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【第三十九話】忍び寄る影

【前回のあらすじ】

潜入は失敗。みくる達三人は遮楽から厳しい尋問を受ける。緊迫する状況の中、自ら前に出たオルフェが綱渡りの駆け引きを繰り広げた。その結果、無関係を確信し全てを打ち明けるも、その疑念に激昂する遮楽。しかしオルフェの覚悟を前に刃を収め、パーティーへの同行を承諾した。その後宿屋へ戻った彼らは、改めて遮楽から話を聞くのだった。

 夜もだいぶ更けて、そろそろ日付も変わるんじゃないかという時刻。あたし達以外に宿泊客のいない宿屋は、水を打ったように静まり返っていた。廊下からは、床板がきしむ音一つ聞こえてこない。

 

 そんな無音の中心で――ひときわの重さをまとって、遮楽は座っていた。


 と言っても別に、居住まいを正してる訳じゃない。むしろどっかりとあぐらをかいて腕まで組んで、その様子はこの上なく無防備だ。それなのに、みんなの視線が集中する中、堂々と構えているせいか……どこか場を支配するようなオーラがあった。

 

 対するあたし達といえば、どこか緊張した落ち着かない面持ち。雰囲気は取り調べみたいな感じだけど、これじゃどっちが事情聴取される側なんだか。


「ほいじゃぁ早速、聞きますがのぉ」

 何から質問すればいいのかな、とあたしがまごついている間に、オルフェが口を開いた。

「どうもクローヴィスさんの狙いは最初から、大精霊セレフィエルの力にある――わしらはそう見とるんです。それについちゃぁ、何か聞いとりゃぁせんですか?」

 

 反応を伺うようにじっと視線を定める。対する遮楽の反応はいつも通り飄々とした、気楽なものだった。

「セレフィエル……あァ、セレフィア湖の大精霊って奴かい? 悪ィが、何も知らねェな」

 迷う素振りすら見せない即答。

 

「復活しそうだ何だという話は聞いてるが、それまでだ」

「わしらがセレフィア湖に行く前に、クローヴィスさんがそん名前を出した事は?」

 重ねた問い掛けにも、少し首を傾げただけだった。

 

「……無かったと思うがな。そもそも、そんな大層な場所だなんざ、あっしは知りもしなかったぜ? 一息入れるに丁度良い湖って程度にしか思っちゃいなかったんでさァ」

「ほうですか……」

 そう断言されてしまっては、これ以上追及のしようも無い。

 

「……それなら、ここ最近でクローヴィスの様子に変わったところはありませんでした?」

 すると、続けざまにシグレが言った。ぐいと上半身を前のめりに倒して、遠慮の欠片も見せない。

「アナタなら、人より多く彼のことを見ているでしょう」

「変わった所……ねェ」

 

 手持ち無沙汰に手の甲で太腿を叩きつつ、遮楽は答える。

 

「別段いつも通りではあったぜ。研究に村の世話に、仕事一筋の忙しねェ毎日だ」

「気になる部分は何も無かったと?」

「あァ、そうだな……」

 念を押すような追及にも、相変わらず表情を変えずに頷いて――

 

(……ん?)

 いや、違う。表情こそ変わらなかったけど、今さっき頷く瞬間、動作に不自然な切れ目があった。

 明らかに何か思い当たったけど、口に出す直前で迷ってやめた……そんな感じの間だった。

 

「ん? いかがなされたんじゃ?」

 その微妙な引っかかりを、当然オルフェが見逃すはずもなくて、拾い上げる。穏やかだけど逃がさない声音。

「今は、どがぁにこまい情報でも欲しいんじゃ。気になる事がありゃぁ、どうか話してつかぁさい」


 そこで初めて、遮楽が若干困ったような反応を見せた。上を向いて、首の後ろ辺りをぽりぽり掻く。

 

「まァ何だ、強いて言やァって話なんだが」

 言葉を探して数秒。ようやく逸らしていた顔の向きを戻した。

 

「アンタ方が来てから、森の件は順調なんだろ? 解決すりゃァ村の連中も喜ぶだろうし、旦那にとっても肩の荷が一つ降りる。良い事尽くめの筈だ。だがよ――」

 声が、一段低くなった。背中も少し丸まる。

「どうも旦那は、安心してるようにゃ見えねェんだ。それどころか、一層思い詰めてる風にも見えてよ……」

 

 あっしの考え過ぎなら良いんだが、と遮楽は息を吐いた。

「ここ最近は色々と、気の塞がるような事が続いてたからよ。これでちったァ気も晴れるかと思っていたんだが……そう簡単にはいかねェらしい。ままならんぜ」

 言いながら肩をすくめる。軽そうに見せてはいるけど、気にかけているのが伝わってきた。


「気の塞がるようなこと……?」

 呟いてから、あ、と声が洩れる。

 頭の中で点と点が結びついて、気になっていたことの一つに、尋ねるきっかけが生まれた。

 

「ね、ねぇ、それってさ……しばらく出張してたのと関係ある?」


 それを聞いて、少し驚いたように口を開けた遮楽があたしを向いた。

 

「お嬢さん……どこでそれを」

「うんと、エトルさんとティルに話を聞いたことがあって……。それからさっき、クローヴィスさん家に入った時に日記を見つけたんだけど、それ読んで……」

 

 口を滑らせた直後に、しまったと思った。

 

「あっあの、勝手に見てごめんなさいっ!」

 慌てて勢いよく頭を下げる。恐る恐る顔を上げれば、遮楽は何か言いたげだったけれど……過ぎたことは仕方がないとばかりに溜息をついて、片手を振ると口を開いた。


「で、どこまで知ってんでさァ」

 あたしはみんなで夕食を食べた時のことを思い返す。

「なんか国の王様に呼ばれて行って……何だっけ、何かのアドバイザー的なやつで行ったんだよね」

 

 うろ覚えだったので助け船を求めてみんなを見回すと、ジタンが考える素振りを見せて言った。

「種族の共存の助言を、とか言ってなかったか? 別々の国が一つになるってんで、ミレクシアを手本にしたいつってな」

「ゆってたー! 王子サマとおひめサマがケッコンするの!」

 明るくリーリアも合わせる。


「……あぁ、してましたねそんな話」

 それを聞いて、思い出したように遅れて頷きながらシグレ。その後に、はたと動きを止める。

 

「そういえば……トラブルがあったとも言ってませんでした? 予定よりかなり早く帰る羽目になったと」

「そ、そう! そうなの! 日記にも深刻そうなことが書かれてて、クローヴィスさんもすっごい悩んでたみたいで……。ただ、何があったのかっていうのが全然分かんないんだ」


 一通り言い終わった後で、オルフェが座り直すと、そっと身を乗り出した。

 

「遮楽さん……差し支えなけりゃぁ当時の事、伺ってもええじゃろうか?」

 さっきみたいな迫る感じは無くて、静かに寄り添うような声色だ。


 遮楽は、すぐには答えなかった。

 再度腕を組んだまま、少しだけ顎を引く。何かを飲み込むみたいな沈黙。

 

 だけどその後で、観念したように軽く鼻を鳴らした。

「あんまりベラベラと喋る話でもねェが……ま、ここで下手に隠して、またあちこち嗅ぎ回られても敵わんな。いいぜ、話してやらァ」


 


 話し始めた遮楽の口調は、淡々としていた。

「まず、大枠はアンタ方も知っての通りでさァ」

 必要以上に感情を込めずに、ただ起こったことをそのまま口に出しているという感じ。


「旦那は招聘を受けて、しばらくここを離れてた。ミレクシアの長として、ちィと話が聞きてェとな。旦那を呼んだのはリオルセアって国の王だ。あっしもそれに同行していた」

 

 静かな部屋の中で、その低くて太い声はくっきりと耳に届く。

 

「そんで、その隣にあんのがトゥーガラって国でな。リオルセアが人間の国なら、トゥーガラは狼獣人の国だ。どっちも辺境の小せェ国ながら、それなりに豊かで賑わった場所だったぜ。種族は違ェが、国同士の関係は良好だった」


 話を聞きながら、あたしはちょっとした引っ掛かりを覚えた。リオルセアに……トゥーガラ? なんか、どこかで見た名前のような……。


 小首を傾げるあたしに構わず、話は進む。


「二つの国の間で縁談が持ち上がってたってのも聞いてるな? リオルセア王家の長男と、トゥーガラ王家の一人娘が結婚すんだと。まァ早ェ話、王家が一つになるんで、国同士も仲良く一緒にやってこうってな話だ。政略結婚だが、双方乗り気ではあったらしくてな」

 誰も余計な口は挟まず、遮楽が喋るに任せていた。視界の端で、ベッドの上に座ったリーリアがそっと姿勢を変える。小さな手が掛け布団の端を握っていた。

 

「そっからはやれ会議だの、視察だの、意見交換だの……連日大忙しだったが、旦那は嬉しそうだった。なんせ自分のやってきたことが、国一つ分の意味を持つってんだからなァ……浮かれるのも無理は無ェ。そりゃァ張り切っていたモンだったぜ」

 

 その言葉とは裏腹に、遮楽の言い方はどこか苦々しげだった。聞いているあたし達も、表情は硬い。

 だって、あたし達は既に――それが上手くいかなかったことを知ってるんだから。


 それを見て、遮楽は短く息をこぼす。そして少し顎を上げた。遠くを見るような仕草だった。


「……ダラダラと前置きを続けても仕方無ェな。とっとと本題に入るぜ。順調に進んで、話もそろそろまとまろうかって矢先――状況はひっくり返った。それも、一夜にして全てだ」

 声は落ち着いてる。だけど口の端が少し歪んで、両手が太腿の上へ、叩くようにして置かれた。あたしも唇を引き結ぶ。きっとここからが……大事な話だ。


「夜、夕食がてら客間で王や王子も交えて話していた時だったなァ」

 ほんの少しの沈黙を破って、再び記憶が語られだす。

 

「いきなり、武装した連中が雪崩れ込んで来やがったんだよ」

 

 あっさりした言い方で飛び出したのは、あまりにも似つかわしくない物騒な言葉。無言で聞いていたあたし達も、これにはさすがに各々リアクションを返す。

 

「本当にいきなり話が変わりましたね……」

 眉を跳ねさせて、驚き半分呆れ半分といった声音で言ったのはシグレだ。

「……浮かれた祝い事に注意が逸れてる隙を突いて、攻め込まれたって事か?」

 続くジタンの問いかけに、遮楽は少し含みを持たせる頷き方をした。

 

「まァな。ただし、敵は外の奴じゃねェ……内部から湧いた」

 それを聞いて、表情を少し険しくしたのはオルフェ。慎重な声で切り出す。

「……そりゃつまり……クーデター、ちゅう事か」

 そうだ、と遮楽は短く肯定した。その言い方はあくまでも平坦で波が無い。ただ、同時に乾いているようにも聞こえる。

 

「……あっ!」

 そのタイミングで、あたしはとあることを思い出した。

「それ、クローヴィスさんの部屋にあった新聞で見た……」

 

 それから慌ててスカートのポケットを探ると、メモ帳を引っ張り出して確認する。そこに書き写していたのは、クローヴィスさんの日記帳に挟まっていた新聞記事の見出し。そうだ、ここで初めてリオルセアとトゥーガラの名前を見たんだった。


 遮楽は頷くと、続けるぜ、と言ってみんなへ顔を巡らした。


「首謀者はリオルセア王家の次男坊だ。裏で軍部を抱き込んで裏切りの旗ァ上げたのさ。野郎、反乱が起こる瞬間はあっしらと同じ席に座ってやがった……。ソイツの合図で、城内は戦場に化けた」

 太腿に置かれた手、その指先に少しだけ力がこもる。


 あたしの頭の中でも、その時の状況のイメージが広がった。和やかだったはずの客間。高そうな料理。笑顔の人達。それが――あっという間に引き裂かれる。怒号と悲鳴が上がる。

 

「なして、そがぁ事を? 王位を狙っとったにしても……あまりに唐突じゃし、やり方も強引が過ぎるわい」

 

 オルフェの疑問に、遮楽は少し間を置いて続けた。

 

「そうだな……。権力欲しさ以上に、トゥーガラと共存しようとする王の方針が気に食わなかったんだろうよ」

 そして、鼻で小さく息を吐く。

 

「その次男坊ってのが、どうも前から種族融和にゃ反対だったみてェでなァ。人間至上主義ってのか? 青二才の癖に、むしろ古臭ェ極端な思想の持ち主でよ。あっしにも露骨なぐれェ邪険な態度を取りやがるんで、鼻持ちならねェ奴だとは思っていたがな。そんでまァ、自分の意見たァ正反対に事が進んでいくのが余程我慢ならなかったのかねェ」

 

 そう他人事みたいに言うけれど、言葉の端々は吐き捨てるようでもあった。低い声色が部屋の床に沈んでいく。何を思ったのか、シグレがちらりと彼の顔を見て、すぐに目を伏せた。

 

「気付いた時にゃ城は取り囲まれて、その場にいた全員が捕まった。旦那やあっしも含めてな。情けねェ話だが……武器も持たねェ状況で、多勢に無勢だ。どうしようもなかった」

「んな事になるまで、誰も気付かなかったってのか? まさか警備が無かった訳ではねぇんだろ」

 納得いかないのか、咎めるみたいなジタンの言葉。遮楽は頭に手をやると、首を横に振った。

 

「平和な雰囲気に油断してたってのも確かだが、反乱の尻尾は一切掴めなかった……。あの野郎、陰気で意気地の無ェ奴だと思っていたんだが、相当上手く根を張っていたらしい。或いは、悪知恵の働く奴が裏に付いていたか。ともかくこれで結婚の話なんざ、当然ご破算だ」


 そして軽く肩をすくめると、気を取り直す風に咳払いする。話を次に進めるための動作だ。


「それから一時は牢の中だったからな。どうなったのかはよく知らねェ……。ただ牢から出された時にゃ既に王も王子も姿が見えず、空いた玉座にその男がふんぞり返っていたんでさァ」

 喋りながら、背中を壁に付けた。自然と顔の角度も上向く。傷で閉じられて、その上から布を巻いて、二重に隠された瞳の奥は、多分――辛い過去の出来事を視ている。


 ぽつり、とまた重たい口が開かれた。

 

「城の外の状況も酷ェモンだったぜ。リオルセア国内にいたトゥーガラ人は、スパイだの何だのという根も葉も無ェ疑いを盾に全員拘束……匿おうとしたリオルセア人もだ。こうなりゃ誰も怖がって抗おうとしねェ。あっという間に、何でもかんでも思い通りの独裁が出来上がっちまったって訳だ」

 

 その言葉で一段空気が冷える。そこまで多くは語られないからこそ、嫌に容赦なく想像が広がった。あたしはスカートの裾をぎゅっと握る。

「つ、捕まっちゃった人達はどうなったの……!?」

 

 思わず上ずった声で口を挟むと、遮楽は少し顔を逸らして低く答えた。

「……そこまでは分からねェ。想像もしたかねェな」

 胸の奥がひゅっと縮む感覚がした。


「さて」

 そんなあたしを知ってか知らずか、話題を切り替えるようにわざと大きめに言う遮楽。


「奴は共存と平和を掲げた国に武力で横槍入れて、まんまと手中に収めちまった……。だが強欲ってのは底が無ェ。王位をブン取っただけで飽き足らなかったんだ」

 続きがあると知って、シグレやジタンがぴくりと表情を動かす。だけどあたしは、手元のメモ帳に視線を落とした。

 

「うん、そう……だよね……」

 自分で書き写した、出来事を端的に表す見出し文。遮楽の次に話すことが、何となく想像ついた。ついてしまった。

 

「ソイツが次にやろうとしたのは、トゥーガラへの侵攻だ」

「しんこー?」

 リーリアが首を傾げて聞き返した。隣で、オルフェが説明する。

 

「国に攻め込んで、力尽くで乗っ取ろうとしよるっちゅう事じゃ」

「えーっ!? だって、なかよしの国で、いっしょになるんでしょっ!? なんでそんなコトするの!?」

 

 まるで意味が分からないという風に声を上げたリーリアに、遮楽は苦笑いとも呆れともつかない微妙な笑みを口の端に浮かべて言った。

「全くお嬢ちゃんの言う通りだぜ。せっかく穏便にやろうとしてた所を、わざわざ強引なやり方に変えてなァ……あっしが言うのも何だが、救いようの無ェ大馬鹿野郎だ」

 

 怒りすらも置きざりな、心の底から突き放す言い方。当たり前だ、クーデターさえ起きなきゃ……クローヴィスさんの思い描いていた通り、二つの種族が共存する国が作れていたかもしれないのに。これじゃ、まるで真逆。


 それから遮楽は、話へ一旦区切りを打つように座り直した。床がほんの少し軋むかすかな音が、部屋にじわりと染み込む。

 

「それで、そんな状況の中で旦那はどう動いたかって話だが。流石と言うべきかねェ、侵攻を取り止めさせようと、ソイツに直訴したんだ。暴力で国は保てねェ、憎しみは憎しみを呼ぶだけだってな。懸命に説得しようとしていたが……まァそれが受け入れられるってんなら、最初からこんな事になってねェわな。当然聞く耳も持たれなかった」

 

 自嘲するみたいに冷え切った、ほぼ息だけの笑い声。だけどそれはクローヴィスさんのしたことを否定してるんじゃない。むしろやるせなさで一杯だからこそ、感情を削ぎ落して話すしかないんだ。

 

「それどころか、リオルセアに腐敗を持ち込み、弱らせようとしてんじゃねェか――そんな言いがかりまで付けられる始末でよ。結局、逃げ出すのが精一杯だったんでさ。旦那は最後まで残ろうとしたが、あのままじゃ国家を危険に晒す思想犯として、危うく処刑される所だったからな……あっしが引き摺ってでも国を出るしかなかった。歓迎された行きと違って、帰りは随分惨めな有様だったぜ」

「そんな……」

「ひっどぉい! おじちゃん、わるいコトしてないのにっ」


 思わず声を洩らしたあたしと、両手でベッドのシーツを叩くリーリア。遮楽は姿勢も変えることなく言った。

「理不尽だろう? それでも暴力がまかり通っちまった場所じゃ、非力な正論なんざ何の解決にもなりゃしねェのさ」


 諭すような言い方には、少し冷たさすら感じるくらい、怒りも悔しさも含まれていなかった。みんな居心地悪そうに視線を外す。


「幸い、まだ侵攻自体は始まってねェらしい。だが緊張状態が続いてるって話だ……。いつ血が流れてもおかしくねェ。旦那が今一番恐れてんのは、それだ。だから最悪の事態になる前に、何とか手を打てねェか模索している……今もまだ、な」


 そう結んでから、遮楽は肩の力を抜くと片膝を立てる。ひとまず話は終えたというのが、その態度で分かった。


「さて、これが知りたがってた事の全容だが……」

 そう言いながらみんなを見回す。

「こんなモン聞いて、一体どうするつもりなんでさァ。アンタ方の抱いてる疑いに、何か関係すんのかい?」

「う、うーん……」

 

 返事らしい返事もできずに、あたし達は顔を見合わせた。確かにこの話はあくまで、クローヴィスさんに何があったかというだけの話だ。悩んでた事情は分かったけど、だからといってあたし達の問題が進展した訳じゃない……。


 誰もが答えを迷う微妙な空気感。


 すると遮楽は長く息を吐いて、手元を見るように顔を伏せた。


「旦那にしてみりゃ、長年追い求めてやっと近づいた理想が、目の前でぐちゃぐちゃに踏みにじられたんだ……。どんだけ絶望したか。それだけじゃねェ、そんな理不尽に対して全くの無力だったと、旦那は何より自分自身を責めたんでさァ。あんな状況じゃ、仕方が無ェってのによ」

 それはあたし達に聞かせているというよりも独白に近い、こぼれ落ちるような呟きだった。相槌が無いのも構わず、続ける。

 

「それで、どうにかして戦争を止められねェかと必死になってんだ。頼れるツテは全部使って、寝る間も惜しんで方々駆けずり回ってよ……。村の連中に心配かけねェようにといつも通りを装っちゃァいるが、碌に休みもしてねェし、無理をしてんのは間違い無ェ。かと言って強引に引き留めりゃァ……余計に追い詰める事になんのも目に見えてる」

 

 言葉の切れ間に、感情が滲む。指の組み直された手が太腿の上に置かれる。彼自身もまた、無力さを悔いているようだった。

 

「そんなただでさえ大変な所に、森の異変まで起こったんだぜ? ……あっしはなァ、旦那が全て背負い込んで、圧し潰されちまわねェか心配してんだ。なんせ、目の届くモンは全て助けようってお方だからな……。その為なら、昔っからどんな無茶も平気なツラでやる」


 再び吐かれた息。そして、ゆっくりと顔を上げた。唯一表情の見える口元がぐっと歪んで、その後力無く緩む。発されたのは、どこか迷いも感じられる声。


「だからよ……分かるだろう? もうこれ以上、旦那に余計な負担は掛けたかねェんだ」

「…………」

 

 全員が、押し黙ってしまった。裏で抱えていた事情が重すぎて、下手に口を挟めない。どんより上からのしかかってくる沈黙。


 あたしや村の人達と、にこやかに接していたクローヴィスさん。だけど内心かなり思い悩んでいて、無理して普段通りに振舞っていたんだと考えると、途端にその穏やかさすら重苦しく思えてくる。遮楽には、一体どう映っていたんだろう? その胸の内を、唯一知っていた遮楽には。


 クローヴィスさんへの疑いを打ち明けた時、彼は「よく知りもしないで」って怒ったけど……その怒りも当然だったんだ。ふと視線を滑らせた先にいたオルフェは、だいぶ神妙な顔をしてうつむいている。


 すると、さすがにシンと静まりきった場を少々気まずく感じたのか、遮楽が軽く鼻で笑うような声を上げた。

 

「まァ、そういうこったな。それになァ、森の奥にゃ誰も近付けねェんだぜ? 魔物一匹寄り付かねェ魔境に変わっちまってよ……そんなんで、どうやって手ェ加えるってんだ?」


 これまでと違う、あくまで冗談めかすような口振り。話を締めてしまおうと、手をひらりと振る。


 その時、ジタンがぴくりと顔を上げた。何かに引っ掛かったみたいな動きだった。

 

「……ん? いや……違ぇぞ」

 沈んだ空気を破るそれを聞いて、全員の視線が彼へと向く。

 

「あん? どうした兄ちゃん。違ェって何がだ?」

 遮楽の声に、ジタンは少し考えるような間を置いてから続けた。

 

「あァ。今思い出したんだが……森の奥には誰も立ち入れねぇ訳じゃねぇ。おい、そうだろみくる」

「へっ!?」

 

 まさか振られると思ってなくてぎょっとすると、ジタンは若干呆れ顔。

「自分で話してたじゃねぇかよ……。お前一人で森に行ったって時、奥に誰か人がいるのを見たんだろ?」

「え? ……あぁっ!」


 その瞬間頭の中で映像が弾ける。お、思い出した! というか、どうして今までスルーしてたんだろう!?


 ついつい身近なとこにばっか目が行って、クローヴィスさんだけ調べようとしてたけど……怪しさ満点の人なら他にもいた!


「……どういう事でさァ」

 いまいち事情が呑み込めていない様子の遮楽。


「実はあたし、こないだ森の奥で変な人達が話してるの見かけちゃって……」

「何だってェ?」

「うーんとね、確かこんな感じの人達! ひょっとして心当たりがあったりしない!?」

 

 あたしは膝立ちで近付くと、メモ帳の新しいページをめくって、ペンで絵を描こうとした。


 ――その途中で、はたと気付く。

「あっ、これ……見えてる?」

「おう構わねェよ。他に比べりゃ見辛ェが、集中すりゃ何が書かれてんのかぐれェは分かるぜ」

 結構とんでもないことを平然と言われた。相変わらず超人だ……。


 何はともあれペンを動かすと、遮楽だけじゃなくてみんなも集まって覗き込んできた。

 

「……何ですかこの幼児レベルのラクガキは」

「あ! てるてるぼーず!?」

「違うよぉ!」

 た、確かにお兄ちゃんみたいな絵心は無いけども!


「こ……こんな感じでさ、黒いローブでフードもすっぽり被ってて、片方は仮面で……顔もよく分かんない見るからに不審者ですって人!」

 

 とりあえず描き終えた絵をペン先で示すと、遮楽は難しい顔で天井を見上げて、あごを指先で叩いた。

「ふーむ……。黒いローブ自体は別にありふれた格好だからなァ、心当たりなんざいくらでも……」


 それからしばらくは唸るばかり。やっぱそう上手くはいかないか……。

 そう思ってメモ帳を引こうとした、その時だった。


 小さく息を呑む声が聞こえた。何か思い出して、思わず喉が動いたというような声。

 驚いて顔を上げれば、遮楽は考え込むように固まっている。


「お嬢さん……コイツだが」

 そう言って指差したのは、仮面をした黒ローブの絵。

 

「付けてんのは白い面かい? 飾りっ気の無ェ」

 言われて、ちょっと心臓が跳ねる。

「そっ……そうだよ! もしかして見たことあるの……!?」

「あァ。いや、だが……」


 歯切れが悪くて明らかに困惑しているような反応。

 

「お嬢さんが見たのは、本当にコイツで間違い無ェのか?」

「えっと、ちょっとうろ覚えなとこもあるんだけど……でも、白い仮面は間違いないはずだよ!」

「そうか……」


 数秒無言を挟んだ後、遮楽は硬い声で言った。

「実はな、あっしと旦那は……前に、よく似た奴と会った事があるんでさァ」

「……えっ……!?」

 予想外すぎる答えに、絶句した。見かけたどころじゃなく、会ってた……!?


 思わぬ証言を得られそうな気配に、全員揃って身を乗り出す。遮楽はメモ帳に顔を向けたまま再び口を開いた。


「そうだ、リオルセアを出て少し経った頃だったぜ。旦那を訪ねて来た奴がいたんだが、それが丁度こんな風貌だった」

「訪ねて来た……? なんで?」

「知恵を借りてェとな。旦那と同じで、自分もリオルセアとトゥーガラの戦争を阻止してェから、手を組ませてくれと言ってきたんだ。だが……」


 声のトーンが一段、低く落ちる。


「こりゃァ一体どういう事だ? なんでそん時の奴が、森の奥に居る? 偶然にしちゃァ出来過ぎてやがるぜ……」

 空気がぴりっと変わる。それまでも充分張り詰めてはいたけれど、これはまた違う……得体のしれない重たさだ。遮楽は手のひらを床に付いて、絞り出すように独りごちた。

 

「まさか、何かしら絡んでやがんのか?」

 

 背筋がぞわっとするのを感じた。

 

 クローヴィスさんの身に降り掛かかった出来事と、アムルーナの森の異変。

 遠く離れて、接点なんて全く無いように思える出来事が――今、一人の人物で繋がった。


「ね、ねぇオルフェ、これ……」

 助けを求めるように隣に座るオルフェを見上げる。彼は口元を片手で覆うと、険しい顔をして言った。

「……こりゃぁ……案外、根の深いもんかもしれんのぉ」


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