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【第三十七話】決行前夜

【前回のあらすじ】

みくるはクローヴィスから聖獣神話の裏話を教わる。三つの「証」は実在の物に由来するという学説に興味を覚えた彼女は、それに関する本を借り図書館を出た。その後宿屋でくつろいでいると、突然オルフェとジタンが深刻な様子で部屋を訪れる。そして語られたのは、ある一つの疑惑。みくる達は動揺しつつも真偽を確かめる為、秘密裏に調べる事を決める。

 顔の横に垂れる髪の毛を、風が一房揺らして通り抜ける。

 あれから次の行動を色々話し合っていたら……あっという間に、夜になってしまった。早寝早起きの習慣が根付いているミレクシアは、もう民家の明かりもほぼ消えて、外灯も少ないから真っ暗。秘密の作戦を決行するのに、これほど都合が良いことも無い。

 

 クローヴィスさんが、森の異変に関して何か重要なことを隠しているんじゃないか――その疑念を明らかにするため、あたし達は彼の自宅や研究所を調べることにした。明日の夜にはもうセレフィア湖に行くから、迷ってる時間もない。


 だけど本人に直接「怪しいので今から家宅捜索させてください」なんて言える訳がない。

 

 だから、これからあたし達がやるのは……潜入だ。スパイ映画みたいに、誰にも気付かれないようにこっそり入って、静かに調査して、何事もなかったかのように帰る。ものすごく後ろめたいけど、やるしかないんだ。

 

 そのためにあたし達は、二手に分かれた。調査班と、その間クローヴィスさんの注意を引く陽動班。


 あたしは……調査班に入った。オルフェは危険だから任せて宿屋で待ってていいって言ってくれたし、お兄ちゃんもその方が安心だって言ってたけど、押し切ってしまった。モヤモヤした気分のままじっとしてなんていられなかったんだ。

 

 そして、今。あたしとオルフェ、そしてジタンの三人は、森の奥にこんもりと生える茂みに紛れ込むようにして座っていた。手には小さなスコープ。それを覗くと、向こうにいるシグレとリーリアの姿がハッキリと見える。


 まず動くのは、陽動班の二人。クローヴィスさんが家にいると調べられないから……適当な口実をでっち上げて、違う場所におびき出して、しばらくそこに足止めしててもらう。喋る内容も、既に入念な打ち合わせ済みだ。


 二人が連れ立ってクローヴィスさんの自宅兼研究所に赴く。カーテンは閉まってるけど、隙間から明かりは洩れてるし、まだ起きてるのは確実なはず。

 そして頷き合うと、シグレが手を伸ばして、ベルを鳴らした。


 待つこと数秒、入り口のドアが開く。上着もベストも脱いだ、ラフな格好のクローヴィスさんが出てきた。

 

「おや、君達……どうしたのだね、こんな時間に」

「夜分にすみませんが、どうしても相談したいことがありましてね」

「だいじょーぶかな、おじちゃん……」


 真剣な面持ちの二人が言うと、クローヴィスさんは少し背を屈めて微笑んだ。

「構わないよ。何か、緊急の相談かね?」

「あ、あのねっ! みんなでかんがえたの……! 森をめちゃくちゃにしてるの、すっごーくわるくて、すっごーくつよいモンスターなんじゃないかなって!」

 差し迫った顔で、リーリアが打ち合わせ通りのセリフを喋る。

 

「それで、戦いになった場合に備えようという話になりましてね。訓練場でワタクシ達の技や魔法を見せるので、アドバイスを頂けませんか」

 続けてシグレ。二人共、意外と演技派だ。

 

「ふむ……今からかね?」

「ええ。明日は明日でやりたいことがありまして、時間を取れるのがもうこのタイミングしか……。ですが、やはり難しいですかね? 住民ももう寝ているでしょうし」 

 しおらしい表情で言ってみせれば、クローヴィスさんは慌てて両手を振る。

 

「いや、大丈夫だ。結界に闇の力を加えて、暗闇と静寂の効果を付与しよう。そうすれば、中で何をしようとも周囲の迷惑にはならない。備えは万全にしておかねば」

 

 ただその直後に、少しだけ心配そうに眉を下げた。

 

「……ただ正直、肉弾戦はからっきしなのだが……シグレ君にとって私は参考になるかね? 遮楽を呼んでこようか? この時間なら、彼もまだ晩酌でもしているだろうし」

「いえ、アナタが魔法に特化しているからこそ意味があるのですよ」

 もっともらしくシグレが言う。

 

「対魔法用の戦い方も、もっと磨きたいと思っていたところなのです」

「……成程。それなら、私で良ければ」

 納得した様子で頷くクローヴィスさん。あたしはごくんと唾を飲み込む。ここまで、作戦通りに進めてる……!

 

「わーい! ありがとっおじちゃん!」

 リーリアがクローヴィスさんの右手を両手で握って、無邪気に大きく振った。

「リーリアね、見てほしいまほう、まだたーっくさんあるの!」

「はは、それは楽しみだ」

 オーバーな動きに揺さぶられながら、穏やかに笑う。注意が、完全にリーリアだけに向く。


 そんな、僅かな隙を突いて。

 シグレがさりげなく、開けっ放しのドアに近付いた。


 そして、そっとその内側に触れる。手の中には、小さな紙片。

 時間にして数秒の早業で済ませると、あたし達に向けて、背中に回した親指を立てて見せた。


 ――よ、よし、完璧……!


 あたしはスコープから目を離すと、そっと視線を落とした。シグレの持っていた紙と、似たようなものが手元にある。中央に魔方陣の描かれた、お札のようなもの。握り締めてたら手汗でちょっと湿ってぶわぶわになっちゃったけど、効果に影響は無いはず。


 このアイテムの名前は、転移紙――文字通り、空間転移ができる移動用アイテムだ。

 二枚一組で、片方を転移したい場所の壁とか床とか地面みたいな、平らな場所に押し付けると、魔方陣が転写される。そしてもう片方を発動させれば、その場所に転移できるという仕組みだ。フィールドやダンジョン内の好きな場所に設置できるから、途中離脱したい時にも便利なアイテムだった。


 今それが、クローヴィスさん家のドアの内側に設置された。これでいつでも、あたし達は家の中に飛べる。いくら厳重な戸締りがされてようが、関係なしだ。

 ドアがこげ茶色の木材で出来ているのも幸運だった。転写された地味な黒っぽい魔方陣は、この暗さも相まってきっと見えない。注意して観察しない限り、気付かれることは無いはず。


 や、やってることは思いっきり不法侵入だけど……! やばい、既に心臓が口から飛び出そう。今朝はあんなにのどかで平和に過ごしてたってのに!

 

「――それでは、杖を持って来るよ。少々待っていてくれ」

 そんなあたしを余所にとんとん拍子で話は進んで、一旦閉じたドアから、いつもの白衣スタイルに杖を持ったクローヴィスさんが出てきた。戦闘に備えた訓練という口実に、欠片も疑いを持っていないことが分かる。


「じゃ、行こ行こっ!」

 無邪気に前を飛ぶリーリアに、付いていく二人。クローヴィスさんを挟む形で歩き出す。

 その途中で、シグレがちらりとこっちに視線を投げてきた。


 こちらは上手くやったんですから、後は頼みましたよ――そう告げるみたいに。


「…………」

 あたしとオルフェは、スコープを下げて顔を見合わせる。

「……ほいじゃ、わしらも行こうかの」

「う、うん……」

 

 次は、あたし達の出番だ。


「げに大丈夫なんか? 今からでも宿屋に戻ってええんよ?」

「や、やる! やるよ!」

 あたしは大きく深呼吸してから、隣に座るジタンに顔を向けた。家に入っちゃうと外の様子が分からなくなるから、彼はここで見張りの担当だ。


「それじゃ、行ってくるから……何かあったら教えてね」

「おう。別に何か取ってこいってんじゃねぇんだ、あんま余計な無茶すんなよ」


 それに頷いてから、あたしは転移紙の片割れを地面に置いた。その上にかざされたオルフェの手に、自分の手を重ねる。


「準備はええか?」

「お、おーけー!」

 オルフェが静かに目を閉じて、発動のための言葉を唱えた。

「起動――転移(ワープ)




 視界が暗転して、次の瞬間にはもう現在地が移っていた。

 振り向けば、淡い光を放っていた魔方陣がほろほろと崩れるように消えていく。転移紙での移動は、一回限りの片道切符。侵入の証拠が何もかも消えてしまうのがまた好都合だった。帰りはまた別の転移紙を使って、宿屋まで一瞬で移動する算段だ。


 そして、この作戦のために用意したアイテムがもう一つあった。あたしはそっと右手の中指に嵌めた指輪を見る。真ん中に青い石の付いた、シンプルな指輪。


 この石にはとある仕掛けが施してある。それは特定のワードに反応して赤く光り輝くというもの。要するに、緊急事態をみんなに伝える用のアイテムだ。何か起こった時に備えて、全員がこれを身に着けている。

 指定ワードは『ぺリル』――危険って意味らしい。


 さて、あたしとオルフェはそっとリビングに入った。

 部屋のライトをつける訳にはいかないから、光源は布を被せたランタンの明かりだけ。壁一面の本棚に暖炉、大きな机――以前遊びに行った時と変わらない景色のはずなのに、暗闇とシチュエーションのせいで、ひどく冷たく見えた。


「手分けして調べるかのぉ。奥の部屋が多分研究室じゃ。わしゃぁそこから見るけぇ……みくる、この辺り頼んでもええか?」

「うん、分かった」

「なるべく物を動かさんように。もし危なそうなんがあったら、無理はせんで……ええね?」

「……りょーかい」

 小声でやりとりしてから、分かれる。オルフェの姿は、すぐ闇に溶けていってしまった。


 よし、と頷いて、あたしも改めて覚悟を決めた。もうここまで来たら戻れないんだから、やるんなら徹底的に調べないと。ゲームで言うところの探索パートだ。本来なら調べられるポイントがマーカーで示されているんだろうけど……当然今はそんなもの見えない。手当たり次第に見ていくしかない。


「お兄ちゃん、もし見落としっぱなしのがあったりしたら助けてね」

『ああ、大丈夫。こっちからみぃの様子はちゃんと分かるから』


 一応の保険もかけつつ、まずは棚を覗き込む。ただ、ここは前も見たところだし、改めて眺めても怪しそうなものは見当たらない。そもそも人に見せられないものがあるとして、さすがにこんな場所に堂々とは置かないか。


 となると、一番怪しいのは……。


 あたしは部屋の奥、窓辺に置かれた大きな机に近寄った。やっぱ、重要アイテムがあるとしたらここじゃないかな。

 天板の上に、小さな卓上カレンダーが置かれていた。毎日のタスクがびっしりと書かれていて、一日が終わるごとに律儀に斜線が入れられている。


「うわ、忙し……」

 思わず呟きながら、文字の細かいそれを手に取ってランタンにかざす。特に妙な記述は無さそう……? あ、明日のところに赤い印が付けられてる。これは単にあたし達との予定をすっぽかさないための印なのか、それともクローヴィスさんにとって重要な意味があるからなのか……。


 あーもう、疑ってたら何でも怪しく見えてくる!


 首を振ってカレンダーを置くと、机の上部のスペースに視線を移した。几帳面に揃えられた書類やノート類が並んでいる。全部調べるのは骨が折れそうだ。とりあえずぱらぱら見つつ、内容が理解できそうなものをピックアップしていく。


 最初に目に付いたのは、一冊のノートだった。どうやら授業のための出欠簿らしい。村の子供達の名前と、教えた内容がまとめてある。

 驚いたのは、名前の横には単に出欠だけじゃなくて、その日の様子まで書かれていたこと。どんなことに興味を示してたかとか、どんなこと発言してたかとか、色々……授業の度に書かれている。

 

「すご……一人一人ちゃんと見てるんだ」

 研究の片手間じゃなく、真剣に。全員と向き合おうとしているのが、この短い文章だけでも伝わってきた。


(……悪いこと企んでるようには、見えないよなぁ……)


 なんだかいたたまれなくなって、あたしは出欠簿を閉じて戻す。するとその隣に立て掛けられていた布張りの手帳が、するりと落ちてきた。

「おっとと」

 慌てて受け止める。弾みで開いたページから、ちらりと中身が見えた。


 ――今日は研究室に籠る一日だった。魔力循環の測定で、ようやく安定したデータが取れた。あれほど魔素値の乱れに難儀したというのに、単に触媒を変えれば済む話だったとは。これで一歩進めそうだ。


 ――遮楽と共に素材の採取へ。道中に狂暴な魔物もいたが、滞り無く終える事が出来た。彼にしてみればまだまだ物足りないという。全く心強い限りだ。今度、街に出ている討伐のクエストでも紹介してみようか。


 整った字で書かれた、何気ない文章。その他にも、素朴な出来事が淡々と書かれている。

 

 こ、これ……ひょっとして、日記帳?

 

「…………」

 あたしはページに手を置いた姿勢のまま、しばらく固まっていた。

 

 こういう時にはありがちだし、その人物を探るって意味では、一番マストで調べるべきアイテムだ。だけど同時に……一番、見るのに罪悪感のあるアイテムでもある。


(でっ、でも! これで全部分かるかもしれないんだから!)

 心の中で何度も謝りつつ、意を決するとぱらぱらとページをめくって内容に目を通していく。


 日記も出欠簿と同じく、丁寧にしたためられていた。さすがに忙しいからか毎日ではないっぽいけど、仕事の話以外にも、住民との交流、ミレクシアの運営についてなどなど、日々の出来事が綴られている。


 ――今年は小麦の出来がとても良い。さらに収穫量が増え、皆喜んでいた。フェルウッドの灰を土に混ぜ込むと、生育が目に見えて早まったという。やはり机上の論理だけでは見えてこない事も有る。この調子なら畑をもっと拡張出来るだろうか。


 ――ティルが草原のスライムを、自分の手で倒したのだと誇らしげに話してくれた。相変わらず活発な子だ。エトル君は落ち着きの無さに時折手を焼いていると言っていたが、それもまた、旺盛な好奇心の裏返しだろう。抑え込むより、正しく伸ばしてあげたい長所だ。

 どうやら剣術にも興味が有るらしい。遮楽に相談してみるのも、悪くないかもしれない。


 ……内容はまちまちでも、共通して言えるのは……どの文章も温かくて、誠実で、優しい人柄にあふれているってことだった。

 

 魔法の研究と同じくらい、ミレクシアの人達のことも大好きで、保護村を良くするために常日頃考えてる。その文章の端々から伝わってくるのは、責任感とか義務感じゃない。もっと個人的で、もっと人間的な――この場所を大切に思っている、という感情そのものだ。

 少なくとも、悪事をしようとしてる人が書ける文章じゃない。


 疑いの証拠を探しに来たのに。

 さっきから見つかるのは、そんなのばっかり。


「やっぱり……単にあたし達の考えすぎなんじゃ……」


 申し訳なさでいっぱいになりながらも読み進めていると、少し長めで、心当たりのある文章を見つけた。


 ――明日から、しばらくミレクシアを留守にする。ここまで長い出張は、本当に久しぶりだ。一介の研究者に過ぎない私が、国からの招聘を受けるなど過分な話。種族融和への助言を、との事だが……果たして、どこまで力になれるか。いや、弱気になっている場合ではないな。これまで積み重ねてきた物を信じよう。

 遮楽が同行してくれるのも、何より心強い。窮屈な場は苦手だというのに、私が不安そうなのを感じ取ったのだろうか。もっとも、会食の場で出るであろう高級な料理や酒が目当て、という可能性も否定は出来ないが。

 村は、留守の間も問題なく回るだろう。緊急時の連絡手段も整えてある。

 願わくばこの訪問が、希望ある前途に繋がらん事を。


 あたしは一旦日記を置いて考える。そういえば……ティルの家で晩ご飯をごちそうになったとき、エトルさんがこんなこと話してたっけ。しばらく出張してたって。研究の仕事に保護村運営まであるだろうに、うわー目まぐるしい毎日だったんだな。少しサボりたいとか思うとき無いのかなぁ……なんて、ちょっと感心しながら次のページをめくると。


(……あれ)

 思わず、ページを飛ばしてないか確認してしまった。

 

 なぜならそこに書かれていたのは、これまでとはまるで違う文章だったからだ。

 一目見ただけで、何かおかしいと分かるくらい、様子が変わっていた。

 

 まず、全体的に乱れてる。これまでの高さも大きさもきっちり揃った、お手本みたいな文じゃない。殴り書きみたいに字も雑だし、力を込めすぎたのか、紙の裏までインクが滲んでいる箇所もある。そうかと思えば掠れている箇所もあった。


 内容も、なんだかまとまってない。

 

 ――まだ整理が追い付いていない。じっとしていられず筆を執ったはいいが、一体私は何を書こうとしているのか。

 こんな形でミレクシアに戻る事になるなんて、思ってもみなかった。

 私は、何も出来なかった。本当に、何も。

 助言も、説得も、止める事すら。

 遮楽の言う通りではある。下手に立ち回れば、火に油を注ぐだけ。頭では、理解出来る。

 だがこのまま静観していたのでは、確実に多くの人が傷付く。

 私は、本当に手を尽くしたのか? あれ以上、出来る事は本当に何も無かったのか?

 駄目だ、眠れそうにない。


 ……いつもみたいに落ち着いて考えながら書いたんじゃなくて、ただ衝動のままに書いた乱文という感じだった。文体そのものは変わらないのに……まるで別人の日記だ。

 それまでずっと穏やかな毎日で、しかも直前の文章も明るさが滲んでいたから、その分余計に、ぐちゃぐちゃな心情が浮いて見える。


 ああ……そうだった、思い出した。

 

 晩ご飯のバーベキューの席で、エトルさんの話に合わせてティルがこんなことも言ってたんだっけ。


 なんかトラブって、予定よりかなり早く帰る羽目になったって。


 その時はティルの無邪気な口調も相まって、軽く聞こえたからそこまで突っ込まずに流したけど。実は、結構深刻な事が起きてたりしたの?

 日記に書かれていないこの空白の間に、何があったんだろう?

 

 視線を移す。随分間が飛んだらしい次の日記は、文字も多少落ち着きを取り戻していた。


 ――何日ぶりだろう。余裕が無く、しばらく書けていなかった。

 だが、ここ数日は少し精神的にも安定している気がする。

 何より、志を同じくする者が現れてくれた事が僥倖だった。最悪の悲劇は止められるのかもしれない。

 淡い希望だが、見出せる限り、動き続けなければ。

 

 ……ん? これ、誰のこと言ってる? 遮楽? いや、それだったらこんな書き方しないよね……?

 とにかくクローヴィスさんの周りで次々何かがあったらしいけど、全然詳しいことが分からないな。


 先を読めば分かるかなと、ページをめくっていって――

 指先が、ぴたりと止まった。


 何か見つけたんじゃない。むしろ逆。()()()()()()()()


 日記帳のページが、そこで途切れていた。物語が急に打ち切られたみたいに、途端に続きを失う文章。

 そっと指でなぞると、不自然な段差があるのと、ページの端が明らかに毛羽立っているのが感触で分かった。

 

 これって……途中から、破り取られてる?


 乱暴に引きちぎった感じじゃなくて、慎重に切り取っていったような跡だ。だとすると、捨てるために破ったのではないっぽい? でも……なんでそんなこと。

 

 穏やかな日記で、やっと疑いが薄れそうだと思った矢先に、また新しい違和感が増えていく。昨日から、感情が行ったり来たりで、落ち着かない。


 すると、横にずらした手にかさっと、また別の紙の感触。

 

 裏表紙の内側、ポケットになっている部分に、何かが挟まれていた。

 

 取り出してみると、新聞のスクラップみたいだった。小さく折り畳まれたそれを広げて、天板の上に置く。そして大きく目立つ見出しを小声で読み上げた。


「リオルセア王国でクーデター発生。共存から一転、排斥を強行……融和に暗雲……トゥーガラ侵攻の懸念高まる……?」

 な、なんか知らない単語と知らない単語が出てきた。何コレ、この日記の内容と関係あるやつなの……? 一応メモったりとかしといた方がいい感じかな。


「……みくる」

 しばらく考え込んでいると、奥から名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。オルフェが研究室から手招きしていた。


「ちぃと来れるか?」

「あ、う、うん。ちょっと待って……」

 大急ぎで記事のスクラップを戻して、日記帳を元の通りに仕舞う。そしてあたしは静かに机から離れると、そっちへ向かった。




 研究室は、初めて入る。当然だけど、生活スペースに比べて格段に物が多い。


 壁際には背の高い棚がいくつも並んでいて、ずらりと瓶や器具が収められていた。中身は色とりどりで、透明な液体、粉末、乾燥した葉や根っこみたいなもの。ひとつひとつに、几帳面な文字でラベルが貼られている。

 

 チェストを兼ねた台の上には、魔法陣の描かれた紙束やノート、計測用らしき器具が所狭しと置かれていた。学校の理科室にも似てるけど……それ以上に堅苦しいというか、特別感や気難しさがある。勝手に入ってるくせに、思わず背筋が伸びた。


「そっちはどうじゃった? なんか見つかったか?」

 声を潜めて、開口一番聞いてきたオルフェ。

 

「あの、それが……」

 あたしはおずおずと日記帳のことを話した。すると彼は、真剣な顔で目を閉じて頷く。


「途中から破り取られた日記……か。やっぱりのぉ……」

「えっ、やっぱりって……!?」

 てっきり驚くと思っていたから、予想外の反応に面食らう。オルフェはそっと、研究室内にある机の上を指差した。付箋のびっしり貼られた本の山と、散らばる走り書きのメモ。その中に、数冊のバインダー式のノートがある。

 

「マメなお人じゃ。これまでの研究結果や考察は、全部が事細かく記録されとった。資料の保存もきっちりされとるわい。じゃけど……アムルーナの森に関する資料だけ、どこを探しても見付からんかったんよ。最近の出来事じゃけぇ、そがぁ埋もれる事も無い筈じゃろう? それなんに、みくるの見た日記と同じ……すっぽり抜けとる」

 分かるか? と言ってから、少し屈んで視線を下げた。

 

「わしらが怪しんどる部分に関してが、不自然に何も見つからん過ぎるんじゃ。まるで意図的に消したみたいに……」

 再度背筋を伸ばして、あさっての方向を向きながら唸ったオルフェは、考えながら低く呟く。

 

「こりゃぁ……まとめてどこかに隠されとるんかもしれん……」

「どこかって……」

 

 そんなのもう分からないんじゃ、と言おうとして、あたしの脳裏に以前来た時のことが蘇った。


「あ……」

 オルフェの袖を引っ張ると、遠慮がちに言う。

「あ、あのさオルフェ。隠し場所に心当たりがあるっちゃあるんだけど……」

「ん?」


 こっちこっちと手を動かしつつ、あたしは再びリビングに戻って、床の一角を指差した。四角く縁取られたような場所。


「ここ、扉になってて、地下室があるんだって。前に遊びに来た時も、ここには入れなかったんだ」

 一応扉に触れてみるけど、びくともしない。そもそも取っ手が無いから、このままじゃ開けようがないんだ。オルフェもしゃがみ込んで、難しい顔をする。

 

「……こりゃぁ……魔法錠じゃのぉ」

 そして、ある一点を指差した。扉の模様が一部抜けている部分だ。

「鍵をここに嵌め込まんと、開かんようになっとるんじゃわい」

「うーん……じゃあここ調べるのは無理そうだね……」

 

 どうしようかなぁと立ち上がる。ところが、オルフェはそのまま動かず、扉に右手をかざした。


「ふむ……どれ、ちぃと試してみるかのぉ」

 呟くと同時に、ぼぅっと掌に光が灯る。そして目を閉じて、扉の表面を探るように、ゆっくり動かし始めた。

 

「……何してるの?」

「この扉に掛けられとる魔術回路の流れを断ち切って、無理やり解錠出来んかやってみとるんじゃ」

 まぶたを開けないまま、動きを止めずに答えるオルフェ。

 

「えっあの、それ……つまりピッキングみたいなのしてるってこと……!?」

「こりゃ、人聞きが悪いわい。あくまで調査の為なんじゃけぇ」

 慌てるあたしとは対照的に、平然と返される。

 

「ていうかなんでそんなスキルあるの!?」

「……年季が違うっちゅう奴じゃ。皆には秘密じゃけぇね?」

「お、オルフェさん……!?」

 思わずなんか敬ってしまった。


 だけど結局失敗に終わったみたいで、手から光が消えるとがっくりと肩を落とす。

「駄目か……そう簡単に壊されるもんでもないのぉ。やっぱり鍵を見つけるしかなさそうじゃ」

「この家のどこかにあるよね、多分。探すしかないのかなぁ……。ちょっと、向こうの方見てくる」


 あたしは棚や小物入れなどを注意深く見ていった。あの几帳面さからして、その辺に放っておくようなことはしないと思う。どこかに仕舞ってあると思うんだけど……。


 棚のガラス戸の向こう、見当たらず。サイドテーブルの上、無し。

 寝室に移動する。ベッド横の小さな引き出しも、小物入れの中も、見つからない。


 ……だけど……。


 探しながら、頭の中でちらりと違う考えも掠める。

 もし、クローヴィスさんが森の異変に関わってる決定的な証拠が見つかったとして。その後、あたし達はどうしたらいいんだろう?


 疑いようもない優しさと、人の良さの奥で……一体何を抱え込んで、隠してるの?


 答えもハッキリしないまま、不安を打ち消すようにひたすら探す。

 

「ひょっとして家の鍵と一緒に持ってたりするのかなぁ……」

 口の中で呟きながら、さらに部屋の奥へ行こうとしたその時。リビングの方で物音と、くぐもったような声がかすかに聞こえた。

 

「ん?」

 オルフェ、どうかしたのかな。あたしは物にぶつからないようにしながら、急いで寝室を出る。


「ねぇ、何か見つけた――」

 そう喋りかけたあたしの目に飛び込んできたのは、床に倒れ込んだオルフェの姿だった。


「……え!?」

 

 力無くうつ伏せになったまま、ぴくりとも動かない長身。呼びかけても、反応すらしない。


 突然の事で思考がフリーズする。ただ、緊急事態発生ということを悟った体が、とっさに右手を動かした。口元に持ってきた指輪へ、危険を知らせる言葉を伝える。


「ぺ、ぺリ――」


 直後、背後から口を誰かに塞がれた。

 

「むぐっ!?」

 ヤバいと思う間もなく、続けて右手首を掴まれる。そのまま勢いよく回る視界。


「うぎっ!」

 次の瞬間には、床にうつ伏せの状態で抑えつけられていた。背中にズンと重みがのしかかる。無理やり後ろに回された右腕が痺れるように痛んだ。動けない。

 

「……客人として歓迎してはいたがねェ……流石にやって良い事と悪い事ってのがありまさァ」

 ばたばたもがいていると、怖いほどに冷静な声が、頭の上から降ってきた。

 

 ああ……そうだ。どうして、こうなる可能性を前もって考えておかなかったんだろう。

 この村には、凄腕の用心棒がいる……とっくに知ってたはずなのに。

 

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