【第五話】異世界村探訪
【前回のあらすじ】
ミレクシアにて朝を迎えた一行は、村人達と交流する中で、ここが保護村であることを知る。その運営者はクローヴィスという名の研究者の男で、遮楽とも旧知の仲であった。クローヴィスはみくる達を歓迎し、村で装備を整えていく事を勧める。未知の村の探検に心躍らせたみくるは、もらったお小遣いを握り締め村のマーケットへと向かうのであった。
えー、皆さんこんにちは。有原みくるです。
本日はここ、ゲーム世界の小さな村、ミレクシアからお届けいたします。
まずは見てください、このいい天気にこの町並み! 三角屋根にレンガの家が、いかにも異国って感じでテンション上がりますよねぇ。
それではあたしはこれから、この奥にあるというマーケットに向かってみたいと思います。どんな発見が待っているんでしょうか。
ほら道もアスファルトじゃなくて砂で、道端に花なんか咲いてたりして……こう、なんというか……ね、趣があるみたいな……。
で、真っ直ぐ行くとこの家の壁がね、オレンジのレンガで異国感……
あ、いやこれさっき言ったっけ……えーっと、なんか全体的なね、温かみっていうかね、そんな感じのアレがね……
……いやちょっと無理だなコレ。
情報番組のリポーターになったつもりで脳内ナレーションをしていたあたしは、表現力の貧弱さに打ちのめされてあっさりと断念する。次から次に言葉が出てきてリアクションできるのって、やっぱプロなんだなぁと実感した。うん、普通に歩いて楽しもうっと。
そんなこんなで歩くうちに、マーケットが見えてきた。入口に立つと、広がる風景に思わず口元が緩む。
規模は小さいけれど、出店がずらりと並んでいて、まるでお祭りみたいな特別感があった。素朴な木の立て看板に、手書きされた品物の名前がほのぼのとした雰囲気を醸し出している。
「わぁ、いいなぁ……!」
うきうきとした声が洩れてしまう。まず見えたのは、雑貨を売っているお店。布や革を縫ったポーチに天然石のアクセサリー、手編みのカゴなんかが並んでいて、どれも手作りの温かみが伝わってくる。
やっぱハンドメイドっていいよねぇ。あたしもたまーにビーズでブレスレットとか作ってみたりするけど、ここに並んでる商品のクオリティは当然ながらその比じゃない。どれも細やかで丁寧な仕事が伺える作りで……。
特にこの編みカゴがかわいい。明るい茶色をベースに、ところどころカラフルな色があしらわれている。大きさもちょうどよくて、友達と遊びに行くときに持っていきたいなー……
あっでも、ゲーム世界で手に入れたものって確か、現実世界に持って帰れないんだよ。うわーもったいない……!
そのすぐ隣の店には、青果を売る屋台があった。移動式の台の上には、ここで育てられたらしい野菜や果物がずらりと並んでいる。見たこともない形の果物や、色鮮やかな野菜が光を受けてキラキラしていて、味は想像できないけど、どれもおいしそう。買わないのに触るのは悪いかな……なんて思いつつ、つい手が伸びそうになる。
いやいや、我慢我慢。
その横にはフルーツを乾燥させた保存食らしきものもあった。あ、あれパーティーのみんな用にいいかも。お買い上げ候補に入れとこうかな……。
そんなことを思いながら、マイペースに歩き進める。するとクッキーやマフィンを売っているおばさんが、ニコニコしながらこっちに手を振ってくれた。
「こんにちは!」
こちらも手を振り返す。ここは何もかもが穏やかでアットホームで、ただぼーっとしているだけでも心があったまる、そんな場所だ。村全体がゆっくりのんびりとしたリズムで生きているみたい。
「いらっしゃい! ねぇねぇ君、ポクイモはどう?」
とある屋台の傍を通りかかったとき、明るい声に話しかけられた。
頭にバンダナを巻いた、褐色の肌のお姉さんが、人の好さそうな笑顔であたしをじっと見ている。そのエネルギッシュさに惹かれて、思わず足を止めた。
「ポクイモ? えっと、お芋なの?」
「そう。この村の特産品でね。ほら」
そう言ってお姉さんが見せてくれたそれは、くびれの緩いひょうたんみたいな形をしていた。色はちょっと赤っぽい薄茶色。さらに、お姉さんがそれをナイフで半分に切る。断面はサツマイモのような鮮やかな黄色をしていた。
「食べてみる?」
「えっ、それ生で!?」
「んふふっ。そうみんなびっくりするのよ。でもね、生でも美味しいのがこれのすごいところなの。ほら、まずは一口食べてみて」
「な、何も付けないの? ソースとかも?」
輪切りにしたポクイモを渡される。正直フルーツでもないのに生っていうのはちょっと抵抗あるけど、もらったからには断るのも悪い。恐る恐る口に運んだ。
「……ん」
思い切ってちょっとかじってみると、予想外にするっと歯が入った。
生とは思えない柔らかさだ。食感は……うーん、栗が一番近いかなぁ? ほろっと崩れるような舌触りが面白い。味はクセがなくてあっさりしてて、噛み続けているとほんのり甘味を感じる。自然の甘さって感じで、素朴で……う~んおいしい! これは好きな味かも!
「気に入ってくれたみたいで良かった」
笑顔で頷いたあたしを見て、お姉さんもニコニコしている。
「そこに並んでるのも、ポクイモを使った料理なの?」
ますます興味が湧いて、あたしは目の前に並べられた商品を指差した。木の串の先にこぶし大くらいの肉の塊みたいなのが刺さっている。
置かれているのは保温機能なんて無さそうな普通の木の台の上なんだけど、魔法でも使ってるのかな? その串はまるで焼きたてみたいに、ほかほかと湯気を立てていた。
「よくぞ聞いてくれました! そのポクイモを潰して香辛料と混ぜてよーく練って、獣肉を巻いてじっくり焼いたのがこれよ」
まるで料理番組の進行みたいに、お姉さんが一本の串を手に取って言う。
「焼くと食感がねっとりして風味も香ばしくなって、これがまた肉に合うのよねー! ここの名物料理。ね、お一ついかが? 二十ドレムよ」
「食べたい! ください!」
そんなこと言われて気にならない訳がない。即答したあたしはポケットから巾着を引っ張り出して、コインを取った。まだ慣れない通貨だからちょっと戸惑う。えーっと、確かこの二番目に小さい銅のコインが十ドレムだった気がする……。
「はい、どうぞ。食べた後の串は横の箱に捨てていいからね」
お姉さんがポクイモの肉巻きを渡してくれた。あたしはちょっとドキドキしながら、こんがり焼けた肉にかぶりつく。
カリッという歯ごたえと共に、甘辛いタレの味が口の中に広がった。さらに歯を深く刺し入れると、今度はジェラートみたいになめらかでクリーミーな食感に行き当たる。うわぁ、これが焼いたポクイモ……!
お姉さんが言ってた通り、さっき生で食べたときには無かった香ばしさが鼻に抜ける。香辛料の複雑な味わいも絶妙なアクセントになって、なんだか次から次へと食べたくなるくらい、後を引く!
「うわ~っこれおいしい!」
思わず叫ぶと、お姉さんがひと際嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「みんなの分も買っていこうかなぁ」
「あら嬉しい。じゃあ一本分はおまけしちゃうわね」
「えっホントに!? やったぁ!」
二重にした紙袋に入れられたそれを受け取って、リュックにしまう。またどうぞ~と手を振るお姉さんにお辞儀を返して、マーケット探索を再開した。
普段お買い物するときは大抵お母さんと一緒で、頼んで買ってもらうことが多かったから、こうして自由気ままに歩き回って好きなものを自分で買えるってだけでも、ちょっと大人になった気分になる。
バイトできるお兄ちゃんが羨ましいな。一応毎月お小遣いはもらえるけど、それで文房具とか買ったり、友達とカラオケ行ったりしたらすぐ無くなっちゃうもん。さーて、次はどこのお店見ようかな……
「みくる」
すると、後ろから声がかけられた。振り返ると、オルフェがいる。
「ええもんは見つかったかのぉ?」
「うん! 美味しいやつ買ったから、あとでオルフェにもあげるね!」
「そりゃ楽しみじゃわい」
優しく笑ったあとで、ふと何か探すような素振りを見せる。
「……ん? みくる、リーリアと一緒じゃなかったんか?」
「え、リーリア? ううん。てっきりみんなのとこにいるのかと思ってた」
「そうなんか……見当たらんかったけぇ。どこおるんじゃろうか」
言われて、あたしもそういえば見かけてないなとなんとなく辺りを見回したその時……
「おいあっちだ! すげーぞ!」
男の子の声が聞こえて、三人くらい通りを横切っていくのが見えた。
「……何だろ?」
「なんかあったんかのぉ。行ってみようか?」
オルフェの言葉に頷いて、あたし達はさっき通り過ぎた男の人達を追ってみることにした。
マーケットを抜けてみると……少し離れた場所、とあるお店に、ちょっとした人だかりができていた。
近づいてみると、みんな興奮したような顔つきでお店の中を覗いている。お店の看板には『オズウィン食堂』の文字と、フォークとスプーンのマークが書いてあった。どうやらごはん屋さんみたい?
「何の騒ぎじゃろうか……」
「あっ!? お兄さんにお嬢ちゃん、ちょっとちょっと!」
すると、あたし達に気付いた男の人が一人、手招きした。そして、店の方を指差す。
「あの子あんたらのお仲間さんだったよな!? 見てくれよ、あれ! すげぇんだから!」
「ん?」
言われるまま、開けっ放しになっている木製のドアを覗き込むと……。
「あれ、リーリア!?」
そこには、カウンターにちょこんと座ったリーリアがいた。
座面に分厚いクッションを置いて、高さを調節してもらった椅子の上でスプーンを握り、一心不乱に何かしらを食べている。
お皿に乗ってるのは、オムライスみたいな料理っぽいけど……まず驚いたのは、そのお皿の大きさ。楕円形の白いお皿は、特注なのかってくらい大きい。そういえばあたしのおじいちゃん家に飾ってあった、立派なお皿もあんな大きさだったような。
そしてその上のオムライス的な何かは、もう半分以上平らげられていたけれども、お皿に残ったケチャップや卵の跡からして直径ギリギリぐらいまでデカデカと盛られていたことが伺える。
……てことはあれ、何人かでシェアするのが前提みたいな量だったんじゃないの……?
一人で食べたら気絶しそうなくらいの量を、リーリアは特にがんばってる風でもなく、次から次へとぱくぱく口へ運んでいた。
「どこにもおらんと思うとったら……な、何をしとるんじゃあの子は」
ひきつった顔でオルフェが言った。
「朝あんだけ食べてたのに……もう消化したの? うわしかも一口でっか」
ふと視線を移すと、壁にポップな色使いで『超デカ盛り満腹チャレンジ! 時間内に食べきったら無料!』というポスターが貼ってあるのが目に入った。
あぁ……なるほどそういうことか。というかどこの世界でもやるんだねこういうこと。
もう一度リーリアを見る。完食を焦るどころか、ゆったりとランチでも楽しんでいるかのような横顔。
「うわっ、マジでチャレンジ成功すんじゃないこれ」
「信じらんない……あの量がどこに入ってるの?」
異次元の食欲に、驚きを通り越して若干引いているギャラリーのヒソヒソ声が聞こえた。その口ぶりからして、今までチャレンジに成功した人はいなさそう。そういえばお店の人は? と思ってちょっと中に入り、そぉーっと厨房を覗いてみると……いた。青ざめた顔をした店主さんが、古びた小さな丸椅子に座り込んで頭を抱えているのが見えた。
「……思わねぇだろ……本当にチャレンジ成功する人が出てくるとか……客寄せのつもりだったのに……今日どんだけの赤字……あぁ……」
ぶつぶつとうわ言みたいに呟き続けてるのがものすごくいたたまれなくて、あたしはちょっと申し訳ない気持ちで頭を引っ込めた。
そんなことをしている内に当のリーリアはどんどん食べ進めていって、残すはあとスプーンひとすくい分。
すると、ふと夢中で動かしていた手を止めて、くるりと振り返った。自分に注目しているギャラリーを見回すと、勝ち誇ったように、にんまり笑う。ヒューヒューと囃し立てるギャラリー達。
そしてリーリアはスプーンを掲げると、みんなの方を向いたままゆっくり見せつけるように口へと運んだ。
目を閉じて、じっくり味わう。膨れた柔らかそうな頬。もぐもぐと動く、幸せそうに緩んだ小さな薄ピンクの唇。
今まで散々食べてきたというのに、まるで初めて食べるご馳走みたいな、うっとりとした表情で最後の一口を楽しんでいた。ごくりと、誰かの喉が鳴る。
「……んん~!」
とびきり美味しそうな声を上げたリーリアは、ぱっと目を開けると、弾けるような笑顔で両手を合わせた。
「ごちそーさまでしたっ!」
その言葉を聞いた次の瞬間、ギャラリーのボルテージが最高潮になる。
「うおおー! やったぞこの子!」
「すごーい!」
「コレもう伝説だよこの村の!」
「アンタらのとこの子やべぇなぁ!? いつもこうなのか!?」
興奮した様子で、おじさんがあたしとオルフェの背中をばんばん叩いてきた。
「えぇ、まあ、はい……」
少々決まり悪そうにオルフェが答える。
「じゃあ食費とかすんごいことになるんじゃねぇか?」
「そうじゃのぉ……人並以上には……」
「オイオイそれじゃ頑張ってクエスト依頼こなさねぇとカツカツだろ!? いやー大変だな! でもそれが力の源だもんな!」
お店の中では、満足そうにお腹をさすりつつ、囲まれて得意げなリーリアが笑顔を振りまいていた。まるでスターみたい。
「おじちゃーん! みてみて食べたよー!」
「あぁ見てたよ……チャレンジ成功おめでとさん……約束通りお代はいらないからね……」
厨房から出てきた店主さんが言った。言葉とは裏腹にがっくり肩を落として、力ない愛想笑いを無理やり浮かべている。祝福ムードな中、その人の周りだけ空気が重く淀んで見えた。
「あっ! みくる! オルフェ!」
その時、ようやくあたし達に気付いたリーリアが上機嫌にひらひら飛んできた。そしてあたしの首にひしっと抱き着く。
「ねーねーリーリアやったよ! すごいでしょ!?」
「あはは……さ、さすがリーリアだね……」
リーリアの頭をなでてやりつつ、魂が抜けたみたいに椅子に座っている店主さんをそっと見る。
きっと明日には外されて、それで二度と貼られることはないんだろうな、あのポスター……。
「……あーいたいた。お? なんだお前ら一緒だったのかよ」
すると、後ろから聞き慣れた声が掛けられた。振り返ると、思った通りジタンがいる。
「やっほージタン。いやあ、さっきなんだけどねぇ……」
あたしが苦笑いを浮かべつつ、先程のリーリアの武勇伝を教えようとすると……それより先に周囲を見回して、ただならぬ様子の人だかりに気付いたジタンが眉をひそめた。
「……おい、何だこの状況。まさかこっちでも何かやったのかよ」
「えっ?」
「こっちでもって……何かあったんか、ジタン」
ジタンの言い方に嫌な予感がしたのはあたしだけじゃなかったみたいで、オルフェが怪訝な顔で尋ねる。するとジタンは、どこかバツが悪そうな表情でちょっと視線をずらすと、軽い溜息交じりで言った。
「いやさ……シグレの奴がよぉ」
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