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【第三話】闇夜に紛れた乱入者

【前回のあらすじ】

みくるを加え、クエストに出発したパーティー。お馴染みのエンカウントバトルを挟みつつ、道中辿り着いた森の休憩所で夜を明かすことに。異世界での食事を楽しみながら、みくるは仲間達と会話に花を咲かせた。そうしている内に夜は更け、明日に備えて眠る準備をする一行だったが――その時何者かによって焚火が消され、穏やかな空気は一変した。

 静かだった夜が、急に騒がしくなった。


 唯一の光源だった焚き火が消されてしまって、辺りは暗闇に包まれる。手元すらおぼつかない視界。状況が呑み込めずに唖然とする中、複数人の慌ただしい足音が聞こえてきた。


「えっ、何、どういうことっ……!」


 訳も分からないまま、腰を浮かせる。夜盗だ、とジタンは言っていた。普段の生活では全く聞き慣れないその二文字は頭の中で上手く結びつかなくて、警告されたところでどうすればいいのか見当もつかない。


 するとその直後、アタフタするあたしのオフショルダーの背中を、ジタンが掴んだ。そして何か反応するより先に、背後にあった茂みの向こうへと荒っぽくぶん投げられる。


「うぎゃっ!?」

 背中から草地に落下した。全身に加わる衝撃と混乱で目が回りそう。いや、でも、痛がってる場合じゃない! せめて何がどうなってるのかだけでも把握しないと……!

 

「おおおぉ!」

 

 ジタンでもなくオルフェでもない、野太い男の声が響いた。直後、ギィンと金属製の武器同士がぶつかる音。戦闘の、音。


 あたしは茂みの隙間からそっと様子を伺う。いまだにほとんどはっきりしない視界の中で、激しく動き回る人影がちらちらと見える。


「わあぁーっ!?」

 慌てふためいた叫び声は、リーリアだ。


「ファイア!」

 闇雲に放たれた小さな炎が、真っ暗な森を一筋走った。周りの草木に引火しそうにも見えるそれは、途中で魔力切れを起こして消える。

 わずかに明るくなったその一瞬、あたしは茶色っぽい毛に包まれた腕と、犬のような顔を見た。


「リーリア! 落ち着きなさい! ワタクシたちを巻き込む気……うぐっ!」

「くっ、こいつら、よく見りゃ獣人じゃ……」

 シグレとオルフェのうめき声。

「クソッ、夜目が効きやがるか……!」

 苛立ったようなジタンの声。


 敵の数は……そう多くはないみたいだけど、こんな不意打ちで、しかも防具をあらかた外してしまっているときに来られたら不利だ。


 ど、どうしよう。せめて辺りを照らさないと。リーリアのライトの魔法で……いや、そんなことしたらこっちの火力が一気に削れるし、何よりリーリアが狙われる。

 そ、それじゃあアイテムなら……! 確かダンジョン探索用にいくつか持ってたはず。ああっでもリュックサックは向こうだ!


『みぃ』


 慌てていたところにお兄ちゃんが声をかけてきた。

「ちょ、お兄ちゃんなんかすごいヤバいんだけど!?」

『みぃ、じっとしてるんだ。大丈夫、大丈夫だから』

 宥めるようにして言われる。

「だ、大丈夫って言われてもこんな」

 

 言葉を続けようとしたその時。すぐ背後で、草を踏む音。


 ハッとして振り返ろうとした瞬間、大きな手で口を塞がれた。そのまま抱きすくめられるようにして体を持ち上げられる。

 

『なっ……!』

「んっむぅ!んぐぅっ!」


 じたばた暴れても、びくともしない。肌で感じる、少しちくちくした獣毛。


「おい、ここにもいたぞ」

「なんだこの女は。どう見ても冒険者じゃねぇぞ……どっかの村娘か?」

 どうやら二人いるようで、くぐもった会話が聞こえる。


「しめた、このパーティー予想以上に強くて手こずってるからな、コイツ人質にして大人しくさせようぜ」

「……!!」


 それはだめ! それだけはやだ!!


 どうにかして逃れようと、あたしは足をめちゃくちゃに振る。

「いてて、蹴るなこのっ!」

「大人しくしろってんだ!」


 もう一人の獣人の男が、腰のナイフを抜いてあたしの喉元に突き付けた。わずかな星明りを受けて光る白刃。

「んぅっ……!? う……」

 こめかみを冷や汗が伝う。そんなことをされたら、あたしはもう従うしかない。


「よーし、静かになったな。このまま向こうまで連れて行くぞ」

「ん、ん……!」


 助けてと叫びたいけど、口を塞がれたまんまで何も喋れない。思わず目尻に涙がにじんだ。

「よっしゃ、ナイフはずっと持ってろよ」

「はいよ。お前も諦めるんだな。無事に金や荷物が奪えたら命だけは助けてやるよ」


 獣人達が歩き出す。

 や、やめて……!


「おうお前さんら。その子で何をするつもりだい」


(……え!?)

 背後で声がした。さっきの二人とは違う、低くて重々しい声。

 

「あぁ!? まだ仲間が――」

 その瞬間、どふっ、という鈍い音。あたしのすぐ横でナイフを構えていた獣人の言葉が、不自然に途切れる。


 ぽとりとその手からナイフが落ちて、まるでスローモーションのように、その獣人は膝から崩れ落ちた。


「な、な……!」

 その光景に、あたしをずっと拘束していたもう一人の獣人の腕が緩んだ。急いでそれを振りほどいたあたしは、ほとんど腰を抜かしたまま、這うようにして離れる。

 その状態で振り向くと、ようやく暗闇に慣れつつある目が先程の声の主を捉えた。

 

 ……おじいちゃん?

 ――あたしの第一印象はそんな感じだった。背筋はしゃんと伸びているけど、サイドを短く刈った短髪は白くて、和服姿で、何より杖を持っていたから。


 ただ、異様だったのはその和服の裾が乱暴に破ったみたいにぼろぼろで、しかも右肩から右胸にかけて大胆にはだけて着崩していること。あたしがよく知るものとはだいぶ違っていた。


 そして、その服装以上に目を引いたのが、顔にぐるりとまるで目隠しをするかのように巻かれた布。見え……るわけない、よね? あんなのしてて……。


 それから気になったのが、彼の肌。あたしのような色ではなくて、緑がかった褐色をしていた。最初は周りの葉っぱと光の加減かと思ったけど、リーリアみたいに尖った大きな耳を見て、それが錯覚じゃないと分かった。

 ファンタジーではある意味ポピュラーな存在、人間と異種族のサラブレッド……亜人だ。

 

「な、なんっだ!? お前……!」


 突然現れた謎の男に驚いて、しどろもどろになりながら獣人が言った。


「なんだって言われてもねェ。ただの通りすがりとしか言えやせんわなァ」

「ならお前には関係ねぇだろ! すっこんでろ!」

「おいおい、そりゃねェだろう。こんな状況で素通り出来るモンかい」


 凄む獣人を前に、男の人は飄々とした態度を崩さない。


「それよりお前さん、こんな所で油売ってねェで、向こうの加勢に行ったらどうだい? ちィっと見たが、もうお仲間は数える程しか立っちゃいねェ……あァ、だからこんな矜持の無ェ手に打って出たって訳か」

「う、うるせぇ、失せろっつってんだろ……痛い目見なきゃ分かんねぇかよ、オッサン!」


 ついに痺れを切らしたように、獣人が腰からサーベルのような剣を引き抜いた。


「カカッ、やる気かい。良いねェ。威勢だけは気に入った」


 凶器を見せられても欠片も怯むことなく、男の人が杖を横向きに構えた。カチャッと何かしらの金具が外れる音。


 そしてそのまま引っ張ると、持ち手の後ろの部分がするりと抜けて、銀色の片刃が顕になった。し、仕込み杖だったんだ……!

 

「ぅらあっ!」

 獣人がサーベルを思い切り振り下ろす。

 しかし男の人は、少しだけ――ほんの一歩分ほど、体をずらしてそれを避けた。

 怒り狂ったように二回三回と立て続けに振り回されるサーベルも、彼は全て紙一重でかわしてしまった。戦闘ド素人なあたしでも一目見て分かる、無駄のない体さばき。


 獣人が今度は体を沈めて、低い姿勢から横薙ぎに打ち付ける。それを縦に構えた杖の腹で受け止めると、サーベルの鍔に噛ませるように一回転させた。そんなに力を入れているようには見えなかったのに、たったそれだけの動作で獣人のバランスはあっさり崩されて、体が泳ぐ。


「のやろ……っ」

 苛ついた声を上げながら、今度は突き攻撃に転じる獣人。すると彼は杖を持つ手を滑らせて、刃が付いている方とは反対の端を跳ね上げた。バチンとサーベルの刃が弾かれて、守りがなくなったのを見逃さず胸を突く。よろけて後退する獣人。


 自由自在に手の中を動き回る杖は、まるで生きているみたいだった。


「ほれ、ほれどうした」

 まるで子供とじゃれて遊んでいるかのように、余裕たっぷりに笑う男の人。


「ちゃんと見て斬ってんのかい? さっきから掠りもしねェじゃねェか」

「う、ぐ……!」


 肩で息をしながら、獣人がたじろぐ。実力の差は歴然だった。サーベルをすがるように握りしめたまま、動けなくなる獣人。すると、男の人は手のひらを上に向けて挑発した。


「へェ、もう終わりかい? あんな啖呵切っといて手応えの無ェ奴だ。文字通り尻尾巻いて消えるか? ……負け犬」

 

 そして、呆気ないほどに……あっさりと、その獣人は挑発に乗ってしまった。

 

「こんのッ……舐めんなぁぁあ!!」

 咆哮を上げながら、破れかぶれに獣人が、体勢を低くして突っ込んでくる。


「よ、っと」

「!?」


 落ち着き払った男の人は、獣人のすねを爪先で押すように蹴った。毛むくじゃらの大きな体がぐらりとかしぐ。その隙に素早く背後に回って――


「なかなか根性あるじゃねェか。ま、今回は相手が悪かったって事だ……」


 片刃を振り上げ。


「出直してきな」

 無防備な背中めがけて、垂直に一閃。

 

「がほォッ……!」

 

 あたしの目の前で、獣人の目玉がぐりんっと裏返る。半開きになった口から長い舌をだらりと垂らして、糸の切れた操り人形みたいに倒れた。


「うわわっ……」

 思わず身を引く。


「ハッハ。安心しな、死んじゃいねェよ。峰打ちって奴でさァ」

 男の人が軽い調子で笑いながらあたしに近づいてきて、片手を差し出した。


「立てるかい? 全くこんな娘っ子を盾にしようなんざ、腐った野郎共だ……」

「あ、ありがとぉございます……」

「なァに、礼には及ばんさ。あっしが勝手に首突っ込んだだけでさァ」


 あたしはその、ごつごつ節くれ立った手を取ろうと右手を伸ばす。

 

「みくるっ!!」

 すると、近くで声がした。この声……シグレだ!

 

「どこにいますか!? こちらは片付きました! もう平気ですからさっさと出てきなさい!」

 よかった、その様子だとみんな無事っぽい! あたしは声の方向に向かって叫ぶ。


「シグレー! こっちー!」


 その直後、がさがさと茂みが揺れて、シグレが姿を表した。

「あぁ、こんなとこに……」

 言いかけたシグレの目が、次の瞬間キッと険しくなった。

「アナタ何してんですか!?」

 

 ……え?

 

 あたしがきょとんとする間に、シグレは腰の左右に帯びた短剣を引き抜くと、油断無く構えた。

「まだいたとは……! みくるから離れなさい!」

「え、あっ」


 やっと分かった。シグレはこの人も敵だと思ってるんだ。確かにこんな状況だし、何よりむき出しの仕込み杖を持ったままで……ぱっと見、あたしが襲われてると勘違いしても仕方ない。


「や、あのね、シグレこの人ね」

「ほォ……こりゃまた活きが良いねェ。いいぜ、来な」

「へあぁ!?」

 横から聞こえた予想外すぎる言葉に、あたしは思わず間抜けな声を出した。


「――ッ!」

 そして取り繕う間もなく、シグレが鋭く地を蹴る。木が密集した、枝の絡まり合う森の中。そこを逆に利用して、足場に次から次へと飛び移り、見る者の視界をくらませる。

 

「フッ!」

 急に、シグレが男の人の背後に躍り出た。振り上げた両の短剣を、Vの字を書くように同時に振り下ろす!

 ガキィンッ!!

 対して男の人は、振り向きざま逆手に持った仕込み杖、その峰の部分で完璧にシグレの太刀筋を受け止めていた。


「ふぅん、これを受けるとは……あんなザコ共とは違うようですね、アナタ」

「お嬢さんこそなかなかの身のこなしじゃねェか……若けェのに大したモンだ」

 刀身を噛み合わせたまま、ニヤリと口の端で笑う二人。

 

 ……いやカッコイイけど! マジでなんで戦ってんのこの人達!?

 

 シグレが素早く体を反転させると、完璧なフォームで鋭い後ろ回し蹴りを放つ。後ろに跳んで避ける男の人。まるで鎌みたいに、足が空を裂く。そして足を下ろすが早いかシグレは飛び出し、標的を追い詰めるように前へ前へと進みながら短剣を振るう。流れるような二本の軌道。それは舞踊のようにも見えた。


 ──でも、男の人もすごかった。隙なんて無いようなシグレの猛攻をかいくぐり、完璧と言っていいくらいにその全てをかわしきっていた。

 

「ほぁ……」

 あたしは口を挟むこともできずに、ただただぽかんと二人の戦況を見ていた。


 シグレが迫り、男の人がかわす。

 しばらくその流れの繰り返しかと思っていたら、唐突に状況が動いた。

 

 ガスッ

「おっ……!」


 左足を下げた男の人の体が、不意に揺らぐ。その足元には、地面をがっちり噛むように生えた、たくましい木の根。あっ、と思わずあたしの口から声がこぼれた。


「……!」

 シグレがその隙を見逃すはずもなく。短剣を後方に振りかぶると、一直線に飛びかかった。

 ――やられちゃう!


 すると……彼は慌てるどころか。むしろ、自分から後ろに倒れ込んだ。弾丸のようなシグレの攻撃に合わせて、短剣を振り抜くその腕に、沿わせるように杖の柄を当てて。

 そのままぐいと押し込むと、ふわりとシグレの体が男の人を越えていった。とても投げたようには見えない……シグレの動きを補助したんだと言われても信じそうなくらいに、自然で余裕のある動きだった。


「チィッ!」

 着地したシグレが、いまいましそうに舌打ちする。決まったと思われた攻撃を見事に流された悔しさを、隠そうともせず顔に出す。男の人も仰向けの体を素早く回転させると、すぐに立ち上がった。


「いやァ、危ねェ危ねェ。文字通り足を掬われちまう所だった」

「この……!」

 動きを止めて、睨み合う二人。

 

 すると、あたしの斜め後ろから小枝の折れる音と、葉の擦れる音がした。だんだん近づいてきてくるのと一緒に、声も聞こえてくる。


「ったくあいつ、どこまでみくる探しに行ったんだよ……」

「確かこの辺に行きよったと思うんじゃが……」

「あっ、あそこ!」


 がさっと目の前の枝をかき分けて、顔を出したのはオルフェ。続いてジタンとリーリアの姿も見えた。


「……あ、おった。ん? ……誰じゃその男は」

 シグレの様子を見てただならぬものを感じたのか、オルフェが声のトーンを下げた。


「残党です」

 シグレが視線を外さずに言う。

「片付けますからそこにいてください」

「……言うねェ」

 その言葉を合図にしたかのように、二人の殺気が膨れ上がる。そして両者一歩踏み出したところで――


「ストップストップストォーップ!!!」


 行くならここしかない! と思ったあたしは、二人の間に両腕を広げて飛び込んだ。


「うわっ!?ちょっとみくる何考えてんですか危ないでしょう!?」

 予想外の乱入に驚いたシグレが、若干のけぞりながら早口で吠えた。うわぁ目がめちゃくちゃ怒ってるぅ……怖ぁ……!


「待ってシグレ、お願い聞いて」

 どうどうと宥めるように両手を体の前に突き出しながら、こちらも負けじとまくしたてる。


「あのね、誤解! この人敵じゃない! それどころかあたしを助けてくれたの、良い人なの!!」

 

「…………はぁ?」


 きつねにつままれまくった顔で、あたしの顔を見返すシグレ。ここに到着したばかりのオルフェやジタン、リーリアも、状況が把握できずにぽかんとしたまま固まっている。

 

「……カカカッ」


 微妙な沈黙に包まれる中、それを男の人の笑い声が破った。


「いやァ、なかなか楽しませてもらいやしたぜ、お嬢さん」

 放り捨てていた鞘を拾って、刃を収めた仕込み杖を帯の間に挟むと、再び口を開く。


「良い人かどうかは知らねェが、こっちのお嬢さんの言う通り、あっしは別にアンタらと敵対する気は無ェんでさァ。ただ血気盛んな奴を見ると、こっちもつい熱くなっちまっていけねェ……」

 そしてあたしたちをぐるっと見回すと、歯を見せて笑った。

「ま、そういう事だ」


「……いや待てどういうことだ!?」


 再び静けさが訪れた森に、ジタンのその声はよく響いた。



 

「まぁ、みくるの恩人なのは分かったし礼も言うが……」


 その後、あたしの口から事情を聞いたジタンが複雑な表情で言う。

「こんなときにややこしいことするのはやめてくれ。シグレ、本気で倒そうとしてたんだぞ」

「ハッハッハッ。悪かったなァ。まァそれもまた一興じゃねェか」

「何が一興ですか。少しも面白くありませんよ」

 ヘラヘラ笑う男の人を切り捨てるようにシグレが言った。良いように弄ばれたのが気に入らないのかちょっと不機嫌気味で、腕組みして木にもたれている。


「ま、こんな狭っ苦しいところで立ち話もなんだ。広い場所に出やしょう……と言っても、倒した夜盗共がゴロゴロ寝てる所なんざ休まったモンじゃねェ。ちったァ歩くが、この先に村がある。そこならゆっくり出来まさァ」

 気を取り直すように男の人が背を向けた。


「旅は道連れって奴だ。案内しやすぜ」

「あ、ど、どうも。えーっと、名前……」

 あたしがそう言うと、男の人は「おぉ」と声を上げて立ち止まり、振り返った。


「そういや自己紹介もしてやせんでしたなァ。失敬失敬。あっしの名は遮楽(しゃらく)。見ての通りの(デミ)ゴブリンで……しがない用心棒って所でさァ」


 それから、あたし達は休憩所を後にした。ジタンが小型のランタンを持って、足元を照らしている。

 でもそのさらに前を行く、遮楽と名乗った男の人は、何の明かりも無しにひょいひょいと進んでいく。あたしなんてさっきから何度も小枝に顔ぶつけてるのに……。


「あのぉ……遮楽さん」

「別に呼び捨てて構いやせんぜ、お嬢さん。それから上品な敬語も要りやせんや。変に畏まられるとこっちもむず痒くてねェ」

 遠慮がちに呼びかけると、背を向けたままそんな返事が返ってきた。


「あ、えと、じゃあ……遮楽。この辺詳しいの?」

「まァな。もう住んで随分長ェ。これから行く村は、あっしの家でもありまさァ。それなりに顔も効くんでね、休むにゃ不都合は無ェと思いやすぜ」


「わざわざすんませんのぉ。それにしても、なしてこがぁな時間に、こがぁな場所へ?」

「あっしも丁度帰る所だったんでさァ。用事が遅くなっちまって、この森を抜けるのが一番近道だからな。そしたら、妙にコソコソした連中がいやがるじゃねェか。もしやと思って後を付けてみりゃ、案の定くつろいでる旅の一行様が見えたって訳だ」


「ん……? おい、ということはオレらが襲われるのを分かって見てたってことか?」


 ランタンを持つ腕を下げて、ちょっと声を低くしたジタンが言った。

「カカッ、そういう事になるかねェ。いや、いずれにせよ首突っ込むつもりではいたんだぜ? ただお兄さん方が思ってた以上にやるモンで……あの状況でどこまで戦えるか、興味が湧いたんでさァ」

 豪快に笑い飛ばす遮楽に、納得いかなそうな様子で首を振るジタン。


「んな人を試すようなこと……」

「まあまあ、おかげで案内してもらえることになったんじゃし、結果的に悪うない巡り合わせじゃったじゃろう」

 オルフェが苦笑しつつも宥めた。




 さてそこからしばらく歩くと、暗闇の中にぼんやり村の輪郭が見えてきた。石造りの門があって、そこに文字が彫られている。『Mirexia』……ミレクシア、がここの名前かな?


「さァて、着きやしたぜ」


 門をくぐる。その村は、今まで見てきたものよりだいぶこぢんまりしてて、集落という感じにも近かった。家は木材とレンガを組み合わせて作られたもので、何となく温かくて素朴な感じがする。


「宿屋はこっちでさァ」

 慣れた調子で、遮楽がひと際大きな家の戸を開ける。そして入ってすぐ横の木製カウンターを覗き込んだ。

「おおい。女将いるかい」

 

 すると、カチャッと音がして奥の扉が開いた。そこから出てきたのは、体の大きな女の人。頭にはヤギのようなうねった薄茶色の角が生えていた。


「やあ遮楽じゃないか。ん? お客さんかい」

 女の人は、カウンターのランプに火を灯しながら大らかな調子で言った。


「おう、すまないねェこんな時間だが」

「構わないよ。今は丁度誰もいなくて暇してたところさ……いらっしゃい旅人さん達。えーっと、五人だね。男女で部屋は分けるかい?」

「そうしてくれ」

 パーティーリーダーのジタンが代表して言った。


「はいよ。宿泊者名簿に名前を書いとくれ。それからアンタ、冒険者ライセンスはあるかい?」

「あァ」

「見せとくれよ。……はい、じゃあ宿泊代割り引いとくよ。朝食はどうする?」

「頼む。時間は……」

 

 宿泊手続きをしている間、あたしは手持ち無沙汰に周囲を見回していた。

 あたし達以外に宿泊客のいないらしい宿屋は静かで、ほんのり木の香りが鼻をくすぐる。素朴な木製テーブルや椅子は使い込まれた味のある質感で、温かい色の光に照らされてホッとするような雰囲気を作り出していた。


 その内の一つに座って、リラックスした様子で足を組んでいる遮楽。あたしが見ているのに気付くと、二ッと口の端を上げて口を開いた。


「そう緊張しなさんな、お嬢さん。何も心配するこたァねェ。ちィと怖い目には遭ったかもしれねェが、ここまで来りゃひとまず安心だぜ」

「う、うん……そうだよね。ありがとう」

「ま、村の連中も気の良い奴らばかりだ、すぐ馴染めるだろうよ。この宿屋だってそうさ……他と比べりゃ狭くて素気ねェだろうが、メシの美味さだけは折り紙付きだぜ」


「コラッ遮楽! あんまり失礼なこと言うなら食事を分けてやんないよ」

 耳ざとく聞いていた女将さんが、遮楽を叱りつける。既に手続きは終わっていたらしくて、ジタンに部屋の鍵を渡しているところだった。


「カカカッ。そりゃいけねェや。サッサと退散するかねェ。じゃ、お兄さん方もゆっくり休みねェ」


 陽気に笑いながら出ていく遮楽。それを見送ってやれやれという風に息をつくと、女将さんはカウンターから出てきて言った。

「夜遅くまでご苦労さん。部屋はこっちだよ。食事はそこの広間で揃って食べてもいいし、言ってくれれば部屋まで運ぶからね」

 ランプを持って、案内してくれる。いろいろあってクタクタなあたしたちは、ようやく腰を落ち着けたのだった。




「ふはぁ~っ……」

 リュックサックを置いて、きれいに整えられたベッドにダイブする。うーやば、このまま寝落ちそうなくらい気持ちいい……。


「まさかモンスター以外の敵に襲われるとは。全く油断も隙もあったもんじゃありませんね」

 どっかりとベッドの縁に腰かけて、肩を揉みながらシグレが言った。


「リーリアこわかったよぅ……」

「あれ何だったの? やっぱりお金目的?」

「賊がそれ以外に何を欲しがるんですか。ま、目を付けた奴らも不運でしたねぇ。並みの冒険者ならまだしも、このワタクシから力づくで奪おうなど、この上ない悪手中の悪手ですよ」


 そう言ってから、あたしに鋭い視線が向けられる。


「それはいいとしてアナタ、あの程度の奴らにあっさり人質に取られるなんて情けないにも程がありませんか。どうせボーっとしてて背後を取られたことにも気づかなかったんでしょう」

「うっ……」


 ぐうの音も出ないあたしは、ごまかすように視線を逸らすことしかできない。


「シグレ~ダメだよぉ。みくるだってがんばったんだもん、ねぇ」

 リーリアのフォローも逆に痛い。


「えっと……あ、あたしちょっとトイレ行きたいなぁ~!」

「あ、分かりやすく誤魔化しましたね」


 シグレのジト目を背中に受けつつ、部屋を出る。

 後ろ手で閉めて、ふぅっと一息。クエスト開始直後だっていうのに、色々予想外なこと起こりすぎだよ……。


『良かった、一時はどうなるかと思ったけど、シナリオ通りに進んだな』


 そのタイミングで、お兄ちゃんが話しかけてきた。


「シナリオ……そっか、一応お兄ちゃん的にもここに立ち寄るのが正規のルートだったんだね」

 廊下を歩きつつ、イヤーカフに手を添えた。


「じゃ、結果オーライってことかぁ。ホント、バグのせいで変なことばっか起こるよね~。安地で襲われるなんて普通思わないじゃん。偶然遮楽が来てくれなかったらどうなってたことか」


『ん? いや、そこは別に……?』

「えっ?」

『え? ……あ、もしかして予定外のイベントだと思ってたか?』

 お兄ちゃんの反応で、何やら認識が食い違っているらしいことに気付く。

 

 ……そういえば、最初からずっとやたら落ち着いてたなぁと思ってたけど、まさか。


 あたしはちょっと声のトーンを下げて言った。


「待ってよ。もしかして……あれも含めてお兄ちゃんが実装したイベントだったの?」

『そ、そうだぞ? 遮楽に出会って、この村に辿り着くためのイベントだ。ただ、みぃが人質にされかけるのだけは想定外だったから焦ったな……。まぁ、最終的に予定通り遮楽が来て、事が進んでくれたからよかった』


「よかった、じゃなくてさぁ〜……!」

 イヤーカフへ添える指先にちょっとだけ力がこもる。


「てことはいきなり襲われることも、遮楽が助けてくれることも、お兄ちゃん知ってたってことだよね!? だったらそう教えてよ! あたしちょっと、本気で怖かったんだけど!?」

『だから言ったじゃないか、大丈夫だって』


 こともなげにお兄ちゃん。


「それじゃ分かんないよ! ちゃんと前もってどうなるか言ってくれなきゃ」

『え、いや……ネタバレしたら面白くなくなるかなって……新キャラ登場で、初見の反応が大事なイベントでもあるし……』

「そういうとこで創作者魂見せなくていいからっ!」


 あたしの声が静かな廊下に反響しながら吸い込まれる。若干気まずそうなお兄ちゃんの声。溜息をつきつつ窓の外を見ると、そんな出来事なんてまるで他人事かのように、能天気な星空が瞬いていた。


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