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復讐は勝手に終わったので、元公爵令嬢は田舎で第二の人生を歩む

作者: にふゆ

「追手が来るかねえ。逃げる準備しとくかー?」

「来ませんわよ」

「スーシャさまは楽観的すぎですよ。なにがあってもいいように備えとかないと」

「必要ありませんわ。それより、私のことは呼び捨てでよろしくてよ。もう貴族ではないのだから」

「じゃあ、スーシャさまもその話し方やめてくださいよ」


小高い丘の大きな木の下。村を一望できるその場所で、隣に座る男がむっとした顔で口を尖らせる。

尻尾みたいにひとつに縛られたススキ色の髪が風でびたんびたんと揺れて、まるで機嫌の悪い猫みたいだ。

一方で、肩につかないほど短くなった私の黒い髪も風に吹かれて揺れている。腰まであった長い髪は逃亡に際して、変装のためにばっさりと切り落としてしまった。いまだに慣れなくて、軽くなった頭も手入れの楽になった髪も良いことづくめのだと思うのに、なんだか落ち着かなかった。

 

私達はお尋ね者だ。とは言っても、追われているだろうのは私の方で、彼……ロイドは私を助けてくれたせいで巻き込まれているだけ。


私は少し前まで公爵家の令嬢で、この国の王太子の婚約者だった。

だけれど王太子とその浮気相手の企みにより国王暗殺の濡れ衣を着せられて、婚約破棄と処刑を言い渡されたのだ。公爵家にとって王家とのつながりを持つための道具だった私は家族にも見捨てられ、助けてくれたのは護衛役だったロイドだけ。私を牢屋から逃がし、手を引いて故郷だという国境近くの村まで連れてきてくれた。


「もし心配なら、私一人でどこかに行くわ。それならきっと大丈夫よ」

「ダメですよ。スーシャさまが一人で行ったら追手に捕まる前に行き倒れちゃいます。それに、きりきり働いて恩返ししてもらわなきゃいけないですからね」

「そんなこと言われたら死ぬまでやっても足りないわ。あなた、私には簡単な仕事しか回さないようにしているでしょう?」

「なんのことやら」


今は彼の家がやっている酪農と農業を手伝いながら暮らしている。ロイドやロイドの家族は人手が足りないから助かると言ってくれるけど、私が受けた恩はこんなことでは返しきれない。


あのままだと、私は本当に殺されてしまうところだった。


私と王太子は婚約をしていたけれど、殿下は私のことを地味なくせに高飛車な女だと嫌っており、こちらが歩み寄ろうとしてもその分顔をしかめて逃げていく有様。私達の仲は他人の方がまだマシというくらいに冷めていた。

さて、そんな王太子には恋人がいた。彼には私という婚約者がいたので、別名浮気相手だ。

王太子の浮気相手は才女と名高い男爵家の令嬢だった。魔力が高くいくつもの新しい魔法を生み出していて、貴族学校の試験では首位を独占する。見目は天使のように愛らしく、天が二物も三物も与えたのだと評判だった。

けれど、その華々しい逸話は彼女の力ではないという噂があった。

男爵家は身分は高くないけれど、幅広く商売をしていて財力が豊富だ。そのお金の力を使って不正をしていたらしく、成績は教師を買収、新しい魔法の発明は他人にやらせていたのだという。

確かに、授業態度は居眠りしていたりお喋りしていたりで不真面目極まりないものだったし、そんなだから魔法の術式もまともに書けない様子だった。

しかも、私という婚約者のいる殿下にやたら馴れ馴れしく振る舞う。目に余る行動に何度か注意をしていたのだけど、改善されることはなく。

やがて事件は起こった。


「これはなんだ!」

「知りません!私はそんなもの見たこともない!」

「リサはお前の鞄から見つけたんだぞ!」


学校の昼休み、食堂から教室に戻ると、婚約者のはずの殿下に物凄い形相で一冊のノートを突きつけられた。ノートはどこにでもあるありふれた物だったが、私が使っているものではない。

状況がわからなくて戸惑っていると、さらにそのノートの中身を見せられた。

それを目にした私は真っ青になる。


「まさか父上の暗殺計画をたてていたとは恐ろしい。もしもリサが気づいてくれなかったらと思うとゾッとするな」

「前にスーシャさまが図書室でお勉強していらっしゃると思ったら、見過ごせないことを書いていられるように見えてしまったの。でも、まさか本当にそうだったなんて……」

「違います!私は新しい魔法を考えていただけで、ノートもそのためのもので……」


リサが発明したと言われている数には及ばないが、私も魔法が好きでこの年にしてはそれなりの数の魔法を考え出していた。図書室通いをしていたのもこのためだ。

慌てて鞄を探るもその魔術の研究用ノートが見当たらない。ふと顔を上げると、守られるように殿下に肩を抱かれたリサが私のノートを抱えているのが見えた。


「わ、私のノート!返して!!」

「リサに触るな!……誰か人を呼んでくれ!こいつを捕まえる!」


私は衛兵に取り押さえられて、その時に殿下とリサがニヤリとほくそ笑んだのを見てしまった。

王太子が私のことを好いていないのは知っていたけれど、婚約破棄のためにまさかここまでするなんて思わなかった。そう、私は嵌められたのだ。

そしてそのまま牢屋に入れられて、ろくな裁判も行われないまま処刑されそうになった。そこを助けてくれたのがロイドだ。

彼は公爵家で雇っていた私の護衛で、私は魔法の発明のため、市井の人々がどのように暮らし、どのようなことに不便を感じているのかを教えてもらっていた。時折街に連れ出してもらったりと、身分差や雇用関係の枠を超えて、師弟のような、友達のような関係になっていた。そのせいか、牢に入れられた時、思い出したのも彼の顔だった。

その彼が見張りに変装して助けに来てくれた時、私はどんなに嬉しかったか。言葉では言い表せない。


今、隣に座るロイドの顔を見る。そうしたら、彼もまた私を見ていたようで、目が合うと照れくさそうに笑った。


「ま、スーシャさまが村にいてくださると皆喜びますよ。おかげで獣害も野菜泥棒や家畜泥棒はすっかりなくなりましたからね。まったく、すごい結界ですよ。一度張ればメンテナンス無しで半永久的に持つそうだし、王都の結界もこれには敵わないんじゃないかな」

「ここの環境がよかったおかげで、うまくいったのよ。実はあれ、ずっと行き詰まってて。前は結界の強度を求めたあまりに、外から誰も入れないけど、代わりに中からも出られなくなってしまったのよね。張ってみて発覚して、あの時は焦りましたわ」

「えっ、それは困るどころじゃあないでしょう。どうしたんです?」

「さすがに設計者ですもの。結界の解除方法はわかっています」


ちなみにその解除方法は結界の内側の天辺の位置に、一定量の魔力を込めながら触れること。あの時は実験のために私一人を覆う形で発動させていたから、手に届く距離に解除スイッチがあって本当に良かった。もしも屋敷を囲う形にしていたら、屋根をよじ登らなければいけないところだった。

そういえば、私がノートにしるしていた発明は案の定、リサの考えたものとして形にされていた。

馬がなくとも走る車、部屋の気温を一定に保つ機器、食べ物を入れるための冷える箱……など、便利な道具が王都からこの辺境の地にも伝わってきた。

しかし、それもひと月ほど前からぱたりと止んだ。それどころか、王都からの行商人なども来なくなった。そのせいもあって、この村は今では距離的にも近い隣国との交流のほうが多いくらいだ。

リサは王の暗殺を未然に防いだ功績により、身分差を乗り越えて殿下の新しい婚約者になったと風の噂に聞いた。

おそらく、次期王妃の地位に立ったことで彼女は、あのノートに書き留めていた未完成の結界を王都に張り巡らせてしまったのだと思う。

魔法の術式というものは決まった型のようなものはなく、記号を使ったり文字を使ったりと個人の癖が強いから、考えた本人以外はどこがどう作用するか一見してわからない。でも、なまじそれまでの私の発明がうまくいっただけに、リサは結界も今までのように成功すると思い込んでしまったのだろう。

今や、王都は巨大な檻の中。追手は来るどころじゃないし、来たとしても連れ帰る場所がない。なんせ、処刑場のある王都には入れないのだから。


けれども、もう全て私には関係のないこと。


それに、今はそれよりも大事なことがある。


「そういえば、ロイドはなんで私を助けてくださったの?見つかればあなたも無事では済まないとわかっていたでしょうに」

「それ、訊きます……?」

「ぜひ聞きたいわ」

「……わかってるくせに」

「それでもよ」


真剣な顔をロイドに近づけると、彼は真っ赤な顔をしながら仰け反る。それを見たら答えは言ってるも同然だったけれど、私は詰め寄るのをやめなかった。

今の暮らしは公爵令嬢だった時の煌びやかで贅沢な生活と比べたら、随分と質素で毎日あくせくと働いている。

それでもあの時よりずっとずっと幸せよ。それもこれも、全部ロイドのおかげ。

ああ、早く好きだと言ってくれないかしら。そうしたら、私も同じ事を言って返すのに!


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