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【第七話】盲目の武人

【前回のあらすじ】

皆がミレクシアを散策する中、なんとシグレは遮楽に挑んでいた。ジタンの制止も聞かず刃を交える気満々の彼女に、遮楽もまた嬉々として挑戦を受ける。高い身体能力と剣技を駆使して仕掛けるシグレ……だが、その用心棒は難攻不落。そしてついに仕込み杖の刃が抜き放たれ、二人の戦いは更なる加熱の予感を呈するのであった。

 さぁっと風が吹き抜けた。透明だった風は、訓練場の土を舞い上げて赤茶色の砂埃に変わると、じっと見合っている二人の足元を吹き抜けていく。シグレの首に巻かれた朱色の布と、遮楽の顔に巻かれた深緑の布、そのどちらもがそれを受けてはためいた。

 

「…………」

 

 遮楽が仕込み杖から刃を出したその瞬間、訓練場内の時が止まったみたいに、二人は動かなかった。おまけに喋ることすらしない。じわじわと重くのしかかるような沈黙。

 

 そしてそんな雰囲気に影響されたあたし達も、すっかり押し黙って成り行きを見守っていた。偶然あたしの横にいた男の子が、隣のお父さんらしき人の裾をそっと引っ張る。

 

「様子見、ですか」

 コンバットブーツの底で赤土を踏みしめて、やっとシグレが口を開いた。苛ついたような低い声が発される。

 

「まるで今までが遊びだったような口ぶりですねぇ……!」

「いやいやとんでもねェ。真面目にやってるからこそ、こうして得物を抜いてるんじゃねェか、なァ?」

 

 遮楽は肩をすくめるようにして笑うと、仕込み杖の刃を指で軽くなぞってみせる。そのヘラヘラした様子も気に入らないのか、舌打ち混じりの溜息をつくシグレ。

 

「……口が回るのは余裕の証拠ですか?」

「ハッハッハ、そうじゃねェよ。お嬢さんの実力が想像以上だったモンで、こちとら血が騒いでしょうがねェのさ……お嬢さんは違うのかい? せっかくの喧嘩だ、楽しむのが華だぜ?」

「――フザけたことを!」

 

 その言葉が、第二ラウンド開始の合図だった。二人はほぼ同時に地を蹴って、お互いの間合いに飛び込む。

 

 さっきまでは避けるか防御か、あるいはちょっとした反撃だけに徹していた遮楽も、今度こそは容赦ない。

 襲い掛かってきた短剣を打ち払うと、そのまま斜めに斬り上げるように刃を振るう。シグレがバックステップでそれをかわせば、すかさず距離を詰めて鋭く突いた。とっさに身を捻ったシグレの左肩ぎりぎりを刃が掠めて、見ていたあたしは思わずひぃと小さく声が洩れる。

 

 ていうか……普通に戦ってるしめちゃくちゃ今更なんだけど、何も親善試合で本物の刃物使う必要なくなかった!?

 

 いや、どっちもさすがに重傷負わせるほど本気で刺したり斬ったりする気は無いんだろうけど……いくらいざって時はオルフェの回復魔法があるからって、怪我することに対するハードルが低すぎるよこの人達!


 しかしそんなあたしの心配とツッコミをよそに、すさまじいスピードで二人のバトルは展開していく。空中での二段蹴りを腕で防御されたシグレが、すぐさま次の一手に繋げようと向き直った。

 

 ――ただ、それに対する遮楽の行動があまりにも速すぎた。急に姿勢を低くして大きく踏み出すと、肩から食い込ませるように体を寄せる。迷いない動きであっという間に、防御しようにも不可能なゼロ距離。


 シグレの表情がハッと強張った次の瞬間、仕込み杖を半回転させると、杖の柄尻で腹部を強く一突きした。

 

「ぐ……っ!」

 表情が歪む。吹き飛ぶシグレ。ただそんな中でも、後ろへ倒れ込まないように地面へ短剣を突き立てていた。ざりざりと柔らかい土に溝を彫りながら体が踏み止まる。キッと上げた顔のこめかみに、冷や汗が一筋光った。ニヤリと笑う遮楽は一体、何を考えているのか。



  

「うわっ、痛ったそぉ……!」

 痛烈な打撃にあたしまで内臓がヒヤッとする感じがして、思わずお腹を押さえる。

 

「いや、見た目ほどは通ってなさそうだったぜ。殴られる前に自分から体を引いて、衝撃を逃がしてたな」

 すると、隣にいたジタンがぼそりと言った。意外なその言葉に、あたしはへぇと驚いて彼の顔を見る。

 

「見ただけで分かんの?」

「まともに喰らってりゃ直後にあんな余裕ぶっこいてられねぇだろ」

 まるで興味無さそうな態度だったのに、これでいてしっかり戦況は捉えていたらしい。

「大したことないならいいんだけど……」

 

 これまでの冒険で、シグレの強さはよーく知ってる。その辺のモンスター相手なら、数で不利な戦いだってものともせずに余裕で倒せちゃうほどで……だからこそ、一対一の戦いでここまで手こずっているのが信じられなかった。

 

「シグレは別にいつも通り戦ってるよね……何が……そんなに違うんだろ」

「……まぁ……強いて言うなら、重心じゃねぇか」

 独り言のように口にしたそれに、まさかまともな返事が返ってくるとは思ってなくて、あたしはきょとんと聞き返してしまった。

 

「へ? 重心?」

「あー」

 

 余計なこと言っちまったとでも言いたげに耳を掻くジタン。それから、別にオレも詳しかねぇけどよ、と前置きして続ける。

「普通進もうとしたら体は前に傾くし、下がろうとしたら後ろに傾くだろ。けど遮楽の動くとこ見てみろよ。軸が中心から一切ブレてねぇんだ」

「うーんと……?」

 

 ジタンに言われたことを意識して、遮楽に注目してみる。するとその通りで、縦横無尽に動いているのに、体の芯に棒が一本通っているかのようにブレが無い。

 

「あれができるとバランスが安定するし、どんな動きにも予備動作が無ぇように見えるから、敵に前もった対処がされづらくなんだよ」

「そっか。あ~、それでかぁ……なんか、すごい動作がプロっぽいなぁって思ってたんだよね」

 遮楽の動きが目で追いにくかったのは、方向転換や移動も真っ直ぐな状態から急に動いたように見えて、次の行動が読めないからだったんだ。

 

「いやそれにしてもさ」

「あァ」

「ジタンが解説キャラとしてこんなに有能だとは知らなかったよ」

「は?」

「ちょっとさ、なんかすごそうな技出るたびに『あ、あれはまさか……!』とか『そんな、噂には聞いていたが……!』とか言ってみてよ」

 

『くくっ……眼鏡とメモ帳も要るな』

 面白がってお兄ちゃんが乗っかってきた。バトル漫画やスポーツ漫画の定番だ。

 

「……何訳の分からねぇこと言ってんだお前」

 珍獣を見るような目であたしを見るジタン。

 

 と、そんな会話をしている間にまた動きがあった。

  

「どうしたァお嬢さん。もっと喰らい付いて来ねェと、面白味の無ェ泥試合になっちまうぜ」

相変わらず挑発する気たっぷりの声音で、遮楽が指先をシグレに向ける。

 

「まさかもう手札が尽きたって事ァねェんだろう?」

「はん、まさか」 

 それに対して、シグレは吐き捨てるような言い方をしながら首を振った。

 

「本気でそう思っているならとんだ節穴野郎ですが? 簡単に見せられる安い手札なんか、持ち合わせていないだけですよ」

「そうかい? あっしにゃむしろ出しあぐねてるように見えるがねェ……伝家の宝刀が、叩き折られるのを恐れてな」

 

 仕込み杖をゆらゆらさせながら、なおも半笑いで遮楽。 

 うわぁそんなに煽ったら……とシグレを見れば、案の定眉が逆八の字を描いていた。

 

「このっ……言わせておけばいけしゃあしゃあと! いいでしょうワタクシこそ叩き切ってやりますよ! その舐め腐った態度ごとねぇ!」

 そう言うが早いか一度大きく飛びすさって、意味ありげに短剣を振る。

「……ほォ」

 明らかに何か今までと違うことをしようとしている仕草に、興味深げな声を出した遮楽が、軽く杖の柄を握り直した。



 

「あ? あいつ技使うつもりじゃね?」

 そんなシグレの様子を見たジタンが、片眉を跳ね上げて言った。

 

「な、魔物と戦うとるんじゃないんで!? やめんさいシグレ!」

 それを聞くなりオルフェが慌てて制止しようとする。柵に駆け寄るけれども当然それは結界に阻まれて、どんどんと見えない壁を叩いた。

 

「シグレ!? 聞こえとるんじゃろう!?」

「うるさいっ! 外野は黙って見てなさい!」

「ああもう完全に頭に血が上ってしもぉとるわ……!」

 清々しいくらい全く聞く耳を持たない返答に頭を抱えるオルフェ。


 そうこうしてる間にもう準備は整ってしまって、短剣の一本を顔の前、もう一本を腰の横に引いて構えたシグレが貫きそうな視線で遮楽を見た。ぶわりとその周囲だけ空気が変わったのは多分気のせいじゃない。

 そして剣面が日差しを反射して閃いたその瞬間……シグレの足が地を蹴った。

 

「紫電一閃!」

 

 訓練場に、紫の閃光が走る。一直線に前方の敵を切り裂く斬撃。シグレの得意技の一つが、容赦なく遮楽に向けて繰り出された。その刃は目で追う暇もなく――


 キン、と短く響いた甲高い音。


「——ッ!?」

 息を呑むかすかな声。

 

 ――それは一瞬のことだった。


 振り抜きかけた腰の短剣、その刃の根元と鍔の境目を……仕込み杖の切っ先が打ち抜いていた。

 

 シグレの目が驚愕で見開かれる。弾かれたように変わる刃の軌道。衝撃に耐えられなかった右手が、握っていた柄を放してしまう。


 日の光を散らしながら、きりきりと空中を舞う短剣。力の方向を無理やり曲げられたことで、体勢がつんのめるように大きく崩れる。そこに遮楽の反撃が迫った。大上段から振り下ろされる仕込み杖——

 

 でもそこはさすがのシグレだった。咄嗟に受け身を取るように横に転がってかわすと、そのまま距離を取る。それとほぼ同時に、弾き飛ばされた短剣が地面に落ちた。隙を見て取りに行くには、あまりに遠い距離。

 

「チッ……!」

 一本になってしまった短剣を体の前で構えて、苦々しげな顔でシグレが遮楽を睨む。その剣先が少しだけ震える。あたしも今見たことながら、自分の目を疑っていた。


 だって……ただでさえスピードに特化した技だよ!? ゲームシステムで言えば、必ず先制攻撃になる特殊効果が付いてるくらいなのに! 防御するだけってならまだしも、カウンターするなんて……。

 それだけじゃない。あんなピンポイントな場所! 一センチでもずれていたら、短剣はきっと遮楽を切り裂いていた。一瞬の時間にどれだけ精巧な狙いが必要なのか、考えただけでも冷や汗が出る……。

 

「こ、こがぁな事あるんか……」

「うーわやべ、何だ今の」

 オルフェが放心したように呟いて、ジタンも思わず低い呟きを漏らす。

  



「やるねェ。身軽さもそうだが、短剣捌きだって一朝一夕で身に付くような代物じゃねェ。こりゃ相当な鍛錬を積んだろ?」

 

 ファイティングポーズを解かないシグレとは対照的に、あくまでも自然体で立っている遮楽が、世間話でもするかのような調子で言った。

 

「だが、ちィと太刀筋が真面目過ぎるのがいけねェな。遊びが無ェ。型に嵌まった攻撃は簡単に読まれやすぜ」

「はっ、説教とは随分余裕じゃないですか。ワタクシはアナタに戦いの指南を求めているわけではないんですよ!」

 

 シグレが果敢に吠える。その表情は悔しさがにじんでいた。しかしそれでも戦意は失わないその様子に、遮楽の口の端が吊り上がる。そして、くいっとあごを動かすと、地面に落ちた短剣を指し示した。

 

「拾うか? 別に構わんぜ」

「…………」 

 シグレは、答えなかった。一体どうするつもりなのか、右手で短剣を握ったままじっと動かない。

 

「ハハッ、警戒してんのかい? 感心だねェ。だが安心しな、その隙を狙うような興醒めな真似はしねェよ」

 言いながら、杖を持ったまま軽く両手を上げてみせる。それでもシグレは動かなかった。そして細く短く息を吐くと、おもむろに首を横に振った。

 

「……それには及びませんよ」

「ほォ? 見上げた根性だ。片割れでも戦うってかい」

「ええ……」

 

 その直後、紫の目が鋭く細められた。

 

「何なら……もう一本も、いかがですかっ!」

 

 それを言い放ったのと、ほぼ同時――なんとシグレは、遮楽に向かって残った短剣を投げた。鋭く尖る剣先が真っ直ぐ顔へと飛んでいく。

 

 少し驚いた顔をした遮楽は、それでも驚異の反応速度で咄嗟に杖を跳ね上げて、短剣を天高く弾き飛ばす。結局不発に終わってしまった不意打ち。

 ……だけどその予想外の攻撃は、彼の意識を一瞬、ほんの一瞬だけ、目の前から逸らせることに成功した。


 シグレには、それで十分だった。

 

「――おっ!?」

 短剣を防ぐために腕を上げたことで、隙ができた懐。遮楽が気づいた頃には既に、体勢を低くしたシグレは弾丸のように飛び込んでいた。

 

「はぁっ!」

 真下から、掌底が顎を打つ。

 

「がッ!」

 ガクンと頭が揺さぶられて、ぐらついた体を右足で踏ん張る遮楽。後ろに下がろうとしたところに肘と蹴りの追撃。武器を自ら手放して、さらに身軽になったシグレの素早い連続攻撃が次々決まる。こうも密着されてたら、リーチのある杖はむしろ邪魔なだけだ。

 

 たまらず遮楽は防御のため、腕を交差させて身を低くかがめる。するとシグレは彼の肩に足を掛けて、踏み台のようにして跳んだ。

 お得意のジャンピングスタンプ? そう思いながら動きを目で追って、次の瞬間違うと分かって息を呑む。


 シグレが跳んだ先には、落下しつつある短剣。さっき遮楽が弾いたやつだ。それを空中で掴む。ま、まさか最初からこんなことまで狙って投げたの……!?

 

「喰——らえッ」

 体をひねりながら、シグレが降ってくる。真下の標的に向かって、落下の勢いと体重を加えた一撃が襲い掛かる!

 

「降雷斬!」

 

 その技名の通り落雷のような、垂直に切り伏せる攻撃。

 土煙を巻き上げながら、シグレが地面に着地すると同時……ザシュッという音を立てて遮楽の和服が、肩から背中にかけて斜めに大きく裂けた。

 

「ぐおォ……っ!」

「まだまだぁっ!」

 

 一度距離を取ったシグレが、助走をつけて遮楽に迫る。右足で大きく踏み切って、回転しながら跳び上がると、ほぼ空中で横倒しの状態から体ごと投げ出すような蹴りをぶち込んだ。振り向きざま咄嗟に腕でガードした遮楽が、くの字の体勢で真後ろに吹き飛ぶ。


 ザザザザッと雪駄で土を激しく擦りながら遮楽が止まるのと、体全体で受け身を取ったシグレが仰向けから跳ね起きたのが、ほぼ同時だった。

 



「ふん……」

「ヘッ……」

 

 どうだとばかりにシグレが得意げなニヤリ笑いを浮かべると、対する遮楽も面白がるように尖った歯を見せながら、口の端に滲んだ血と土汚れを親指の腹で拭う。


 するとシグレが指を差すように、短剣を真っ直ぐ遮楽に突き付けた。

 

「もったいないですねぇ。せっかくもう一本も差し上げようとしましたのに……いらないんですか?」

「クッ……ハハハ。いやァ、気持ちはありがてェが遠慮しておくぜ。相棒にするにゃちっとじゃじゃ馬が過ぎらァ」

 

 煽るシグレと、軽妙に返す遮楽。そのやりとりに、たちまち周りの観客が噴き上がった。


「うおお決まったぁ! すげぇよ!」

「やっと一矢報いたな嬢ちゃん!」

「遮楽さんもがんばれーっ!」

「すごい戦いだよこれは!」

 

 ガヤガヤといろんなヤジが飛ぶ。そんな中、息も吐かせぬ猛攻を見て思わず両手を握っていたあたしは、ふっと肩の力を抜いた。

「やー、シグレはタダじゃ転ばないよねぇ。技を返されたときはどうしようと思ったんだけど」

「けど、遮楽も遮楽で最終的には凌いでたな。あんな攻撃でも決定打にならねぇのかよ……」

 腕を組んでジタンが言った。あれ……気付けばジタンもちょっと観戦を楽しんじゃってる?

 

「いけねェいけねェ。武器を片方封じてあっしにも油断がありやしたなァ。全く見所のあるお嬢さんだ……こりゃァますます気に入ったぜ」

 乱れた和服を片手で無造作に直しながら、それでもますます愉快そうなセリフを口にする遮楽。


 多分力加減は調節されてるとはいえ、シグレの技を受けてダメージはゼロじゃないだろうに、痛そうな素振りなんか全く見せない――むしろその痛みすら楽しんじゃってそうな気配に、底知れないものを感じた。

 

 シグレも売られたケンカは絶対買うって性格だけど、それとはまた別方向に血の気が多い……いわゆる戦闘狂って感じのタイプだ。

 

「フッ、それはどうも。しかしどうです? そろそろ終わらせませんか」

 そしてそんな余裕たっぷりの態度に引っ張られない訳がなく、シグレも空いた左手を腰に当てて、首を傾げると挑発的に言った。

「あァそうさねェ。あんまりダラダラやってるとせっかくのギャラリーが飽きちまう……名残惜しいが、ここらで決めちまおうかねェ!」

 

 そう言い切った遮楽が上向きに大きく手招きして煽れば、それに応えたシグレがブーツの靴音を鳴らして飛び掛かる。

 わぁっと上がる観客の声援は、それを後押しするようだった。タイミングよく吹いた強い風が、場の熱気をかき回しながら過ぎていく。



 

「はぁっ!」

 跳び上がりながら、空中で腕を広げるように切り裂く攻撃。

 それをいなした遮楽が仕込み杖を振り上げた。高い位置から剣道の打ち込みのように、両腕で振り下ろされる刃。シグレもすぐに反応して逆手に持った短剣で防ぐ。


 すると遮楽は、まるでそうなることを最初から誘っていたかのような素早さで杖を握る手を滑らせると、柄尻でガードの無いわきの下を打った。

 

「ぐっ!」

 くぐもった声を発しながらも、とっさに和服の襟を掴んで、脇腹へと膝を蹴り入れるシグレ。

「……っ」

 口の端を少し歪めて、突き飛ばすように遮楽が離れる。

 

「怯みもしねェとは流石だな。一応息が詰まる程度には強く打ち付けた筈だぜ」

「ちょっと殴られたぐらいでビビるヤワな鍛え方はしてないんですよ!」

 噛みつくようなその言葉通り、立ち向かう姿は少しも迷いがない。

「……面白ェ」


 ここまで戦い続けていた疲れなんて感じさせない、それどころかますますヒートアップしたような激しいやりとりが繰り広げられた。いつもの二刀流じゃない分、シグレは戦いづらいんじゃないかと思ってたけど……そんなこと全然、関係なさそう。短剣と仕込み杖、それぞれの武器を打ち合わせる金属的な音が連続で響く。


 シグレの攻撃をすれすれで回避した遮楽の手の中で、くるりと仕込み杖が踊った。振りかぶった刃が横薙ぎに払われる。ブォンと空気を裂く音が聞こえてきそうな程の、力強い一撃。

 しかしそれに負けじと放った、シグレの後ろ回し蹴りが見事命中。体重の乗ったかかとが遮楽の腕ごと弾き飛ばした。衝撃で肩が反って、胴体が完全に空く。

 ……シグレがその隙を見逃すはずもなかった。

 

「――フッ!」

 短い呼吸音と共に大胆に踏み込んで、短剣を鋭く前へと突き込む。

 

 一方で、遮楽はその攻撃を避けないばかりか――むしろ、あろうことか前に出た。シグレの動きに合わせて、彼も左腕を伸ばす。

 

 迫りくる刃の真下に、するりと滑り込んだ腕。それがしなると、たちまちシグレの右腕が跳ね上げられた。

 あっと思った次の瞬間には、絡め取るように動いた遮楽の左手が、短剣を持った手首を掴む。


 そして対応する間も与えず、素早く後ろに回り込むと、そのままねじり上げてしまった。

 

「ぅぐっ!?」

 シグレが顔を歪めて、苦痛の声を上げる。それでも体をねじられてる側に回して、拘束から逃れようとするけれど――

 

「させんぜ」

 低く言った遮楽が、膝裏を叩くように蹴って地面に膝を付かせる。

 

 そして間髪入れず、仕込み杖の刃を首筋すれすれに突き付けた。

 

「く……!」

「あぁっシグレ!」

 

 顔のすぐ下で鈍く光る刃を見て、思わず悲鳴に近い声が出た。触れそうで触れない、絶妙な位置で止めているせいで、シグレがほんの少し身じろぎをするだけでも切れそうなのが見ていてヒヤヒヤする。

 

「さ……どうするんでさ、お嬢さん」

 怖いくらい冷静な声で、遮楽が言った。

「まだ続けるかい」

「……!」

 

 悔し気に表情を歪めたシグレが、遮楽に刺すような鋭い視線を向ける。ねじりあげられた右手は短剣を意地でも離さない。

 けれども完全に固められているせいで、それ以上の動きが許されなかった。緊迫した無言の時間が、数秒続く。

 

「おいおい。続けると言われてもあっしは困るんだがねェ。それとも何か策がお有りかい?」

 黙ったままのシグレに、苦笑交じりに言う遮楽。


「……いや、もういいぜ。シグレの負けだ」

 

 その時、あたしの隣でジタンがシールドをノックのように叩きながら言った。わぁセコンドストップだ、タオルが投げ込まれた。

 

「往生際が悪ぃんだよお前も。素直に降参と言いやがれみっともねぇ」

 片眉を寄せて、呆れたようにシグレを見下ろすジタン。

 

「ぐぎ……」

 それに対してシグレはというと、すごく何か言いたげに唇を動かすけれども、反論の余地が無いのは分かっているのか単なる歯ぎしりだけで終わった。

 

「では……もう、いいね?」

 一連の流れを見ていたクローヴィスさんが、手を一振りする。するとパァッと青い粒子が散って、シールドが消え去った。


 それが、決着の合図だった。それまでの派手な攻防とは裏腹に、勝負の終わりはとても静かに訪れた。

 

 次の瞬間、観客達から拍手が沸き起こった。囃し立てる声と、口笛の音。

 

「……残念でしたなァ、お嬢さん。ま、なかなか筋は良いモンだったぜ」

 しかしそんな喧騒にも全く動じることなく、遮楽は首筋から離した仕込み杖を肩に担ぐと、シグレの背中を励ますように軽く叩いた。



  

「うおー! 遮楽さんさすがー!」

「いや、あの子の戦いっぷりも見事だったよ。一撃入れるだけでも大変だってのに」

 戦いが終結しても、冷めやらない興奮が場を盛り上げる。大人も子供も、口々に騒いでいた。

 

「改めて、シグレが迷惑かけてしもうてすんません。回復しちゃりますけぇ、ちぃと動かんといてくださいな」

「おう、こりゃすまないねェ。なァに謝ることなんざ何もありゃしやせんや。あっしも楽しませて頂きやした」

 オルフェの回復魔法を素直に受けながら、あっけらかんと笑う遮楽。


 そんな中、クローヴィスさんがシグレのそばにかがみ込むと、手を差し伸べた。

「お疲れ様。君、大丈夫かい? 立てるかね? 全く遮楽も大人げないものだな」

「……別に大したことありませんから。お構いなく」

 ところがシグレはその手を無視して立ち上がると、さっさと背を向けて地面に転がったままの短剣を拾いに行ってしまった。

 

「こりゃシグレっ! 負けて悔しいなぁ分かるが、じゃけぇって失礼な真似しんさんな!」

「いや、いいんだ。すまない、私も配慮が足りなかったよ……大きな怪我が無いようで良かった」

 とっさに叱りつけるオルフェだったけれども、クローヴィスさんは大人の余裕な対応を見せる。


 その横で、遮楽が地面に置いていた仕込み杖の鞘部分を拾っていた。慣れた手つきで先端を仕舞う。薄い空洞部分に、吸い込まれるように滑らかに、収納されていく刃。

 

「うわぁ……これで見えてないとか信じらんない。どうなってんの?」

「んん?」

 

 思わず口に出した言葉を耳ざとく聞きつけて、遮楽がこっちを向いた。

 

「ま、意外と何とかなるモンでねェ。お嬢さんが思ってるより、目の代わりになるものは多いんだぜ? 音に気配、肌に感じる空気の流れ、あとは勘とかな。下手に視覚に頼るよりも、色々分かるってモンでさァ。むしろうるせェくらいだ」

 

 その時、一匹の小さな蝶がどこからか、ひらひらと飛んできた。ぴくりと反応した遮楽は、指先を蝶に向ける。指に付かず離れず、飛び回る蝶。

 その様子を見ながら――いや、正確には見るっていう表現はおかしいけど、顔の向きや動作がぴったり合いすぎてて、そう言うしかない――口の右端をちょっと上げて笑った。

「あっしに言わせりゃ、目ェ開いてる奴のほうがよっぽど目の前に縛られすぎてて、不自由そうにしてんでさ」

 

「へぇ~、なんかすっごい……」

 異次元すぎる言葉に、我ながら語彙の貧弱すぎる感想が出た。

 

「要は全方位、死角がねぇってことだもんな。戦う相手にしてみりゃ相当厄介だろうよ」

 その横で腕組みしながらジタンも言った。それに対して遮楽は謙遜するでも得意がるでもなく、飄々と笑う。

 

「ところで兄ちゃん、なかなか立派なガタイじゃねェか。得物も大仰で良いねェ。男はそんぐらい豪快でなくちゃなァ……どうだい、一つあっしと手合わせしやしょうや」

「あ、あァ!? さっきの見せられた上で挑む奴の気が知れねぇだろ! うわやめろこっち来んな!」

 

 防衛反応で思わず大剣の柄に手が伸びたジタンに、ニタニタしながら反応を楽しむようにわざとゆっくり迫る遮楽。それを見るあたしの頭の中で、ジョーズのテーマが流れ出した。

 

「あっこら遮楽! あまり旅人さんを困らせるんじゃない!」

 オルフェと話していたクローヴィスさんがその様子に気づいて、慌てた声を出す。

 

「カカッ! 冗談でさァ。あっしもそこまで欲張りじゃありやせんや」

「冗談に聞こえないのだよ……」

 やれやれと腰に手を当てて首を振るクローヴィスさん。

 

「うーん……これだと用心棒っていうか……暴れん坊?」

「上手い事言ったつもりか」

 あたしの隣で、げんなりと肩を落としたジタンは重いため息をついたのだった。


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