【第六話】挑戦者
【前回のあらすじ】
出発の準備を整える間、のんびりと村を見て回ることにしたみくる。マーケットにて村の特産品を堪能しつつ、村人とも交流を深めていく。それは他のパーティーメンバーも同じようで、皆は思い思いの時間を楽しんでいた。しかしそんな折、みくるの元へ、何やら浮かない表情のジタンがやって来る。彼曰く、シグレが何かしでかしたらしいが……?
「オレ、必要なもん買ったあとは遮楽の案内で村を色々見てたんだよ。そしたらシグレも付いてきたんだ」
何やら一悶着あったという場所に行く道すがら、あたし達は歩きながらジタンの状況説明を聞いていた。
「てっきりアイツは一人で武器屋にでも行くと思ってたからな。珍しいとは思ったんだよ……。でもまぁ別に、気にするほどのことでもねぇからな。大人しく二人で案内されてたんだ。そんで図書館行ったら、その隣によ……ほら言ってただろ。時々遮楽が体術も教えてるって。それ用の訓練場みてぇなスペースがあったんだ。割とデカめの」
言いながら、両手を広げるジェスチャーをする。
訓練場と言われてもあんまりピンと来ないあたしが色々想像していると、ジタンは金髪をわしわし掻きながら、うんざりしたような声音で言った。
「したらよぉ……シグレの奴、それ見るなり遮楽にケンカ売りやがったんだよ」
「は!?」
急展開すぎる話に、あたしやオルフェは素っ頓狂な声を上げる。
「何をやっとんなら……なしてそがぁな事になったんじゃ」
「いやほら、シグレと遮楽が最初に会ったとき、ちょっと戦ったんだろ? オレ見てねぇけどさ。それが消化不良なまま終わったのが気に入らなかったみてぇでよ」
「あー……えぇ~?」
そういえばそうだった。遮楽があたしを助けたのを襲ってると勘違いして、戦いを挑んだシグレ。あたしが途中で止めたから、決着が付かずに終わったけど……。そ、そんな根に持つことぉ?
「助けてもらっといて、しかも来たばっかのとこで面倒事起こすなっつったんだけどよ。勝負しろだの、このままで終わらせないだの言って聞かねぇんだアイツ。最初からそれ目的で付いてきたんだろうぜ。遮楽も遮楽で、軽く受け流してくれればいいのによ……すげぇ乗り気なんだよ」
「あはは、だよねぇ……」
シグレに短剣を向けられながら、むしろ楽しそうに挑発さえしていた遮楽の姿を思い出す。
「それにしてもシグレ、そこまで勝ち負けにこだわらなくてもいいのにねぇ。何がそんなに気に入らないんだろ」
「さァな。自分の強さを誇示したいとかじゃねぇの? 威嚇だよ威嚇」
「もう説明の仕方が野生動物じゃん」
「んーでもぉ、リーリアちょっと分かる気がするー」
ジタンの肩アーマーにちょんと座って、ちゃっかり楽をしていたリーリアがもっともらしい顔をしながら言った。
「え!? 意外。そうなの?」
「うん! リーリアだって、ケーキのさいごのイチゴをたべないままおいといたら、ずーっと気になっちゃうもん。シグレもそんなかんじでしょ?」
「えーっとリーリア、一旦食べ物の話題から離れよっか、ね? さっきので十分お腹いっぱいになったことだし」
相変わらず能天気な口ぶりに苦笑いしつつ、あたしはジタンに視線を戻す。気怠そうに溜息を吐きつつ、再び口を開くジタン。
「そんでまぁ、戦うっつうなら万が一ってこともあんだろ。せめてオルフェ呼んでくるからそれまで待てって言ったんだ。で、オルフェ探してたらたまたまお前らも一緒にいたって訳だよ」
「はーなるほどねぇ」
「全くいつも無茶をしよる……。なるべくわしが出張らんように済めばええがのぉ」
そうこうしているうちに、ジタンの言う訓練場が見えてきた。
押し固められた赤茶色の地面に、大きく円を描くようにしてロープで繋がれた木の杭が打ち込まれている。
その付近に、シグレと遮楽が立っていた。
さらにその隣に居るのは……クローヴィスさんだ。何やら必死な様子で遮楽に話しかけている。
しかも、人影はそれだけじゃなかった。どこから聞きつけたのか、既に二人のバトルを見るために住人が集まってきていた。さっきのリーリアの時もそうだったけど、何かとみんなでワイワイするのが好きなのかな、ここの人達……。
「おっ、兄ちゃん」
あたし達に気付いた遮楽が軽く手を振る。心なしか上機嫌で楽しそうだ。
「審判役は見つかったかい」
「審判役じゃねぇよ……おいお前らマジでこのまま戦うのかぁ?」
「当たり前でしょうが。どちらの実力が上か分からせてやりますよ」
一切悪びれる様子なくシグレが言った。
「カカカ、良いねェ良いねェ大層血気盛んなお嬢さんだ。それにこんなとこで止めたんじゃ、せっかく集まった奴等にも悪いだろう?」
「それは知らねぇよなんでギャラリーいんだよ」
ジト目で周りを見回すジタン。
すると横にいたクローヴィスさんが、申し訳なさそうに口を開いた。
「す、すまない。私も何とか止めようとしていたのだが……遮楽もこうなると聞かない性質でね……」
「いや……こっちこそ、アイツの我儘に付き合ってもらって申し訳ないっつうか……」
「迷惑おかけしてしもうてすんませんのぉ。一回相手をしてもろぉたらシグレの気も収まると思いますけぇ」
しおらしく謝られて逆に気まずそうなジタンと、まるで保護者みたいに頭を下げるオルフェ。
「いや、決して迷惑等とは。むしろ盛り上がっているようだし……」
「よーお嬢ちゃん! 遮楽さんに挑戦とは度胸あるなあ!」
「でもホントに強いから、ムリだと思ったらギブアップしたほうがいいよ!」
「遮楽! 承知してるとは思うけど、こんなちっちゃい女の子相手に無茶すんじゃないよ!」
クローヴィスさんの言う通り、集まった人たちは口々に焚きつけるような言葉を投げかけている。年齢も性別もばらばらだけど、みんなこれから起こることを楽しみにしてるってところだけは一緒……あ、よく見たらあれ宿屋の女将さんだ。
「だぁれがちっちゃい女の子ですか! ……ふんっ、ワタクシを甘く見ていられるのも今の内ですよ。ほら遮楽、オルフェも呼んできたんですからさっさと始めますよ」
ずけずけと言ったシグレは、大股で訓練場に入っていった。
「おういいぜ。いやァこうして挑まれるのはいつ振りかねェ……腕が鳴るってモンだ」
ニヤニヤしながら遮楽も続く。
訓練場の真ん中で、二人は向かい合った。あるいは腰に帯びた短剣を抜いて、あるいは杖を眼前に構えて――それぞれの戦闘態勢が作られていく。
「うーわぁ……ホントの決闘みたい……」
映画とかドラマの中でしか見たことない光景に、思わず胸をときめかせちゃったあたしは呟いた。やれやれと首を振るクローヴィスさん。
「二人ともやる気ならば仕方が無いか……それでは周りを巻き込まないよう、簡易だが結界を張らせて貰うよ」
そう言って、かざした片手を一振り。すると、淡い光が杭の内側を一周して消えた。
「……? あれっ終わり?」
見た目が何も変わらないのを不思議に思って、ちょっと手を伸ばしてみる。すると強く押し返されるような感触がして、あたしの手が触れている部分だけほんのり青く光った。
「おぉっ……すご。見えない壁じゃん」
感心するあたしの横で、クローヴィスさんは手をメガホンにして呼び掛けた。
「遮楽! くれぐれも無茶はしないでくれたまえよ。彼女は大切な客人なのだから……」
「旦那は心配性だな。分かってまさァ。年端も行かねェ娘っ子を傷物にする訳にゃいかねェよ」
「ふぅん、始まる前から随分と余裕そうですねぇ? せいぜいお高く止まっていなさい。その鼻っ柱をへし折ってやりますよ」
「強気だねェ。ま、そんぐらいの威勢が無ェと、あっしも張り合いが出ねェってモンさ」
一対一の戦いにありがちな煽り合いをする二人。
「あーもうどうなっても知らねぇぞオレは……じゃあみくる、お前開始の合図しろ」
「はっえっ、あああたし!?」
ちょいちょいと肘で突っつかれて予想外の言葉をかけられたあたしは、慌てながらジタンと場の二人を交互に見る。
「適当に盛り上げときゃ、あいつらも見物人も満足するだろうしな」
『いいじゃないか、みぃ。ゴングを鳴らしてやれ』
ここまでずーっと静かに見ていたお兄ちゃんまで、そんなことを言う。
「えーそれじゃ……よ、用意はいいかな二人共ぉ!」
言いながら、右手をぴんと伸ばして真っ直ぐ上げる。果たしてこれで合ってるのかよく分かんないけど、できるだけハキハキと大きな声を出した。
「レディー……ファイッ!」
掛け声と同時に、振り下ろす。その瞬間、特別マッチの幕が開けた。
てっきり開始と同時に激しい攻防でも始まると思っていたんだけど……あたしの予想は裏切られて、案外始まりは静かなものだった。
お互い最初から仕掛けることはせずに、円を描くようにじりじりと歩きながら、相手の隙を伺っている。そわそわと見守る観客達。
シグレが構えた短剣の向こうで、鋭く遮楽を睨みつけている。対する遮楽は至って冷静。その手に持った仕込み杖は、まだ刃が出されていなくて普通の杖状態なんだけれども……それでも油断できない威圧感は充分にあった。
遮楽が足を踏み出す度に、チャリ、チャリと音が鳴る。彼が履いている雪駄の、かかと部分に付けられた金属板の音だ。時計の秒針のように規則的なそれが、緊迫感を高めた。どっちが先陣を切るんだろう……あたしまでなんか緊張して、生唾を飲み込んだ。
「――はぁっ!」
動いたのはシグレだ。一歩を大きく踏み込んで、体勢を低くしたまま前に飛び出す。
両腕を右斜め後ろにしならせるように反らせると、連続で振るった。二本の刃が遮楽の胴体を切り裂こうと襲い掛かる。
しかし遮楽は一切動じなかった。その動きを全て見通していたかのように、杖の先をスッと持ち上げると、短剣を持つ手首に沿わせて受け止める。続けて柄尻で、下から斬り上げようとしていたもう一方の短剣も防いだ。
かみ合わされるようにして邪魔された短剣の軌道。ぐぐっと競り合う二人の腕。
すると遮楽が足裏をシグレの胸元に当てて、押すように蹴った。攻撃というよりは相手を剥がすようなその動きで、両者の距離が一旦離れる。
「悪くねェ初太刀だ」
低く、でもどこか楽しむように遮楽が呟いた。顔の前に杖を立てて、空いている方の手をちょいと動かす。
「構わねェぜ。遠慮せず来な」
「安い挑発を……後悔しても知りませんよ」
言いながら、またしてもシグレが走る。さっきは刃を突き刺すような直線的な攻撃だったけれど、今度は刃が縦横に円を描いて裂くような動きをする連続の斬撃だ。
相手に一瞬の隙も与えないくらい忙しなく動く両手足。でも遮楽はどういう反射神経をしているのか、次から次にかわしたり防御したり、ダメージを受けている様子が無かった。
あたしはと言えば、目まぐるしい攻防にすっかり追い付かなくなって、ぽかんと口を開けたまま見るしかない。
すると刃を振るったら対応されて……といういたちごっこへ見切りをつけるように、シグレが突然身を沈めた。
そのまま足払いをかける。ザザザァッと地面を擦るブーツの先が、遮楽の足を絡め取ろうと迫った。
「おっとォ」
直前で反応した遮楽が素早く跳ぶ。その下を刈り取る鎌のように過ぎていくシグレの爪先。
そして着地するなり、遮楽はその空振りの隙を見逃さず攻撃に転じた。横薙ぎに払われる杖。しかしシグレもそれを読んでいたのか、すぐに身を起こすと右の短剣を鋭く振るった。
杖の胴が弾かれて、金属的な甲高い音が響く。まばたき厳禁の攻防に、おおぉとどよめく観客達。
でもそんな盛り上がる反応とは対照的に、シグレの顔は不満そうだ。まだ始まったばかりとはいえ、ここまで全く手ごたえがないことが気に入らない――そう思ってるのがありありと分かる。
攻撃の応酬をやめて、遮楽から離れたシグレ。一度呼吸を整えるように深く息を吐いた。
またお互い隙を探す睨み合いになるのかな……と思いきや止まった時間は意外と短くて、再び赤土を蹴立てて駆け出す。
「……正面が通じないのならば」
トップスピードの勢いを殺さないまま、シグレが体を横向きに回転させるように跳んだ。外周を大きく切り裂く軌道で振るわれる短剣。
それをかわされると受け身を取るように転がって、速度を緩めずに立ち回り続ける。
向かい合って前に前にと斬り込んでいたこれまでとは違って、遮楽の側面や背後を狙った、常に弧をなぞり続けるような足さばき。不規則に動く体はまるでヘビがうねってるみたいだ。
「ほォ、翻弄戦って訳かい。結構じゃねェか。受けて立つぜ」
「ええ、付いてきてみなさい!」
ますます面白がるような反応の遮楽に、息巻くシグレ。
自信にあふれたその言葉通り、右に左にと予測不可能な動きからいきなり繰り出される斬撃や蹴りは、反応するだけでも大変そうだ。目の前からいきなり消えたように見えてもおかしくないんだろうな……。
ただ、遮楽が相手だとそう簡単にはいかないみたいだった。まるでロックオンしてるみたいに、シグレに合わせて体を切り返して、前以外を取られないようにしている。
杖が短剣をいなす。そしてシグレの足が側面に回り込むより早く、雪駄がその少し先の地面を踏みしめた。直後に飛んできた横蹴りは杖の柄で受け流して、すかさず体が泳いだ先を狙って払い打つ。
自分のペースへ持ち込もうと積極的に仕掛けているのはシグレの方なのに、むしろ押されているとすら感じるほど、遮楽の動きは的確で無駄がなかった。
「残念だが、そう簡単には行かんぜお嬢さん。あっしも易々と背中を見せる程甘かねェさ」
絶えず猛攻を凌ぎながら、試すように言う遮楽。
「この……」
「それよか、あっしにかまけて自分の背後が疎かになってねェかい? そろそろ逃げ場もなくなっちまうぜ」
その言葉は正しかった。訓練場の真ん中で戦っていた二人だったけれど、じりじりと移動するうちに、気付けばシグレがロープ際に追い詰められつつあった。もしこうなることまで狙って動いていたのだとしたら恐ろしい。
「やっぱ遮楽さん、とんでもないな」
「ああ。あの短剣の子も十分すごいけど、ほらもう後が無いじゃないか」
「動けなくなって、力勝負になったらさすがにあの子の不利よねぇ……?」
あたしの周囲から、そんなヒソヒソ声も聞こえてきた。
「だ、大丈夫かなシグレ」
つい不安になって、隣にいるジタンの袖を軽く引っ張りつつ言う。
「さぁな。切り抜けるかもしれねぇし、そうでなきゃ負けるだろ。別に殺し合ってる訳じゃねぇんだ、んなオドオドしながら見るようなもんでもねぇよ」
対するジタンは我関せずという感じだった。だらっとした片足重心の姿勢で、完全に傍観を決め込んでいる。
「いやそりゃそうだけどさぁ……」
全然入り込んでない冷めた態度に口を尖らせつつ、訓練場に視線を戻す。
すると、シグレがちらりと一瞬、目だけであたし達のいる方を見た気がした。
遮楽の杖を払いのけるように体の前で回し蹴りを放つと、牽制の短剣を鋭く一振りする。
「……また随分と舐めてくれたものです」
そして発されたのは、土壇場の焦りなんて無縁な低い声。
「ん?」
「このワタクシが」
言いながら、身を低く沈める。
「その程度のことに、気付かなかったとでもっ!?」
そう言葉を放った直後。シグレはむしろ、自分から背後に跳んだ。その先にあるのは訓練場と外を区切る木の杭とロープ。そんなことしたら柵を越えて場外に出ちゃうんじゃ……と思ったところで、あたしはふと戦いが始まる前のことを思い出した。
――そうだ! 見えないからすっかり頭から抜けてたけど……今この訓練場、結界が張ってあるんだった!
「たぁっ!」
シグレの左足が、空中を思いきり蹴った。その部分だけが青く光って、魔法の力に押し返された体は勢いよく弾む。
三角飛びの要領で、見えない壁を利用してさらに高く跳ぶその様子は、アクションゲームによくある二段ジャンプのようだった。通常の倍の高さの跳躍で、舞い上がった体が遮楽の頭上を軽々と越えていく。
「おお……!」
戦いを見ていた村人達の全員が、驚嘆の声と共にその軌道を目で追った。
向かい合った状態から最短距離で、見事背後を取ることに成功したシグレ。
そのまま空中で体を一回転させると、勢いを利用したかかと落としを見舞う。ブォンと空を裂く音が聞こえてきそうな程鋭いそれが、遮楽に降りかかった。
「――!」
ガキン、という重たい音。
シグレの頑丈なコンバットブーツのかかとが、遮楽の脳天に直撃した音……じゃ、ない。
決まったと思った。でも攻撃が炸裂する瞬間、肩に担ぐように背中に回された杖が、その足を防いでいた。無造作でいて、完璧なガード。それも振り向きすらせず。
あたしは思わずうわぁと声が洩れていた。あ、あんな攻撃でも防いじゃうのぉ……!?
「くっ」
反撃を警戒して、即座に後ろへ跳んで距離を取ったシグレ。
でもその読みは外れて、遮楽はただ腕を下げただけだった。そのまま、くるりと体ごと振り返ってシグレと向き直る。戦闘中だというのに、その仕草はいかにも自然で何気ない。
「大した軽業と機転だがなァ。もう少し工夫は必要だぜ」
トンッと杖の先で赤土を突きつつ、まだまだ余裕といった感じで言った。
「…………」
それには答えず、シグレはただでさえキツいツリ目をさらに吊り上げて、遮楽を見据える。もはや達人の域と言っていい遮楽の腕前だけれども、そんなこと知ったこっちゃない、絶対に挫けてたまるかという意地がありありと浮かんでいるような表情だった。
するとその様子を見ながら、遮楽がおもむろに杖へ左手を添える。
「しかしまァ……フッ、なかなかどうして面白いお嬢さんだな」
独り言のように呟くその口元には、興味深げな笑みが浮かんでいた。
そして、軽く一歩を踏み出す。反応して短剣を握り直すシグレ。節くれ立った両手が、ゆっくりと杖の持ち手の付け根部分を捻った。
ほんの小さな音がして、杖の胴に隙間が空く。そこから、まるで物陰に潜んで獲物を伺う肉食獣の目みたいな、鈍く光る銀色が覗いた。
息を呑む。ついに、杖から仕込みの刃が抜き放たれた。無造作に訓練場の隅へ放られた鞘部分が、軽い音を立てて落ちる。よく磨かれて、日差しを反射させる切っ先。
それが軽く振るわれた瞬間、ぴりっと場の空気が変わった。飄々としていた遮楽の雰囲気に、重く堂々とした、用心棒としての風格が混ざる。
「さて、いつまでも様子見じゃつまらねェ。そろそろこちらも行かせて貰うぜ……覚悟は良いかい」
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