。
僕の顔に柔らかい感触がいっぱいに広がる。
男というのはどうも女には敵わないようで原田の胸の中で赤ん坊のように泣きじゃくった。
「僕、留学するよ」
「うん」
僕は眦を上げると、原田に唇を奪われた。
二人で空き教室を出ると琴乃と修も同じタイミングで鉢合わせてしまった。
男女二組が廊下で向かい合う。
「仲いいんだね」
僕は先に口を開く。
「あっ……誠。これは、えと」
琴乃が視線をさまよわせてうろたえる。
その手は修と繋がっていた。
「ばれたか。悪いな誠。俺ら付き合ってんだ」
悪びれる様子もなく修は僕を見下ろす。
そして、原田を舐めまわすように見ると、
「てか、お前も原田と二人っきりで何してたんだよ」
にやりと下品な笑みを浮かべた。
原田が視線から逃れるように一歩後ろに下がる。
「……もしかして、誠と原田さんって付き合ってたの?」
琴乃がためらいがちに追及する。
「まっ、陰キャ同士お似合いかもな」
原田と琴乃を見比べて勝ち誇ったように修は腕を組んだ。
僕は隣を見ると、原田は顔を下げてスカートを両手で握っていた。
琴乃は修を非難するように見上げる。
「修。そのいい方はひどいよ。二人に謝って!」
「うるせえな。お前まだ誠のこと好きなのかよ」
「ちょ、ちょっと!変なこと言わないでよ」
琴乃は頬を赤くして僕を見る。
でも、僕の心は何一つ揺れることはなかった。
僕は原田の手を強引に引っ張り、二人の横を通り抜ける。
そして、去り際に一言。
「グッバイ。サンクス」




