【第三十三話】おやすみ前の作戦会議
【前回のあらすじ】
神具を求めヘルマレ洞に入ったパーティー。行き止まりかに思われた先で、予言の書が彼らを隠された部屋へと導く。そこにあった宝箱の中には、金のアストロラーベが入っていた。さて目的達成と帰ろうとしたその時、不意に現れたヘビーフロッグがそれを強奪し逃走。パーティーは散々振り回された末に、やっとの思いで神具を手にしたのだった……。
視界が暗転すると共に、体がぶわっと持ち上げられるような感覚を味わうこと数秒。
次の瞬間には地面の感触が足に届いて、唐突に広がった視界の先に、ミレクシアの石門があった。
「っはー……マジでワープアイテムあるの神……現実世界にも実装されたらいいのに……」
あたしはしみじみと呟く。一度訪れた村にはその後、専用アイテムでワープが可能になるから、帰りはあっという間だった。空はもうすっかり夕焼け色だけど、これが無かったら下手すれば深夜になってたとこだ。
「あ、おにーちゃん達おかえりなさーい」
あたし達が村の門をくぐると、すぐ近くで遊んでいた村の子達が迎えてくれた。ピンク色のゴムボールを持ったティルが大きく手を振る。その動作に合わせて、ピンと立った長いウサギ耳が揺れた。
「ヘルマレ洞どうだった!?」
「おう……すげぇ疲れたし面倒だったぜ……」
「そ、そうなんだ……! 強敵とのアツい戦いがあったんだね……!」
ジタンの返答に、ぐっと拳を握るティル。う、うん、夢見させてあげた方がいいのかな……?
するとその直後、ティルの視線があたし達より後方を向いた。
「先生ー! 遮楽おじさん! おかえり!」
振り返ると、ミレクシアの門をくぐるクローヴィスさんと、その半歩後ろを付いて来る遮楽の姿が見えた。
「やあ、ただいま」
「おーう。今帰ったぜェ。こりゃァ皆さんお揃いで」
慣れた反応を返す二人。
「あっ、二人もどこか……」
行ってたの? と続けようとして、あるものに気付いたあたしは目をむいた。
「うわ何持ってるのそれ!?」
「あン? 出掛けた用事ついでに、ちぃとばかり狩りをやってねェ」
遮楽は肩にロープを担いでいて、その先にたくさんの獣肉らしきものがぶら下がっていた。中にはまだら模様でぶよぶよした、明らかにあたしの住む世界には無いモンスター肉みたいなのもあって、ちょっとグロい……。
ところがそんなあたしの様子も何のその。遮楽は大股でずかずか歩くと、肉の束を高く掲げてよく通る声で言った。
「ガキ共ォ! 今夜は肉があるぜェ!!」
途端に遮楽の周りに村の子達がわらわらと集まってくる。
「うわすごい! ごちそうだぁ!」
「焼いて塩かけて食べたら絶対おいしいやつ~!」
「ポクイモの葉で包んで蒸すのもオシャレじゃない?」
「そういえばうちにカラムツの実あるよ。種をすり潰したらスパイスになるんだって」
「わ~いいなぁ! リーリアもたべたーい!」
いつの間にか混ざって一緒に大はしゃぎしてるリーリア。
「ハハハ。ま、仲良く食いねェ。ほらよ」
ドサッと無造作に肉の束を置く遮楽。疲れた肩をぐるぐる回してほぐしつつ、あたし達のところに戻ってきた。
「ついでに、アムルーナの森も見てきたんだがなァ」
言いながら、白い短髪をわしわしと掻く。
「これといって目ぼしい発見は無ェや。すまねェなァ」
「君達の方では、何か見つけられたかい?」
隣のクローヴィスさんが、杖を地面に立てて尋ねる。あたしはにんまりすると、リュックを前に抱え直してポンと叩いた。
「湖で聞いた通りだったよ。ちゃーんと、神具取ってきたんだから!」
それを聞いたクローヴィスさんは、少し目を見開いた後に笑った。
「それは素晴らしいな。是非詳しい話を聞きたいが……見た所、随分お疲れの様子だね。まずは、ゆっくり休むと良い。今夜にでも、諸々の情報を共有しよう」
それから各自部屋でくつろいだり、夕飯を食べたりして、あっという間に夜になった。予定通りクローヴィスさんを交えて、報告会&作戦会議をする。場所は宿屋に入ってすぐのロビーみたいな場所だ。女将さんとお兄さんは裏で作業でもしているのか、今ここにいるのはあたし達だけ。
「隠し通路?」
広げた手帳と万年筆を手に、クローヴィスさんが聞き返した。
「そう! 見ただけじゃ分かんなかったんだけど、まだ先に通路と部屋があったんだよ」
「ふむ……道理で簡単には発見されない筈だ。流石に、何の変哲も無い壁を詳しく調べる者は稀だろうし」
さらさらと手帳にメモをしてから、伏せていた目を再び前に向ける。
「君達は、どうやってそこを見つけたのだね? 巧妙に隠された場所だ、まさか偶然では片付くまい」
「えっとそれは……」
予言の書が光って教えてくれて~なんて正直に言う訳にはいかないのであたしが口ごもると、
「湖で声が聞こえたんと同じに、不思議なお導きがあったんですわい」
しれっとオルフェが答えた。
「成程。またもセレフィエルが……」
あっさり納得してくれた様子。ま、まあ予言の書も不思議な力の導きだし、嘘は言ってないよね……?
「そんで、隠し部屋に入ったらこれがあったの。これが神具ってことだよね?」
「うむ、状況から鑑みても間違い無いだろう」
そう言って、クローヴィスさんはテーブルの上に置かれた円盤を手に取った。革手袋をした手で真剣に見つめるその姿は、鑑定でもしてるみたいだ。
「それにしてもアストロラーベとは……。聖月の名を冠する大精霊に、相応しい神具と言えるな」
「これでだいせいれいサマ、げんきになるんだよねっ!」
無邪気に身を乗り出すリーリア。
「ああ、その事についてだが……」
すると、クローヴィスさんがスッと背筋を正した。
「私からも一つ、提案が有るんだ」
「提案?」
ジタンのおうむ返しに頷くと、手を伸ばして、椅子に掛けた鞄から何か取り出す。
それは巻物だった。以前アムルーナの森を緊急脱出した時に使った『帰還の巻物』みたいに、巻物系アイテムは色々あるけど、それよりも一回りくらい大きくて材質がしっかりしてそうな見た目だ。
「大精霊の力がとても強力なのは、勿論承知の上だが……それでもやはり万全は期しておきたいし、何より私も力になりたくてね」
言いながら、くるくると巻物を広げる。
覗き込むと、紙面いっぱいに、ものすごく複雑な魔方陣が描かれていた。びっしり埋められたお経みたいな文章は……全く読めない。初見の文字だ。
「このような魔術回路を組んでみたんだ。いつでも任意に起動できる状態になっている」
「……えっと……」
このような、って言われたところで、なんかすごそうな魔法陣ってこと以外何も分からないんだけど……。
でも、一人だけは反応が違った。
「ほぉ~……緻密な回路じゃ……。古代魔術式の応用ですかいのぉ。こがぁな組み合わせ方は初めて見ますわい」
興味深げに、オルフェが巻物をしげしげと眺めていた。指で文章の一部をなぞりつつ、呟く。
「こりゃぁ……力の増幅、っちゅう意味かのぉ? ほいでこっちはどうも、拡散っちゅう事が書かれとるようじゃが」
その言葉に、クローヴィスさんは感心したように声を上げて、目を見開いた。
「まさしくその通りだ。古代文字が読めるのかい!? 素晴らしいな……!」
「いんや、少し単語の拾い読みが出来る程度ですけぇ」
眉を下げて首を振るオルフェ。そんなネイティブレベルじゃないから~みたいな謙遜の仕方されても……。
「あの、二人の世界に浸ってるとこ悪いんですけど、ワタクシ達にも分かるように解説してもらえませんか」
すっかり置いてけぼりなあたし達を代表して、シグレが言った。
「あっあぁ、すまない。これは、セレフィエルの力の更なる増幅と、拡散を目的に作った物なのだよ」
クローヴィスさんは、重なり合う魔方陣を指差しながら説明していく。
「まず、こちらの魔法陣が魔力を増幅させる。続いてこちらの魔方陣に流すことで、拡散させる仕組みだ。これにより、広範囲な発動を促す事が可能となる。アムルーナの森は広大だから……セレフィエルの聖なる力を、確実に満遍なく行き渡らせるには、こうした工夫も必要じゃないかと考えてね。異変が侵食した森の浄化に、少しでも役立てれば嬉しいよ」
「や、やばぁ……これイチから作ったの?」
あまりにも細かく描き込まれた魔法陣に呆気に取られながらあたしが言うと、クローヴィスさんは巻物を丸めつつ小さく肩を竦めて、遠慮がちに笑った。
「はは、そうだ凄いだろうと言いたい所だがね。殆どは古代の文献に残されていた記述の流用だ。先人達の偉業にあやかっているに過ぎないとも」
「いやいや、全然すごくない説明になってないって。だって古代語ってさ、もうほぼ外国語じゃん。英語の宿題とか調べながらでも結構大変なのに、自分で考えて組み合わせてって……」
言いながら、ちらっとアストロラーベに目を向ける。電灯の柔らかい光を受けて、ぼんやりと輝いている金色。そういやさらっとここにあるけど、これも古代のものなんだよね……。
「なんか……わりとレアな体験してるかも……。普通こうやって触れないよね、大精霊の力が宿る神具なんてさ」
『古い寺の奥にあった謎のお札持って来たみたいなもんだしな』
ぼそっとお兄ちゃん。そう言われると神聖さから急に呪われそうな感じになってくるのはなんでだろう。
「ピカピカのまんまでよかったねーっ。だいせいれいサマのだいじなもの、こわれてなくて!」
椅子の背にぺったりもたれて、リーリアがニコニコと言った。
「ね〜。だってこれ、多分何百年……いや、何千年? 分かんないけどさ、すっごい長い時間経ってるやつでしょ? 見た目普通の金属っぽいのに……よく割れたり錆びたりしなかったよね。これも大精霊の不思議な力のお陰なのかなぁ」
「そうだな……。おそらく神具も、君達のように再び手に取ってくれる者が現れる事を祈り、信じていたのだろう」
微笑みつつも真剣な眼差しで、クローヴィスさんが静かに呟いた。浅く指を組んで、アストロラーベを見つめる。
「その時まで、頑丈な宝箱の中でずっと息を潜めて……奇跡を待っていた。まるで神話の中の出来事のようで、私も感動しているよ」
惚れ惚れしているようなその言葉に、オルフェがふっと顔を上げた。
「……で、これが月の光を受けたらどうにかなるんでしたっけ?」
そんな中、シグレが次の口火を切る。
「ちょうど今夜は晴れて月もよく見えますし、とっとと行って大精霊の力とやらを授かりましょうよ」
「いやおい、待てって」
そう言って立ち上がろうとする彼女を、引き止めたのはジタンだった。
「お前なぁ、今行ってどうすんだよ」
「はい?」
振り返って怪訝な顔をするシグレ。
「アナタ、まさか面倒だから明日にしようなんて言うんじゃないでしょうね? 全くすっとろいんですから……」
「違ぇっての。まぁ確かに今夜は疲れてっから気乗りしねぇけどよ……それ以前に、行くタイミングも指定されてただろが」
「ん? そうでしたか?」
「覚えてねぇのかよ」
溜息をついたジタンは腕を組んで天井を見上げた。
「月の完全に満ちる夜……とか言ってたっけか。これは言葉通り、満月の夜ってことでいいのか?」
そして顔を向ける。視線の先はオルフェだった。
ところが当の本人は、一瞬話を振られたことに気付いてなかったらしい。一拍無言の時間が流れてから、ハッと反応した。
「ほ、ほうじゃろうのぉ」
「ん? おう」
……オルフェ、なんか前もこんな感じに考え込んでることがあったような? どうしたんだろ?
「昔から、満月の光には特殊な魔力が宿るっちゅう話もあるわい」
何はともあれ話は進んで、あたしはちょうど真後ろの窓から夜空を確認した。金色の月が見えるけれど、満月と呼ぶにはまだ微妙に不格好。
「んー……今はギリ違うっぽい……けどだいぶ丸いよ。もう少しなんじゃない?」
「確か、明後日の夜が完全な満月の筈だよ。この巡り合わせの良さも、何か偶然ではない、ただならぬ物を感じるな」
「おおー。てことは、明後日ついにセレフィエルの力が手に入れられるんだね!」
この次々準備ができて、目的地も決まってく流れ、ストーリーが進んでるって思えてワクワクするなぁ……!
「そうだな。これで事が前に進むかもしれない。ようやく……」
目を閉じたクローヴィスさんが、顔を伏せた。考えを巡らせているような少しの間を挟んでから、あたし達を見回す。
「次、セレフィア湖に行く際には、是非私も同行させて貰えないか。この巻物を発動させる為でもあるが、何より大精霊の再顕現という奇跡を……自らの目で見てみたいのだよ」
「もっちろん! 行こ行こ!」
「ひとまず、明日一日はお預けな訳ですか……。ま、仕方がありませんね」
作戦会議も区切りがついて、終わろうかという雰囲気になってきた。アストロラーベをリュックに仕舞って、あたしもうーんと伸びをする。昼間の疲れもあって、なんか眠くなってきたかも……。あ、でもまだシャワー浴びてない……。
そんなことを考えていると、ふとオルフェがクローヴィスさんの方を向いて口を開いた。
「あの、クロ――」
するとちょうど重なるタイミングで、不意にドアの方からガチャリという音。
「すみません、お邪魔致します」
入ってきたのは、エトルさんだった。みんなが一斉にそっちを向いて、目が合う。
「ああ、ジタンさん達。丁度良かったです」
作業着姿のエトルさんは、中に入るとポケットから何か取り出した。
「こちら、修理が終わりましたのでお届けに来たんですよ。明日になればまたどこか冒険に出られるかもしれないと思って、今夜中にと……。いやぁ、つくづく美しい鉱石でした。作業中も惚れ惚れしてしまって、何度手が止まったことか……」
差し出されたのは、昼間に女将さんから渡されたタリスマンだった。確か、嵌め込まれてる石の名前はフェリスライト……そして、完全に予定外のバグアイテム。
最初見た時はボロボロだったのが、すっかりきれいになっていた。欠けた装飾は修復された上でピカピカに磨かれて、首に掛けて装備できるように細い革紐が通されている。わぁ新品同然、エトルさんの職人技だぁ。
「ふあ~すっごぉい! きれいになってる!」
顔を近づけてはしゃぐリーリア。でもその隣で、ジタンとオルフェは難しい顔をしていた。
「や、わざわざ届けてもらってありがたいんすけど……やっぱこれ、オレ達のじゃないんすよね……」
「せっかく修理されたんじゃ。このままエトルさんが持っとったらええんじゃないですかいのぉ?」
「そ、そんな! 滅相もないです!」
エトルさんは手と首をぶんぶん振る。
「実は修理する傍ら、少しその石について調べてみたんですよ。フェリスライトは、持ち主を邪悪から守る力もあるとされているらしく。私より、あなた方のような冒険者が持っている方が、きっと力を発揮してくれますよ。それに、名前にも素敵な意味があって、古代語で……ええと……」
「……大いなる祝福、ではないかね?」
ど忘れしたのか言い淀んだエトルさんに、そっとクローヴィスさんが助け舟を出した。
「ああそう、それです! ともかく、そんなご大層なもの、私にはもったいない。一介の道具屋として修理に携われただけで大満足ですから、どうか持っていてください」
「そこまで言うなら……遠慮せずもらっておけばいいんじゃないですか? 別にかさばるものでもないんですし」
「さんせー! すっごくキラキラできれいだもん!」
シグレとリーリアの言葉に、それならまぁ……という反応をする二人。エトルさんはホッとしたような表情になって、フェリスライトのタリスマンをテーブルの上に置いた。
「改めて、こちらをどうぞ。それでは……まだ店に仕事を残しておりますので、私はお暇しますね。夜分遅く、失礼致しました。お休みなさい、皆さん」
ぺこりと頭を下げて、宿屋を出ていくエトルさん。あたしも手を振って、目の前のタリスマンに視線を戻した。
目の前でつやつやときらめく、緑色の石。その中央で揺らめくオレンジ色。その美しさを引き立てている、周囲の金の装飾。
「おぉ~……」
思わず小さく声が洩れた。見れば見るほどなんだか不思議な輝きだ。
「ん~、リーリアにはちょっぴりおっきいかも……おもたぁい」
両手でタリスマンを持ち上げて、リーリアが残念そうに言った。
「あはは、確かにね。あたしが着けても結構存在感ありそうだもん。……わー、真ん中のとこすっご……ほんと燃えてるみたい」
せっかくなので、いろんな角度から眺めていると。
「……そう言えばフェリスライトには、一つ面白い伝説が有ったな」
思い出したようにクローヴィスさんが話しかけてきた。
「えっそうなの? 単にめっちゃ珍しい石じゃない感じ?」
「ああ。確か、その石には守護聖獣が宿っているという話だ。輝く真っ白な毛並みを持ち、額には透き通る角が生えていて、それはそれは美しい姿だと語られている。フェリスライトの持ち主を護り、導く存在だそうだ」
「へえぇ~!」
謎めいた鉱石に宿る守護聖獣……! うおお王道ファンタジーだ、異世界だっ!
ひっそり胸を高鳴らせていると、イヤーカフからギシッと椅子の軋む音がかすかに聞こえてきた。
『まあ当初はそういう構想だったけどな……ただ、何度も言うようにそれは捨てたアイディアなんだよ。聖獣も結局、碌に詳細を決めないまま消したし』
いつも通りの冷静な声……だけど、若干ヒヤヒヤしてそうなのが伝わる。そうだよね、この辺はお兄ちゃんにも全く予想できないところだし……。
その直後、クローヴィスさんが少し考えて、そういえばと切り出した。
「以前読んだ神話の中に……フェリスライトの聖獣に導かれ、天界へと赴いた少女の話があったような。此処の図書館でも探せば見つかるかもしれないな」
「ホントに? じゃあ明日図書館行ってみよっかな」
捨てたって言いつつ、お兄ちゃん結構内容考えてたんじゃん、なんて思っていると。
『……ん? は? いや何だそれは。俺知らんぞ……やめろ余計な設定追加するな……』
聞こえてきたのは素っ頓狂かつ困惑した声。あっ違った、これ勝手に設定加えられるタイプのバグだ……!
パソコン画面の前で、頭を抱えている姿が容易に想像できる。
「は、はは……」
そうは言ってもあたしにはどうしようもないので、曖昧に笑いつつタリスマンを眺めるしかない。
するとそんな様子を見ていたクローヴィスさんが、フッと笑って言った。
「気に入ったようだね、みくる君。どうだね、試しに身に着けてみては如何かな?」
「えっ!? えっとぉ……だ、大丈夫なのかなぁ、着けちゃって……」
「む? 別に危険性は無いと思うが……何か心配なのかね?」
そうクローヴィスさんが答えたけれど、さっきのあたしのセリフはお兄ちゃんに向けたものだ。
『……まぁ、所詮没アイテムではあるし……何の効果も無いとは思うんだけどな……』
自信無さげに言うお兄ちゃん。クローヴィスさんはじーっとあたしを見ている。
うぅ、なんかダメそうな気もするんだけど、とはいえここでやめちゃうのも不自然だよね……!?
……えーい、ままよ! もう着けちゃえ!
革紐を頭から通して、首の後ろで結んで長さを調節する。
「わ~、にあってるよ、みくる!」
リーリアが笑顔でぱちぱち拍手した。……うん、問題なさそう?
胸元のタリスマンを手に取る。透き通った緑色の中で、ろうそくの火みたいに、オレンジ色が踊っている。
「……いいじゃん……」
おっかなびっくり着けたとはいえ、きれいなものはきれい。
「はん、噂の聖獣でも呼び出せそうですか?」
さっきの話を聞いていたシグレが、冗談めかした半笑いで言った。
「へへ、まっさかぁ。首から下げるだけでそんな」
『……まあ、そんな都合良くはな……』
へらへらっと答えるあたしと、少し気を抜いたように呟くお兄ちゃん。
――あれ、これじゃコテコテのフラグじゃない? と気付いたのはその直後で。
そして、そんなお約束に応えるかのように。
不意に、タリスマンが光りだした!
「うわっわわぁっ!?」
びびって飛び上がったもんだから、胸元でタリスマンが暴れる。すぐに外そうとしたけれど、紐を結構短めに結んだから頭につかえて、簡単には脱げない!
「……! これは……」
クローヴィスさんが身を乗り出す。
「わー! ちょっとヤバいかもこれ!」
『うわ、まずかったかやっぱり……!』
焦るあたしとお兄ちゃんを余所に、光はどんどん強まっていく。みんなも予想外の事態にどうしてよいやら分からず固まっていた。
「……お前また何かやったか?」
ジタンが呆れたように聞いてくる。いやそんなラノベのチート系主人公のテンプレみたいなこと言われても!
「してない! 何も知らないってば!」
うわああやっぱりバグで出現したアイテムなんて装備すべきじゃなかったのかなぁ!?
「ちょ、ちょっと何事だい!? 困るよ室内で魔法なんかぶっ放しちゃ!」
カウンター奥の扉が勢いよく開いて、大慌ての女将さんまで出てきた。
「ひーっごめんなさい! あたしもよく分かんない!」
大混乱状態の中、叫んだ直後――
ぱっ! と光が止んだ。
「えっ……?」
そして、その場の全員の視線は、ある一点に集中していた。
テーブルの上……そこに、さっきまではいなかったものがいたからだ。
「んきゅ~」
甲高い風変わりな鳴き声。テーブルに座っていたのは、白くて小さな動物だった。
「な……何だいこの子は」
呆気に取られた女将さんが呟く。
「こりゃ……兎か……?」
「いや、狐じゃねぇ?」
「そうですか? 犬にも見えますけど……」
口々に言うみんな。意見がバラバラだったのも無理はなかった。子犬っぽい短い四本足の体型に、長い耳と太い尻尾。いろんな動物の特徴を混ぜたような謎の生き物だ。顔の一部や手足の先には緑っぽい毛が混じっていて、複雑な模様を作っている。
でも、何より特徴的なのは額から伸びた短いツノ。ちょうどフェリスライトの中央部分と同じオレンジ色に透き通ってて、クリスタルみたい。
白い毛並みで、ツノの生えた獣……こ、これ、さっきクローヴィスさんが言ってた話と同じだけど……!
「ほ、ホントに守護聖獣出てきちゃった……!?」
「確かに見たこたぁ無い生き物じゃが……」
震えるあたしの言葉に、モノクルを直しつつ、首を傾げながら答えるオルフェ。
「いやその割にはなんつーか……なぁ?」
その隣で、ジタンが微妙な反応をする。それにシグレも頷いた。
「ええ、流石に伝説感無さすぎじゃないですか? 何ですかこの弱そうなの」
「かわい~!」
目を輝かせるリーリア。
確かに……守護聖獣と聞いて浮かぶイメージとは、あまりにもかけ離れていた。真っ白い姿とツノは神聖な感じがしなくもないけど……目もくりくりでシルエットもぽってりしてて、とても守護れなさそう。
『……詳細碌に固まってなかったとはいえ……流石にこんなマスコットキャラみたいなイメージじゃなかったぞ……。もう少し何とかならなかったのか……』
眉間を押さえてそうな低いお兄ちゃんの声。
「んきゅ!」
そんな全員の煮え切らない反応を、特に気にする風でもなく。白い謎の生き物は一声鳴くと……迷わず、あたしの腕にすり寄ってきた。
「わ、え……!」
いきなりそんな急接近されると思わなくてびっくりしたけど、ふわふわした毛が洗濯したての毛布みたいで気持ちいい。そしてあたしを見上げるつぶらな瞳。
「うわ何~!? かわいい!」
思わずいつもより数オクターブくらい高い声が出ちゃったところで。
「……?」
あたしはふと、眉根を寄せた。
なんか……デジャヴというか……この姿も特徴的な鳴き声も、どっかで見たことあるし聞いたことあるような……?
「――か」
「ん?」
ぽつっと呟くような声が聞こえた気がして、そっちに顔を向けると、クローヴィスさんと目が合った。彼は穏やかに笑って、謎の生き物に視線を移す。
「いやはや、全く君達には驚かされてばかりだな……。まさか本当に聖獣が現れるとは。それになんだか随分と懐かれているね、みくる君」
「へ、へへ、普段はのら猫とかに話しかけても結構逃げられるんだけど……」
頭をなでてあげると、その白い子は嬉しそうに目を細めた。
「それじゃあこのコ、みくるをまもってくれるの?」
「……ぷっ! くく、確かにアナタにはお似合いな守護聖獣なんじゃないですか」
意地悪く笑いつつ、シグレがもふもふの背中をぺしぺし叩く。
「きゅーっ!」
すると雑な触り方に抗議するかのように、彼(?)は振り返ると高い声を上げた。太くてふさふさの尻尾を高く上げる。
「ほう、いっちょ前に威嚇とはなかなか見所のある奴じゃないですか。よろしいかかってきなさい」
「小っせぇ動物相手に煽って虚しくねぇのかお前」
シグレとジタンがいつも通り掛け合う中、短い四つの足を踏ん張って怒った様子を見せる。
「んきゅうぅっ!」
……あれ……!?
「みくる? どうしたんね、妙な顔して」
オルフェの問いかけに答える余裕もなく、あたしはぐるぐると考えを巡らせていた。
あたしの目の前に立ちはだかるようにして、威嚇の声を上げる白くて小さな獣。これと全く同じ光景を、あたしは以前にも見た気がする……。
いや、気がするじゃない。見た。確実に見た。
だけど、あれは――
「きゅ?」
そんなあたしの気配を察したか、白い子が再びこっちを向いた。とてとてと近付いてくる。
「…………」
あたしはそっと、その子を持ち上げた。目線と、高さを合わせる。
「あの、君……ってさぁ……」
そして、恐る恐る声に出した。
「ひょっとしてなんだけどぉ……あたしと、初対面じゃなかったりする……?」
「んきゅぅ!」
そうだよー、とでも言いたげに短い手足をぱたぱたさせてくる。
「…………」
『ん? みぃ、何を言ってるんだ?』
「どうかしたんです?」
「だ、大丈夫か? なんかあったんか?」
あたしの様子に気付いて、みんな声を掛けてきた。でも、それに答える余裕は無かった。
「……ゆ……」
「ゆ?」
あたしは混乱する頭の中で――どうしてよいや分からず、叫んだ。
「夢じゃなかったぁぁぁああ!?!?」
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