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【第三十八話】絶体絶命!?

【前回のあらすじ】

セレフィア湖行きも迫る中、浮かび上がったある疑惑……それを明らかにすべく、パーティーはクローヴィスの自宅兼研究所を調べる事に。オルフェと共に侵入したみくるは、途中で破かれた日記や新聞の切り抜き等、いくつかの謎を見つける。尚も探そうとしたその時――音も無く忍び寄る影、倒される仲間。取り押さえられたみくるの耳に、遮楽の声が届いた。

「……すまん。あっという間で、お前らに知らせる余裕も無かった」

 痛そうに脇腹を押さえながら、掠れた声でジタンが言った。

「正直、何が起きたかすら分からんかったぜ」

「ジタンが、謝る事じゃぁないわい……」

 こちらもうなだれながら、オルフェが応じる。

 

「わしらも似たようなもんじゃ。接近にすら気付けんとはのぉ……」

 直後に軽く咳き込んだ。彼曰く、いきなり後ろから絞め落とされたらしい。

 

 先に倒されていたジタン含め、あたし達三人は今クローヴィスさんの家から引きずり出されて、村の奥まった場所に横並びで座らされていた。立ち並ぶ木々が死角になって、絶妙に人目に付きづらい。手足を縛られてる訳じゃないから、一応自由に動けはするけど……あたしはそーっと視線を前方に向ける。

 

 一瞬であたし達三人を制圧した張本人、遮楽が仁王立ちで立っていた。


 肩に担いだ杖を、時折指先でコツコツと叩く。ただ立ってるだけなのに威圧感がすごい。これじゃ逃げるどころか、ちょっとでも妙な素振りを見せた瞬間とんでもない目に遭いそうで……縫い付けられたみたいに、動けなかった。

 

「ま……あっしも鬼じゃねェさ」

 そんな息の詰まる空気の中、まるで世間話でもするかのような口調で、遮楽が言った。

 

「何か訳でもあんなら聞いてやろうじゃねェか。コソ泥みてェに旦那の家に忍び込んで……しかもわざわざ見張りまで立てる周到っぷりだ、出来心たァ思えねェ。一体何が目的だったんでさァ」

「…………」

「どうした。雁首揃えてダンマリかい?」

 

 どっ……どうしよう。クローヴィスさんが怪しいんだとしたら、当然遮楽も関わってる可能性が出てくるよね。

 ま、まさか、遮楽とクローヴィスさんを相手に戦うことになったりするのかな……!?


 もしそうなったら、正直このパーティー全員でも勝てるかどうか分からない。特に遮楽の実力は、この目でも見てるんだから。


 それに――助けてもらったことが切っ掛けで出会って、ほんの数日とはいえ村で一緒に仲良く過ごしてきたのに、そんなの嫌だよ!


「あっ……あの」

「みくる」

 重すぎる沈黙に耐えかねて声を上げたあたしを、真ん中に座るオルフェが制した。


「ジタンも。ここは……任せてもろうてもええか?」

 そして、うつむいていた顔をキッと上げる。

「元々言い出したんはわしなんじゃけぇ。わしが全てを引き受けるわい」


「……う……」

『みぃ。オルフェの言う通り、じっとしてるんだ』

 それでもあたしが迷っていると、今度はお兄ちゃんの声が聞こえた。

『大丈夫だ。任せていい』

 いつものように物静かだけど、はっきりと発されたその言葉に促されて、ようやくあたしは膝に置いた手をきゅっと握ると、小さく頷く。


「まァ、別に誰だって構わんがねェ」

 緊張するあたし達とは対照的に、遮楽は至って普段通りな調子で頬をぽりぽりと掻いた。

「さてと、それじゃァいい加減答えて貰おうかい? 何の為に旦那の家へ入ったのか」

 月と星明かりを背に、見下ろす逆光のシルエット。オルフェは一つ息をつくと、静かに切り出した。

 

「……家に侵入したんは、言い訳のしようも無い事じゃ。まず、そこについちゃぁ心から詫びますわい。目的ゆうんは……アムルーナの森の異変について、調べとったんです。いや、調べるっちゅうよりゃぁ、確認ですかの」

「確認? 何のだ」

「クローヴィスさんが知っとって、わしらの知らん事が無いかっちゅう事ですわい」

「へェ?」

 

 それを聞いて、遮楽は意味が分からないというように聞き返す。

 

「で、家に入ったってかい? 解せねェなァ。そりゃまた随分突飛じゃねェか。そもそもんなモン、旦那に直接聞きゃァ済む事だろうよ」

「それが出来りゃぁ……楽じゃったんですがのぉ」


 慎重に言葉を選びながら、返していくオルフェ。隣で、あたしの心臓は大きく鳴り続けていた。

 ……綱渡りだ。尋問に答えながら、探りを入れてる。


 遮楽が侵入に気付いて捕まえに来たのが偶然じゃなくて、元々こうなることを警戒してた可能性も、もちろんある。

 一方で、あたし達を問答無用で倒したり、どこかに拘束したりはせずに、こうして弁明の場を設けてくれてもいる。


 だから、怪しいかどうかはまだ半々。今の時点では白も黒も分からない。オルフェはこの状況を利用して、逆に遮楽から情報を引き出そうとしてるんだ。立ち回り次第では、クローヴィスさんへの疑惑もハッキリするかも……。


 って、口で言うのは簡単だけども! 何を言えば正解かまるで分からないし、そもそもこんな状況で頭なんて回らないよ……! もう祈るような気持ちで、オルフェと遮楽を交互に見るしかない。

 

「おいおい……さっきから随分と歯切れが悪ィな。どうなすった僧侶の兄さん、まだるっこしいのは好かんぜ? 言いたい事があんならハッキリ言いなせェ、なァ」

 困惑半分、苛立ち半分といったような感じで遮楽が言った。これは素のリアクション? それともあたし達から言質を取ろうとしてる?


 するとオルフェは、「ほうですのぉ」と呟いて、表情を険しくした。

 

「……実は、クローヴィスさんから伝え聞いたんじゃのぉて、この目で見たもんでなけりゃぁ、完全にゃ信じられんと思うたんです。もしも直に聞いたとして……例えば、情報が意図的に隠されりゃ、どうにもならんでしょう?」

 あたしは心の中でひえっと悲鳴を上げる。い、いきなり一気に踏み込んできた。そんなこと言ったら……!


「何だって? ……そりゃァ聞き捨てならんぜ」

 思った通り、続く遮楽の声音には、ほんの少し怒りのトゲが混じっていた。

 

「確かに研究者ってェのはややこしい仕事だ。守秘義務だ何だで大っぴらに出来ねぇモンも多いがなァ……だからって、旦那は人を嵌める為に隠し事なんざするお方じゃねェよ。全く心外も良い所だ」

 ドッとやや力を込めて、杖が地面に突き立てられる。その仕草、声、言い方全てに、クローヴィスさんへの信頼が滲んでいた。演技には見えない……気がするけど……。


「それで旦那に黙ってあれこれ嗅ぎ回ってたってのかい。はん、世知辛ェなァ。そんなに他人が信用出来ねェかい?」

 鼻を鳴らして、その場に放るように言葉が吐かれる。

 

「ほいじゃぁ……嗅ぎ回った結果、実際に見つけたもんがあったとしたら、どうですかいのぉ?」

 その時、若干の溜めを作って、オルフェが言った。

 

「……あン?」

 当然それを流すはずも無く、遮楽が動きを止める。あたしもぴくりと肩を動かした。確かに、ちょっと変だなと思うような物はいくつかあったけど、一体何のことを話すつもりなんだろう……?


 オルフェはブレの無い声で、はっきりと口にした。

「研究室の隅、本の山に紛れるようにして挟まれとったんです。紙切れ一枚じゃったが……なかなか重要で、興味深い事が書かれとった。アムルーナの森とセレフィア湖に関するメモ書きですわい」

(…………!!)

 あたしは表情を強張らせる。

 

 は、ハッタリだ。そんなの見てない! 適当な出まかせ言って、カマをかけようとしてる。もしかしてこのために、さっき少し挑発するようなこと言ったの……!?

 

「っ……」

 思わず息を呑むと、背中にそっと手が添えられた。顔を上げれば、オルフェは一切視線を外さずに遮楽を見ている。こ……こんな強気にグイグイ行くオルフェ、初めて見るよ!?


 内心ドキドキしながら、様子を伺う。

 

 でも遮楽は、返答に困った風に頭を掻いただけだった。


「そんな事言われてもなァ。そりゃ調査と記録も旦那の仕事の内だ。メモ書きの一枚や二枚、あって不思議じゃねェだろうよ? アンタ方が何を見つけたのか知らんが……それで今回の件を大目に見るって訳にゃァいかねェな」

 焦ってる風でも、誤魔化してる風でもない。自然体――何を言われているのか分からない人のリアクションだ。


「それに、不審に思うんなら尚の事、面と向かって聞くべきじゃねェのかい?」

 そう言った遮楽は、ふと思いついたような表情になると、顔を後方に向けた。

 

「あァそうだ。さっき、訓練場に旦那がそちらのお嬢さん方と一緒に居るのを見たぜ。丁度良いや、ついでに侵入の謝罪も兼ねて、全員来な」

「うぅえ!? ちょちょちょ待って!」

 それを聞いたあたしは思わず慌てた声を出した。このことがクローヴィスさんに知られたら困るのもあるけど、それ以上に――。


 仮に、遮楽がグルだとするなら。

 あたし達が何かを見つけたかもしれない状況で、何をどこまで知っているかの特定もせずに、即クローヴィスさんの所へ連れて行こうとするのは変だ。最悪証拠を突き付けて、問い詰めるかもしれないのに。

 

 それにここまでのセリフといい、さっきのカマかけに対する反応の薄さといい、ひょっとして……遮楽、本当に何も知らないんじゃ……?

 

「おい……オルフェ」

 ジタンも同じように考えたみたいで、そっと視線を寄越して呼びかける。頷いたオルフェは、決心した表情でもう一度遮楽を見上げた。


「……遮楽さん。申し訳ないが、クローヴィスさんとこに連れて行くんは、ちぃと待ってつかぁさい」

「ん?」

 背を向けかけていた遮楽は、その言葉に半分だけ振り返る。

 

「悪ィがなァ、兄さん方。しでかした事が事だ。このままお咎め無しでは済まされやせんぜ? 時間稼ぎなんて、見苦しい真似は止しなせェ」

「いんや、違うんです。今わしらの動きを、どうしてもクローヴィスさんに知られたらいけん事情があるんですわい」


 それを聞いて、今度こそ怪訝そうに向き直った。

「そりゃどういう意味でさァ」

 オルフェがぐっと身を乗り出す。

 

「回りくどい真似をしてすんません。実は少し疑っとったんです。じゃけど、どうもあなたの腹ん中にゃぁなんも無いらしい。それを信じて、今度こそ本当の事を話しますわい。わしらが秘密裏に動いとった理由を……」



 

 ――それからオルフェは、全てを正直に打ち明けた。

 クローヴィスさんの言動にあった、不自然な点。そこから浮かび上がってくる疑惑……宿屋であたし達に話したことを、そっくりそのまま。静かな夜に、オルフェの声は反響することもなく吸い込まれていく。


 遮楽は、最初の内は眉をひそめながらも、相槌を打ちながら聞いていた。

 だけど、話が核心に近くなるにつれて……明らかに、反応が少なくなっていった。


 地面に突いたままの杖、その柄を指先がゆっくりとなぞる。布で半分隠されたその表情は――読み取れなかった。露わになっている口元も、感情を示すようには動かない。

 だけど、辺りの空気が一段冷えて、重くなる感覚がした。息が詰まる。冷静に話すオルフェの声も、言い進めるにつれて緊張が滲んでいく。


 当然だ。短い時間一緒にいただけのあたしでさえ、最初に聞いた時は反発したんだ。そんな訳ない、何言ってんのって怒った。それが……比べ物にならないくらいの時間を、ずっと近くで過ごしてきた仲ともなれば。


 成り行きを見ているだけなのが辛い。でも口を挟む余裕も無く、あたしは震える指先を握り込んで、オルフェが話し終わるのを待っていた。

 

「――じゃけぇ、今クローヴィスさんに知られたらまずいんですわい。どうか……内密にしとってもらえんですか」


 やがて、事情説明が終わった。改めて反応を伺うように、恐る恐る顔を見上げる。


「…………」

 遮楽の返事は、無かった。


 代わりに――仕込み杖を、ゆっくりと抜き放つ。


「ひっ……!」

 鞘の内側と刃が擦れる金属音。すぐ目の前で鈍く光る切っ先。


 そして雪駄を踏み出すと、剥き出しの刃をオルフェの顎の下へと当てがった。

 そのまま少し持ち上げて、強制的に顔を上げさせる。クッ、とオルフェの喉の奥で息が漏れる音が聞こえた。

 

「……黙って聞いてりゃ、ご大層な事を言ってくれるじゃねェか」

 ようやく開いた口から発されたのは、静かな、だけど今にも沸騰しそうな怒りを抑えつけた、低い声色。

 

「じゃあ何か……? アンタは、一連の黒幕が旦那だと、そう言いてェ訳か……?」

 今、遮楽の手元がほんの少しでも狂ったなら、無防備な喉元なんてすぐ切り裂かれてしまう。

 

「お、おい待てって――」

 思わずジタンが立ち上がりかけると、遮楽は素早く顔を向けた。それだけで、ジタンはぎくりと表情を強張らせて、身動きが取れなくなる。


 心臓に見えない氷の刃を押し当てられているような感覚がした。あたしはと言えば溜まった唾を飲みこむことさえ怖くて、ただ石みたいに固まっていることしかできない。


「く、黒幕かどうかは……まだ分からんが、ただ、何かを隠しとるようには感じるんです」

 声の端を震わせながらも、懸命に答えるオルフェ。

 

「黙れ。これ以上の侮辱は許さんぜ。そのふざけた口、二度と利けねェようになりてェか」

 だけど遮楽は取り付く島もないという風に、冷たく吐き捨てた。

 

「これまで旦那が何をしてきたかすらよく知りもしねェ、余所者風情が……!」

 

 力を込めて握られた仕込み杖の柄が、ギリリと悲鳴のような音を立てる。嫌な汗が一筋、あたしのこめかみを流れた。


 それでも、オルフェは口を閉ざさなかった。

 

「ほうじゃ……わしらは所詮余所もん。クローヴィスさんのお人柄も、生き様もよう知らんと好き勝手言いよる。お怒りももっともじゃ」

 息を整えるように深く吸って、慎重に続ける。

 

「じゃが断じてクローヴィスさんを侮辱するつもりも、貶めるつもりも一切無い。ただ、確かめたいだけなんですわい。一度おかしいと考えてしもうた以上は、見て見ぬ振りも出来ん。それをはっきりさせん事にゃあ、先に進めんのですけぇ……どうか信じてつかぁさい」


 静かで必死な声……それを聞く遮楽は、微動だにしない。どんな言い訳も聞くつもりはないと態度で表すかのようだった。

 

「アンタ等がどんなつもりだろうと関係無ェ。疑いの目ェ向けた時点で、弓引いたも同然だ……。それに陰でコソコソと旦那を探っておきながら、自分は信じてくれだと? よくもまァそんな虫の良い事を言えたモンだな」

 

 言いながら鼻で笑う。また一段と、空気が冷えた。遠くでは虫が鳴いて、風が木々を揺らす音がするのに、この場だけはまるで切り取られたみたいだった。

 

「……返す言葉もありゃぁせん。人を疑って、まして暴こうとするっちゅうなぁ、それぐらい重い事じゃ。どがぁな結果を招こうと、全て背負う覚悟が要る。そがぁ大それたもん、口先だけでいくら言うたところで、信用ならんのは道理ですわい」

 目を伏せるオルフェ。発されたのは地面に落ちるみたいな重苦しい声。実際に今、悪事を働いていたのはむしろあたし達の方なんだから、どんな弁明だって苦しい。


 けれども、彼は再び前を見た。その目は退いていなかった。

 

「じゃけぇ、行動で示そう思うんです。これからはもう、誓ってコソコソとはせん。手の内隠すんも一切無しじゃ。それが今わしらの示せる、最大限の誠意と覚悟の形ですけぇ」

「……あ?」

 ぴくりと遮楽の肩が動いて、喉から低い声が零れる。考えていることが分からないという苛立ちと呆れが混じり合った、曖昧な声。

 

「殊勝にしたかと思えば、今度は何を言い出すんだ、え?」

「ほいじゃけ……遮楽さん」

 

 その言葉に応えるかのように、オルフェが顎をぐっと上げる。見下ろす遮楽を正面に捉えて、真に迫る表情で言った。

 

「お願いじゃ。これから森の件が片付くまで、わしらと共に動いて貰えんじゃろうか?」


 その一言が、真っ直ぐ投げかけられた瞬間。

 

「……なッ……!?」

 遮楽の声が跳ねて、その直後、場が一気に張り詰めた。

 愕然として開かれた口が、次の瞬間ギッと噛み締められる。歪む口の端。これまでじりじりと、静かに燃えていた導火線に――いきなり、大きな火がついたのが分かった。

 

「てめェ何をトチ狂ってやがる……! 旦那の痛くもねェ腹を探んのに、あっしも加担しろだァ!? それこそ裏切り以外の何物でもねェ……! 寝言も大概にしろ、本当に斬られてェのか!?」

 怒鳴りこそしないけれど、怒りで荒れた声音。

 

 同時に、それまで首に軽く触れている程度だった切っ先が、ぐっと押し当てられた。弾みで少し切れたのか、赤い線が一筋、オルフェの首を細く伝う。

 

「う、あ……!」

 あたしは思わず身を縮こまらせた。声にならない悲鳴が、喉を引きつらせる。

「オルフェっ……!」

 ジタンも慌てて動きかける。


 だけど――彼は、片手を突き出して制した。表情を歪めながらも、必死な視線を送る。


「違い、ます……加担して欲しいゆうんじゃのぉて、言わば……わしらを見張れるように、ですわい」

 そして掠れた声で、絞り出すように言った。

 

「さっきも言うた通り、わしらはもう、この疑いに背は向けられん。じゃけど、そがぁなったら遮楽さんもわしらを見過ごせんでしょう。それじゃったら今後は全部、あなたの目の届くところで動きますわい。全ての行いを差し出しますけぇ、もし許せんと思う事がありゃぁ、止めて貰うて構わんです。ほいで……」


 一度言葉を切ると、息を吸い込む。ヒュウと引き攣れた甲高い音が鳴った。

 

「確かめた結果、もしもクローヴィスさんが潔白じゃと分かったなら……その責任は、わしが甘んじて引き受けますわい。どうするんかは、遮楽さんの自由に決めてつかぁさい。例えどがぁなっても、絶対に逃げたり誤魔化したりせんと誓います。じゃけぇどうかそれまで、この刃は収めて貰えんですか」

 

 遮楽の顔が傾げるように動いた。オルフェの言葉を測っているのか、仕込み杖を握る手は降りない。顔に巻かれた布の奥から、まるで視線に射抜かれているかのような威圧感をひしひしと感じる。


 逃げ出したくなるような沈黙が数秒続いて――やっと、低くて重たい声が発された。

 

「……首輪を嵌めろってか。大した物言いだがなァ……その場凌ぎで言ってんなら止めておけ。後で怖気づいて、嫌だの許してくれだの喚かれても聞き入れるつもりは無ェぞ」

 そこには試すような響きと、突き放す冷たさが混じっている。

 

「その場凌ぎのつもりは一切ありゃぁせん。全部……本気ですけぇ」

 それに対して、努めて冷静に返すオルフェ。


 すると遮楽がゆっくり腰を屈めて、顔を近付けた。威嚇するとも値踏みするとも取れる動作だ。それから、恐ろしいほど静かに言う。

 

「命知らずってタマでもねェだろう? あっしらを敵に回す覚悟で、踏み込もうってのか? ……旦那はともかく、あっしは容赦せんぜ」

 情けなんて一切持たない、鋭くて明確な脅しの言葉。

 

 だけど……オルフェは目を逸らさなかった。

 小さく息を吸って、ゆっくりと吐き出してから。

 

「……ほうです」

 短く、はっきりと言い放った。

 

「それだけわしらも、真剣なんじゃ……洒落や冗談で、こがぁな事よう言わん!」

 迷いも震えも無く、切られた啖呵。喉元に迫る刃が、真剣な表情を反射させている。その時ざわっと吹いた風が、やけに大きく聞こえた。


「…………」

 無言を保つこと、数秒。あたしにはそれが、何倍にも引き伸ばされて感じた。やがて、遮楽が鼻を鳴らすと、曲げていた背筋を伸ばす。同時に、それまでぴりぴりと肌を焼くようだった殺気や緊張感が、フッと立ち消えるのを感じた。

 

「ったく……肝の据わった一本気な奴ってなァ、いつだって厄介なモンだ」

 

 そしてずっと突き付けられたままだった仕込み杖の刃が、ようやく引き戻される。糸が切れたようにへたり込むオルフェ。とっさに伸ばされたジタンの腕を支えに、荒い呼吸を繰り返す。額にはびっしりと汗が浮いていた。

 

「いいぜ。そこまで言うってんならお望み通り、アンタ等に同行してやる。ただし、それはあくまでも旦那を守る為だ」

 その様子を見下ろしながら、遮楽が言った。

 

「手前から言い出したんだ……その吐いた唾ァ、飲むなよ。もし旦那が白と分かった時にゃ、村から叩き出すだけじゃァ済まさんぜ」

 身を起こしたオルフェは、大きく息を吐いてから頷いた。

 

「……分かっとります。いざっちゅう時は、どうとでもしてくれんさい」

「……ふん」

 素っ気なく返すと、足元に転がしていた仕込み杖の鞘を拾う遮楽。

 

「あっ……あ、の!」

 そこで、やっとあたしは声を上げた。口の中がカラカラで、自分でもびっくりするほど掠れてひっくり返った声だった。遮楽がこっちを向く。あたしは内心ものすごくびびりながら、恐る恐る言った。

 

「こっ、このこと、その、クローヴィスさんには……!」

 すると遮楽は頭を掻いて、ぶっきらぼうに、だけどこれまでよりは少しだけトゲの抜けた声音で言った。

「安心しな。言わねェよ。旦那に余計な心労掛けたくもねェからな」

 そして、手慣れた動作で刃を仕舞う。


 絶体絶命のピンチに思われた、この土壇場の中で。

 遮楽が……仲間になった。


 

 

「緊急信号もありませんでしたし、てっきり上手くやったものだと思っていたら……」

 あたしが訓練場までシグレとリーリアを迎えに行って、クローヴィスさんとは何事も無かったかのように別れて、その後の宿屋。簡単に事情をかいつまんで説明すると、シグレが呆れたように腕組みして言った。

 

「何揃って取っ捕まってんですか、情けない」

「……いいじゃねぇかよ。最終的にこっち側に引き入れたんだからよ」

 

 ベッドの縁に腰かけて、オルフェから回復魔法を掛けてもらいながら、ジタンがぶんむくれた表情で言った。


 まくり上げられた黒インナーから、見事な腹筋が覗いている。普段なら思わず見ちゃうんだけど、そこから数センチずれたところがはっきり丸く変色しているのがあまりにも痛々しくて、直視する気になれない。

 

「うひぃ……いたそー……」

 ただリーリアは怖いもの見たさなのか、ジタンの隣にちょこんと座って、恐る恐る手を伸ばしかけては引っ込めて……を繰り返していた。

 

「みくるはどっか痛いところ無いんか?」

 自分の傷も治療しつつ、オルフェが声を掛けてくれる。

 

「い、いやあたしはそんなに……取り押さえられただけだし……」

「流石に年端も行かねェ娘っ子を殴り倒しゃしねェよ。野郎ならどうでも良いがな」

 そんなあたし達にしれっと混ざって、遮楽はくつろいでいた。もう剣呑な雰囲気はどこへやら。壁に背を預けて、投げ出した足をゆるりと組んで座っている。ちょっと前まで人に刃を向けて尋問していたとはとても思えない。き、切り替え早……。


「ま、そんな訳だ。旦那に危険の及ばねェ範囲でなら協力してやる」

「協力という名の監視でもあるのでしょう? 気に入りませんねぇ」

「こりゃ、やめんさいや。わしの方から言い出したんじゃけぇ……」

 オルフェの方はというと、まだ疲れが抜けきらないのか、叱る声にも力が無い。


 そんな、どことなく緊張感の抜けた雰囲気の中。

「……ん?」

 ふと胸元で何か動いた気がして、視線を落とす。そこには、首から下がるタリスマンがある。

 

 すると次の瞬間、それがぱっと一瞬光って――

 

「んきゅ!」

 ――ダイフクが飛び出してきた。

 

「わっ」

 出てくるのは今日の昼ぶりだ。そのまま、ぽふっと床に着地して見上げる。その目は……なんだか心配そうに見えなくも、ない?

 

「あ、ひょっとしてダイフク……今まで空気を読んで、出てこないでおいてくれてたの?」

「きゅ~ん」

 一声鳴いて顔を擦り付けてくるので、あたしは安心させるためにその背中をなでた。

「よーしよし。色々あったけどもう大丈夫だよ~」

 

 すると、その様子に気付いた遮楽が振り向いて、身を乗り出してきた。

「おう何でェそいつは? 非常食かい」

「ちち違うよ!? 食べないよ!?」

 確かに食べ物の名前だけど……。予想外過ぎる問いかけに素っ頓狂な声で答えつつ、あたしは首から下がるタリスマンの革紐をつまんで見せる。

 

「このタリスマンの真ん中に付いてる石ね、フェリスライトって言うんだけど……この子は、これに宿る聖獣なんだって。結構すごいっぽいんだよ。伝説だと人を天界に導く的な役割があって、それからえーっと……そうだ、悪心を持つ人を見抜けるんだって」

「ほォ、そんなすげェ奴には見えねェがなァ」

「まだ赤ちゃんだもん。大きくなったら立派になるかも」

 

 遮楽が興味深げに、そのゴツゴツした大きな手でダイフクに触れようとする。

 

「んきゅぅ……」

 ところがダイフクは、ちょっと怯えているのか小さく鳴いた。長い耳をぺたんと垂れて、大きな尻尾で体を包むように巻いて、その隙間から遮楽を見ている。

 

「ダイフク、安心していいよ。このおじさん見た目は怖いけど本当は怖くないよ」

「お前何気に失礼な事サラッと言うな……」

 やり取りを見ていたジタンがぼそりとツッコむ。

 

「カカカッ」

 そんな様子を見て、遮楽がさも愉快そうに笑った。

「なるほど悪心を持つ者を見抜く、ねェ……こりゃ利口な奴でさァ!」


 ……すると会話が終わるタイミングで、シグレが注目を集めるように指先で床を叩いた。

「さてと。もう回復もいいでしょう? アナタ達」

 

 あたしとジタン、そしてオルフェを順番に見回して、口を開く。

「これだけの事をやったんです。何か収穫はあったんですか? まさか、無様に捕まっただけなんて言うつもりじゃないでしょうね」


 その言葉に、若干緩んでいた場の空気が、ぴっと引き締まった。

 

「残念じゃが決定的なもんは無かった。じゃけど、気になるもんはいくつか見つかったんじゃ。のぉ、みくる?」

「う、うん!」


 そしてオルフェは、座り直すと遮楽を見た。

「遮楽さん。こがぁ遅い時間で申し訳ないが、ちぃとばかし話を聞かせて貰えりゃぁせんか」

「はん、構やしねェよ。どうせ乗り掛かった舟だ……。お嬢さんらは大丈夫かい? ガキはとっくに寝る時間だぜ?」

「誰がガキですか誰が! こんな切羽詰まってるときにノンビリ寝てもいられないでしょうが」

 

 シグレがいの一番に噛み付いて、リーリアも気合を入れるように握った両手を上げる。

「リーリアも! だいじょーぶ! ねむたくなーい!」

「あ、あたしも……!」

 

 実際、色んな事が起こり過ぎて目はまだまだ冴えてる。そんな様子を見た遮楽は、腕組みをして壁にもたれていた背を起こした。

 

「で、何が知りてェんでさァ」


 あたしは膝の上で、拳を握り締める。

 まだまだこれから。聞きたいことは、たくさんあるんだ。


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