【第二話】クエストの幕開け
【前回のあらすじ】
ゲーム世界へと降り立ったみくるは、モンスターの手荒い歓迎を受けるなどドタバタ劇がありつつ、何とか無事にパーティーと合流する。唐突な再訪に驚きながらも、四者四様の反応で迎え入れる仲間達。さて相も変わらずな彼らと再会のあいさつを済ませたみくるは、リュックサックと現実世界にいる創のナビゲートを背に、クエストへの同行を宣言するのだった。
一見のどかな平原に似つかわしくない、雄叫びが響いた。
ダンッと芝生や砂を蹴立ててジャンプしたのは、アルマジロとイグアナを足して二で割ったようなオレンジ色のモンスター。
お兄ちゃん情報によるとフレムドンという名前らしい。そういや前に、ブリザドンという名前で同じ姿の青いモンスターと戦ったことがある気がする。それの色違いって感じかな。
空中で体を丸めると、弾丸のように飛んでくる。
「チッ」
その弾道の先にいたのはジタン。防具を着けた腕をかざしてガードの姿勢を取る彼に襲いかかった。金属的なガキンという音が鳴る。
鉄製の防具の頑丈さは今更言うまでもないけれども、モンスターの固さもなかなかのもの。特に背中の皮膚は分厚くゴツゴツした岩のような質感で、あの体当たりを生身で喰らったらかなり痛そうだ。
「ギュアオゥ!」
フレムドンが吠えた。爬虫類特有の縦に細い瞳孔がさらにキュッと細められる。そして上半身を反らして大きく息を吸い込むと、口から炎のブレスを吐き出した。
「うおっ! ……っつ!」
防具では防ぎきれないブレス攻撃を至近距離で放たれたジタンは、熱さに顔をしかめながら持っていた大剣を一閃した。炎を薙ぎ払うと同時に、フレムドンを吹っ飛ばす。
「リーリア、水属性の魔法じゃ!」
「りょーかいオルフェっ!」
その隣でオルフェの呼びかけに応じたリーリアが、地面を転がるフレムドンに両手の照準を合わせた。
「アイス!」
その両手から小さな氷塊が放たれて、起き上がりかけていたオレンジの体に直撃する。弱点属性の攻撃に悲鳴を上げるフレムドン。
そんな中、すぐ横で風切り音が聞こえた。キュノムという名の、目玉に直接羽が生えたようなモンスターが群れをなしている。相手をしているのはシグレだ。
キュイィィィ……!
「フッ!」
二体のキュノムから交差するように発された光線を、シグレが姿勢を低くしてかわす。そこから一気に飛び上がると、両手の短剣を鋭く振るった。
一体が見事に切り裂かれて消滅したけれど、もう一体はギリギリ切っ先から逃れて羽ばたいた。
ここまで見ていた感じ、単体の火力は大したことなさそう。でも素早くて連携力もあるから、あんまり一匹一匹に構ってもいられない。これは一気に蹴散らさないと若干面倒な戦いになるかも……?
ということで、あたしはリュックサックの口を開けると中身を探った。そして赤茶色の液体が入った小瓶を取り出す。
「シグレこれ使って!」
言いながらあたしが投げたそのアイテムの名は、グンピード。飲めば数ターン攻撃力と素早さが上がる補助アイテムだ。
ぱしっと器用にも短剣を持った手でナイスキャッチして、コルクの栓を抜いたシグレは、それを一気飲みして空瓶を放り捨てる。ああ、アレ後でちゃんと拾っとかないと……ポイ捨てダメ、絶対。
「——さぁて、サッサと片付けますかね」
アイテムの効果で火力を増したシグレは、好戦的なニヤリ笑いをさらに深めて敵に斬りかかっていく。その全身にうっすらと、赤いオーラ的なものが立ち昇って見えた。
「……ねー、お兄ちゃん」
戦いの最中、あたしはふと、リュックサックの中にあるもう一本のグンピードを眺めながら言った。
『ん? どうした』
「いや何気なく使っちゃったけどさぁ。コレの即効性ヤバくない? ほんとに飲んで大丈夫なヤツなのかなぁ」
『……たまにならいいんじゃないか? 常飲しなければ……』
「あ、そんなエナドリ的な扱いなんだコレ」
それから程なくして、無事戦闘は勝利で終わった。このフィールドに出現する敵モンスターの強さはまあまあだから、今のパーティーならエンカウントバトル程度で苦戦することはない。
「一応、確認しときたいんだけどさ」
ひと仕事終えたみんなに飲み物が入ったボトルを渡して労いつつ、あたしは口を開いた。
「みんなこれから、謎に荒れた森? ってとこに行くんだよね?」
「なんで知ってんだよお前……まあ今更か……?」
ジタンがあたしの背負ったリュックサックから、地図を取り出して言った。
「依頼人から印付けてもらったからな。目指す場所は知れてる。ここだ」
広げられたそれを覗き込んだ。確かに赤いインクで丸がしてある。
「……ひょっとして結構遠い感じ?」
「あァ……だろうな。道中都合よく宿屋でもありゃいいが、無けりゃ野宿することになるだろうぜ」
「えっ、じゃ焚き火とかするよね!?」
「何ちょっとはしゃいでんだよ。遊びに行くんじゃねぇんだぞ」
地図をガサガサと雑に丸めながらジト目で言うジタン。そうは言われても、こちらは冒険慣れしていないごく普通の異世界転移者。未知のフィールドに、外で過ごす夜……なんか、全部が特別感あって想像するだけでワクワクしちゃう。
「あっ……そうだ、お兄ちゃん」
『ん?』
ふと思いついて、あたしはイヤーカフに手を添えながら言った。
「その目的地の森、モンスターの強さ的にどう? レベル上げとか要りそうな感じなら、みんなに伝えるけど」
まあ、何も知らない状態で突撃して予想外の強さにアワアワするっていうのもRPGの楽しみ方ではあるんだけど……いつもとは違って現地にいるのもあるし、ここは堅実に行っときたいところ。
『あー……いや。一応推奨レベルは超えてるから大丈夫だ。余程下手な戦い方をしない限りは、全滅に追い込まれることはないと思う』
「オッケー。じゃ、このまんま真っ直ぐ向かうね」
『ああ』
お兄ちゃんとの会話を終えて、あたしは所持アイテムを確認する。回復薬、状態異常を治す薬、いざって時のための逃走アイテムけむり玉……あと食料。
「よしっ備えは万端! 多分!」
力強く言って、リュックサックを背負い直した。
「みくる、張り切っとるね」
その様子を見ていたオルフェが、微笑んで言う。
「へへんっ、せっかく来たんだもん任せてよ!」
「ほー頼もしいこと。ではしっかり荷物持ちしてくださいよ」
腰に手を当てて胸を張ってみせたあたしのリュックサックに、シグレが次々と先程の戦闘で手に入れたアイテムを放り込んだ。キュノムの羽に、トカゲのしっぽ、いくらかのコイン。おしまいに口を閉めたリュックを上からバーンと平手で叩く。
「んぐぇっ!」
衝撃で後ろに引っ張られて、潰れたカエルみたいな声が出た。
「じゃ、行きますかねぇ。いやー雑用係がいると便利なもんです」
片手をひらひらさせながらシグレが歩き出す。
「もぉーすぐこういうコトすんだから……せめて後方支援って言ってよぉ」
ズレたカチューシャを直しつつ、あたしも後に続いた。
それからは、どこか寄ることも無くひたすら移動って感じだった。
もちろん歩き詰めではなくて適度に岩場や高台で休んだり、軽く食事を挟んだり、はたまた野良モンスターと戦って経験値やお金を稼いだりという時間はあったけど、取り立てて特別なイベントも無く……。
普段は画面上のマップを、こうして実際に歩いてみるとよく分かる。冒険者ってロマンだけど実際は大変だ。手強いモンスターとの激闘とか、前人未到の地とか、カッコいい活躍の裏にはやっぱ地味でコツコツした努力がいるんだなぁ……なんて、テレビで特集されてる職人やアーティストのドキュメンタリーみたいなことを考えてしまう。
「お兄ちゃん、フィールド移動アイテムに自転車とか実装しない?」
『いや世界観がな……せめてそこは馬とか何かしらの動物じゃないか? ……まあ、一度行った場所にはアイテムでいつでもワープが可能になるし、もう少しの我慢だぞ』
「ふあ~い……」
空もすっかり夕暮れに染まって、なおも歩いていくと、森に入った。と言っても、ここは目的地ではなくて、通り道にある何の変哲もない森。木々の葉っぱで日差しが遮られて、平地を歩いていた時よりちょっとだけ涼しい。グリーンの色合いや葉が擦れる音も心地よくて、なんか癒されるかも。
「……ん」
すると、先頭を歩いていたジタンが立ち止まった。
「おい、あれ」
こっちを向いて、親指で先を示す。
「えっ何?」
目を凝らして見てみると、急にぽっかり拓けた場所があって、白い魔法陣が描いてあるのもぼんやり見えた。
「ほお、こがぁな所に休憩所じゃ。ありがたいのぉ」
ホッとしたようにオルフェが言った。その場所は休憩所という名の、言わば安全地帯。
曰く、常時結界が張ってあるおかげでモンスターは入ってこられないらしい。旅をする冒険者が休んだり一夜を明かしたりするために人工的に作られたスペースだ。
ゲーム的に言うと、道中のセーブポイント兼回復ポイントって感じ。隅っこにある白い魔方陣がそれで、上に乗って祈ることで効果を得られる。
「もう遅いですし、今夜はここで寝泊まりですかね」
休憩所に入って、伸びをしながらシグレが言った。
「ん~つかれたぁっ!」
そうは言いつつ一番元気に見えるリーリアが、柔らかい草の上に大の字で転がる。葉の間からこぼれた夕焼けの光が薄く透ける、ステンドグラスのような羽。妖精は森が似合うなぁ……。
「……うん? あれって……」
リュックサックを置いたあたしはふと、魔方陣の横に置いてあるものに気づいた。木製の宝箱みたいな見た目だ。興味を惹かれて開けてみる。
「わ、なんか色々入ってるよ!?」
中には指輪やお守りのような装備品に、薬草や回復薬など、アイテムが雑多に入れられていた。振り向いたオルフェが、ああ、それ、と反応する。
「必要なもんがあったら、そっから自由に取ってええよ。わしらみとぉな冒険者が、持っとるもんをかえっこするために置かれとるんじゃ。何か取ったらお返しを入れとくんがマナーじゃけぇね」
「ま、そう言っても要は不用品回収ボックスみてぇなもんだ。あんまり中身は期待すんなよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
オルフェとジタンの説明に、あたしは箱の中見を眺めながら言った。フリーマーケットみたいでちょっといいな……と思ったところで、あたしはあることに思い至る。
「ひょっとして、ダンジョンとかに宝箱があるのって全部こういう理由だったりするの……?」
『えっ……さあ?』
「さあってお兄ちゃん」
『まあでも、ゲームあるあるだけど考えてみれば不自然だもんな。ある意味納得できる理屈付けではあるかも』
「妙なとこだけゲームだからで流さないんだね……」
さて、一息ついたら野営の準備。木を集めて火を焚いて、その火で夕食も準備して……。
今夜のメニューは、茶色いパンと小瓶に入ったジャム、そしてポタージュのような白っぽいスープだ。旅の食事ってもっとこう干し肉とか栄養バーとか、簡単な携帯食料っていうイメージがあるから、お皿とスプーンで食べるちゃんとした食事なのがやっぱちょっと意外。
でもパンは少しハードな歯ごたえで味もちょっと甘酸っぱさがあるような感じだし、ジャムも見慣れない丸くて赤い木の実が使われてるしで、いつも食べてるものとは明らかに違うのが異世界を感じて楽しい。
「美味そうに食べるのぉ、みくる。リーリアにも負けとらんわい」
「アナタは何でも楽しそうでいいですねぇ」
微笑むオルフェと、ちょっと皮肉っぽく言うシグレ。
「実際おいしいもん。ねぇリーリア?」
ねー、と隣に座ったリーリアと頷き合う。
「にしても、何がそんなに物珍しいんだよ。別にお前の世界と、食いもんは大して変わらねぇんだろ?」
するとあぐらをかいたジタンが怪訝そうにあたしを見るので、ちょっと考えつつ口を開く。
「んー、まあ、パンもジャムも普通にあるっちゃあるけど……」
「そなの?」
オルフェに小さく千切ってもらったパンを頬張りながら、リーリアがあたしを見上げた。
「リーリア、みくるのせかいのごはんすっごく知りたかったんだけどな」
「そんなに特別じゃないと思うよー? えっと昨日の夜は何だったかなぁ……」
急に思い出そうとするとなかなか出てこなくて、あたしはうーんと唸った。
「ごはんと味噌汁とぉ……あ、そうだおからの煮物と、あと枝豆も食べたっけ」
「……みそしる? あんま聞かん料理じゃのぉ」
料理のことで興味をくすぐられたのか、オルフェが聞いてきた。
「味噌っていうのはねぇ、えーっと、大豆っていう豆を発酵させたやつ。しょっぱくてお湯に溶くとおいしいよ」
「ほぉ~、豆か」
ふむふむと頷いて、さらに身を乗り出してくる。
「おからっちゅうんは?」
「えっとぉ……大豆を絞ってぇ、なんかしたやつ……」
「そ、そうなんか……エダマメは?」
「……だ、大豆の赤ちゃんみたいな」
「アナタの世界って食材一つしか無いんですか!?」
「た、たまたま! たまたまだから!」
「たまたまでできるレパートリーじゃねぇだろ……」
若干戦慄したようにジタンが言う。ヤバいこのままじゃあたしの食生活が誤解される!
「みくるぅ……スープもっとのんでいいよ?」
「いや大丈夫、大丈夫リーリア、他のもちゃんと食べてるから、ね?」
そーっとスープのお皿を差し出してきたリーリアを、あたしは必死に押し留めたのだった。
バチッと火が弾けて、暗闇に火花が飛ぶ。気付けば、もうすっかり夜だ。星はたくさん夜空に浮かんでいるけど、明かりとしてはあまりにも心もとない。
なんとなく振り返ってみると、もう数メートル先もよく見えなくなっていた。今は焚火のおかげで明るい手元も、これ消したら本当に真っ暗になるんだろうな。パーティーと一緒にワイワイしてるからちょっとしたキャンプ感覚だけど、一人だとさすがに怖いかも。するっと風が首元をなでた。
「明日には、件の森に着きそうですかね?」
ふとシグレが言った。
「ほうじゃのぉ。だいぶ近いとこまでは来とるはずじゃ」
「まあ二日かかるこたぁねぇだろ……ん? どうかしたかリーリア」
パンを持ったまま急にきょろきょろしだしたリーリアに気付いて、ジタンが尋ねる。
「んーん。なにかガサゴソってきこえた気がしただけ」
「動物でもいるんじゃないですか? モンスターはここには近付けないはずですし」
三人がそんな会話をしている間に、オルフェが地図を取り出して、みんなに見えるように広げた。
「今おるのがここじゃろうのぉ。もう道の半分以上まで来とる」
「森の近くにまともに泊まれる場所でもありゃいいんだけどな」
覗き込みながらジタン。
「そう人里離れた場所にも見えんし……村くらいじゃったらあると思うがの」
そう答えてから、オルフェはあたし達を見回した。
「ひとまず、明日も早い出発にはなりそうじゃ。歩き通しで疲れたじゃろうし、今夜はもう寝――」
その時。
何かが視界を、斜め上から下にどさっと落ちていった……と思ったら、次の瞬間には焚き火が消えていた。
「……は」
状況を理解する間もなく、暗闇に包まれる視界。脳みそがさっき見た光景を反芻して、一瞬遅れてやっと理解する。さっき降ってきたのは……大量の、砂?
途端に、もうもうと立ち込める砂煙。
「うぇっ、げほっげほっ! ちょ、なんで砂なんか降って……」
「やべぇ! 構えろお前ら!」
あたしの言葉をかき消すように、隣にいるジタンが切羽詰まった声で怒鳴った。
「夜盗だ!」
言いながら立ち上がった拍子に、スープの皿がひっくり返る。ばしゃりと中身がこぼれて、全てが地面にぶちまけられた。
NEXT CHAPTER 〉〉